咲夜視点
私は、店を飛び出して行った悠里を探し、街中を走り回っていた。悠里が行きそうな場所をくまなく探し、時に高台に登って辺りを見回したが、見つからなかった
「チッ。今ほど悠里の速さを恨んだ事はないな」
あいつはうちの最速だ。まともにやれば、絶対に追いつけない
しばらくすると、空が暗くなり、雨が降り始めた
「チッ。降ってきやがったか」
さっさと見つけないと、風邪引いちまう
「司馬懿さーん」
私がもう一度街中をよく探していると、突然私を呼ぶ声が聞こえた。あれは…
「李儒さん?」
声の主は、元董卓軍軍師、現劉協配下で洛陽の政治に携わっている李儒さんだった
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
李儒さんは大量の資料を持ってこちらに小走りでやって来た
「久しぶりだな。でもどうして李儒さんがここへ?」
「はい。実は洛陽で、妖刀の盗難がありまして。その調査依頼を曹操様にお願いしに来たのですよ」
「あぁ。その話なら、私も噂で聞いたな。確か巨大な肉切り包丁だって?」
「はい。十三年前、世間を恐怖に陥れた殺人鬼が使っていたとされる妖刀です。私もその事件の資料を見たのですが、文面であるにも拘らず、吐き気を催すような内容でした。村を何個も潰すほどの大量虐殺。そしてどういうわけか、必ず一人は生存者がいる。それもだいたい五歳くらいの、自我を持ち始める頃の子ども達が」
殺人鬼…十三年前…五歳…
「その生存者の名前はわかるか?」
「はい。曹操様にも伝えるべく、事件の資料は全て持ってきています。確か生存者の名簿も…はい、こちらです」
私は李儒さんから手渡された資料を見ていく。
予想通りなら、あるはずだ。あいつの名前………
「あった。やはり…」
私は資料の生存者目録に書かれた『張郃』の名を見て確信する。ということはあいつは…
「どうかなさいましたか?」
「あぁ。この生存者にある名簿の、張郃ってやつ。こいつはうちの従業員だ。そして今、私はそいつを探しているとこでな」
「何かあったのですか?」
「わからない。でも妙な男を見てから、悠里の態度は激変した。恐らくあの男が、その殺人鬼なんだろう」
「そ、そんな…あの殺人鬼はとうに…いえ、まさか…」
「どうかしたか?」
李儒さんは神妙な面持ちで何かを思案していた
「その殺人鬼は、十三年前に既に討伐されています。なのであり得ない、と言いたいのですが…」
李儒さんは突然表情を変え、冷や汗を流し始めた
「これは、確定事項ではないのですが、その盗難があった前後、張譲らしき人物を見たとの情報が入っています」
な!?張譲だと?あいつが絡んでいるのか
「今回、その報告もあって、私を始めとした元董卓軍と劉協様は、この事態を大事に取り、こうして調査依頼をしに来たと言う事もあります」
また張譲か。すると太平要術も絡んできているな。しかし、死者を蘇らすだと?あり得ない、と思いたいが、あの悠里の表情は、まさに仇を見る目だった
「わかった。私の方でも探ってみる。李儒さん、悪いがその話、零士にもしてやってくれないか?」
「もともとそのおつもりでした。それよりも、気をつけてください。もしその殺人鬼であれば、相当な化け物らしいです。武将級の精鋭百人を用意してやっと討てたとありますので」
武将級を百人だと?そんな化け物が相手なのか
「わかった。ありがとうな李儒さん」
「京<みやこ>とお呼び下さい。あなたは私たちを救ってくださった恩人です。遅れましたが、お預かり下さい」
「じゃあ私の事も咲夜と呼んでくれ。『晋』には月と詠と恋もいる。京さんもゆっくりしてってくれ」
そして私は駆け出した。悠里は強い。それは疑っていないが、相手が化け物だと話は別だ。
蘇るなんて、バカげている
「間に合うといいが…」
私はかなり焦り始めていた
†††††
悠里視点
「見つけましたよ。どこに行くんですか?」
「あぁ?」
店を出たあたしは、あの男を見つけるために走り回った。途中雨が降ってきたけど、そんな事気にしてられなかった
街中は全て調べた。そして私は街を飛び出す。すると程なくして、見つかった。大きな肉切り包丁を担いだ、あの男を…
「なんだてめぇ」
「覚えていませんか?十三年前、あなたに全てを殺され、そしてあなたに生かされた子どもの一人ですよ」
「……あぁ、覚えてるぜぇ。自分の両親が死んだ事も分かってなさそうな、あの乳臭ぇガキか。へっ、随分いい女になったじゃねぇか。えぇ?」
男は突然こちらに殺気を剥き出しにする。それに触発され、あたしは咄嗟に武器を構えた
「何故、あたしだけ殺さなかったんですか」
ずっと聞きたかった理由。何故あの夜、あたしだけが生き残ったのだろう。残されたくらいなら、死んだ方がマシだと考えた時期もあった。大河さん、それに椎名さんがあたしを保護してくれなかったら、きっとあたしは死んでいた
「フッ。この時の為だ。ああして残しときゃ、俺を殺しに来るだろ?俺はな、闘って死にたいんだ。より強い奴と殺しあって、その中で、死ぬ」
「その為だけに、私を生かしたと」
「あぁ。心地いいぜぇ。てめぇのその殺気、憎しみ、そして恐怖!何ビビってんだよ、殺しに来たんだろ?この俺をよ!」
私は震えていた。それが許せないからの怒りなのか、それとも相対している男の邪気による恐怖なのか、わからなかった。あたしは、こいつにとってただの道具。こいつを殺すためだけに生かされた人形。認めたくなかった。だけど!
「お前は、お前だけは!ここで討つ!みんなの、あたしのおとうとおかあの仇!許さない!」
「!!」
あたしは一気に距離を詰め、相手の背後をとった。そして思い切り頭目掛けて振り抜く
キィンッ
「な!?」
あたしの攻撃は、その大きな肉切り包丁に止められた。完全に背後をとったつもりだったのに、反応された…
「速ぇじゃねか。少し危なかったぜ」
男は肉切り包丁を振り回し、あたしの頭上に振り下ろす。あたしはそれを避けるも、その威力と速さに驚愕した。一撃で、地面が割れていた。あれを食らえば、真っ二つは免れない。その威力に、あたしは思わず身震いしてしまう
「クッ…アァァー!」
あたしはさらに速度を上げ、猛攻を仕掛ける。一撃入れて距離を取り、また一撃入れて距離を取る。だが全て受け止められてしまう。それならばと、今度は連撃で追い詰めて行く。相手に攻撃をする隙を与えないように、速く、より速く動く
「いいねぇ!いいねぇ!最高だよ、お前!強ぇじゃねか!」
男は笑っていた。追い込んでいるのは私の方なのに、それすら愉しんでいるようだった。その邪悪な笑みに震えたあたしは、一瞬隙を作ってしまう
ガキンッ
「あうっ!」
少しの隙も見逃さなかった男は、一気にあたしを押し返し、その衝撃に耐えきれず、あたしは吹き飛ばされてしまった
「おい、それで終わりかぁ?もっと愉しませろよ!」
「ウッ…」
たった一撃もらっただけで、震えが止まらなかった。怖い。目の前の男が純粋に怖かった
「なにブルってんだよ。…はぁ。お前、あの店にいた奴だよな?」
「…え?」
「お前には期待してるんだ。だからよぉ、殺してくるわ。あの店の奴らも、街の奴らもよぉ」
殺される?お父さんも、お母さんも、咲夜姉さんも、東おじさんも、ここで出会った人たちが殺される?
「な…だ、だめ…それだけは、絶対にだめ!」
あたしはまた失うの?この人はまたあたしから大切なものを奪っていくの?
「聞けねぇなぁ、そんな頼み。じゃなきゃお前は俺に挑まねぇ……あぁ、いい事を教えてやるよ。俺が肉片にしてやったお前の両親もなぁ、そうして頼んでたよ。この子だけは、この子だけはってな。今のお前、そいつらにそっくりだ」
男はそう言うと、声に出して笑い始めた
許せない。この男だけは、ここで殺さなくちゃいけない。おとうとおかあは私を守って死んだ。今度は私が、大切な皆を守らなきゃいけない
「ハァァーッ!」
あたしは恐怖を吹き飛ばすように叫び、男に向かって行った。あいつは一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに笑みを漏らし、あたしの攻撃を止めた
「そぉだ!それでいい!もっと憎め!もっと殺気を出せ!俺をやらなきゃ街の奴らが死ぬぞ!」
「やらせない!もう二度と!あたしの大切なものを壊させはしない!」
思い出すのは、街のみんなの、お父さんとお母さんの、『晋』の人たちの笑顔。みんなを思うと、不思議と力が湧いてくる
「これだ。この力こそが!最高だぁ!あの時殺さなくて正解だった!さぁ、俺を殺してみせろ!」
「ハァッ!」
極限の命のやり取り。少しでも気を緩めたら死ぬ。そんな打ち合いが何合も続く。高速での打ち合いがさらに続き、やがて…
「クッ…」
攻撃が入った!あたしはこの好機を見逃さず、体勢の崩れた敵に猛攻をかける
「ぐぉぉ…」
頭、胴体、脚と、あたしは次々に鉄棍での攻撃を当てて行く
「トドメ!」
最後に大振りの攻撃を当て、あいつを吹き飛ばす。男は武器を手放し、大きな音を立てて倒れる。私は男の武器を拾い、そして…
グサッ
「ガフッ…」
それを心臓に突き刺した
「はぁ…はぁ…」
男は、その周囲に大きな血だまりを作り動かなくなった
「やった…やったよ…おとお…おかあ…みんなの仇、とれたよ…みんなを、守ったよ…」
気づけば、あたしは膝を地につけ泣いていた。
それが嬉しさからくるものなのか、悲しさからくるものなのか、何故かはわからないけど、涙が止まらなかった
「う…ぐす…」
脅威は去った
みんなのところに帰らなきゃ
あたしの大切な人たちに会いに行かなきゃ
あたしは安心しきっていた
だから反応することが出来なかった
まさか、男が立ち上がるなんて
そして男が武器を心臓から引き抜き、私に振り下ろすなんて
そしてあたしの世界は、闇に包まれた
あぁ
やっぱり今日のあたしは
調子悪かったんだ…