【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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16話

 天候は晴れ。風は微風。気温はそこそこに寒い程度。時刻は放課後。

 つまりは普段通り、絶好のトレーニング日和である。

 とはいえ、天候が曇りだろうと雨だろうと台風の中だろうと、トレーニング日和であることに変わりは無いのだが。

 

 それ故ファインドフィートは今日も今日とて平常運転だった。

 葛城トレーナー監修の下、ウマ娘用の大きな大きなバーベルを握りしめる。

 身を包むのはお気に入りのトレーニングウェア。

 黒いタンクトップ、白い短パン、青いシューズ。

 何事も形から入るというのは意外と大事で、それ用に衣装を変えただけでもしっかりと気が引き締まるものなのだ。

 

 鋭い集中力を保ったまま、両肩に通すように鉄の棒を載せて、多大な重量を脚腰に預けて沈み込む。

 その深さは太ももと床が並行になるまで、大きく息を吸いながら。

 負荷を受けた筋繊維の収縮と共に、ギチリと軋む。

 

「……ッ!」

 

 ──収縮しきった。

 ならば次は伸展である。

 

 もう一度気を引き締め直して、大きく息を吐き出した。肺の中が空っぽになるまで。

 それと同時にどんどんと膝を伸ばし、床と上体を引き剥がしていく。汗が額を伝って目尻を掠めていく感触が不快だった。

 

「視線が下がりすぎだ。膝の角度も注意しろ。

 それと背筋、もう少し伸ばせ」

 

「……ッあ!」

 

 鋭く響いたフォームの指導に従って、鈍重な動作で姿勢を矯正する。

 視界の端でトレーナーが小さく頷いた事を確認して、もう一度肺を萎ませながら立ち上がった。

 

 膝関節、痛みなし。腹圧正常。腰椎に損傷なし。

 今回も怪我なく無事なままでワンセットを終えられた。

 その事実は、いつになっても安堵せずにはいられないことである。

 

 自身の肉体が正しく機能している事を認知しつつ、肩に載せたバーベルをスタンド()まで誘導していく。

 高さの調整もファインドフィートの背丈に合わせられているおかげで、彼女は歩くだけでいい。

 

「ふ……はぁ……っ」

 

 肩の荷を下ろす。

 よく用いられるような概念的な意味合いではなく、純粋に物理的な動作の話で。

 "ガシャリ"とバーの端に固定された鋼鉄製プレートが擦れ合い、小さくも甲高い悲鳴を上げる。

 しかしファインドフィートにはそれを聞き届ける余裕もなく、ただ脱力した。

 

 ワンセット10回。それを5セット。

 それが意味するところは、10回で筋繊維の出力限界ギリギリまでを吐き出させるという事だ。

 厳正かつ精密な計算を以てファインドフィートというウマ娘の筋力を見極め、その上限をほんの僅かずつ引き上げるトレーニング。

 当然辛いし、苦しい。

 しかし積み重ねなければ能力が伸びることはないし、レースに勝つことなんて不可能になる。

 

 故にこそ、ファインドフィートは不平も不満もなく黙々とトレーニングを熟す。

 無表情である事も相まってか、トレーニング中の姿は尚更ミホノブルボンに似ていた。

 

「3セット目終わり。

 次までのインターバルは90秒だ。

 合図があるまで呼吸を整えろ」

 

「……はい」

 

 流れる汗の量が尋常ではなかった。

 過剰とも言える程の血行促進の効果だろうか。

 赤く染まった肌の上を珠のような汗が滑り、床へとポツポツ滴り落ちる。

 膝に手をついて肩で呼吸をすれども、激しい鼓動はちっとも収まらなかった。

 

 そんなファインドフィートの有様を知ってか知らずか──いや、間違いなく把握した上で、葛城トレーナーは無機質な瞳を彼女へと差し向けた。

()()()()()で目元の隈が薄まっているおかげもあってか迫力もまた薄い。ファインドフィートの努力の賜物であった。

 

「さて、もう一度復習しておこうか。

 次の出走レースは何か、覚えているな?」

 

「……弥生賞、ですよね」

 

 答えを返しながらも額に伝う汗を拭った。

 リストバンドが湿気を吸って、やけに重たい。

 ずっしりと手首に絡みつくそれを抜き取って乾かしつつ、耳だけを葛城トレーナーの語り口へと傾ける。

 

「そう、弥生賞。3月後半のGⅡ(重賞)レースだ。

 皐月賞トライアルとも呼ばれる事もあるが、仕上げの調整にはもってこいだし……何よりも、上位3着までに皐月賞への()()()()()()()()()()()

 

「はぁ……」

 

「クラシックロードの出発点とするなら順当な選択だ。

 ……が、当然俺達と同じようなことを考えるやつだっている。大勢な。

 それこそGⅡ詐欺(中身は半GⅠ)といっても過言じゃあないかもしれん」

 

 相槌代わりにドリンクボトルを傾けて、中身の液体──EAA(必須アミノ酸配合サプリ)をちびちび喉の奥に染み込ませていく。

 これはトレーニングの間に少しずつ摂取するようにと渡された支給品だった。

 

 ちなみに、飲み過ぎには要注意の代物だ。

 一気に飲みすぎた場合は腹を下してしまうリスクもあるのだが──ファインドフィートはすっかりと忘れてしまっている。

 もしかすると何かあれば葛城トレーナーが止めるだろうという、無邪気な信頼故の理解放棄かもしれないが。

 

「皐月賞に向けてのスピード(最高速度)は及第点。スタミナ(持久力)パワー(瞬間火力)もほぼ満点。

 どれをとっても基本的に目標通りのステータスではある。

 だがまぁ、鍛えられるのなら鍛えるべきだし、長所はしっかりと伸ばすべきだ」

 

「なるほど……」

 

「キミの長所……パワー(瞬発力)を高める為には速筋が必要だ。

 筋繊維のタイプについては以前教えた通りだが、覚えているな?

 持久力に優れたタイプⅠ(遅筋繊維)、ほどほどの持久力と瞬発力を兼ね備えるタイプⅡ a(中間筋繊維)、瞬発力に秀でるタイプⅡ b(速筋繊維)……ウマ娘の適正距離とはそれらの強度に依って決定されることも多い。

 そしてこの比率そのものは殆ど遺伝的、先天的に決まっていて、後天的に変化することはあまり無い……と、されている。

 だが実際に距離適性を克服した前例(ミホノブルボン)も存在しているだろう?

 これらの事実から考察するに、おそらく筋繊維とは──」

 

「…………?」

 

 そんなつらつらと呪文を唱えられても、ファインドフィートの頭脳にはちっとも響かない。

 ウマの耳に念仏。バ耳東風。どれもこれも右へ左へ通り抜けていくばかりだ。

 つまり、理解不能である。

 

「……あー。

 要するに今鍛えてるのはタイプⅡ b(速筋繊維)で、パワー(瞬発力)の底上げをしてるってことだ。

 心配せず思いっきり汗と涙を流してくれ」

 

「なるほど」

 

 その頷きは、分かっているのか分かっていないのか。

 いいや、きっと分かっていないのだろう。

 葛城トレーナーは半分諦めの境地で天井を仰ぎ──やがて、ストップウォッチの振動が手のひらを刺激していることに気付いて、目の前のポンコツウマ娘に再始動の指示を出す。

 

「はい。

 4セット目、開始します」

 

 握りしめた鉄を全身の筋骨で支えて背負った。

 数ヶ月前では不可能だった芸当も、現在となっては軽々と行えるようになっている。

 それはファインドフィートの不断の努力の結晶であり、葛城トレーナーが寝食を惜しんだ献身の証明でもあった。

 時間と精神という物質的な価値に表せないリソース。それらを惜しみなく多分に注ぎ込んだファインドフィートの肉体は、空の星々にも劣らない輝きを宿しているだろう。

 それに何よりも、目に見える分かりやすい成長という事実は彼女の心を大きく弾ませた。

 

 少しずつでも前進しているという実感と、夢に近付けているという現実。

 それらもまた、日々の活動を支える原動力でもあった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「お疲れさまでした、トレーナー」

 

「ああ、お疲れ。

 気を付けて帰れよ」

 

「はい、トレーナーも……道中()()()()()お気をつけください。

 たとえば体力が尽きて倒れ込んだり、風に吹かれて飛んでしまったり、木の棒にあたったりだとか……」

 

「棒に当たるのはキミ(イヌ)では……?」

 

「…………?」

 

「ああいや、キミはそのままでいいんだ。

 さあ、帰ると良い。そろそろ冷え込む時間帯だ」

 

「……はい。

 それでは、また」

 

 空は夕焼け。

 正確に言えば、夕焼けを少し通り越して夜の帳が下り始めた頃合いか。

 赤を背負って遠ざかっていくトレーナーを見送って、ファインドフィートも踵を返した。

 行き先はカフェテリア。目的は夕食だ。

 食事内容に関しては葛城トレーナーからの指示を受けているので、それを遵守したメニューを注文するだけでいい。

 ファインドフィート自身で栄養バランスを考えずとも良いというのは、そういった計算が苦手な彼女にとってこれ以上なくありがたいことである。

 

 なお要求項目は炭水化物多め、タンパク質多め、脂質そこそこ。

 葛城トレーナー曰く、豆腐ハンバーグ定食のウマ盛りに加えて、クルミのセットが適当であるらしい。

 ファインドフィートにはイマイチ理解できなかったが、オメガ3脂肪酸とやらが代謝を良くする効果があるとか。

 ……しかし、そう教えられた所で事の真偽を判断する知識も、そもそもの真偽を疑う気も無い。

 彼女はただ指示に従うのみである。

 

「……お腹が空きました」

 

 ぐうぐう音が鳴る。

 空っぽの胃袋が"早く栄養を取り込め"と騒がしく要求を述べているのだ。

 このウマ娘という肉体に起因する本能には逆らえない。

 トレーニングで疲弊した肉体を癒やすためにも、食事を求めて駈歩だ。

 

 道中、遭遇したクラスメイトと挨拶を交わしつつ──最近少しだけ話せるようになった──学園内の通路を横断する。

 時折に見かける花壇から漂う自然の香りを楽しみながら走っていれば、カフェテリアにたどり着くのはあっという間のことだった。

 

「あ……ブルボン先輩と、ライス先輩」

 

「はい、お疲れさまです。フィートさん」

 

「お、お疲れさま、フィートさん!

 えっと……フィートさんも、これからごはんなの?」

 

「はい。

 つい先程トレーニングを終えたので、栄養補給を」

 

 やけに身長差のある二人のお出迎えだ。

 おどおどとした表情のライスシャワーは以前の初詣でも会話をした仲である。

 そのおかげでファインドフィートにも腰が引けた様子は無く、自然な流れで夕食を共にすることとなった。

 ミホノブルボン、ファインドフィート、ライスシャワー。

 サイズで言えば大、大、小。

 

 しかし意外なことに、この三人の中ではライスシャワーこそが()()()である。

 それこそミホノブルボンよりも一ヶ月早く誕生を迎えているのだ。この事実はあまり知られていないが。

 

 それはファインドフィートも同じこと。彼女もライスシャワーの年齢を二つそこら上(中等部)程度だと認識していた。

 この小さな体躯で無垢な雰囲気の彼女が高等部所属であることなど、予想さえもしていないのだ。

 

「おや、ライス先輩もかなり食べるのですね」

 

「う、うん……。

 トレーニングをした後だと、やっぱりお腹が空いちゃうから」

 

「とても良いことです。

 たしかにライスさんの体格は非常に小柄ですが、だからといって食事の量が少ないほうが良い訳ではありません。

 むしろ、食事を大量に摂取し、その栄養素を肉体の成長に充てる事こそが肝要です。

 つまり、ライスさんはえらいのです」

 

「そうです。

 ライスさんはたくさんごはんを食べれてえらいです。

 ……ええ、ライスさんがたくさんのごはん(ライス)を食べる。

 そう、つまり──」

 

「──フィートさん、お盆が出てきました。

 受け取りましょう」

 

「む……ありがとうございます」

 

()()を言いかけたファインドフィートではあるが、他の人を待たせるべきではないとすぐに気分を切り替えた。

 受け取った大きなお盆を占領するのは、山盛りの米と巨大な豆腐ハンバーグと少量のクルミ。

 ようやく空腹を満たせる目処がたったおかげか、白い尻尾が機嫌良さげに大きく揺れた。もちろん、周囲のウマ娘には当たっていない。

 

「……ねぇ、ブルボンさん。

 フィートさんってもしかして……」

 

「…………。

 当情報はウマ娘機密に該当。

 情報取得を希望する場合はパスワードを入力してください。

 ……パスワードヒントは"皇帝"です」

 

「あっ……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

"──あらあら"

 

"いろんな子と仲良くなれたのですね。

それに、しっかり休む事も出来たみたいですし……"

 

"……ええ、ええ。本当に本当に、素晴らしいことです。

じゃあ、その分頑張りましょうね。ファインドフィートちゃん。

 

──息継ぎは十分出来たでしょう?たくさん助走をつけられたでしょう?

それじゃあたくさん走りましょう!夢を叶えるために、どこまでも!

たくさん(もっともっと)たくさん(限界まで)たくさん(限界を超えて)!"

 

 

 

 

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