思い出すのは、あいつとの日々
あいつに救われ、一緒に駆け抜けた二年間の旅の軌跡
そして、私があいつと共に生きると誓った記憶
全てが、かけがえのない私の思い出
これは、咲夜<わたし>と零士<あいつ>の物語
†††††
私はもともと、小さな村の平凡な家に住んでいた。その昔、司馬一族と言えばそれなりに有名だったらしいが、今ではなんてことない、私塾を営む日々を送っていた
私は、司馬家の一人娘として生まれ、本に囲まれ、様々な知識を得る毎日を送っていた。外で遊ぶよりは、こうして知識を蓄えていく方が楽しかった私としては、それなりに有意義な日々だった
だが、そんな日常も、14年目の誕生日を迎える日に、あっけなく終わってしまった
私の村に多数の賊が押し寄せてきた。役人共は自分の身可愛さに早々に逃げ、村の皆で迎え撃つも、数に押されて行く。やがて、私の下にまで賊がやってくると、両親が身を挺して私を逃がしてくれた
私は怖かった
だから、助けることも、振り返ることもできなかった
今でも、鮮明に覚えている
燃える家屋、虐殺されていく村人、混じり合う断末魔と獣の咆哮
そして両親の悲鳴
私は地獄に来たのだと思った
そして、私は次第に追い詰められる
だが、一発の銃声が私を地獄から引き上げてくれた
それが、東零士との出会いだった
†††††
六年前
目を覚ますと、私の部屋ではないどこかの寝台に横になっていた
ここはどこだろう
部屋を見渡すと、かなり荒れているのがわかる。その光景が、目を背けたかった事実を明らかにさせた
「そうか…やはり昨日の事は…」
賊の襲撃………夢であってほしかったが、そんなうまい話ないよな
「待て、何故私は生きている?」
一つの疑問が浮上する。恐らく村の皆は全滅したはずだ。そして私自身も、最後は逃げ切れず、追い詰められたはずだ。なのに何故、私は今ここにいる?
「……とりあえず、外に出てみよう」
私は部屋を出て、外に出ることにした。その光景に、かつての村の姿はどこにもなかった。崩れ落ちている家屋に燃え切った畑……だが不思議な事に、死体がどこにも見当たらない。賊の者も、村の者も…
「…」
私はしばらく歩き、私が住んでいた家の前に辿り着く。だが、そこに家はなかった。燃え尽きてしまったようだ
「やぁ、体の調子はどうだい?」
「!!」
声のする方へ振り向くと、そこには見慣れない黒い服を着た男がいた。こいつは確か…そうだ。私はこいつに救われたんだ
「お前、昨日私を助けた奴だよな」
私は警戒しながら尋ねる。正直、勝てる気も逃げ切れる気もしないが、何もないよりはマシだ
「そんなに警戒しなくてもいいよ。僕は東零士。最近ここに来たんだが、なんというか災難だったね」
東零士と名乗った男は、悠々とどこからか出した椅子に座った。え?本当にどこから出したんだ、あれ
「私は司馬懿だ。お前、ここにあった死体はどうした?どこにも見当たらないんだが」
「君が司馬懿?」
ん?こいつ、何に驚いたんだ?
「死体はみんな片付けたよ。放っておいても、害にしかならないから」
こいつの話によると、あの夜襲撃してきた賊は全て殺したらしい。だが既に、私以外に生存者はおらず、とりあえず私だけでも救ったとのことだ
「村人がいるところまで、案内しようか」
私は無言で頷き、こいつの案内で村人が眠っていると言われる場所にくる。そこには、確かに何かを埋めたであろう跡が残っていた
「とりあえず、僕の世界の流儀で埋めさせてもらったけど、大丈夫だったかい?」
「あぁ、別に構わない。悪いなわざわざ」
ここに、私の両親が眠っているのか…
「……うっ……くっ……」
私は自然と涙が零れた。もう会えないのだと思ってしまうと、途端に寂しくなり、恋しくなり、哀しくなった…本当に最悪な誕生日だ…
「ごめん。もう少し早く、ここに着いていたらね」
こいつは私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。それがとても暖かく、安心したのだが、涙が止まることはなかった
「悪かったな、突然、その、泣き出して」
しばらくすると落ち着くが、今度は羞恥心に襲われた。何故私はこんな見知らぬ輩の前で、しかも胸を借りて泣いてしまったんだ
「はは、気にしないで。仕方ないからさ」
こいつは笑って、気にしてないと言ってくれたが、正直無理な話だな
「さて、突然だけど、君はこれからどうする?」
考えてなかったな。よくよく考えたら、私はこれで帰る場所を失ったんだ。ここにいても意味がないし、正直ここにはいたくない。だが、どこかに行きたいにしても、また賊に襲われでもしたら…私にそれを撃退する力はなんて…
「…」
私は無言になってしまう。こいつはそんな私の様子を見て、微笑みかかえてくれた
「あはは、なら、一緒に来ないかい?僕は今、世に名を残す英雄と会う、って旅をしているんだ。君さえよければ、どうかな?」
妙な旅だな。そもそも、こいつは何者なんだ。だが、考えるまでもないな。こいつについて行かなければ、私は必ず野垂れ死ぬだろう。それに、なんとなく私はこいつと一緒にいたかった。その気持ちが、なんなのかはわからないが…
「こっちとしても願ったりだ。よろしく頼むよ、零士」
「あぁ、よろしくね司馬懿ちゃん」
司馬懿ちゃん?なんか落ち着かない呼び方だ
「ちゃんはやめてくれ」
「はは、考えとくよ」
嘘だな。おっと、そうだったな…
「それと、咲夜だ、私の真名。助けてもらった礼と、今後世話になるからな。好きに呼んでくれ」
するとこいつは不思議な表情をした。真名を許したのがそんなに不自然だったか?
「えーっと…真名ってなんだい?」
「はい?」
零士曰く、この大陸に来たのは昨日の事だったらしく、ここの文化について全く知らないらしい。どうやってここまで来たんだよ…
「こりゃ、いろんな意味でお前にはついて行った方が良さそうだな」
「あー、はは、よろしく頼むよ」
それから私たち二人は旅に出た。歩きだったし、なんてことない、って思っていたが、そういうわけにはいかなかった
†††††
しばらく歩き、私たちが小川に辿り着く頃…
「さて、ここらで休憩にしようか。えと、咲ちゃん大丈夫かい?」
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だ。それと、さ、咲ちゃんはやめろ…」
息が絶え絶えだった。ずっと本と暮らしていた分、致命的なまでに体力がなかったのだ
「ふふ。初日だしね。咲ちゃんは休んでなよ。魚でも釣ってくるから」
あー、くそ!まだ咲ちゃんと呼ぶか。もういい…
「わ、悪い。迷惑かけるな…」
「いいって」
そして零士は小川に近づいていった。あいつ、釣竿も無しに魚を釣る気か?
「よっと」
目の錯覚か?いま、零士が指をパチンと鳴らした瞬間、何も無い所から釣竿が現れたぞ?
「椅子も出しちゃお」
今度は椅子が現れた…
「ちょ、ちょっと待て!お前、今何をした?」
私は聞かずにはいられなかった
「何って、魔術?」
「魔術ってなんだよ!?あれか?妖術の一種か?」
なんでこいつは、さも当たり前と言った様子なんだよ!
「魔術の定義か…考えたことないな。まぁなんだ、なんでも作れる便利な技、って認識でいいよ」
ずいぶん適当だなオイ。だが、興味深い。なんでも作れるだって?そんな事が可能なのか?
「なぁ、それって、私でもできるのか?」
私は知的好奇心から、思わず聞いてしまった。そんなあり得ない技、私の常識にはない。可能なら、私自身も習得したい
「魔術を?あー…できないことはないけど、素質もいるし、なにより…」
零士は私をチラッと見て微笑を漏らした
「君の体力じゃあちょっとねぇ」
「…」
かなり傷ついた…いやそりゃ、自覚はしていたけどさ…こんな事なら、もっと外で遊んでりゃとか思ったけどさ…
「だからまぁ」
零士はひょいっと釣竿を上げ、一匹の魚を手にした
「まずは、体力を付けよう。僕でよければ、基礎体力作りや護身術の指導をするよ」
「本当か?」
私は賊の襲撃以来、武力も欲していた。今度は、誰かを助けたい。そして、私から全てを奪った賊を根絶やしにしたい。そんな願いがあったからだ
「あぁ。魔術はある程度体力が付いたら教えるよ」
「頼む!」
だが私は舐めていた。こいつの訓練内容と、私の体力の低さを…
「はい。初日はこんなもんかな?………大丈夫かい?」
「お、お前、ほんとに、心配しているんだよな?はぁ…はぁ…なんでそんな、ニヤニヤしてんだ…」
†††††
それからの日々は、今までの人生とは全く真逆と言っていいほど変わった。旅をしつつ、武術を学びつつ、またこれまでは気にしたこともない、零士が言うところのサバイバル術なども学んでいった
体力の低さは仕方ないにしても、どうやら素質があったらしく、みるみるうちに技術を学んでいった。これに関しては零士も驚いていたな
充実した毎日だった。今までにない、新たな事を学び生きていく。それは、私が過去を思い出す暇すらないほど、充実していた
だが、ある日何時ものように訓練し、街に向かい歩いていると、賊と遭遇してしまった
「おうおう!ここらはワシらの縄張りやぞ?なに、勝手に入ってきてんねん!」
「ひゅーっ!ベッピンキター!」
「ずっこんばっこん犯しちゃいやしょうぜー!」
数は50人ほどだったが、私は思い出してしまった。恐怖と、哀しみと、怒りを…
「咲夜、下がっていなさい」
零士が命令する。だが私には、そんな事聞こえていなかった
「お前らが…お前らみたいなのがいるから…」
怖かった。体の震えは止まらなかった。だがそれでも、私はこいつらを殺したかった
「咲夜…」
私は飛び出し、ナイフを振るった。この時の事は、あまり覚えていない。だがそれでも、私が犯した最初の殺人だった。そしてその感触だけは、忘れる事はなかった
気付けば、私と零士は血だまりの中にいた。全て殺したらしい。すると零士が重々しく口を開いた
「咲夜、気持ちはわかるが、もっと冷静になりなさい。あんな戦い方をしていたら、いつか死ぬぞ」
「ハッ!気をつけとくよ」
この時の私は、そんな気なんてさらさらなかった
賊を全て殺す
私の心は、どす黒い感情で満たされていた