月ちゃんのとある一日
おはようございます。私の名前は月と言います。とある事情から、このお食事処『晋』さんで働かしてもらっている者です。本日は私の語りで、進めていきたいと思います
私の朝はとても早いです。というのも、毎朝の日課にしている事があるからです。
それは…
「おはようございます咲夜さん」
「おはよう月。今日もよろしくな」
この方、咲夜さんとの走り込みに付き合う事です。
ここに来た当初の私は、体力の無さを感じ、お仕事に影響を及ぼしてしまうと考えていました。そうならないために、咲夜さんにお願いして、走り込みだけ付き合ってくれる事になりました。その結果、最近では営業中に息が切れるような事にはならなくなりました
「え?月?なんでここにいるの?」
「あれ?詠ちゃん?どうしてここに?」
毎朝の集合場所に、今日は私の大親友の詠ちゃんも居ました。
どうしたんだろう?こんな朝早くに
「ぼ、僕はちょっと、あの、ただの運動よ!深い意味はないわ」
詠ちゃんは少し慌てて言いました。
運動かぁ。いいことだね!
「じゃあ、今日は詠ちゃんも一緒に走るんだね」
それってなんだか、少し楽しみです!
「え?月って毎朝走ってんの?」
「あぁ。さすがに武術訓練には参加させてないがな」
詠ちゃんの疑問に、柔軟運動をしていた咲夜さんが応えてくれました
「だからか…」
ん?詠ちゃん、私の体をじろじろ見て、どうしたんだろう
「さぁ、さっさと走るか」
「あ、はい!」
「よーし!頑張るわよ!」
そして私達は、いつもと同じ様にお馴染みの道を走っていきました。
朝の走り込み、最初は大変でしたが、慣れるととても気持ちよく、清々しい気分を味わえます。人もほとんどいませんし、とても静かです。咲夜さんはこの時間がお気に入りのようです
「よっし。準備運動終了。月ももう息切らさず走れるようになったな」
やがて走り込みを終えると、咲夜さんが汗を拭きながら言ってくれました
「はい。咲夜さんが付き合ってくれたおかげです」
「そんな事ないさ。それは月が頑張ってやってきた結果だ。胸を張っていいぞ」
「へぅ、ありがとうございます」
ほ、褒められました。とても嬉しいです。でも…
「詠ちゃん、大丈夫?」
「はぁ…はぁ…」
詠ちゃんは大の字で寝転び、息を切らせていました
「ゆ、月…いつも…こんなに走ってるの?」
「う、うん。今日はまだ、ゆっくり走ったほうだよ」
「……うそ…でしょ…」
それに実は、いつもより距離も走ってないんだけど、それは言わない方がいい気がしたので、話せませんでした
「詠ちゃんどうする?私これから朝ごはん作りに行くけど」
「ぼ、僕はもう少し、休んでいくわ…」
「うん。じゃあ、また後でね」
「毎朝ありがとうな月」
「いえ、お料理、好きなので」
咲夜さんは一言「そっか」と言って、訓練を始めました。私はそれを少し眺め、そしてお家の台所に行きました
†††††
「やぁ、おはよう月ちゃん。」
「おはようございます東さん」
台所に行くと、東さんが座ってお茶を飲んでいました
「朝食作りかい?手伝うよ」
「ありがとうございます」
東さんは『晋』の料理長を務めている事もあり、お料理の腕は一流です。とても手際がよく、出来上がるお料理もとても美味しいのですが…
「あつっ」←手が熱々の鍋に触れる
時々おっちょこちょいです
それから程なくして、朝ごはんができます。
今朝の献立は白米、お味噌汁、玉子焼き、魚の塩焼き、野菜炒めです。そして恋さん用にベーコン、ソーセージ、ステーキも作りました
「お腹、減った」
お料理が出来上がると、恋さんが起きてきました。恋さんはいつも、お料理が出来ると起きてきますけど、匂いにつられてくるのかな
「おはよう二人とも。お、ちょうどいい時にやってきたか?」
「おはよう咲ちゃん。みんな揃ったし、食べようか」
「♪」
「あーやばい。足がプルプルしてる気が…」
恋さんを皮切りに、咲夜さん、詠ちゃんもやってきました。詠ちゃんは中腰で歩いてるけど、大丈夫かな?
「だらしないぞ詠。月を見てみろ。あの後、ちゃんと仕事もするんだぞ」
「月やばい。月すごい。ホント尊敬するわ」
「あ、あはは。それでは、いただきましょうか」
『いただきます!』
その後、私達は朝ごはんを食べつつ、楽しく談笑していました。途中、東さんのお箸が折れたり、お茶碗が割れたりしていましたが、寿命だったのでしょうか?
「はぁ…今日、誰か暇な人はいるかい?」
東さんが少し悲しい目で聞いてきました。
へぅ…東さんとのお出かけ…魅力的だけど今日は予定が…
「今日は月と城だ」
「はい。華琳さんのところでお料理会をする予定で」
ずいぶん前に華琳さんと流琉ちゃんと約束していたので、それを取り下げる事はできません。それにお料理会、楽しみですし
「僕は恋と悠里のとこに行くわ」
「……ん。子ども達と遊んでくる」
今日の詠ちゃんはなんだか珍しいなぁ。悠里さんのお家、結構大変なのに
「残念。仕方ない、一人で買いに行くか」
東さんは割れたお茶碗と折れたお箸を見て呟いていました。東さん曰く、こういった茶器も魔術で作れない事はないらしいんですが、職人さんが作った物を使いたいとの事で毎回購入しているらしいです。東さんのこだわりの一つですね
†††††
「さて、そろそろ行くか月」
「はい」
それからしばらくして、私と咲夜さんは華琳さんのいるお城に向かいました。
その道中で馴染みの八百屋さんに話しかけられました。八百屋さんは気さくないい人です。お店にもよく来てくれます。時々おまけもしてくれます
「おー!司馬懿さんに月ちゃん!今日はどちらへ?」
「あぁ。ちょっと華琳に呼ばれてな」
「お料理会なんです」
「かー!さすが『晋』さんだわ!また今度、寄らせてもらうよ!」
「はい!待ってますね」
八百屋さんだけじゃありません。街を歩けば、道行く様々な人に声をかけられます。この街に来てからは、本当にお知り合いが増えました
「あ!咲夜さーん!月さーん!」
お城の前には、流琉ちゃんが待ってくれていました。流琉ちゃんはこちらに気付き、大きく手を振っています
「おはようございます流琉ちゃん」
「よう。待たせたな」
「おはようございます!では、さっそく行きましょう。華琳様も待ってます!」
私たちはそのまま流琉ちゃんの誘導で城の厨房へ行きます。そこには華琳さんが食材を確認している姿がありました
「おはよう咲夜に月。こちらの準備はできているわ」
「おはよう。ずいぶんと気の早いこった」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
華琳さんや流琉ちゃんは、東さんの故郷のお料理に大変興味を持っている様なので、こちらでも調味料を持ってきました。材料は何とかなっても、調味料だけは揃えられませんので
「私は今日という日を待ち望んでいたのよ。時間が惜しいわ。そしてせっかくだから、いろいろ作ってみたいのよね。咲夜、ここの材料とそちらが用意した調味料で何種類作れるかしら?」
華琳さんは私たちが持ってきた調味料を見て聞いてきました。それに対し、私と咲夜さんは材料を見つつ、どれくらい作れるか思案しました
「そうだな……まぁ、量を少なくすれば、そこそこの種類は作れるな」
「そうですね。材料は豊富ですが、こちらの調味料が足りません」
思案した結果、私たちはそう結論付けました
「では、まずは調味料から習っていくのはどうでしょうか?」
「そうね…咲夜、調味料を作るのに、最短でどれくらい必要かしら?」
流琉ちゃんの提案に、華琳さんが同意を示しました
「物によるな。半日で出来るものもあれば、日数を掛けて作らなきゃいけないものもある。美味いものを目指すなら、なおさら時間はかけなきゃいけない。零士の技術を使えば、幾分か短縮はできるんだがな」
「それと、例えばこのケチャップにしても、材料となるトマトが遠方で取り寄せている物なので、用意には時間がかかります」
こうして思い返してみても、全て東さんの未来の知識によるものばかりです。東さんの発想は、今までの私たちにはないものばかりですからね
「ふむ、意外と手間がかかるのね。調味料は次回にまわしましょう。それまでにこちらでも材料を集めておくわ」
「うーん…では『晋』さん独自の調味料を使わないで作れる料理になると、何がありますか?」
「まぁ、簡単な物なら作れるな。オムレツとかハンバーグとか」
「では、何か簡単に作りつつ、今日一日で作れそうな調味料を作るのはどうでしょうか?」
「それがいいわね。では、お願いするわ」
そして、咲夜さんと、僭越ながら私の指導で、お料理が始まりました
†††††
Talk Session 1 月と流琉
「流琉ちゃん、次はこれを炒めます」
「はい!」
流琉ちゃん、うちで働いている姿も見ていますが、こうしてじっくり見るととても手際が良いのがわかります
「できました!どうでしょうか?」
流琉ちゃんは不安気にできた料理を見せてくれました。その姿が、とても可愛らしいです
「はい、見た目も味もばっちりです」
「やった!」
ふふ、もし妹がいたら、こんな感じなのかな
「月さんは、年の近いお姉さんみたいです」
「そ、そうですか?」
「はい!とても優しい、しっかりしたお姉さんです!」
「へぅ…」
照れちゃいます…
†††††
Talk Session 2 月と華琳
「へぅ、華琳さん凄いです」
華琳さんの手際も、流琉ちゃんに負けず劣らず見事です
「あら、私から見れば、あなたの方が鮮やかに見えるのだけれど」
「でも、華琳さんって、王としての仕事をしつつですよね。私はお料理屋さんで働いているから、ある程度こなせますが」
「そうね、もともと料理が好きというのもあるけれど、何かをするのに妥協するなんて事は許せないのよ。より完璧な物を目指す。それだけよ」
「かっこいいです華琳さん」
こういう、華琳さんみたいな人は、素直に憧れてしまいます
「ふむ、でも私は、実はあなたも凄い人物なのではと睨んでいるのだけれど」
「え?」
私が、凄い?
「あなた自身、気づいている様子はないけれど、あなたの持つ才能、周りを惹きつける魅力、時折滲み出る気品さ。どれも一級であるし、王としての素質も十分だわ」
………
「そんな、買いかぶりすぎですよ」
「……私はね、とある連合に不振な点をいくつも感じているのよ。黒幕の死体とか」
「!?」
華琳さんは、気づいている?
「ふふ、安心なさい。今さらどうこうする気はないわ。ただ、やはり『晋』の面々は規格外だとわかったわ」
「へぅ…」
華琳さんはかっこいいですが、やはり侮れないんだと思いました
†††††
Talk Session 3 月と咲夜
「ばれてたな」
「だ、大丈夫でしょうか」
「あぁ、華琳なら問題ないだろう。あいつはそういう事を理由に何かするようなヤツじゃない」
「そう、ですか…」
それでも不安はありますけど。私はどうなってもいいですが、詠ちゃんや恋さんに迷惑はかけたくない…
「月」
「??はい」
「お前も詠も恋も、私が守ってやる。だからそんな不安な顔するな。な?」
「あ…」
そう言って咲夜さんは私の頭を撫でてくれました。その手の暖かさが、不思議と心を落ち着けてくれました
「……ふふ、咲夜さんも、かっこいいなぁ」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません」
私も、こんな女性になれるかな
†††††
夕が暮れる頃、楽しかったお料理会もそろそろお開きです
「今日はとても参考になったわ。特に調味料の種類が増えた事は収穫ね。これだけで料理の幅が広がるから」
「それは良かったです」
華琳さんはとても満足げな表情でした。お力になれたようでよかったです
「でも、本当によかったんですか?こういうのって、あまり教えちゃダメな気がするんですが」
流琉ちゃんは申し訳なさそうな顔で言ってきました。そんな流琉ちゃんに、咲夜さんは微笑みかけました
「もちろん、販売目的なら教えてないさ。だが、お前ら2人は違うだろ?」
「それはまぁ、そうですが」
「それに東さんはそんな事気にしませんよ」
東さんなら、そう、「あ、教えちゃったんだ。まぁいいや」と言いそうです。東さんの器の大きさには感服します、咲夜さんは、「ずぼらなだけだよ」と言いますが
「まぁ、もう既に習ってしまったし、今さらの事ね。それにこれは、あくまで私の趣味よ。一応言っておくけど、これで稼ごうなんて考えていないわ」
「わかってるさ」
「ふふ。今日はありがとう」
「「………」」
私と咲夜さんは思わず固まってしまいました、いま、華琳さんから珍しい単語が聞こえたような
「な、なによ?二人して黙ってこっち見て」
「あぁいや、華琳が素直にお礼を言ったのが、なんか珍しくてな」
「はい。少し信じられない気が」
「あなた達ねぇ、私を何だと思っているのよ。私だってお礼くらい言うわよ」
私と咲夜さんは思わず笑ってしまいました。華琳さんは少しムッとしていましたが、怒っている様子はありませんでした。また一歩、仲良くなれた気がします
「はぁ、それじゃあね二人とも。また時間ができたらお願いするわ」
「今日はありがとうございました!」
「じゃあな二人とも。今度はうちでやろう」
「お邪魔しました」
そして私達はお城を出ました。すると後ろから華琳さんが…
「月、またいらっしゃい。あなたと私は、と、友なのだから」
と、少し照れたように言ってくれました
「はい!」
†††††
家に帰ると、そこには誰も居ませんでした。みなさん、まだ帰ってきてないのかな?
「月、お茶飲むか?」
「あ、私やりますよ?」
「いいって。座ってな」
「は、はい」
咲夜さんは、本当に気が利いてて素敵な女性です。そして私達はお茶を飲みながらみんなの帰りを待つことにしました
「ふんふん♪」
「ん?どうした月。ずいぶんご機嫌だな」
「へぅ…そ、そうでしょうか?」
私が今日一日の事、華琳さんの別れ際の言葉を思い出していると、咲夜さんが声をかけてきました。私、顔に出ちゃってたかな
「はは、今日は楽しかったな」
「はい!早くみなさんに今日の事を話したいです」
街のみんなと話したこと、お料理のこと、華琳さんと流琉ちゃんのこと。本当に素敵な一日でした
ガチャ
「ただいま~…」
「…ただいま」
しばらくして、詠ちゃんと恋ちゃんが帰ってきました。ですが…
「え、詠ちゃん大丈夫?」
どういう訳か、詠ちゃんはグッタリしていました。何があったんでしょう?
「あー、詠。ずいぶん頑張ったみたいだな」
咲夜さんは、何か知っているようです。どうしたんでしょう?
「…詠、子ども達に好かれてた」
「そうなんですか?」
子ども達に好かれていたということは、かなり振り回されたのでしょうけど、詠ちゃん大丈夫かな
「はは、その様子だと、減量計画は順調のようだな」
減量計画?
「ちょ!咲夜なに言ってんのよ!?」
「あぁ?あれ?もしかして、月に言ってなかったのか?」
「当たり前じゃない!」
「へぅ…詠ちゃん…?」
詠ちゃんが、私に言えない事?
「あぁ月!言う!言うからそんな悲しい顔しないで!」
「ほんと?」
「ホントよ!あれは昨日の事だわ…」
「詠ちゃんのとある一日」に続く………