真・恋姫†無双 裏√   作:桐生キラ

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今回から黄巾編になります


黄巾編
黄巾編其一


 

 

 

 

 

 

私の朝はいつも早い。必ず決まった時間に目覚める。陽は今だその目を出さず、朝霧にも覆われていることから辺りは薄暗い。人々はまだ寝ている時間帯だ。外には誰もおらず、静寂に包まれている。私はこの静けさが好きだった。

「さて、始めるか」

私は日課である走り込み、精神統一、素振りをする。力を維持する為にも欠かせないことだ。この時たまに、朝早くから零士が起きていれば組手もできるのだが、今回はハズレのようだ。

「まぁ、期待はしていなかったがな」

訓練を切り上げた私は、店に戻り開店の準備をする。一日の仕込み、掃除と念入りにしておく。この時には既に零士も起きており、仕込みの準備をしている。

「おはよう、咲ちゃん。今日も早いね」

「おはよう。私はお前とは違うからな」

そこで途切れる。私と零士の間には、会話が多い訳ではない。ただそれでも、お互いの考えている事はだいたいわかる。仕込みの時でも、私が欲しいものがあればこいつは言わなくても持って来てくれる。その逆もまた然りだ。あいつが必要になりそうな物はあらかじめ奴の近くにおいておく。長年連れ添ったが故だな。

 

 

 

 

「おはようございまーす!」

 

 

仕込みをしていると、勢いよく扉が開かれる。この店で唯一雇っている従業員の張郃、真名は悠里〈ゆうり〉だ。綺麗な長めの黒髪が印象的な明るい子だ。

「おはよう悠里」

「悠里ちゃんおはよう。今日もよろしくね」

「咲夜姉さん、東おじさん。よろしくお願いします!」

こいつは私の事を咲夜姉さんと慕い、零士のことはおじさん呼ばわりだ。初めておじさんと呼ばれた零士の顔は、微妙に物悲しいものだったのは今でも覚えている。そういうのは気にしなさそうな奴に見えたから新鮮だったな

「じゃあ悠里、店内の掃除を頼めるか?」

「かしこまりましたー!」

悠里は用具室から道具を取り出し掃除に取り掛かる。ちなみに、掃除に入る前に悠里は制服に着替えてきた。この店には二種類の制服がある。零士作のバーテンダー服と呼ばれる物と、メイド服と呼ばれる物だ。私と零士はバーテンダー、悠里はメイド服だ。なぜ私もバーテンダーなのかだって?無理だろあんなフリフリ。なんの辱めだ。

「それでうちのお父さんが…」

悠里は仕事中でも構わず話し続ける。時々お客さんとも話しては友達になっている。この子が加わるだけで店内が賑やかになった。元気で、お喋り好きで、憎めない。そんな子だ。

「そう言えば知ってます?あの噂」

仕込みももうすぐ終わりと言うところで、悠里が話しかけてきた。

「「噂?」」

 

私と零士は同時に聞く。すると悠里はニヤニヤしながらこちらを見てくる

「おぉう息ピッタリ!結婚式には呼んでくださいね!」

「そ、そういうのはいい!それで!噂ってなんだ?」

零士は笑顔で軽く流したらしいが、私はなんとなく顔が赤くなっているのを自覚していた。あまり突っ込まれたくないので、私はすぐにその噂について聞いてみる。

「はい!なんと天の御遣いの噂です!」

天の御遣い。その名が出た途端、零士がピクリと反応したのを見逃さなかった。

「黒い空を切り裂き、天から一筋の流星がやって来る!その流星が天の御遣いを乗せて、この大陸を平和に導くだろう!自称大陸一の占い師の管輅って人の占いです!なんかそういうの燃えてしまいますね!」

今日の悠里は絶好調みたいだな

「別に燃えはしないが…天の御遣いとは、大それた名だな」

「ですねー。正直眉唾ですし。それでも、大陸全土でこの噂が広まりつつあります。みんなそれくらい、希望や救済が欲しいほど、この大陸は荒れてるって事ですねー」

悠里の言うとおりだ。この大陸は、そんな不確定な物に縋らなきゃいけないほど追い込まれている。飢餓、病、圧政・暴政、それに伴い生まれる賊。そして人々はさらに虐げられ、虐げられた者もまた賊に堕ち、やがてさらに力無きものを虐げる。まさに負の循環だ。

「いるのなら会ってみたいですねー。天の御遣いさんとやらに」

「あ、悠里ちゃん。ちょっと買い出しに行ってきてくれるかい?」

「了解しましたー!」

悠里は零士から必要な物が書かれた紙とお金を貰い、勢いよく出かけて行った。本当に元気な子だな。元孤児だったとは思えない

「天の御遣いだってさ、咲ちゃん」

「よかったな零士。久しぶりに同郷の人間に会えるんじゃないか?」

「はは、そうだね。一度は会ってみたいな。北郷一刀君に」

どんな子かな、なんて呟き、零士は再び仕事に戻って行った。私も天の御遣い、北郷一刀とやらに会ってみたい。そしてさっさと平和にしてくれと脅してやりたいところだ。

 

 

 

†††††

 

「ただいま戻りましたー!」

それから程なくして、再び勢いよく扉が開かれる。悠里が帰って来たようだ

「おかえり。相変わらず速いな」

「ふふん!足の速さだけなら、誰にも負けない自信があります!あ、それと東おじさんにお客さんです」

「僕にかい?」

「はい!」

そして入ってきたのは、赤色の短髪に、その髪色の如く燃えていそうな男。あいつは…

「久しぶりだな!零士、咲夜」

「「華佗?」」

「お?またまたぴったりですねー!」

 

華佗。五斗米道出身の、主に鍼を使って治療をする医者だ。病に苦しむ人を助ける為に、大陸中を歩いている。私と零士が出会ったのも、二年間の旅の時だ。腕は一流なんだが、治療姿があまりにもうるさい。良くも悪くも、絶対に忘れる事のできない人物だ。

「二人とも元気にしていたか?」

「あぁ、おかげさまでね」

「それは良かった」

華佗は笑顔で答えた。だが

「それで、華佗がわざわざうちに来たのは、世間話をする為なのか?」

私は華佗に聞いてみる。それも十分にあり得る話だが、なんとなくそんな気はしなかった。華佗にしては珍しく疲れているような笑み。そしてどことなく焦っているようにも見えた。それから華佗はしばらく間を置いて…

「…あぁ。実はちょっと、二人に依頼したい事があってな」

「依頼?」

 

零士が聞いた。珍しいな。華佗が私たちに頼みごとなんて…

「あぁ。二人とも、太平要術の書という本を覚えているか?」

「確か、お前が今探している本だよな」

 

私が答える。なんだかキナ臭くなってきたな

「す、すいません!そのたいへーよーじゅちゅの書ってなんですか?」

悠里が申し訳無さそうに尋ねてくる。ていうか、言えてないぞ悠里。

「太平要術の書…。使用者の願望と、その願望が達成する為の方法が記されているものであり、また妖術が使える者にはその力を高めると言われている、とても危険な書だ」

「ふぇー、そんな本があるんですか?願望を叶えてくれるなんて、ちょっと見てみたいかも知れないですね。でもどうして危険なんですか?」

「あぁ、願望を叶えるといっても、叶えるのはその人個人で、まわりの人間は必ず苦しみ、不幸になっていくんだ。そして最後には、書が使用者を操って使用者を不幸にする。さらに太平要術の書は、そういった人々の憎しみや怨嗟の感情を吸い取り、さらに強力になっていくんだ」

「操って、不幸にして、強くなっていくんですかぁ。怖いですね。なんか本なのに、生きているみたい」

 

悠里の言う通りだ。まさに呪われた魔道書って感じだな

「あぁ、それで俺は五斗米道からその書の封印を任されて探しているところなんだ」

「なるほど。わかりました!」

「それで、その書がどうかしたのか?見つかったのか?」

悠里が理解したところで、私は話を戻す。

「実は少し前に、治療で曹操の元を訪れたんだ。おっと、治療といっても、そんなに深刻なものでもないし、病魔は俺が退散させたから心配しなくてもいい。そしてその時に曹操にもその書を見つけたら保管しておいてくれと頼んだんだ。そしてどうやら見つかったらしいんだが、俺が駆け付けた時には、すでに賊に奪われてしまったらしくてな」

華佗が一気に話していく。へぇ、曹操さん、なにか患っていたのか。まぁ、大したことないならいいんだが。それよりも…

 

「曹操さんらしくない失態だな」

 

あの完璧主義者が、子悪党に出し抜かれるとは思えないんだが…

「曹操も、まさか古ぼけた書を取られるとは思わず油断していたらしくてな。それはいいんだが、問題は次なんだ。今巷で、黄巾党と呼ばれるものがいるのは知っているな」

「そりゃあな…!?」

そこで気づく。おいおい、まさか

「もしかして、書を奪われた時期と、黄巾党の発生時期って」

「あぁ、ぴったり重なる。」

 

マジかよ…

「え?それってまさか、黄巾党の人たちがそのなんとかって書を持ってるってことですか?」

「可能性は高いし、俺はそうにらんでいる」

 

十中八九そうだろう。となると、華佗が依頼したい事は…

「それで華佗は今回、私達に黄巾党内部に行って、その書を回収して欲しいということか?」

「さすがに俺一人であの大群に行くのは骨が折れる。それに零士達は黄巾党の首領、張角を知っているんだろう?協力してくれるとありがたい」

つまり、私たちが黄巾党本隊に行き、恐らく太平要術の書を持っているであろう張角達を探すのか。なかなか危険だな

「見返りはあるのか?」

零士が冷たく言い放つ。当然だな。かなり危険なことだ。普通は何かしらの報酬を求めてもおかしくはない。

「悪いがあまり金は用意できない。だから強制もできない。かなり危険な事だ。断ってくれても文句は言えない…」

華佗は申し訳なさそうに答えた。私は零士を見、そこで気づいた。あぁ、こいつは最初から決めていたんだな

「まぁ、華佗の頼みだ。今までかなり助けてもらってきたし、大恩もある。聞かないわけにはいかないな。咲ちゃんもいいかい?」

「構わないぞ」

そう。こいつは鬼畜だが、悪人って訳じゃない。むしろ仲間は大切にするし、友人の頼みであれば基本的に聞くのが東零士という男だ

「いいのか?あまり報酬はないんだぞ?」

 

華佗は申し訳なさそうに言ってくる。真面目が故なんだろうが、そんなことは気にしないでほしい

「さっきも言っただろ。助けてもらってきたんだ。金はいい」

「あ!もちろんあたしもお手伝いします!」

悠里が元気良く返事をする。遊びじゃないんだけどな

「悠里、危ないぞ」

「大丈夫です!自分の身くらい自分で守れます。一人より二人、二人より三人、数は多いに越したことはないですし、それにあたし、探し物得意なんです!絶対役立ちます!」

「……はぁ、わかったよ」

私は苦笑し許可する。悠里は結構頑固なところがあり、なかなか譲らない。どうせこっちが折れるのは目に見えてるから、さっさと折れておいた

「と、言う事だ華佗。協力するよ」

 

私がそういうと、華佗は少し安心したように微笑む

「すまない!ありがとう!」

「さて、話もついたところだし、そろそろ営業開始しようか。じゃあ報酬は……華佗にも営業を手伝ってくれることにしようか。それでいいかい?」

 

零士は立ち上がり提案する。人手が増えるのは構わないんだが…

「あぁ!そんな事でいいならもちろん手伝う。接客は任せろ!」

「お!華佗さん熱いですねー。私も負けませんよ!」

今日はさらに賑やかになりそうだな………

 

それにしても、太平要術の書が黄巾党にあるとは。確かに、あの張角達がこんな大規模な乱を起こすとは思ってなかったが、そんな事になっているかもしれないとは思ってもみなかったな

張角、張宝、張梁の張三姉妹。歌う事を生業にしている旅芸人で、うちの店でも何度か来て歌っていったことがある。その時の彼女たちは、朝廷に対し反乱を起こそうなんて考えているようには見えなかった。三人で歌って、大陸一の旅芸人になりたい。それが彼女たちの夢だったはずだ。もしかしたら太平要術の書は、そんな彼女たちの願いに反応したのかもしれない

知らない仲じゃない。私の方でも、できる限りのことをしてみるのも、悪くないかもしれないな

 

 

 




張郃、悠里ちゃんのイメージはとある科学の超電磁砲の佐天涙子さんです

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