「その余裕が、命取りになりますよ」
ナイフを突き刺した張譲の表情は、邪悪に歪んでいた
「クックック、その余裕が命取りか…まさにそうだな…」
「…何がおかしい?」
「いやなに、お前、自分の事を棚に上げてよく言えたなってさ」
「なに?」
僕は張譲に突き刺されたナイフを押し返し、蹴り飛ばした
「クッ、…!?血が、付いていない?」
張譲は握り締めたナイフを見て驚く。その表情は、僕を満足させるに十分なものだった
「残念。腹に防刃ベストを着込んでおいたのさ。いやぁ助かったよ。このベスト、結構重たかったんだ」
僕は傷付いたベストを脱ぎ捨てて答える。対する張譲は、小馬鹿にされた事に腹がたっているようだった
「クソ!ですがこの状況、今だ貴方は劣勢のはず。こうしている今も、貴方の仲間は死にゆくだろう!」
「さぁ、僕はそうは思わない。確かに数では押されているが、僕は皆の力を信じているし、彼らならこれくらい十分に対処できるさ」
僕は戦場を見わたし、みんなを想った。みんななら、きっと大丈夫だろうと…
†††††
月・詠サイド
「全軍!二人一組で確実に一体を潰せ!」
「オオォォォォ!」
高順さんの指示で兵士さんは人形兵に立ち向かい、一人が攻撃を防御し、その隙にもう一人が攻撃する。そして確実に確実に倒していきました
「RPG、撃ちます!」
「わかったわ!全軍、爆発するわよ!気をつけなさい!」
ドカーン!
私は戦場の奥の方に向け、ロケット弾を撃ち込みます。弾は人形兵に直撃し、一体を粉々に、その付近の人形兵は少しボロボロになりました。それでも、手足が残っているのでまだ此方に向かってきます
「あぁもう!!死なないって卑怯過ぎるわ!!」
詠ちゃんがその様子を見て文句を言っています。生きている人であれば、傷付いた事に気後れし、恐怖を抱きますが、人形兵にはそれがない。どんな攻撃でも恐れず立ち向かってきます
「グハッ!」
そして人形兵一体一体もまた強いようで、傷付いてしまう人も増えてきました
「全軍、無理はしないでください!」
「生き残る事を優先するんだ!」
京さんと高順さんも指示を出し、傷ついた兵を下がらせていきます
「お前は下がれ!撤退を支援する!」
「す、すまない!」
「手助けしよう。ハッ!」
撤退する兵を支援する為に郭淮さんは弓を構え、矢を放ちます
バシュン!
郭淮さんの放った矢は、一本であったにも拘らず、とても巨大な氣で覆われていたことから巨大な矢に見え、直線上の敵を複数貫通していきました
「す、凄まじい…」
その間に傷付いた兵士さんは拠点に入って治療していきます。私はそれを確認してから、再び射撃態勢に入りました。目の前には、終わりが見えない程の大群が進行しています
「ちょっとばかり、数に押され気味か」
人形兵の特性を活用した人海戦術、これにより段々押され始めます
「あんた!弱音なんて吐いたら、すり潰して饅頭の材料にするからね!」
ドカーン!
綾乃さんが叫びつつ、拳に氣を溜め、人形兵を吹き飛ばして行きます
「ぎゃー!あ、綾乃!巻き込んでる!俺もお前の攻撃に巻き込まれてるから!」
「ふん!気合いを入れ直してあげたのさ!」
お二人はどんな状況でも、変わらないんだなと思いました。あれも愛情なのかな?
「あらあら、ですがこればかりは、少しキツイですね」
ズバァァン!
椎名さんは、その細い体には似つかわしくない巨大な斧を軽くぶん回し、人形兵をなぎ倒しながら呟きます。こんなにも台詞と行動が合っていない事もあるんですね
「悠里たちを信じて耐えるんだ!!あいつらなら、絶対にやり遂げる!」
バゴーーン!
大河さんは兵士さん達を鼓舞します。その大河も、自ら前線に立ち、氣弾を人形兵にぶつけて行きます
「大河さん達が来てくれてよかったね」
「えぇ。でも、ジリジリ押されてきてるわ」
「いかんな、張譲め…面倒なものを使いおって」
ダァンダァン!
私は引き続き人形兵に向けて発砲を続け、味方の援護に専念します。ですが流石に数が多く、全てに手が行き届きません
「咲夜さん…早くしないと、こちらが持ちません!」
私は戦場の奥を見つめ、戦っているであろう咲夜さんに向けて言います
「すまん!ようやく卑弥呼と貂蝉の治療が終わった!」
しばらくすると、華佗さんが奥から出てきました。その後ろには、貂蝉さんと卑弥呼さんもいます。華佗さんは今まで貂蝉さんと卑弥呼さんの治療に専念していました。お二人たっての希望で、全快にして欲しいとのことでした
「ふむ、状況は芳しくないが、いけるな貂蝉?」
「あったりまえよぉん卑弥呼!今まで寝てた分、倍にして返してやるんだから!」
貂蝉さんと卑弥呼さんも傷が癒えたようで、前線に立ってくれました
「よし!今はこの二人でも頼もしく思えるわ!やっちゃって二人とも!華佗!あんたはこのまま拠点に待機!疲れてるかもしれないけど、怪我人を見てあげてちょうだい!」
「任せろ!怪我人を治す事が、俺の仕事だ!!」
詠ちゃんの指示で、華佗さんが拠点内にいる兵士さん達の治療を始めました。一方の貂蝉さんと卑弥呼さんは大きく飛び、一気に最前線に立ってくれました
「行くわよ卑弥呼!」
「よかろう!ついて来い貂蝉!流派漢女道奥義!超究古王両性弾!!」
お二人は体を回転さえ、自身の肉体を一発の弾丸のようにし、突進していきました。それに触れた人形兵はことごとく弾け飛んでいます
「す、凄い…」
「って、感心してる場合じゃないわね。前線はこれを機に一度態勢を立て直すのよ!重傷者は優先して撤退させなさい!」
詠ちゃんと京さんはどんどん兵を下がらせつつ、迎撃にも出ようとします。私もそれに合わせて銃を構え、引き金に指をかけ……
「ふむ、ではその撤退支援、我らが受け持とう」
「へへ、ならあたいは、前線で暴れてくるか!」
「月様!詠殿!遅れて申し訳ありません!」
え?この声って…
「すまん、待たせたな。夏侯淵隊、これより劉協軍の支援に入る!」
「ヒーロー参上!!月!詠!お嬢!待たせて悪りぃな!ヒーローは遅れてやってくるもんらしくてな!文醜隊!一気に突撃するぜー!」
「張済分隊!我らは高順隊の支援に行くぞ!」
「猪々子さん、秋蘭さん、それに張済さんも!!」
後方から、猪々子さんと秋蘭さんと張済さんが大部隊を率いてやって来ました。三つの部隊が人形の大群に次々とぶつかっていく。でも、なんでこのお三方が…
「あら、零士と咲夜はどこかしら?」
「司馬懿さーん!私やりましたよー!バカ女は卒業ですよー!」
「孫策?それに劉備ではないか?何故ここに?」
さらに後方からは、孫策さんと劉備さんの部隊もやって来てくれました。五部隊、合わせて二万程はいそうです
「劉協様!お助けに来ました!」
劉備さんが大手を振ってこちらにやって来ました。そんな劉備さんの様子を見て、桜様はとても驚いていました
「助けだと?それはありがたいが、五胡はどうしたのだ?」
「あー、五胡の連中なら、あらかた倒して、やっとさっき撤退始めた所だから、そこは蓮華達に任せてこっちに来ちゃった」
桜様の問いに孫策さんが応えてくれました。来ちゃったって、とても軽い感じですね…
「奇妙な部隊が此方に近づいているという報告は聞いていたんですが、なかなかそちらまで手が回らなくて…劉協様の軍を動かしてしまい、本当に申し訳ありません!」
「いや、それは良いのだ。むしろ礼を言う。援軍感謝する。それとこちらも、戦わねばならぬ理由があったからな。敵は、我らが宿敵、張譲なのだ」
張譲の名が出た途端、孫策さんの顔から笑みが消えました。とても怖いです…
「張譲…やはりあいつが…零士達は張譲の所ね?」
「はい。今咲夜さん達が祭壇を壊しに向かっていて」
私が説明すると、孫策さんはこちらを見て少し微笑みました
「あなた達が董卓と賈詡ね?話は零士から聞いているわ。私の事は雪蓮でいいわよ。これが終われば私もそちらにお邪魔するつもりだし」
「……え?」
え?お邪魔するつもり?
「それより祭壇って何かしら?」
私と詠ちゃんが疑問に思ってると、雪蓮さんはお構いなしに質問してきました。なので私たちは敵の情報や、大まかな現状を説明しました
「なるほど、だいたいわかったわ」
「え?雪蓮さんわかったの?」
劉備さんは、一度の説明では全てを理解していないようでした
「じゃあ私と猪々子の部隊で前線を受け持つわ。桃香は夏侯淵の部隊と協力して、友軍の支援に当たってちょうだい」
「わ、わかりました!」
「援軍か!ありがたい!!」
「あらあら、嬉しい事ですね」
そう言って、雪蓮さんと劉備さんは部隊を率い前に出てくれました
「遅いぞ張済!!五胡相手に何を手間取っていた!」
「すまん高順!遅れた詫びと、今回来れずに悔いている張遼将軍と陳宮殿の分も、しっかり働かせてもらうさ!!」
「やれやれ、これで少し休めるかね」
「なにバカな事言ってんだい!ここから押し返して行くに決まってるじゃないか!」
これにより戦力が一気に増えて、味方の士気も上がったようです
「先ほどまでの劣勢が嘘のようであるな」
「えぇ。これなら負ける事はないわ!」
「そうだね!これで後は咲夜さん達が成功するのを待つだけです!」
私も詠ちゃんも、咲夜さん達を信じている。咲夜さん達なら、必ず成功する。だから私は、準備に入ります。私に任された、もう一つの重要なお仕事…
「すぅーー…はぁーー…」
私は息を整え、狙撃銃を構え、スコープを覗きます。目標は、太平要術の書…
†††††
零士サイド
「タァッ!」
僕は張譲に対し、左ストレート、右フック、左ブロー、右ミドルキック、そして最後に左脚による回し蹴りと流れるように攻撃する。途中の攻撃は上手く防御されてしまったが、最後の回し蹴りで張譲の防御を砕くことに成功した
「おら、どうした!」
僕はその隙を逃さず、拳に氣を纏わせ、相手の頭蓋を砕くが如くの一撃を放った。張譲はその一撃をモロに食らい、盛大にぶっ飛んでいった
「グッ…デタラメですね…貴方の力は!」
ほう、アレを食らってもまだ立ち上がるか
「しかし無駄ですよ!貴方がどれだけ私を傷つけようとも、私には太平要術の書がある!」
「!?」
突如淡く光ったと思うと、張譲の体にあった無数の傷がみるみるうちに塞がっていった。なるほど、厄介だな…
「瞬間回復か…お前にだけはデタラメとは言われたくないな」
やはり、太平要術の書を優先的に破壊しないといけないな
「クッ…」
僕は少し特殊な弾が装填されてあるリボルバーを出現させる。魔力がバカみたいに消費されたな。あとは、四つの結界が破壊されて、防御壁が最後の一枚にさえなれば…
ワァァァァ!!!
突然、後ろから雄叫びが聞こえる。それに気付いた僕と張譲は、後ろで展開されている戦場を確認すると…
「……ふふ、数の利は、覆されたようだな」
「まさか援軍!?えぇい!五胡は何をしている!!」
張譲は目に見えるレベルで怒りを露わにしている。どうやら想定外に速く五胡を撃退されたみたいだな
「クソ!ならばもっと、兵馬俑を強化して…」
「おっと、お前はまだもう少し、僕に付き合ってもらうよ」
僕はリボルバーを懐にしまい、もう一丁ハンドガンを出し、発砲した
「クッ、イレギュラー…お前さえいなければ…」
張譲は怒りに任せた蹴りの一撃を放ってくる。僕はこれを見極め、躱すが…
ブシュッ
間合いを見誤り、微妙に掠ってしまった。まずいな、酷使し過ぎたか。左眼が、完全に見えなくなった…
「ん?貴方まさか…クックック、まだ負けていませんよ!!」
チッ、頭にキてる割りには、しっかり観察しているな。視力を失った事に気付かれたか
「左眼くらい、お前にくれてやる。いいハンデだろ?」
「あまり舐めるなよ、イレギュラー!!」
ここぞとばかりに、張譲は怒涛のラッシュを繰り広げる。いいぞ、もっと僕に意識を向けろ。そうすればいずれ…
パリーン!パリーン!パリーン!パリーン!
「…ふぅ、やっとか」
「な!?一体これはどういう状況ですか!」
「見てわかるだろ?四つの結界が破壊されたんだ」
「西楚の軍勢が、項羽が負けたというのか!?」
張譲は信じられないと言った様子だが、僕はこの瞬間を待っていた。咲夜達なら必ずやり遂げると信じていた。後は、こっちの仕事だな
「さぁ張譲、これで終わりだな…」
僕はリボルバーを、最後の結界に向けて発砲した