司馬懿たちが戦場を離脱したほぼ同時刻
夏侯淵視点
「フッ!」
燃え盛りつつある地の中、私は目の前の数人の黄巾どもを瞬時に射る。4人の男の心臓を的確に撃ち抜いた
「それにしても、いないな…」
私はある人物たちを探していた。今回の乱の首謀者、張角、張宝、張梁の三人を。なぜ探しているのか、それは私が懇意にしているとある飲食店の友人からの頼みがあったからだ。あれは数日前……
数日前 『晋』
「ふむ、やっと陳留に、華琳様と姉者に会える…」
私は朝廷の依頼で、ここ許昌の政に携わってきた。本来は華琳様の下で働いていたのだが、許昌には有能な文官がいなかったらしく、放っておくと荒れてしまう。それを危惧し、一定の期間ごとに私が監督しに行っていた
「大げさすぎないか?たかが半月かそこらで。それに賊退治に行っては、たびたび合流していたんだろう」
料理を持ってきた司馬懿が訪ねてくる。うむ、今日はかつ丼にして正解だったな。とても美味そうだ
「親愛なる華琳様と姉者に一カ月も会えないのだぞ?それに戦場で会えても、ゆっくり話すことも叶わないんだ!」
「お、おう。そうか……珍しく酔っているな…」
「何か言ったか?」
司馬懿が何かをぼそりと言ったようだが、私にはしっかり聞こえなかった
「いやなにも。それより今回はずいぶん早く陳留に戻るんだな。いつもならもう少し長くこの街にいるのに」
確かに、この街には平均して2,3か月は滞在しているのだが、今回はそうも言っていられない
「ああ。黄巾党の本隊を見つけたんだ。これまでとは比較にならないほど大きな戦闘になるから、私も華琳様の本隊と合流して殲滅する予定になっているんだ」
今までは小さな部隊を相手にしており、私の手持ちの兵でも十分事足りたが、今回はそうも言っていられない。なにせ本隊だ。一五から二十万はいても不思議ではない
「黄巾党…本隊?」
司馬懿がなにやら驚いた表情でこちらを見ている。なにかおかしなことを言ったか?
「夏侯淵さん、黄巾党の首謀者の顔は割れているのか?」
「ん?いや、その辺の詳細はないな」
「そうか…夏侯淵さん、少し協力してくれないか?」
咲夜は深刻そうな面持ちで訪ねてくる。突然雰囲気が変わったので、軽く酔い始めていたものが吹き飛んだきがした
「協力?」
「ああ。私は、黄巾党の首謀者である張角、張宝、張梁の顔を知っている」
「なに?」
首謀者を知っている?と言うよりも
「なぜ今まで黙っていた?」
そう。なぜ司馬懿は今まで黙っていた?あまり考えたくはないが、こいつもまさか
「勘違いするな。私は黄巾党じゃない。て言うか、実は夏侯淵さんも何度か見ているはずなんだ」
司馬懿は私の考えを見透かしたかのように言葉を続ける。それに私も見ているだと?どういうことなんだ
「この店で、女の子三人がたまに歌いに来ていたのは覚えているか?」
「女の子三人…歌?………ああ、確かにいたな。最近では見なくなったが」
「あの三人が張角、張宝、張梁なんだ」
「なんだと?」
あの三人が?とても反乱を起こすようには見えなかったが…
「事態はちょっと複雑なんだ。実は…」
そして咲夜の口から、思いもよらない話が飛び交った。張三姉妹の人となり、そして太平要術の書の危険性。書については華琳様も気にしているようではあったが、まさかそれほどとは。だが、これがもし本当なら、ある意味では張三姉妹も被害者と言えなくもない。
「さて。ここからは、私の個人的な頼みだ」
「頼み?」
「ああ。張三姉妹を、保護してやってくれないか?」
「保護だと?」
「ああ。もちろんそっちにも益はある。黄巾党が本格化する前から、彼女たちにはそれなりに追っかけが存在していた。それだけ奴らの魅力と歌には人を惹きつける。これを利用すれば、徴兵や慰問、兵士の士気の上昇なんかも狙えるはずだ。それに、あんな化け物みたいな人相書きが出ているんだ。保護したところで、彼女たちが何者なのか上の連中はわからない」
私は、現在手配中の張角の人相書きを思い出す。確か髭面の大男で、腕は八本、足は五本、おまけに角や尻尾などもあったな。とても人間とは思えないものだった。それにしても
「それならば、お前がその張三姉妹を保護してやればいいんじゃないか?」
司馬懿は悪人に対しては鬼畜だが、悪い奴じゃないのは知っている。普段は冷たいくせに、今回のように誰かを助けるのも躊躇わない程お人よしなのも知っていた。だが、少し気になった。司馬懿はかなり頭がいい。ここの経営も司馬懿がしているのは知っている。そしてここは飲食店だ。彼女たちの歌を使えば、かなり集客率もあがるはずだが
「張梁はいいんだが、上二人が好かん。我儘すぎる」
即答だった。なるほどな。たしかに司馬懿の性格上、我儘な人物とはそりが合わないだろう
「とりあえず分かった。この話を華琳様にもしておく。最終的に決めるのは華琳様だが、私の方でもそれなりに計らってみるよ」
「すまん、お礼は必ずする!」
現在
華琳様からの許可はすでに得ており、保護することは決まっている。見つけることさえできれば、司馬懿の頼みは果たされるが…
「秋蘭様ー!」
前方で私を呼ぶ声が聞こえる。とある村が襲われた際に協力してくれた者で、現在は華琳様の下で働いている楽進こと凪だ
「この戦場を抜けた先の、森の入り口付近で見つけました!こいつらですね?」
凪は女の子三人を連れてやってきた。間違いない、張三姉妹だ。
「でかしたぞ凪。大手柄だ」
「はっ!」
凪は敬礼し、下がっていった。さて、次はこいつらの相手だな
「うぅ…逃げられると思ったのに…」
「ねー?お姉ちゃんたちー、どうなっちゃうのかなー?」
「わからないわ。ここは大人しくしておきましょう」
張三姉妹は大人しく着いてくれるようだ。あのメガネの子が確か張梁だったな
「とりあえず、我が主、曹操様の下まで来てもらう。抵抗しなければ、こちらから危害を加えるつもりはない。ついてきてくれるな?」
「どちらにしろ、そうするしかないんだもの。ついていくわよ」
賢明な判断だな
「ふむ。ところでお前たち、太平要術の書は持っていないか?」
司馬懿の話では、恐らくこいつらが持っているだろうとの事だったが、それらしき本は見当たらなかった。
「太平要術―?それってー、あの追っかけさんの一人がくれた本のことだよねー?」
やはりこの者たちが…
「やはり持っていたか。それはどこに?」
「いきなりどっかの奴らが火をつけたから、なにも持たずに慌てて逃げてきたわ。だからそんなもの持ってないわよ」
ということは、書は灰になってしまったか。致し方ない。この事は司馬懿や華佗にも連絡しておかなければならないな
とりあえず、最低限これで司馬懿の頼みは果たせそうだ。これで貸し一つだぞ、司馬懿よ
†††††
時は少しさかのぼり、黄巾党陣営で火が起きた時
「あー!もー!どこのどいつよ!?勝手に火をつけたの!」
「あついよー」
「クッ、でも好機だわ。この隙に逃げるわよ」
「それさんせー。もうこんな生活やだー」
「ちょ、この本はどうするの?」
「そんな本捨ててしまって。それよりも今は逃げることが先決だわ」
張三姉妹が陣営を放棄し、みるみる内に火の勢いがまし、すべてを燃やし尽くそうとしていた。そして、その光景を、一人の男が静かに眺めていた
「やれやれ、もう少しで燃やされるところでした。危ない危ない」
男は古ぼけた本を手に取り、それについていた埃を払う
「ふむ、上々と言うべきですかな。いい具合に人々の負の感情を吸ったようだ」
男は書を開き、そう呟きながらにやりとする。
「しかしまだ足りない。この書には、これからも働いてもらわねばなりません」
そして男は消え、そこには何もいなくなる
炎は全てを焼き尽くし、鎮火していった。
しかし
邪悪な炎は、消えることはなかった
†††††
数カ月後 許昌
司馬懿視点
私たちが戦場から帰ってから数週間後、夏侯淵さんがわざわざ報告しに来てくれた。張三姉妹、そして太平要術の書の事を。もともと曹操さんもあの書を危険視していたらしく、あの後さらに火をつけたのだとか。しっかり確認したわけではないが、恐らくはもう大丈夫だろうとのこと
黄巾党本隊を撃破した後、その勢力は加速的に減少していった。減っていっただけで、完全に殲滅した訳ではなかったが、それでも大陸に平穏が戻りつつあった。しかし今回の乱は、朝廷にはもはや農民の反乱を止められるほどの力はない、という事を露見してしまっており、民の朝廷に対する不信感はさらに強まったといえるだろう
おっと。張三姉妹についても話さないとな。夏侯淵さん曰く、張三姉妹の扱いは私が提案した通り、軍の徴兵や慰問に使うとの事らしい。今はまだ、曹操さんの陣営の中でしか歌う事はできないが、いつか曹操さんが陣地を広げれば活動範囲も広がり、やがては大陸一の歌芸人になると言っていたそうだ
そして今日
「咲夜姉さーん!こっちですよー!」
「わかっている。そんな急がなくてもいいだろう」
私と悠里は、慰問に来ている張三姉妹の歌を聴きにやってきた。辺りにはそこそこの人だかりができていた。ちなみに零士は店番だ
「お!出てきました!始まるみたいですよ!」
「みたいだな」
「もー、なんでそんな、えーっと…テンションでしたっけ?低いんですか?盛り上がりましょうよ!」
むしろなんでお前はそんなにテンション高いんだよ
「たくっ…ほら、始まるぞ」
私たちは舞台の方に注意を向ける。すると派手な演出の後に、張三姉妹がこれまた派手に表れた
「みんなー!来てくれてありがとー!」
「今日は盛り上がっていこー!!」
「私たち数え役萬☆姉妹の演目、最後まで楽しんで行ってください!」
曹操軍に保護された後、張三姉妹はそれぞれ名を捨て、今後は真名のみで活動するとのことらしい。まぁそれまでも、結構真名で活動していたらしかったから、大した影響はなかったようだ
「いえーーい!!」
悠里のテンションは今日も振り切っていた。いや、悠里だけじゃない。まわりの客も、悠里と同様にはしゃぎ、そして笑顔だった。そして
「まぁ、たまには悪くないな」
私は目の前の三人を見て思う。
彼女たちの顔もまた、笑顔であふれていた
「「「いえい!!」」」
こんな感じで、本編の裏側にあったお話を展開していきます。決して、派手な話ではないです