【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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ジュニア級 / 手慰みのカーネリアン
1話


女神様は、下の世界で苦しんでいるウマ娘を見つけてしまいました。

なんとかわいそうなのでしょう。

なんて献身的な愛なのでしょう。

 

手助け、してあげないといけませんね……。

 

 


 

 

『彼女』にとってもっとも古い記憶は、"しあわせ"から始まった。

 

 ウマ娘の母と、装蹄師の父。

 その二人から産まれた双子の片割れが『彼女』である。

 

 きっと誰が見ても、幸せな四人家族だったと評するだろう。

 小さな喧嘩はあっても、それ以上に大きな愛に包まれていたからだ。

 

 ウマ娘で気の強い『姉』と内向的で気弱な『弟』は特に相性が良く、何処に行くにも一緒。

 おもちゃの取り合いがあっても、なんだかんだで姉の方から一緒に遊ぼうと声をかけ、弟もふにゃりと笑いながら手を繋ぐ。

 お菓子を一緒に食べさせあって"幸せ"も分かちあう。

 

 1歳の春から始まり、2歳の夏には言葉を交わし始め、3歳の秋には手をつないで歩いていた。

 4歳の冬になる頃には、いつも二人でいることが当人達以外にも当たり前のものとなっていた。

 

 ──それは幼稚園に入り、他者と関わり合うようになってからも変わらない。

 

 大人たちには「あらあら、今日も仲がいいわねぇ」なんて笑われて、何となく顔が熱くなったことは──『今』も覚えている。

 けれども、あの当時でさえ決して嫌な気はしていなかった。

 

 小学生になって、少しずついろんな友だちが増えて、(からか)われて小馬鹿にされて。

 それでも二人は変わらず一緒。

 だって、"しあわせ"だったから。

 

 10歳になる頃──突如訪れた大きな大きな"不幸"が、『彼女』の全てを奪うまでは。

 

 

 ■

 

 

 春。

 

 それは多くの人々にとって、人生の転換期が集中する季節だ。

 例えば卒業であったり、就職であったり──入学も代表格の一つだろう。

 これを一言で表せば、"出会いと別れの季節"。

 

 中央トレセン学園──ここも、春となれば卒業生が未来へと飛び立ち、また新たな雛鳥がやってくる。

 見目麗しい少女達が群れを成し、皆一方向へ向かって賑やかに行進している光景はそれ故だった。

 

 大きな大きな会堂の扉を潜り抜け、華やかな空気と鮮やかな熱気を肺に取り込む。

 それに未来への希望と期待、不安──。

 

 ともかく、色んなもので胸をいっぱいに膨らませている。

 

 ……けれども、どうした事だろうか。

 こんな時だというのに、とある芦毛のウマ娘は無表情のまま揺らぎ無い。

 何も感じていないと旁若無人にも全身で語る『彼女』は、きっと少数派のうちの一人だったのだ。

 

 その上『彼女』は年齢で見ても比較的高身長である身だからか、つい見下しがちな視線になってしまう。

 青ざめた瞳と涼やかな造形は美しくも、それ故にどこか近寄りがたい風体を形成していた。

 

「宣言ッ!これより入学式を開会するッ!!」

 

 頂点立地。威風堂堂。

 自信満々に威勢よく声を上げたのは小さな風体の少女だ。

 幼気な風貌でありながらも──驚くべき事に、この学園の理事長である。

 

 外見からは想像もできない程よく通る音に驚き、ピクリと耳を揺らす──が、音を遮断するためにか伏せられた。

 その冷たい眼は変わらず、何もない空間を揺蕩っているばかり。

 

 どこぞの三冠バはそれを見て呆れたように笑う。

 黒髪を後頭部で結わえた彼女は、特別にそれを見咎めることはない。心情は理解できるからだ。

 ……もっとも、すぐ隣の女帝は別のようだが。

 

「────ッ! ────、────ッ

 

 演説が始まれども耳は伏せたまま。目は半開き。

 『彼女』は(不真面目なことに)小さな理事長が話す内容に興味など無かった。

 

 外面を程々に取り繕いつつも言葉を受け流し、ぼぅっと虚空を眺めるばかりで。

 表情自体が無を形作っていることも相まって殊更に──"アレ(問題児)"だった。女帝が青筋を立てるのも無理はない。

 

(しかし要は、必要最低限の知恵さえ有れば良いのです)

 

 ここは中央トレセン学園。

 "ウマ娘"達の聖地、祭典の爆心地。

 夢を見て走り、走るために夢を見る少女達の楽園。

 レースを駆け抜ける流星群はここから生じる。

 

 ……これこそ『彼女』が知っている事。つまりは必要十分な知識量である。

 

 つまり、レースに出ることさえ出来れば問題ない。

 レースに不要な知識なんて──高尚な演説なんぞ、どうでもいいだろう?

 

 最終的に"勝つ"こと。それが大事な事で、それ以外は考慮するに値しない。だから問題ない。正常なのだ。

 

 ──やたらと自分を見つめてくる女帝へと内心で"()()()()()()"を捧げ、

 そっと瞼を下ろす。

 

 

 □

 

 

 ──入学式をやり過ごし、寮に入る手続きも終えて。

 

 荷解きも終え、連絡も終わり、『彼女』は途端に手持ち無沙汰になってしまった。

 ぼんやりとした眼差しでベッドの縁に腰掛けて、内心を主張するようにブラブラと両脚を遊ばせる。

 

 式を終えてある程度の時間は経っているはずなのに、本来いるはずのもうひとりの住人は一向に姿を見せない。

 相方は、部屋の状態からして在学生……つまり『彼女』の先輩である。

 個人を特定できるような物。例えば、ぱかプチが置いている訳でもないので誰かは分からないけれど。

 

 おそらく空いた時間を使って休養を堪能しているか──もしくはトレーニングに精を出しているのかもしれない。

 

 ……ともかく、居ないのであれば仕方がない事だ。

 もうすぐ17時だし、少し早いけれど夕食にしてしまおうか。

 

 折角なら、新しく出来た先輩と夕食を共にするという定番イベントを行おうと考えていた──が、しかし。正直なところ、もう一人としっかり仲良くしようという気概がある訳でもない。

 ただ学園生活を"円滑"に進める為にはコミュニケーションも必要だと、そういった一般論に基づいた発想というだけだった。

 

「……ま、いいですよね」

 

 退屈さと義務感を天秤にかけ、結局食堂へ向かい出す。

 

 『彼女』と同じ発想の新入生は他にも大勢居たようで、道すがらに見かけるウマ娘の数は非常に多い。

 地元ではウマ娘の数自体がとても少なかったから、こういった光景はとても新鮮だった。

 

「此処が食堂ですか」

 

 どこか落ち着いた雰囲気の、清掃が行き届いた空間。

 広々とした円形の机やカウンター式の机だったりと色々とあるが、やはりここはカウンター式の方を狙うべきだろう。

 適当な定食を注文して席に着き、誰と関わるでもなくさっさと食事を口に運び込む。

 

 横目に映る周囲の同級生の中には、既に仲良しグループを作っている者さえいるらしい。

 わたしがご飯を食べるよりも早いとは、どれだけ必死だったのだろうか──青い瞳にじっとりと冷気が宿る。決して、彼女らに嫉妬しているワケではない。

 

 部屋の隅では自分と同じ芦毛のウマ娘が唐揚げタワーをパクパクしているし、別のテーブルでは赤毛のウマ娘が矢鱈と古い語彙を撒き散らしていた。

 

 どこを見ても騒がしい……。

 これも、自由な校風であるとして有名なトレセン学園らしいと言えば、らしいのだろう。

 騒がしい事自体にあまり好ましいと思わないが、自分のような問だ──いや、()()()()にはやさしい環境だ。

 

「ご馳走様です」

「お粗末様!」

 

 おばちゃんのスタッフさんに食器を返し、来た道を辿る。

 

 途中で寄り道しようか──なんて邪念が浮かぶも、即座に肉体が──肩に積み重なった疲労感が欲望を破却した。

 今日はこのまま部屋に帰って、風呂に入って寝てしまおう。

 学園生活の初日なんだ、少しぐらい怠けても良いに決まってる。

 

「ん……まだ帰ってないんですね」

 

 部屋を見渡すと、浴室のドアノブには清掃済みと書かれた看板がぶら下がっていた。

 

 同室のウマ娘が書いたのだろうか?

 手書きの文字、というよりはパソコンのフォントのように精密な形だ。

 

 ともかく、ありがたい事である。

 何も考えずにお湯炊きのボタンを押し、ベッドに腰掛け数分程度ウマッターを弄って時間を潰す。

 こんな待ち時間なんて、下らないニュースや面白い画像を眺めていればあっという間に過ぎてしまうだろう。

 ちなみに、『彼女』のお気に入りはシンボリルドルフのダジャレ集である。

 

 スマートフォンを取り出す『彼女』の背後で、白い尻尾がご機嫌そうに揺れた。

 

「……おや」

 

 ──本当にあっという間の数分後。ぴー、ぴーと部屋の住人を呼び出す電子音が響く。

 五度反響を繰り返した後にようやくスマートフォンから顔を上げ、のろのろと立ち上がった。

 

 着替えのセットとタオル、シャンプーやリンス、耳や尻尾の手入れ用品──諸々の手荷物から必要なモノを抜き出して、尻尾を揺らしながらバスルームへ向かう。もちろん通知の停止ボタンを押すことも忘れない。

 

「…………」

 

 "ガチャリ"と開いたドアの向こう──そこは綺麗に清掃された脱衣所だった。

 

 服を脱ぎ、そこそこ起伏に恵まれた体を擦る。

 なめらかで手触りがいい肌と尻尾は『彼女』の密かな自慢のひとつである。

 しかし、脱衣所特有の冷気から『彼女』を守ってくれるようなものではない。

 どうにか寒気を和らげようと身体を震わせるが──無駄なことだ。

 

 仕方なく抵抗を諦めて、鏡に映る自分を一通り眺める。

 次に行うのは可動域と疲労具合のチェックだ。手早く終わらせて、体を芯から温めたい。

 そんな意思を反映したように、キビキビと動く腕を天井に向けて伸ばした。

 肘を曲げる。手首を回転させる。

 続けて肘をピンと伸ばした状態から肩甲骨を下へ旋回させ──。

 

 そこでギシリ、と肩口が軋んだ。

 痛みはなくとも不快な振動だ。

 耳が小さく震える様は、少しの苛立ちを表しているようにも見える。

 

「………はぁ」

 

 ──"形式張った式典はこれだから嫌いだ"、と浅い悪態を吐き出した。平坦な声が静かに響く。

 

 ふくらはぎは少し張っているし、肩も背中も凝っている。 不調というほどでは無いが、この違和感は気に入らない。

 ……たまにはゆっくりと湯に浸かって、疲れを揉み解すべきだろうか。ウマ娘は体が資本なのだから、そういったメンテナンスも大切な事だ。

 

 胸元に薄っすらと残る()()を指でなぞり、一人頷いた。

 

 今日ぐらいは、暖かくしてゆっくり眠ろう。

 久々に良い夢を見れそうな気がするのだ。

 

 

 ■

 

 

「只今戻りました。初めまして、同室の──

 

 ……。

 ………ステータス、『睡眠』を確認。挨拶は後日に変更すべきだと判断します」

 

 

 ■

 

 

 いつも通りの夢を見る。

 

 家族と一緒に水族館にお出かけしていて、初めて見る魚たちの群れに興奮して、沢山歩き回って、沢山笑った。

 そんなある日の夢。

 

 夕暮れ時には双子は揃ってうつらうつらと眠気をこぼし、眠気と戦いながら車に揺られていた。

 両親はそんな我が子らに──たぶん、笑いかけてくれていたと思う。

 

 けど、"幸せ"なんて一過性のもので。

 帰り道で交通事故に遭った。

 

 それでも『彼女』の人生は、間違いなく"しあわせ"から始まっていたのだ。

 

 

 □

 

 

「……んあ?」

 

 チュンチュン、チュン。

 何処からか響く雀の声が、ぼんやりとした寝ぼけ眼をつつく。

 震えるまぶたでゆっくりと瞬きを繰り返し、ようやく『彼女』は夢から覚めた事を自覚した。

 上体を起こせばサラサラとした芦毛が背中を擦り、ピンと立つ耳が自然の音を感受する。

 

 甲高い音で少し騒がしいが、『彼女』の意識を呼び覚ますには丁度いい刺激だった。

 

「あー……」

 

 のそのそと目元を擦り上げて眠気を払った。

 あまり肌には良くないことだろうが、それはそれ。

 "早起きは三文の得"と云う先人の教えに従おうとするのなら必要なこと。

 

「よし」

 

 ひとしきり意識をハッキリとさせ、窓から差す陽光に目を細めた。

 清々しい朝だ。

 学園生活がここから始まる──なんて考えると、無条件に胸が高鳴るのも仕方のない事。

 

「すっきりとした、良い目覚め……ですね」

「そうですか。それはよい事だと思います」

「え……」

 

 ──予想になかった他者の返答。

 

 反射的に隣のベッドに視線を向ければ、長い栗毛と、『彼女』とは違う風味の青い瞳をもつウマ娘がいた。もう既に朝のトレーニングを終えた後のようだ。シャワーの後の薄い湯気が漂っている。

 

 つまり、先日はついつい後回しにしまっていた──部屋の相方とのファーストコンタクトだった。

 

「"ミホノブルボン"です」

「あ……『ファインドフィート』、です」

「よろしくお願いします」

「……こちらこそ」

 

 ──会話が続かない。

 

『彼女』──ファインドフィートは、話題を繋ごうと開きかけた口をヒクヒク痙攣させた。

 

 とりあえず天気の話題でも──いや、それを言ってどうする?

 はいそうですね、で終わってしまう気がした。

 じゃあ趣味の話題?

 それはいきなりすぎだろう。まだ出会って数分程度の自分から言うようなことじゃない。

 脳裏に浮かんでは消える選択肢の数々。そのどれにも妥当性を見いだせず、時間を浪費するばかり。

 

「…………」

 

 膠着する状況。

 

 ……ファインドフィートは(早くも)次第に"面倒くさいなぁ"と、浪費される時間に対して苛立ちを覚え始めていた。

 自分で言えた義理ではないが、こういった、己に似た雰囲気のウマ娘は非常にやり辛い。なぜなら会話が下手で、話題を提供するのも不慣れだからだ。他ならぬ彼女だからこそ、よく理解している。

 

「………」

 

 お互いの青い瞳が写すのは端麗な無表情。

 謎の睨み合いばかりで、双方とも口を開く気配はない。

 

 ……もう、無視したほうが良いのかもしれないなとも思い至る。

 

 先輩と不仲であるというのは、決して良いものではない。様々なデメリットが顕在化するリスクさえある。

 だが、それでも無理して会話を弾ませ、よい関係を持つことは──実質不可能だろう。

 

 ファインドフィートは己を過大評価せず、所詮は"コミュ障"でしかない事を自覚していた。

 そしてそれは、目の前の栗毛の彼女も同じはず。おそらく。

 

(………ステータス『緊張』を確認。私から提供できる話題のレパートリーは9通り。計算上、話が弾む確率は28%です)

 

 ──彼女の推測通り、ミホノブルボンも自分の口がうまくない事をよく理解していた。

 

 弾むようなコミュニケーション力、よく笑いよく怒る駆動率の高い表情筋、豊富な知識によって醸造される優れた語彙力……そのどれもを持ち合わせていない。

 

 しかし、初めて出来た同室の後輩とのファーストコンタクト。だからそれなり以上に雰囲気を気を付けていたし、事前シミュレーションだって怠らなかった。

 会話のレパートリーのために"色々"と考えたりもしていた。

 ……けれど結局、目論見は見事に失敗してしまったようだ。

 

 不甲斐ない現実を思い、耳がシュンと垂れてしまう。

 垂れウマ回避のスキルは学んでいなかった。

 

(とはいえ彼女は新入生です。親しい人々と離れて暮らすことになった今、ステータス『さみしい』である事に間違いありません)

 

 しかし後輩のためを思い、鋼の意志で奮い立つ。

 ミホノブルボンは典型的な逃げウマ娘であり、ある程度のゴリ押しは得意なのだ。

 故にとりあえず手元にあった品物から──"ミホノブルボン絶賛!"、"パワー1000%!"、"タンパク質の王道!"──数々のキャッチコピーが踊るお気に入りのプロテインを話題としてチョイス。起死回生のコミュニケーションを図る。

 

 ……話題としてどうなのか?という疑問は意図的にデリートする。これが彼女の精一杯なのだ。

 

(ミホノブルボン、発進します……!!)

 

「わたしは……施設の見学に行ってきます。まだ何処に何があるのかを覚えていないので」

「分かりました。では私が案内しましょう」

 

 ──しかし、運はミホノブルボンに味方した。

 

 聡明な彼女は知っている。

 これは後輩との仲を深めるにはもってこいの鉄板イベントだと。

 それに加えて彼女はファインドフィートとは違い、後輩ともしっかりと仲良くしようという気概を持っていたのだ。

 

 だからこその英断。ミホノブルボンの内なるライスシャワーが"すごいよブルボンさん!"と喝采をあげるような──パーフェクトコミュニケーションである。

 

 そしてこれを断るような強い理由も、()()()()()()もないのがファインドフィート。

 

 ……内心はともかくとして、この提案は受け入れるしかない。

 

「…………」

 

 何よりも──この、無表情ながらもキラキラとした期待が混ざる視線を裏切るのは、流石に不可能だった。

 それと同時に、ミホノブルボンが自分とは異なる気質の"ウマ娘"であることも理解してしまう。彼女は口下手なだけで、他者とつるむこと自体苦手な自分とは決定的に別の生命だったのだ、と──小さく臍を噛んだ。

 

 現時刻は朝6時。

 授業──正しくはレクリエーションが始まるのは午前8時。

 まだまだ時間はあるし、大体は見て回れるだろう。

 

「…………では、よろしくお願いします。ミホノブルボン先輩」

 

 誰にも聞こえないように、ため息を吐いた。

 

 内心を語るようにぺたりと耳が伏せられる。

 左耳に居座るハート型の飾りが、ただ不機嫌そうにゆらゆら震えた。

 

 


 

 

一仕事を終えた女神様は達成感に満ちあふれています。

 

さすがですね、女神様!

彼女のこれからが楽しみです!

 

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