命を繋ぐこと。
夢に捧ぐこと。
灯で導くこと。
いつかの『少年』は、そんな当たり前に憧れていた。
「……困りました」
珍しく落ち着かない様子で、白い尾っぽを微かに揺らした。
酷く心細い心境を反映してか、心なし艶がくすんでいるようだった。錯覚でしか無いけれど。
残念ながら、そんな彼女の事情を天候が汲み取るはずもない。
"冬"の肌寒さがやんわりと冬服を貫通して、口元の駆動までも奪っていく。
右手にぶら下げた紙袋による仄かな達成感がせめてもの慰めか。
有名な衣服店のロゴマークが寒々しく己の存在を主張するのみで、実際の手助けになるはずもないのだが。
「いい天気、なんですけどね」
そよぐ風が髪を揺らす。心地良い。
冷たい空気が肺を満たす。洗われるようだ。
太陽の光が肌を温める。
……きっと、それは素晴しい。
そこに見知らぬ子供の泣き声が交ざっていなければ、そうだった。
「ぅ、ぐすっ……」
空に向けた現実逃避は無慈悲に正しく打ち砕かれる。
目と鼻の先で立ち尽くし、泣きじゃくっている子供を見てのほほんと空を眺めていられるほど図太い神経は持ち合わせていなかったのだ。
さて、どうしたものかと形の良い顎に指先を添えて唸る。
天候由来の冷気が染みた感触は、彼女の思考を鋭く刺激した。
トレセン学園ではなく、近場の衣服店にたった一人で赴いたのが運の尽きか。
そのまま何も考えず、意味もなくショッピングモールに訪れたのが愚かだったのか。
ひょっとすると健気に高めた"賢さ"が裏切っただけかもしれない。
……ただ結局のところ答えはなく、右手にぶら下げた買い物袋が物悲しげに震えた。
それはファインドフィートの内面を正しく表している。
当然のことながら、こういった事態に対する備えは何もなかった。
想像さえしていなかったのだから仕方のない事である。
ショッピングモールに訪れて、俯いて立ち尽くす少年を視界におさめて──ほんの数メートル離れた場所からうろちょろと所在なさげにうろついているだけ。
たった数年であろうと歳上であるはずの気概も矜持も、彼女には存在しないらしい。
「うぁ……っ」
しかし、単にそれを眺めて"はいさようなら"といった行動を取ろうにも──脚が動かない。
ファインドフィートはそれを実行するだけの濁った心を未だ有しておらず、かといって直ぐ様"どうしたのか、何があったのか"と問いかけられるだけの度胸もない。
誰かの助けを求めて、右を見る。スタッフはいない。
左を見る。一般客の中年女性は目もくれず、手元のメモだけを見つめながらさっさと歩き去った。 愚か。
つまり、彼女の代わりに少年を手助けするものは居らず──あるいは居たとしても、いつか声をかけられるまで、このまま寂しさに震える事しかできないのだろう。
ほんの数分で辿り着いた答えを咀嚼して、溢れ出る苦味に苛立ちを覚えた。
「…………」
もう一度周囲を見る。
他のヒトはだれも居ない。
僻地の出入り口故にか、スタッフさえも通らない。
──なので、仕方なく。
本当に仕方なく、そろりそろりと少しずつ少年に歩み寄った。
己よりも圧倒的に小さな存在に警戒心を露わにする様子は、どうあってもGⅠウマ娘には到底見えない。
ほんの直ぐ側、手を伸ばせば触れられる距離で脚を止めて。
少年の頭と同じ高さの目線まで、腰をかがめてみた。しかし少年は直ぐ側のファインドフィートの姿にも気付かず、深々と泣いているままだ。
そして──声が固くならないことを意識した上で口を開く。
無表情であることを自覚している故に、せめて他の部分でカバーをしようとした努力の証である。
……とはいえ、緊張で声が震えている様子で全て台無しなのだが。
「……あの、きみ。
どうしたのですか?
お父さんかお母さんはいないのですか……?」
「お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも迷子になっちゃったぁ……」
「そうですか……」
──途切れる。
無邪気な子供らしい返答に無味乾燥の返事を返してそのまま、むっつりと黙り込んだ。
何故己から声をかけたのか、最早彼女自身にさえも分からない。
なんという運の悪さなのか。日頃の行いのせいなのかと、微かな絶望を味わってしまう程だ。
「困りました……本当に、困りました」
右手の袋が、途端にずっしりとした重さを宿した気がした。
無論錯覚ではある。
純粋な困惑と無力感が彼女にそれを齎しただけだ。
しかしこんな弱々しい言葉で誤魔化せる現状ではなく、弱々しかろうと行動しなければ打破できない現実だった。
ファインドフィートとて、それはそうと理解している。
ただ、こういう時にどういう行動をするべきなのかを教えてくれる、経験の引き出しが存在していないのが問題だった。
何せ誰かに教えてもらった訳でもなく、教えてくれる誰かが居る訳でもない。
「……迷子、ですよね」
青ざめた瞳を薄く伏せて、もう一度少年に焦点を合わせる。
俯いたままの黒い頭は小さくて、ずっと昔──それこそ幼稚園児や小学生だった頃を思い出してしまう。
小学校での出来事は途中から連続性を失っているものの、かつての友人も彼と同じ頭髪で、故に馴染み深い色だった。
ファインドフィートは『前』も『今』も変わらず芦毛のままではあるが、しかしだからこそ自分とは違う色を羨んだこともあったのだ。
今となっては遠い過去としか思えない、何てことはない無意味な記憶である。
「……きみ、お名前は何というのですか?」
「名、前……?」
「そうです。
きみは普段、どんな言葉で呼ばれているのですか?」
「っ……。
知らない人には教えちゃダメなんだよ、お姉さん……」
「なるほど……」
なんと、これは一本取られてしまった。
──などと納得して引き下がる訳にも行かない。勇気を振り絞って声をかけた意味がなくなってしまうからだ。
もう一度、口を開く。
小さな溜息を一つこぼして、変わらず涙を流し続ける少年へと。
「わたしはファインドフィートです。
さあ、これで知らない人じゃなくなりましたね」
「ほんとだ……」
──そんな、訳の分からない理論を突きつけられて、心底感心した風に目を瞬かせた。
驚きで涙が引っ込んだのか、俯いていた顔まで上げられる。
黒い髪で黒い瞳。 どこにでも居る、普遍的な特徴を備える少年だった。
しかし屁理屈を捏ねた当人であれどもこの少年は今後大丈夫なのかと心配になってしまう。
勿論、表情は変わらない故に少年に伝わることはないが──言語化できない居心地の悪さがファインドフィートの臓腑を抉った。
勿論、少年はそんな彼女の罪悪感を知る由もない。
ただ無邪気に無垢に、ゆるく笑うばかり。
「僕は……サトルだよ、お姉さん。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんが迷子になっちゃったから、仕方なくここで待ってるの」
少年──サトルの、赤く腫らした瞼が痛々しい。
しかしそれでも"頼れる他人"が存在しているおかげか、ほんのりと安らいでいるようにも見える。
少なくとも、涙は間違いなく止まっていた。
それを認めたファインドフィートもゆるい安堵の溜息をひとつ零して、サトルの頭をさらりと撫でる。
いつだったか、己してもらったように。
「……では、お父さんとお母さんが見つかりやすいように迷子センター……いえ、インフォメーションセンターに行きましょうか」
子供心を傷付けない配慮をさり気なく加えて、自然な流れでサトルを連れて行こうと声をかける。
サトルは特に気にした風でもなく"しょうがないなぁ"ところころ笑い声を上げていた。
つい先程までの泣き顔とは大違いの明るさである。
こんなにころころと表情を変えれるとは、顔の筋肉が随分と柔らかいらしい。
羨ましいなどという欲求は無いが──なんとなく、懐かしい気持ちにもなった。
「まずは館内マップを探しましょう」
「うん!」
そしてほんの十分前の想定とは違う形で、一人ではなく二人として店内に脚を踏み入れた。
複合施設らしく、どこぞのメーカーによるスポーツ靴の小売店が彼女等が歩む通路の左右を挟んで占領している。
一端のアスリートとしては少しばかり──否、大いに興味を惹かれるラインナップを尻目に、壁際の店内地図に歩み寄る。
一階二階、三階と幾層にも分かれた地図に視線を這わせ、赤色の矢印で強調された現在地と、向かうべき目的地を照らし合わせた。
その間二人に特別な会話などはなく、ここ数ヶ月で聞き慣れ始めた店内ミュージックがどこか遠くから鳴り響くばかりだった。
「……なるほど、ここから少し歩くようですが……まあ、乗りかかった船ですからね。
しっかり責任を持って──」
──"送り届けます"と口にしようとして、はたと気付く。
ファインドフィートの右手側に存在していたはずのサトルの姿が影も残さず消失していて──否、彼の言葉を借りるなら、ファインドフィートが迷子になってしまっていた。
「まさか……いえ、流石に近場に居るはずです。
勝手に動き回ってどうするつもりなんですか、まったく……」
なんて口では言いつつも、耳の挙動は忙しない。
不安の心は隠しきれていなかった。
いくらなんでもこんな短時間で問題に巻き込まれる、なんてことは無いだろう。
しかし、それはそれ。これはこれ。
元は見ず知らずの少年であろうと、"だから無関心なままでいる"ことは不可能で、どうあっても冷淡には成りきれなかったのだ。
「……しかし何処に行ったのやら……」
残念ながら手がかりはない。
出会ったばかりの少年の行動原理なんぞ知る由もないのだから仕方のない事である。
……が、ふと思い出すのは己の少年時代。
記憶の中の内気な■■■も、ショッピングモールに来るとあれやこれやと目移りして勝手にほっつき歩いていたものだった。
そう、例えば──なんとなく直ぐ側の店の奥に入り込んでいって、初めて見る商品を眺めてみたりだとか。
「何か、興味を惹かれる物でも見つけたのかも。
だとするなら……」
直感的に脚を進める。
棚の隙間を通り抜け、ビジネス用革靴や婦人用スニーカーのコーナーをすり抜けて。
そうして辿り着いたのは、壁一面の棚を占拠するウマ娘用ランニングシューズのコーナーだった。
「……やっぱりですか」
案の定というべきか。
サトルは棚を見つめたり、彼の足とはサイズからして違う靴を手にとっていた。
ただ、嘆息する他に出来ることはない。
すぐ後ろまで来たファインドフィートの靴音に反応したのか、ぱっと振り向く。
そして驚きの表情から明るい笑顔へ。
ファインドフィートも毒気が抜かれてしまう程、無邪気な笑顔だった。
「あ、お姉さん」
「ほら……勝手に離れないでください。
早くお三方と再会したいでしょう」
「う、ん……それは、そうなんだけど」
口ごもりつつ靴を棚に戻し、代わりに棚の下にある雑誌入れから雑誌よりも遥かに重厚な本を取り出す。
意外な事にファインドフィートにも見覚えのある本だった。
「その本は……?」
「装蹄師のヒトが書いた本だよ。
技術書……ってほどきっちりしたものじゃないんだけど……」
「……靴屋と言う割には……随分と珍しいですね。
少し見せてもらっても?」
「うん、どうぞ」
お礼の言葉と本とを交換する。
手に持ってみれば、その重厚な外見通りにずしりと沈む。
新品特有の艶のある表紙を指で撫でて中身を一枚捲れば、空白をあけて見やすく整理された文字の羅列。
蹄鉄の作り方や歴史がポップなイラストで簡単に紹介されていて、子供でも解りやすい構成だった。
……ファインドフィートに見覚えがあって当然だ。
何故なら、それは彼女と彼女の姉が父に見せてもらった本と同じシリーズの参考書である。
「僕ね、装蹄師になりたいんだ」
「なるほど……それは、素晴らしい夢ですね。
わたしもウマ娘ですから、装蹄師のヒトにいつも助けられています」
「お姉さんみたいなGⅠウマ娘にそう言ってもらえるって、ちょっと恥ずかしいね」
「……わたしの事、知っていたんですね」
「うん、最初の方は……その、僕も
でも僕、お姉さんのファンなんだ」
へらりと笑って鼻の下を擦る。
ファインドフィートも同じ挙動をとりたい気分だった。
トゥインクル・シリーズが国民的エンターテイメントとして人気を博している事は既知の上だった。
……が、しかし、初めて出会った子供にさえ知られているというのは、なんとも形容しがたい不思議な気持ちにさせられる。
「でもね、お父さんもお母さんも反対してるんだ。
狭き門だとか、食えるのは一握りだとか……お前に才能は無いだとか、色々言ってくるしさ……」
「それは……」
それはおそらく、苦々しい現実を知るが故の言葉だった。
愛故に告げられた現実だろう。
けれどもそれは"子供"に対して"大人"が突き付けるからこそ、刺さってしまうものだ。
「……けど、憧れたんだ。
だって、カッコいいじゃん。
自分の手で鉄を打って、磨いて、整えて、それを履いたお姉さん達が夢を追いかけるの。
なんかさ、すごいじゃん」
「ええ……その通りです。
わたし達が夢の道を往くのなら、蹄鉄は必要不可欠ですから」
使用者としての同意にへらりと、もう一度頬を緩めた。
……しかし、隠しきれない不安感は拭えない。
それこそ──目の前に居る、出会ったばかりの少女に助言を求めたくなるくらいには。
「お姉さんはさ、どう思う?」
「どう思う……と、いうのは」
「僕、諦めたほうが良いのかな。
それとも……諦めなくてもいいのかな」
──"そう来たか"と、見えもしない空を仰ぐ。
当然、答えは返ってこない。
つまり彼への返答は、ファインドフィート自身が、独力で考えなければいけないのだ。
GⅠウマ娘だからか、年上だからか、頼る相手がいないのか。
彼女としては──相談相手間違えていませんかと、くだらない泣き言を上げたいと感想を抱くほかない。
「……」
しかしそんな事を言えるはずもなく、するりと胸の内に秘めておく。
それからファインドフィートは、さて、どう答えるべきかとしばし考え込んだ。
緩やかに揺れる尻尾がさらさらと弧を描き、どうにか思考をまとめる時間を用立てようと苦心していた。
「…………」
都合のよい逃れる言葉は湧き出てこない。
そもそも彼女自身──そんな真摯ではない行いを取りたくなかったのだから、当然の話ではあったのだが。
躊躇いがちに唇を舐めて、両手の指をくみかわす。
思想を絡めて考える。
現実を整理して考える。
……しかし、正しい答えは分からない。
――であれば、彼女に語れることは、彼女の持論しか持ち得なかった。
それにこういった夢に絡むお悩み相談とは、先駆者の思想を知りたいが故の問答であろう。
"きっとそうだ"と思考の整理を片付けて、すぐ傍らのサトルと同じ高さの視点になるまで腰を下ろした。
「わたしは……サトルくんが諦めなければ夢を叶えられるだとか、諦めたほうが良い未来を掴めるだとか、そんな無責任なことは言えません。
……いえ、言いたくありません」
「そっか……そうだよね。
ごめんね、お姉さ──」
「──ですが」
それでも言えることはある。
所詮、夢を捨てた臆病者でしかないのに──なんて、心の奥底で嘲りながらでも。
しかし何であれ"ファンは大事にするべき"だと、ミホノブルボンやトウカイテイオーにも教えられた事だった。
そうでなくても、冷淡にはなれない。 冷酷に振る舞おうとしても結局失敗するように。
ファインドフィートは、そういう意味でも半端者だったのだ。
「……ですが、あなたが願って、積み重ねた時間は無駄にはならないと思うのです」
サトルの手を取る。
柔らかく、苦労を知らず、無垢で、故にこそ可能性に溢れた手のひら。
それと己の手のひらを比べて、過ごした時間の差を分かりやすく伝えてみる。
──少年は、ややドギマギと落ち着かない様子だったが、それでも小さく頷いた。
「あなたが積み上げた時間が、あなたを大きく育てる。
あなたが積み重ねた研鑽は、あなたに力を与えてくれる」
次いで、手の代わりに本を置く。
取り落とさないように下から支えながら。
「たとえば、この本が」
「この、本が?」
「そう……その本が、きみを導く灯になります。
信じて道を行かぬ物に夢を掴めるはずもありません。
そしてその道を教えてくれるのが、その本です」
まるで、雲をつかむような話だった。
確固たる現実を語るわけでもなく、彼女自身の裡から紡いだ助言。
だからか酷く曖昧だ。
けれど、故にこそサトルは真摯に耳を傾けられたのかもしれない。
「わたし達の身体は夢によって育つのです。
……わたし達は、夢と同じ何かで造られているのです。
時間が、想いが、積み上げた全てがわたし達を満たすのでしょう。
あなたも、きっとそうだ」
小さな頭を軽く撫でて、言い聞かせて。
指先を擽る短髪がこそばゆくも、ファインドフィートの身勝手な振る舞いに抗議していた。
それがどうにも面白くて、可笑しくて──悲しかった。
こんな御高説を垂れるにはあまりにも不適格な自分自身がバカバカしく思えたからか。
……ともあれ、今の己は単なる助言者であると、喉の奥に溜め込んだ。
自分に正しくあれと言い聞かせて、白々しい内心にそっと蓋をする。
いつも通りに仮面を被り続ける。
「……だから、サトルくん。
きっと大丈夫ですよ」
──サトルの瞳を覗き込み、反射する自分を見つめた。
少女の顔に達成感はない。助言者としてあるべき自信もない。
普段と変わらぬ面白みのない面構えをして、所在なさげに耳を伏せているばかりだった。
「あなたは、間違っていないのですから」
「……そっか」
それでも、彼にとっては確かな救いのひとひらだったのだ。
自己の行く先を肯定する想い。自己の夢を後押しする誰か。
──故に、安堵の脱力で眉をヘタレさせて微笑んだ。
未だある筈のない、春風を想起させる"あたたかさ"だった。
「そっかぁ」
納得した風のサトルの顔を見つめて、もう一度頭を撫でた。
そんな彼の安らぎで救われたのは、きっとファインドフィート自身だったからだ。
こんな不得意な分野でわたしに言葉を求めるなどと──なんていう想いはあれど、頼られるというのも悪くない気分であった。
それに、自分ではない誰かへと自分自身を重ね見て、自分以外の誰かが望みを叶える。
所詮どうあってもファインドフィートには関係のない話だ。
……しかし、浅ましいとしても、愚かしいとしても、嬉しかったのだ。
「さあ、ご家族が待っています。
……今度は
「うん……ありがと、お姉さん!」
代替品のように見ている自分自身を罵りながら手を差し伸べる。
相談事はおしまいだ。
後はサトルを家族と引き合わせて、それで全て。
ファインドフィートも肩の荷が下りるというものだ。
「行きましょう。
ああ。もしかしたら移動中に見つかるかもしれませんし、周囲を探しながら動くとしますか」
「そうだといいなあ。
まったく、みんなおっちょこちょいなんだから」
「……そうです、ね?」
「そうだよ!」
右手に乗せられたぬくもりを握りしめて、ゆるゆると二対の脚を前に押し出す。
あるいは、いつかの日の『姉』もこんな気持ちだったのだろうかと想起しながら。
「わぁ、お姉さんの尻尾ふわふわだぁ……」
「そうでしょう。
わたしの自慢の尻尾ですから。
手入れのために──あっ、ちょうどこのお店に置いてる物ですね」
「わぁ、すごく高ぁい……」
──それに、こうして誰かの手を引くというのも存外いい気分だった。
これは庇護欲と呼ぶべき感情なのか。
単なる親切心というには、些か澱んでいるかもしれない。
歩き始めてから数分間。
穏やかなやり取りと無意味な応酬を楽しんで、ようやくインフォメーションセンターに到達する。
自然と吸われた視線の先にはスタッフが居座るカウンター。
その前には人影が三つ。
……随分と、慌てふためいている様子だった。
「……あの人達がご家族では?」
「あっ、ホントだ」
少年の顔立ちと似通った共通点を持つ三人の男女に軽く会釈する。
次いで隣のサトルの背を軽く押してやった。
……そのあとには、自然な流れしかない。
家族は再会するべきもので、正しい形に回帰しただけ。
ただそれだけの光景が酷く眩しくて──どうしてか、泣きたくなってしまった。
どうか、あの子の行く先が幸せでありますように。
どうか、正しく生きて、正しく育ちますように。
正しく夢を追いかけて、正しく挫折して、正しく前を見て、正しく終われますように。
……そして、叶うのなら。
最期の時には、あの子と、あの子と手を繋いだ誰かと笑い合っていて欲しいのです。