咲夜サイド
私は途中の人形兵をある程度潰しつつ、奴らが使っている武器を奪いながら進んでいた。人形兵は死なないだけで、大して強くはなく、また動きもとろいので、容易に奪う事ができた。槍に剣、そして弓。これだけあれば、何かと役に立つだろう
「ここが祭壇か」
私は祭壇の階段を駆け上がる。するとそこには、妙齢の女性がいた
「よぅ、あんたは誰だ?」
「私は虞美人。項羽様を心から愛している者です」
「あんたが?」
悠里が絶世の美女とか言うから、どんな奴か期待していたのに…
「思ったよりも普通?」
「な!?なんですか普通って!」
虞美人の見た目は、なんというか、確かに綺麗だとは思うのだが、それは平均的な話ってだけで、普段から美少女達を見ている私からしたら、なんとも普通の容姿をしていた
「いや、ちょっと期待外れっていうか…まぁ、性別が女ってだけマシか。自称絶世の美女っていう、性別が筋肉の塊だっているくらいだしな」
「ど、どんな想像してるんですか!ちょっと失礼ですよ!」
「それにしても、期待外れであるにも関わらず、思ったより歳が…」
「うっ…じょ、女性に歳の事を言うなんて酷いです!」
「まったく、少しは歳考えろよ。あんたなんて格好してんだ。なんだそのフリフリ、可愛いとか思ってんのか?」
虞美人の服装は、うちのメイド服よりフリフリしていて可愛らしいものだ。だが着ている人がちょっとなぁ…
「わ、私はまだ、じゅ、17歳だもん…」
「おいおい、そりゃ嘘だろ。明らかに四十手前じゃねぇか」
「そんなこと…ないもん…」
「いやあるぜ。もうあんた残念だわ。えーっと、確かこういう時は……そうだそうだ、チェンジで」
「う…ぐす…」
やべ、とうとう泣かしちまった
「あー!虞美人さんを泣かしたー!」
「悪いんだー!」
人形兵喋れんのかよ!?
「あー、その、なんだ…確かにあんた、綺麗だと思うぞ、うん」
「ほ、ほんと?」
虞美人は涙目で問いかける。この人、単純だなー
「あ、あぁ。なぁ人形ども!」
「そうっすよー!虞美人さん、超可愛い!」
「虞美人さんは世界一可愛い!」
「可愛い!可愛い!可愛い!虞美人!虞美人!虞美人!」
ふぅ、とりあえずこれで虞美人の機嫌も…
「あぅあぅ…」
顔真っ赤かよ!なんだこいつ!超面倒くせェ!なんでどう転んでも涙目なんだよ!精神面弱すぎにも程があるだろ!
「おいあんた、悪いがそこどいてくれないか?私はこれでも忙しい身なんでな」
さっさと祭壇壊して、あいつんとこに助太刀に行きたいとこだな
「だ、ダメです!ここを護るのが、私のお仕事ですから!」
「つっても、あんた戦闘とかできんのか?今なら大人しく…!?」
バシュッバシュッ!!
私が彼女に近付こうとすると、突如地面から槍が飛び出す。私はこれに寸でのところで気付き、避ける事ができた。もし、あのまま進んでいたら串刺しだったな
「……なかなか、怖い事するな」
私は虞美人を睨みつける。彼女は目を拭い、落ち着きを取り戻していく
「あれに気付きますか。初見ではだいたいの人があれで串刺しですのに」
「残念だったな。私はそういうのに敏感でな。ちょっとした地面の違和感も、私は見抜く力がある」
目が良くて本当に良かった…
「これは、私も本気を出さなければいけませんね」
虞美人の両手から突然細剣が現れた。まるで、零士の魔術のように…
「ずいぶん珍しい技を使うな」
「不思議でしょう?私はこうして、いろいろな物を出すことが出来る。そして私は、それらを使って罠を張るのが得意なんですよ。こういう風に…」
「!?」
ヒュンヒュンヒュン
今度は柱から無数の矢が飛んできた。チッ、面倒だ。一旦下がって…
カチッ
「カチ?って、うぉ!」
下がった所にあった奇妙な出っ張りを踏むと、もう少し後ろの地点で今度は剣山が現れた。私はなんとか踏みとどまり、飛んで回避する
「え、えげつない真似するな。さっきまで恥ずかしがっていたのは演技か?」
「そ、そうですよ!あなたを油断させるためです!」
あれは素か。耳まで真っ赤じゃあ、説得力ないな
「まぁいい。あんたが意外とできる奴ってのがわかったんだ。こっちも遠慮はしない」
私は弓を構え、狙いを定める。女性をやるのは気が引けるが、仕方ない
ヒュンヒュン
私は連続で矢を放つ。秋蘭程ではないが、これくらいの連射なら、私にもできる
虞美人はこれを軽く弾く。慣れてないとはいえ、割と真面目に射ったつもりだったんだが、あぁも簡単に弾かれるとちょっと傷つくな
「ふふ、拠点防衛は私の専売特許。単身で落せる程、甘くはありませんよ」
ヒュンヒュンヒュン!
今度は鉄線が展開されたか。恐らく動きを制限する為のものだろう。本当にいろいろと出てくるな
「だが鉄線ごとき、私にはなんてことない」
私は鉄線をナイフで切り刻む。すると…
ガァン!
タライが頭に直撃した
「ふふふ、その鉄線を切ると、タライが落ちてくるよう細工してあります!」
虞美人はドヤ顔で答えているが、一つ疑問がある
「なんでタライ?」
「精神攻撃の一つです。地味に痛いし、なんだかマヌケみたいですし」
バカだこいつ。こんだけ罠張れるのに、精神年齢が子どもだ…
「………もっかい泣かす!」
私は弓で罠がありそうな所を狙撃しながら前進する。罠は何かしらの引き金が必要だ。それらを潰して行くと、落とし穴や剣山、槍に矢と、いろいろな物が飛び出した
「散々見たんだ。もう見切ったぜ」
私は弓を投げ捨て、事前に拾った剣を虞美人に投げつける。そして間髪入れずにナイフを構え…
キィン! ガキィン!
投げ付けた剣を弾かれたかと思えば、私の攻撃も防がれた。こいつ…
「なんだあんた、接近戦は苦手かと思っていたが、やるじゃないか」
「項羽様について行くには、これくらいの力が無ければいけませんので!」
虞美人は両手の細剣を縦横無尽に振るってくる。マズイな、手数が違いすぎる。かと言って、もう一本のナイフを取り出す暇は…
「ハァッ!」
ブシュッ
「ッ!!」
クソッ、腕にかすったか。舐めていたな。だが…
「フッ!」
私はなんとか立て直し、攻撃を弾きつつ、腹に蹴りを入れてやった。虞美人は堪らず後退し、私も一旦距離をとった
「チッ…ちょっと油断したか…」
私は腕から流れる血を見ながら答える。こいつの細剣、思った以上に厄介だ。速いし、軌道が読みづらい
「ふふふ…はぁ…はぁ…ど、どうですか?私は、つよ、強いんです!」
「………」
息上がってんじゃねぇか
「お前、罠張るために、魔力使い過ぎたんじゃないか?」
「ぎくっ…」
図星かよ
零士の魔術、想造の弱点、それは膨大な魔力を消費すること。そして魔力を使い続けると、体力が思った以上に食われる。ただ、あいつが特殊な点は、一度出してしまえば、それは独立したものとして捉えられ、現出している間の魔力消費はゼロであるとの事。あいつが任意で消すか、死なない限りなくならない
だがそれは、あくまで零士個人の能力。他の魔術師にはできない芸当であり、物を出している間も、魔力は消費されるらしい。そして目の前のこいつは…
「はぁ…はぁ…おぇ…」
残念な事に魔力を盛大に使ったらしく、足にキテいるようだった
「はぁ…大丈夫か、お前?」
「し、心配せずとも…あ、ちょっと待って…」
虞美人さん真っ青な顔で指を鳴らすと、先ほどまであった罠の数々が全て消えた
「ふぅ、これでちょっと回復。仕切り直しです!」
虞美人はキリッとした顔で答える。ただ顔面は汗まみれで残念なことになっていた
「お前、なんでそんなに頑張るんだ?そんなに大陸を手中に収めたいのか?」
私は少し気になった。どうして生き返って早々、こんな無茶をしているのか。私の推測だが、こいつはこんな汗まみれになるような人間には見えない。もっとこう、冷静に、相手を高い所から見下すような人間に見えるのに、どうしてこうも必死なのだろうか
「ふっふっふ、聞いてくれますか?」
あぁもう、なんか一瞬で聴きたくなくなった…
「私、この戦いが終わったら、項羽様と結婚するんです!女性同士ですが、項羽様は笑顔で了承してくれました。だから、負けられないんです!」
「あぁ…そう…」
結婚とか、心底興味ない…
「私は私の夢の為、あなたを倒します!」
「そうかい。なら私も…」
私はもう一本のナイフを取り出す。一本は、今まで私が愛用し続けた、私の相棒と言ってもいいナイフ。もう一本は、龍の素材で出来た不思議なナイフ。両方を逆手に持ち、虞美人に対峙する
「家族の為に、お前を倒す。お食事処『晋』副店長、司馬懿仲達、行くぜ!」
私達は同時に動き出し、両手に持った武器を振るう。神速の攻撃が重なり、激しい剣撃が鳴り響き、火花を散らつかせる。縦へ横へ、流れるように展開される虞美人の細剣。それに合わせて防ぐ私のナイフ。手数も力もほぼ互角だが…
「ッ!?だんだん、押されていく!」
ようやく眼が慣れ、あいつの攻撃の軌道が視えてきた。視えさえすれば、技術力は私の方が上だ
「でも、負けない!」
だがあいつも強い。これだけ押してもまだ崩れない。それだけ、虞美人は項羽を想っているということだろうか
「だが、想いの強さなら、負ける気はない!」
こいつが項羽を想うように、私は『晋』を、零士を愛している。その想いは、砕けはしない!
「……ッ!!」
シュン!
「……虞美人、私の勝ちだ」
私は一気に押し返し、その隙を突いて虞美人に一閃を決めた
ハラリ
「な!?」
私は虞美人の服を細切れにし、ひん剥いてやった。武器破壊してしまうと、消えてしまうかもしれないからな
「キャーー!!あ、あなた!鬼ですか!?」
虞美人は自分が下着姿であることを認識すると、縮こまってしまった
「いやなに、せっかく蘇ったんだ。もう少し居たいだろうと思って、せめてもの情けに武器は破壊しないでおいたんだが。ダメだったか?」
「ならそのニヤニヤ顏はおかしいですよ!」
さて、さっさと祭壇壊して、零士のとこに行くか
†††††
恋サイド
「来たか…名を聞こう、赤毛の少女よ」
「呂布…奉先…」
並び立つは二人の女性。一人は赤い癖毛が印象的な、方天画戟を担いだ少女。その彼女の後ろには、先ほどまで動いていた人形が、文字通り粉々にされていた
「そうか…俺の名は項羽。西楚の覇王だ」
もう一人の女性は、長身でありながら細身で、整った顔立ち。そして、彼女の両手には、その容姿には似合わない二振りの巨大な剣が握られていた
「……よろしく」
戦場には似合わない、なんとも軽い挨拶をした恋だが、その言葉と共に殺気を剥き出しにする。その気に触発された項羽は満面の笑みを見せた
「クックック、いいなお前!俺の前に立つに相応しい気だ!」
項羽は笑いながらも、恋と同じように殺気を剥き出しにした。その氣を感じた恋は直感する。こいつは、強いと
「行くぞ呂布!お前の力を見せてみろ!」
「……こい」
両者、一斉に走り出し、武器を振るう。方天画戟と項羽の双剣がぶつかり合った
バァァン!
すると、彼らを中心とし、広範囲で衝撃波を生んだ。その衝撃波は、先ほどまであった人形の残骸をことごとく消し飛ばした
だが、そんな衝撃波でも、彼らは止まらない。項羽は右手の剣で方天画戟を抑えつつ、左手の剣で恋の横腹を狙う
「!」
恋はこれに気付き、右手の剣を押し退け、最少の動きで防御を取る。そして左手の剣をも弾き、今度は恋が力任せに武器を振り下ろした
ドゴーン!
その一撃は避けられるものの、地面を割り、大きく陥没させた
項羽は再び笑みを見せる。そして一旦下がり、助走を付けて恋に突撃した
「ハァァ!」
ガキィン!!
双剣での、下からすくい上げるような一撃。恋は防御するも耐え切れず、空に打ち上げられてしまう
「そらそらそらそら!!」
項羽は攻撃の手を緩めない。空中に打ち上がった恋目掛けて、氣の斬撃を飛ばした
「!!」
ザシュッ
恋は咄嗟に氣の斬撃を打ち消す。だが、その数の多さに対処できず、一つを直撃してしまった
それでも恋は怯まず、氣を溜め、空中状態から回転し、勢いを付け、そして溜まった氣の塊を項羽に向けて放つ
「素晴らしい!」
ドカーン!
項羽はあえて避ける事はせず、これを迎え討つ。項羽が氣の塊を双剣で受け止めると、大爆発が発生した
「………強い」
恋は腕から流れ出る血を気にもせず、爆発し砂煙が舞うポイントを睨み続ける。恋は確信していた。項羽はまだ立っていると。そしてそれは確証される。項羽は双剣を使い、強引に砂煙を晴らした
「フッ、お前もな。蘇って早々、本気の勝負が愉しめそうだ!」
項羽は恋目掛けて氣弾を飛ばしつつ突進する。恋は氣弾を軽くいなし、目の前の敵に備える
ガキィン!!!
一撃必殺。まさにそう呼ぶに相応しい威力を項羽は繰り出す。そしてその一撃必殺の攻撃が、二合、三合と続く
「ウッ……」
恋は防御しているにも拘らず、痛みを覚える。ガードを無視するほど、攻撃が重いのだ。項羽に決まった技はない。だが、彼女の一撃一撃が、既に奥義の域に達しているのだ
「ふっ!!」
バキィン!!
だがそれは、項羽だけではない。恋の攻撃もまた、一つ一つが奥義級の一撃必殺。
恋は隙を見て方天画戟を振るい、攻撃していく
「クッ……」
項羽は上手く双剣で防御していくも、次第に崩れ始める。そして項羽は堪らず後ろに下がり始める
「ふん!」
項羽は何とか隙を見て一度押し返し、後退する事に成功した。項羽が後退すると、お互い持っていた武器を握り直し、息を整える。二人は息を切らし、血を流しながらも、笑っていた
「こんなに強い奴は、零士以来…」
「ほう!まだ強い奴がいるのか?それは会ってみたいな!」
「項羽も、きっと気に入る。零士はご飯も、美味しい」
「はっはっは!そうかそうか!それは是非とも闘って、その零士とやらの飯を食らってみたいものだ!」
恋は思う。どうして、こんな良い人そうな人が、大陸を奪う戦に関わっているのだろうかと
「項羽は、なんで闘う?」
「ん?俺の闘う理由か?」
「ん。項羽は良い人。だから、わからない」
「……俺は、お前が思う程良い奴ではないさ。部下を信じきれず、愛する者すら守れなかったのだからな」
「………」
「王とは、部下を、仲間を信じ、そして守ってやる立場の者だ。全てを受け入れてこその覇王。だから俺は負けたのだ。受け入れられなかったからな」
「……そう」
恋は項羽の言っている事を全て理解はできなかった。だが、恋は一つだけ気付く。項羽の、悲しそうな瞳に。この人は後悔している。仲間を守れなかった事を悔いている。そう思えた
「俺が闘う理由、それは蘇った皆を信じ、守り、生きていく為だ。その為に、俺は張譲なんていう怪しい奴に与している。これも全て、俺の仲間を守る為の闘いなのだと言い聞かせてな」
「……そう」
「呂布よ、お前はなぜ闘う?お前のその戟は、何のためにある?」
「恋の役目は、『晋』を、お家を、家族を守ること。だから恋は闘う」
項羽は思わず微笑んだ。短い回答ではあるものの、その言葉には想いが、瞳には確固たる意志が見て取れたからだ
「まことに、良き将だ。もう少し早く会えていればな」
「今からでも、遅くはない」
「ふっ、はっはっは!!既に死んでしまった身だが、確かにそう思ってしまうな!だが呂布よ、我々は今だ敵同士なのだ。なんらかの決着をつけなければならない。お前にもお前の守るべき者がいるように、俺にも守るべき者がいるのだ。お互い、引き下がれぬのさ。だらか呂布よ、全力で来い!!全力でやりあい、自らの意志を貫くのだ!!」
「………わかった」
項羽と恋はお互い笑みを漏らしながら武器を構え、氣を発し、突撃していく
それはまさに、ノーガードの殴り合いのようなものだった。お互いがお互い、防御を忘れたかのように攻撃しあっている。そこに一切の手加減はなく、一撃一撃が全力で殺しにかかっている
激しい剣撃は何度も響きわたり、その一つ一つが地を割り、空すらも割り、次第に足場を無くし、空中での切り合いに発展していく
「呂布よ!!お前との勝負は心躍るな!!」
「恋も、項羽は、楽しい」
お互い、傷だらけになりながらも、倒れることはなかった。彼女らの武人としての矜持が、想いが、彼女らを奮い立たせていたからだ
だがやがて限界が見え始め、ふらふらになってしまう。もうあまり余力は残されていない。感じ取った両者は、最後の一撃を仕掛ける為に力を込める
「呂布――!!!」
「項羽!!」
ズバァン!
最後の一撃は、両者ともども受け、そして倒れた
先ほどまで爆撃を受けていたかのような地鳴りがなくなり、辺りは静寂に包まれる
その中で聞こえるのは、二人の息遣い
そして微かな笑い声
「ふふ、呂布よ。なかなかに、良き闘争だったぞ」
「…また、闘おう」
立ち上がったのは恋
そして恋は、倒れている項羽に手を差し伸べた