レベリング厨、虐待として通報される   作:柳カエル

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脱獄犯

 

 

 

 

 

「んん……実に惜しい人材を亡くした……いや。今からでも手に入るか。素晴らしい……我が同志が。臆病な人間共とは上手くやっていけなくても、我々となら上手くやっていけそうだな」

 

 真っ赤な「R」を背景に、オールバックの男性が黒革のソファに腰掛けた。彼の目に映るのは下らないことばかり騒ぐテレビ。

 

「チャンピオンを(くだ)した以上、実力も申し分ない。その野心も。幼稚さも。欲しいぞ……このトレーナーが」

 

 彼にとって子供とは厄介この上なかった。天敵なのだ。単純でサカキ率いるロケット団を悪の組織だと決めつける。

 悪の組織について、特に弁明はない。しかし、商売を邪魔されることだけは我慢ならなかった。この虐待トレーナーに恩を売り、まずは用心棒として悪の道に引きずり込んでやれば上手くいく。

 そう。後先考えずどんどん成長していく子供をこちら側につければ。天敵も恐れるに足らず。

 サカキにはそのような確信があった。

 

 成長を止めた大人では、大した戦力にならないのだ。サカキだって全て分かって雇っている。切りやすいヤドンの尻尾はいくらあっても困らない。

 

「脱獄の準備が必要だな……」

 

 堕落した転生者の前に垂らされた蜘蛛の糸は──

 毒蜘蛛の糸だった。

 

 

 

 

 

 

 こんなはずではなかった。そんなつもりではなかった。懺悔(ざんげ)してももう遅い。

 虐待として通報されたトレーナーは苦楽を共にしたポケモンたちと引き離され、留置場──檻の中で孤独感を味わっていた。

 救いは掃除が行き届いていることだろうか。

 ポケモンは強い。トレーナーは弱い。法律と倫理の前では無力でしかない。

 当たり前のことにどうして気づかなかったのだろうか。歳の近いトレーナーたちは笑って許してくれていた。大人たちは……誰一人笑っていなかった。

 

 いつも冷たい目でこちらを見ていた。懐かしむような目で。蔑むような目で。

 今までどんな目で見られてきたのか。一人一人の目を思い出していた、その時。

 

 声がした──

 全てを諦めた大人の声が。

 

『私なら助けられる。そんな所は似合わない。君にはもっとふさわしい場所がある。君の居場所は()()じゃない。私の元に来るといい』

 

 監視カメラ越しに目が合った気がした。正体不明のスピーカーからはノイズ混じりで甘い言葉がにじり寄ってくる。声の通り薄々、勘づいてはいた。その言葉を待っていた。もっと早く見つけて欲しかった。

 

『ポケモン勝負を続けたいんだろう? そう。君はもう子供じゃない。自分のポケモンを勝たせるためではなく、自分()勝つために、ポケモン勝負を続けてるんだ。そこに最早ポケモンの意思など関係ない』

 

 転生者の理解者が現れた瞬間だった。

 

「ああ……」

 

 やっと深淵が覗き返してくれたのだ。

 

『ポケモンは道具だ。誰がなんと言おうと道具だ。我々のために存在するのだ。どう扱おうが我々の勝手だ』

「そうだ……」

『君は一度社会に負けた。それがなんだ。そこからまたやり直せばいいだけだ』

「また……」

 

 目の前が真っ暗になって、ポケモンセンターに駆け込んだ時のように。ようやく元気になったポケモンと前を向いたあの時のように。

 

『情けは捨てろ。真の悪人になる時とは、ポケモン勝負に負けた時だ。私は誰もが認める悪党だ。だから、私は負けなくてはいけない。そう求められているからさ。意味が分かるか? 大人になれば、いつか分かる日が来る』

 

 子供でもない、大人でもない中途半端なポケモントレーナー。男の言う通り、トレーナーはまだ悪人でも善人でもなかった。

 男はこのトレーナーを悪人として育てようとしている。それを分かった上で真の悪党に焦がれた。

 

『……とは言ったものの。強制しているわけではない。私の手を取るかどうかは君が決めるべきだ。君自身の意思で選んでこそ、意味がある。どうだ? 今ならまだやり直せるぞ』

 

 子供の時は毛嫌いしていた悪の親玉。正義感に駆られた若かりし頃。今はもう──

 

 悪の組織を倒す意味が分からなかった。好きにすればいい。放っておけばいい。被害に遭うのはポケモンだけだ。もうトレーナーのポケモンは──否、努力の証は取り上げられてしまった。どっちが悪なんだ。

 

「やります。……行きます。あなたの元へ」

 

 

 

 光を失った子供の瞳を直視したサカキは思わず、悪寒に体を震わせた。

 

「この子供……。もしかしたら、私の上を行くかもしれない……。恐ろしい……なんて恐ろしいガキがいたものだ」

 

 マイクから離れて洩らした声を拾う者はいない。

 

「ククク……。子供とはなんて単純で純粋な生き物なのだろうか。まるでポケモンだな。しかし……」

 

 サカキの頭に伝説ポケモンがよぎる。

 

「コントロールを間違えれば、地獄に真っ逆さま……」

 

 絨毯が汚れることなど気にせず、傾けたワイングラスから赤い液体がこぼれ落ちる。ゆっくり染みていく赤ワイン。

 

「ふはは……!! そうでなければ、世界征服など夢のまた夢よ! 私は諦めない……笑われようが……。全てのポケモンは私の物だ!」

 

 ガラス張りの高層ビルから夜景を見下ろすサカキ。サカキはワイングラスを月と重なるように掲げた。

 歪にねじ曲がる三日月。

 

 それは──

 歪んだ子供の夢のようであった。




 ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。機会があればまたよろしくお願いします。

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