13話
両手いっぱいに抱えたカランコエ。
艷やかに育つ、麗しの花びら。
散らさないように、大切に、大切に育てましょう。
「初詣……ですか?」
「はい。
正月、元旦におけるメインイベントです。
……2日前にもお伝えしていたかと思いますが」
「……そうでしたっけ」
「はい」
朝起きて、寝間着から私服姿へ着替える。
そしてミホノブルボンの手で自慢の芦毛を梳かして貰いながら、不思議そうな口振りで今日の日程に思いを馳せた。
卓上の鏡に映るファインドフィートの怜悧な
まだ頭の中には眠気の靄が鎮座しているせいなのか?
鏡の中の姿に"だれですかこれ。ブルボン先輩?"などといっそ清々しい擦り付けを行う。
その半開きの口が己のモノである事さえにも気付かず記憶のテープを巻き戻し、ぐるぐると回想するのは過去の記憶。
大晦日の前日、カフェテリアでの一幕。
食事の最中、確かにミホノブルボンと言葉を交わしていた記憶がある、が──。
……丁度その日は疲労感で調子を崩している頃だったからか、朧げな記憶だった。
「………」
壁に貼り付けていたカレンダーへ向けてチラリと一瞥。
どちらにしろ、もう数日──三ヶ日が過ぎるまでトレーニングも何も出来やしない。
赤いペンで修正された予定には"休養日"とわかりやすく明確に記されている。
この対応に関しては彼女にとっては些か落ち着かないし、附にも落ちないものだ。
……が、葛城トレーナーに指示された事である。
どれだけ気が逸ろうとも、その決定に逆らう気は毛頭なかった。
そういった事情も鑑みれば、彼女等と共に一日を過ごすという事も吝かではない。
トウカイテイオーも来るのであれば、一緒に屋台のはちみーを啜りながら冷やかして回るのも良いだろう。
軽やかに揺れる己の尻尾にも気付かず、脳内の
今後の予定を踏まえた資金繰りの算盤を弾き、財布の中身と突き合わせてみる。
「よし……」
──今日一日散財したところで何ら問題は無さそうだった。
そもそも、ファインドフィートも今となってはG1ウマ娘の一人。
資産的には小金持ちであるといっても過言ではない。成金ウマ娘だ。
「お参りする神社は現座標より2km程度の距離です。
つまり、徒歩で移動するべきです」
「なるほど。
テイオーさんも来るんですよね?」
「はい。
他にもライスさん……ライスシャワーさんと、メジロマックイーンさんもいらっしゃいます」
「…………なんと」
──それは聞いてない。
咄嗟に喉から吐き出しそうになった困惑の言葉。
が、その舌鋒の起こりを押さえつけるように、ミホノブルボンが続けて口を開いた。
「以前にもお伝えしていたかとは思いますが……フィートさんの"交友関係を広げようの会"です」
「あっ」
「大丈夫です。
皆さん優しい方ばかりですから」
「いえ……。
それは、よく分かりますが」
歯切れ悪く口を閉ざす。
反射的に思い返すのは有マ記念での光景。
レース後にも純粋な祝福な気持ちをもって、素直に喜びを分かち合う姿を見て──どうして彼女等の善性を疑えようか。
少なくとも、ファインドフィート自身よりは"優しい"のだろうと、他ならぬ彼女自身が確信していたのだ。
「『頭髪のセット』、タスク完了。
もう動いても問題ありません」
「ありがとうございます」
これが無駄な思慮であるとは理解している。
そんな、鬱屈と思考回路が捻じくれた自分を誤魔化すように、後ろ手に髪の毛をなでつける。
反応を返すようにファインドフィートの掌をくすぐるのは、さらりと滑らかな感触。
彼女自身の心情とは裏腹に優しい手触りだ。
……肉体と精神の状態が乖離するのはままあることですが、と。
そう口の中だけで嘯いて立ち上がりつつも、無為な思いを引き剥がせない。
しかしそんな状態でも出来ることはある。
櫛を手に取り、強引に意識を逸らした。
「ブルボン先輩、交代です。
座ってください」
「……?」
「……わたしにも、髪を梳かさせてください」
「……!
ステータス『嬉しい』を検出。
オーダーを受託しました」
"やって貰ってばかりは如何なものか"と、ふと思い至ったが故の行動だった。
それに対してやたらと嬉しそうな言葉を返して機敏に椅子に座り込む、身体だけは大きな先輩。
想定以上の反応に驚きつつ、そして彼女の情動につられる
さらさらと流れる栗毛は艷やかで、柔らかくて──
だから、櫛を持つ様子は尚更に手慣れていた。
彼女が自身の指先を通じて思い返すのは、幼少期の──。
「……ブルボン先輩は、優しいですね」
「……?
"優しい"……上品、優雅、お淑やかな様子を表す言葉……。
つまり、私に当てはまる言葉ではないかと。
むしろ……色んな人に怖がられている状況から推測すると──」
「いいえ。
ブルボン先輩は優しいです。
とても、とても」
──何はともあれ、既に予定は決まったのだ。
不思議そうな雰囲気を漂わせるミホノブルボンはそのままに、二人して身嗜みを整え終えた。
最後の仕上げとして茶色のオーバーコートを羽織り、前のボタンをしっかり留める。
冷気が侵入できないように、しっかりと。
◆
待ち合わせの場所は東府中の駅前だ。
今日は正月ということもあってか、周囲の道路は多くの人々で賑わっていた。
とはいえ以前の中山よりは少ない程度。
そのおかげで有マ記念の時のように熱気に当てられるほどの影響は無かった。
「待ち合わせは午前九時……でしたね」
ファインドフィートお気に入りの腕時計に曰く、それよりも十分ほど早い。丁度いい具合の時間である。
ひょっとすると、既に到着しているかもしれない。
顔を上げて周囲を見渡せば、駅前の道路脇──通行の邪魔にならない位置に芦毛のウマ娘と黒鹿毛のウマ娘が佇んでいた。
双方共にワンピースタイプの私服姿であり、なんとも上品な装いだ。
「………」
……ファインドフィートは自分の体を見下ろした。
当然、朝に着込んだままの無難極まるデザインの茶コートが鎮座している。
ズボンも普通の黒いスラックスで、飾り気とは無縁。これまで気にしたことも無いのだから当然だ。
「……むぅ」
今から行動を共にすることを思えば、少しばかり恥ずかしくもなってしまう。
……なんて言っても、今更ではあるが。
「……私達が一番遅かったようですね。
行きましょう、フィートさん。
………フィートさん?」
「あっ……はい。
問題ありません」
こんな事になるのならミホノブルボンが着ているような
……なんて無表情の裏で想起しようとも、もはや後の祭りだ。どうしようもない。
仕方なくあっさりと諦め何事も無かった風を装い、ミホノブルボンの後ろをついていく。耳が垂れている事に気づいていないのはファインドフィート一人のみ。
「あら、おはようございます。
思った通り、十分前到着ですわね」
「おはよう、ブルボンさん!」
「はい、おはようございます。
ライスさん、マックイーンさん」
「テイオーはまだ来ていませんわ。
もう少し、ゆっくりしていましょうか」
呆れたように尾を払う姿さえ優美。
名門メジロ家に恥じぬ気品を纏う姿は、もはや住んでる世界が違うとさえ錯覚してしまいそうになる。
そこはかとなく漂う
「フィートさん……」
「?」
「マックイーンさんは
……普段通りに接するだけで良いかと」
──なんてフォローするように口を開いたミホノブルボン。内心は如何なものか。
相対する芦毛のウマ娘は言葉の意味を咀嚼はせども、その内側に含まれた真意には辿り着けなかった。
が、とりあえず頷くだけ頷いておく。"わたしは賢いので"、とそこはかとなく自慢げだ。
そう芦毛を揺らす彼女へ向けて歩み寄る、比較的小柄なもう一人の芦毛のウマ娘。
穏やかな笑みを浮かべる姿は気品にあふれている。
あの有マ記念で闘争心を剥き出しにしていた彼女と同一人物には到底見えないのだから、実に不思議なものだ。
「さて……あなたがファインドフィートさん、ですわね?
噂はかねがね伺っていますわ」
「……ほ、ほんとうにブルボンさんみたい……」
「どうも……」
……何だかんだ言っても、この一年で
自分から一歩を踏み出し、二人へ向けてお辞儀をひとつ。後方に佇むミホノブルボンが"むふーっ"と大きく胸を張っていた。
後方姉面をしていながらも精神年齢は女児相当。どこぞのアニメに登場していた名探偵並みの二面性である。
「名前は知っていらっしゃるかも知れませんが、改めて。
わたくしはメジロマックイーンですわ。
どうぞ、よろしくおねがいしますね?」
「ライスは、ライスシャワー……だよ。
よろしくね、ファインドフィートさん」
「ファインドフィート、です。
……………フィートと、呼んでください。
よろしくおねがいします……」
飛び出す言葉は尻切れトンボ。
自分に向けて、やはりまだ早かったかもしれないと無表情のまま手のひら返し。
ファインドフィートは若干ながらに後悔した。今更である。
……しかし
二人共特に気を悪くした風でもなく、少しずつでもお互いの言葉を交わそうと口を開いている。
そんな彼女等にどうにか報いたくて、ファインドフィートもどうにか必死に言葉を紡ぐ。ミホノブルボンは、やはり後方で満足気に頷いていた。
「……!」
──と、そこでおもむろに耳をピンと立たせたサイボーグ。
「接近するウマ娘の足音を検知しました。
レーダーより取得した情報をログと参照します……確認完了。
個体名"トウカイテイオー"の波長と一致、迎撃の準備を開始」
「……ブルボンさん、昨日は何を見たんですの?」
「宇宙ウマ娘記、キャロドムです。
わたしも一緒に全話見ていました」
「ふぇ……」
困惑の声を上げたのはライスシャワー。
ある意味で尊敬しているウマ娘の挙動に混乱しているのかもしれない。
もしくはミホノブルボンに付き合ってアニメを見ていたファインドフィートに対してのものか。あるいはそのどちらでもないのか。
「ガション、ガション……」
そんな後方のやり取りもなんのその。マイペースに駆動音を響かせる。
図体ばかり大きく育っているものの、根っこの部分では幼気なのがミホノブルボンだ。
精神年齢女児と呼ばれていたのもそう過去の話ではない。
しかし最近は同室の後輩が出来た影響もあって、やや
つまり、最早こうなってしまっては致し方なしという事だ。
「なんでそこで止めないのさー!?」
「おはようございます、テイオー。
少し遅刻ですわね」
「うっ、それはごめん……」
「問題ありません。
この時間でフィートさんとマックイーンさん、ライスさんの仲を深めることができました。
つまり、ファインプレイです」
「ファインプレイ……ファインドフィート……。
………。
……………!」
「フィート待って、それ以上はダメな気がするんだ……!
はい、飴玉!」
「もごご」
邂逅早々、トウカイテイオーによる飴玉封印。
はちみつ味だった。
機嫌良さげに耳を揺らし、ほっぺたの内側で飴玉を転がす。
「ちなみに初詣の後の予定は決まっていますの?」
「えっと……ライスは、何も聞いてないかな……」
「そのあたりは後で考えたら良いんじゃないかな~?」
「はい。それで問題ないかと」
「……もご」
きっと、この無計画さも学生らしいといえるだろう。
小気味よく鳴る五対の靴音は軽やかで、自ずとファインドフィートの心さえも揺さぶってくれる。無意識のうちに張り詰めていた肩の緊張が
舌を使ってころころ飴玉を転がす。
とても、甘かった。
「さあ、行きましょう。
目的地まで600メートルです」
「そうだね……行こっか!」
「うん!楽しみだねっ!」
「ええ。
……テイオー、もしよろしければフィートさんと同じものをわたくしにも……」
「しょうがないなぁ」
そこそこの密度の人混みの間を縫うよう潜り抜けて、ゆっくりと目的地へのルートを辿る。
人混みに流されないように寄り添いながら、口々に世間話の輪を広げて。
特に今回が初めての対面となった一人と二人のセットがいる。
故に互いの知見を深めるため、話を広げていったのは趣味の部分から。
放課後の過ごし方、はちみー、流行りのケーキについて、おしるこ。
やはりスイーツの話題がホットである。
もちろん、ファインドフィートはコミュ障故に自分から話題をふることはできやしない。が、この場に居るのは気配り上手のメジロマックイーンだ。
つまり、何も問題はない。障害もない。
トウカイテイオーは自身の前を歩く四人を眺めて、尻尾をふらりと軽く揺らした。
ファインドフィート
本名は
『弟』。
G1ウマ娘。女神に愛されてしまった子。
将来の夢は天文学者。
ミホノブルボン
シニア級の二冠ウマ娘。
坂路の申し子、あるいはサイボーグとも呼ばれる。
トウカイテイオー
シニア級に君臨する帝王。
三度の骨折を乗り越え栄誉を掴んだ不撓不屈の体現者。
目がいい。
メジロマックイーン
シニア級。名優。特に高名なステイヤーの一角。
スイーツの趣味が合いそうな後輩を見つけてご満悦。
ライスシャワー
シニア級。黒い刺客とも呼ばれる。
最近、ミホノブルボンに髪を弄られることが多くなった。
『太陽』の女神様
愛しい子供たちを"しあわせ"にしてあげたい。
ファインドフィート
『姉』。
たった一人
けれども。
どんな結末を迎えようとも、二人はいつまでも一緒。