【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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23話

 "()は、『太陽』も『王冠』も脳みそが腐ってるんじゃあないかと疑っている。

 神聖なる頭蓋の中に如何な腐れを詰め込んでいるのか、まったくもって見当さえつかぬ。

 往くべき道は当人の覚悟によって拓かれるべきものであり、あらゆる功罪は当人の意思へと帰依すべきだろう。

 そもそも冷静に考えよ……心臓に茨を埋め込む、楔を打ち込む、思考を制限する。

 その所業、完全に邪神では……?"

 

 

 


 

 

 

 ──夢を見ていた。

 

 いつだったか、迷子の少年と手を繋いで歩いたあの日の、あたたかな夢を。

 小川を挟んだ先に在るようで、けれど大海を跨いだより尚遠い世界の話だった。

 星空に手を翳しても決して何をも掴めぬように、いっそ残酷な断絶がそこにあった。

 

 ファインドフィートの傍らにもあった筈の、しかし失われたぬくもり。

 それは何処までも美しくて、眩しかった。 みっともない羨望の念を抱く程に。

 思い返すだけでも、ズキズキと胸の奥が締め付けられる。

 それが、その慙悔が、本当にどうしようもなく──。

 

 ──性懲りもなく湧き出た情動ごと、瞼を抑える。

 夏だというのにやけに冷えた体温。

 けれどじっとりと額に滲む汗が、彼女の頭蓋に在るべき静心を取り戻させた。

 

「はぁ……」

 

 尻の下から伝わる振動が"がたんごとん"と喧騒を伴って、回転を始めた頭ごと無粋に揺らす。

 がたんごとん、がたんごとんと。

 一瞬だけふわりと跳ねた頭髪を指で宥め、ゆるゆると吐息を零した。

 

 そして目を覚まして数拍後、ようやく"ここは何処だろうか"と、霞んだ視界で疑念を抱く。

 ファインドフィートの鼻を擽るのは鉄のホコリ臭さとガスの排気と──あとは、馴染み深い先輩やトレーナーの匂い。

 もう一つ、ふわりと漂う香水の香りはミホノブルボンのトレーナーが纏うそれだった。

 

 その三者の香りが満たすのは長細い箱の内側で、構成物は前後三層に連なった座席シート。

 すぐ傍らに鎮座するガラス窓の向こうの光景が、後ろ目掛けて流されてゆく。

 ファインドフィートの疾走と同じ速度で、しかし遥かに長い間継続して。

 つまり、彼女の現在位置は走行中の一般車両であった。

 

 目指す地点は海沿いの合宿所。

 トレセン学園夏の行事である強化合宿のため、こうしてミホノブルボンコンビと合同で移動していた。

 ただし、車に乗って。

 

 ──そうと思い出せば、なんとなく居心地が悪くなった気がする。

 地に脚付かない浮遊感が、脳髄の奥の奥を刺激する閉塞感が微かに悍ましい。

 

「……ブルボン先輩、は……寝てますね」

 

 何気なしにミホノブルボンの姿を求め、すぐ右隣りの席に視線を送った。

 目を閉じて、浅い寝息を吐き出して、規則的に胸の上下を繰り返している。

 普段の凛々しい表情とは違い、あどけない眠り顔である。

 世間では"サイボーグ"などと評されている彼女であれども、眠る姿はどこか幼い。

 

 そもそも何故彼女を"サイボーグ"などと呼ぶのか、ファインドフィートにはこれっぽっちも理解できずにいた。

 空腹になれば食事を食み、孤独を"寂しい"と嘆き、団欒を"楽しい"と喜ぶ。

 彼女の瞳に映るのは、至極真っ当な命の在り方をした心優しい少女のみであった。

 

 そうして、そんな敬愛する先輩がぐっすりと眠っている間に──無意識のうちに彼女の脚に巻き付かせていた尻尾を解いて回収しておく。

 するりするりと音もなく、白く艶のある尾がファインドフィートの膝の上へと帰還して来る。 出発前に吹きかけた香水の余韻が淡く仄かに漂っていた。

 

 今日の尾が纏う香りはフローラル系。 ミホノブルボン曰く、最近流行のメーカー製である。

 ただしその情報はトウカイテイオーをソース(提供元)とし、トウカイテイオーは同室のマヤノトップガンを情報源としている。

 つまり、伝わってくるまでのタイムロスは考慮していない。

 

 ……もっとも、ファインドフィートは()()()()を気にすることもないのだが。

 重要なのはミホノブルボンが選んだということで、それ以外はどうでも良かった。

 

 ただしそれほど手間のかかった尻尾であれども制御に不慣れなせいなのか、こうしてファインドフィート自身の思考と乖離して動く事が頻発していた。 耳も同じくである。

 未熟の表れそのものを疎ましげに()めつけて、"これでは単なる子供ではないかと"、"穴があったら入りたい"と、声に出さずに耳で語った。

 

「おう、起きたか。

 よく眠っていたな」

 

「おはようございます、トレーナー。

 今日も顔色悪いですね」

 

「自覚はしてる」

 

 ──けれど、それよりも腹立たしい事があった。

 前方の助手席からガイコツボディのトレーナーが顔を覗かせて"まだまだ子供だなぁ"、なんて、そんなことをのたまう姿である。

 事実、葛城トレーナーにとってみれば子供でしかないのだが……それはそうとしても、なんとなくその上から目線の評価が気に入らなかった。

 

 "ガイコツなんぞに言われる謂れはないんですけど"と舌を打──つとミホノブルボンが起きてしまう故に、口を噤む。 ファインドフィートの良心が無粋な雑音の発生を許さないのだ。

 結局彼女にできることは、じっとりと睨めつけるのみだった。

 

 ……尤も、正直に言えば然程の怒りを抱いているわけでもないのだが。

 もしかすると、このやり取りも日常のひとつに組み込まれている影響かもしれない。

 

 しかしそれを正直に認めるのも、癪に障る。 本当に、猛烈に。

 せめてもの反抗に、鼻を鳴らして杜撰に誤魔化す。

 そっと車窓の向こうに視線を逸らせば、精美な景色ばかりが後ろに消えていった。

 

「……前だけ見ててくださいよ、ブルボン先輩が寝てるので」

 

「はいはい、悪かったな」

 

「振られちゃったわね、葛城トレーナー」

 

「うるさいぞ崎川」

 

「……相変わらず、ね? 

 カルシウム足りてるのかしら」

 

 ファインドフィートと葛城トレーナーのやり取りとは違い、前方の二座席は中々に殺伐としていたのだが──とりあえず、単なる聞き間違えだろうと自己完結した。 恐らく間違いない。

 ファインドフィートが知る限り、崎川トレーナーという女性は非常に理知的な大人である。

 まかり間違っても冷淡な嘲りを口にするはずがないのだから。

 

「よし、っと……」

 

 座り直し、スカートの裾を整える。 これで車に乗り込んだ時と全く同じ状態だ。

 ……つまり、入眠前と変わらずという事で、結局平坦な時間が流れるのみとなってしまった。

 がたんがたんと車体を揺らす、小刻みの振動を伴う遠距離旅行でしかない。

 

 彼女の鼓膜を撫でるのは車体が跳ねて軋む悲鳴と、ごぅごぅと風を吐き出す内蔵クーラーの呼吸音。

 後はミホノブルボンの寝息ぐらいのものだった。

 

「トレーナー、飲み物ください」

 

「……お茶で良いか? ほら」

 

「どうも」

 

 ペットボトルの呑み口と湿気を交換して、人心地の吐息を零す。

 しかし心胆からはどうにも落ち着けない。

 

 それは、"普段と違う環境"だからか。"車の中"だからか。

 きっと──否、間違いなく後者だった。

 

「トレーナー、お菓子ください」

 

「ん……ホワイトサンダー(白い稲妻)しか無いが」

 

「どうも」

 

 ……けれども、大人二人とミホノブルボンがいるのだ。

 独りであれば()()()()()()()()()だろうが、今は違う。

 ファインドフィートにとっての拠り所がここにある。

 だから不満など、恐怖など、一切存在しなかった。

 

 ホワイトチョコレートを口の中に放り込み、甘味で舌を蕩けさせて無言のままに尻尾を揺らす。

 ミホノブルボンの膝に、無垢な白がぴとりと触れた。

 

「トレーナー、後どのくらいですか?」

 

「あ~……後15分くらいだな。

 そう遠くない」

 

「なるほど……」

 

 何気なく確認するのは手首裏の腕時計。

 使い始めて二年目になるデジタル液晶が律儀に数字を刻み、電子の光で時間を照らす。

 時刻は昼前で、ファインドフィートの腹の虫も丁度同じ時刻を指し示していた。

 

 仄かな空腹感ごと硬いシートに背中を預け、垂れる芦毛を指で弄びながら天井(ルーフ)を見つめる。 灰色だ。

 くるりくるりと回してみれども時間を潰せる筈もなく──ほんの数分で諦めて、車窓の向こうに望みを託した。

 

 後方へどんどん走り去っていく景色。

 そしてそれを明るく照らす太陽の輝きばかりが、ファインドフィートの瞳を楽しませてくれるのだ。

 

「……眩しいですね、本当に」

 

 覗き込んだガラスに反射するのは青い瞳で、更にその向こう側には青い空と青い海が彼方まで描かれている。

 青、青、何処までも澄んだ青色に満たされ広々とした世界は、正しく絶佳(ぜっか)と云うに相応しい。

 綺麗で輝かしいそれに惹かれて少しの間、見惚れてしまった。

 "同じ青の筈なのに、なんだか不思議ですね"と、視線をガラスの上に這わせて見比べる程に。

 

 そこに、これらと同じ青い瞳を持つ友人達の影を重ね合わせてみた。

 例えばトウカイテイオー。例えばミホノブルボン。

 彼女らの瞳の青はこの果てしない大空と同じ色だなと、容易く連想できた。

 

 ……ああ、けれど。

 "ブルボン先輩の青はとても深いから、少し違う表現が似合うでしょうね"と思考を滑らせる。

 深い青。しかし輝かしい青。星のように煌めく燐光。

 であれば、空の向こうの、宇宙色と称すべきかもしれない。

 

 ファインドフィートが嘗て(いだ)き、憧れていた原風景の──。

 

「──もうすぐ着くわよ~。

 ほらほら起きて! さ、葛城も準備しなさい」

 

「………………ああ。 そうだな」

 

 ──くだらない感傷を、崎川トレーナーの明るい声が打ち砕く。 酷く優しい雑音だった。

 言葉の意味を咀嚼し、理解して、ガラスの向こうから焦点を引き剥がす。

 その工程で浪費する時間は皆無だ。

 愛惜(あいせき)の念なぞ、彼女に不要なものでしか無いのだから。

 

「本当に……くだらないですからね」

 

 エンジンの駆動音に紛れ込ませた独白は、誰の耳にも届かない。

 

「……意識の覚醒を確認。

 メインシステム、起動シーケンス──コンプリート。

 つまり、おはようございます」

 

「おはようございます、ブルボン先輩」

 

「おはようブルボン。

 もう駐車場に入る所だからね」

 

「承知しました。

 手荷物の確認を実施します」

 

 そうは言えど大部分の荷物は車体後部スペースに収められていて、今の彼女らが所持しているのは小振りな肩掛けカバンが精々だ。

 

 故に、肩に紐を通してそれで終わり。

 出来る事と言えば……それこそ、崎川トレーナーのハンドル捌きを見守る程度でしかない。

 

「ファインドフィート。

 脚の様子は問題ないな?」

 

「はい……違和感は全くありません。

 普段と変わらない速力を出せるかと」

 

「よし、よし……。

 とはいえ、だ。今日は念のための休養日としよう。

 本格的なトレーニングは明日以降にするぞ」

 

「了解です……トレーナー」

 

 そそくさと手提げカバンを抱え直す葛城トレーナーの顔色は、青白い。そしてどこか浮ついた様子でもある。

 それが普段と変わらぬ不摂生によるものか。

 あるいは崎川トレーナーとの間にある、何かしらの因縁めいたモノのせいか。

 ファインドフィートはその"何か"に対して何気なく思考を回そうとして──。

 

 けれど、その前にやめた。

 この二人の間にどんな過去があろうとも、ファインドフィートが土足で踏み込むべき領域ではない。

 ヒトは誰しも問題を抱え込むモノで、それが"触れていいもの"なのか"触れられたくないもの"なのか、当人の価値観に従って変容するもの。

 ファインドフィートも同じ故にこそに信じる持説だった。

 

 だから彼らもきっとそうなのだろうと、ぼんやり沈んだ瞳の裏で直感する。

 彼女が出来る事は──ただ、いつか分かりあうことが出来ればいいなと、淡い思いを馳せるのみ。

 ……幸福であればいいなと、無責任な願いをかけるのみだった。

 

「はい、到着。

 忘れ物をしないようにね」

 

「……俺が手続きしてくる。後から来てくれ」

 

「いってらっしゃ~い」

 

 ──思考を停止させる。 ふと我に返ったとも言い換えられる。

 どうにも変な心持ちで、無駄と分かっていながらも同じ脳髄の回路が空転するばかりだ。

 

 ふわふわと浮つくようで、頭の熱が不自然なほど失われて、理性が錆びつく。

『海』が近付いてきてからというものの、無意味な考えが何処(いずこ)からか湧き出て仕方なかった。

 

 "風邪でも引いたのでしょうか"などと僅かな疑念を滲ませる。

 "ありませんね"と、根拠など無い確信を掲げた。

 

 それらの錆を吹き飛ばすために、小さく(かぶり)を振って二度三度瞬いてみる。

 長い芦毛は、彼女の背中で幽かに揺蕩うのみだった。

 

「ブルボン先輩、今開けますので……」

 

「はい、お願いします。

 私が触れると……不可解な事象が発生し、車体が損傷してしまうので。

 つまり、マスターの資産額が減少します」

 

「あれ? もしかして私ピンチ?」

 

 二人の声をウマ耳の裏で受け止め、ドアハンドルをがこんと開く。

 久方ぶりの外気が流れ込んで、顔を優しく撫でていった。

 

「潮の香り……」

 

 シートから身体を解放し、脚をコンクリートへ突き立てる。

 ようやく触れた大地の感触が、揺れ動かない重力が、ファインドフィートに深い安心感を齎してくれるのだ。

 車ほど恐ろしいものはない、と確信している故の安心感だった。

 

「……なるほど、ここが合宿所ですか……。

 中々に豪勢な……」

 

「はい、外観や敷地面積からして、大型施設に分類されるかと。

 つまり、グレード『お金がかかってる』だと推測されます」

 

「それはもちろん、あなた達の訓練のためよ。

 トレーナーの考え方にもよるけれど……私達の手法だと、設備が整ってるに越したことはないのよね」

 

「なるほど……」

 

 それは大変に喜ばしいことである。

 設備が整うということは、トレーニングの質が高まるということ。

 トレーニングの質が高まるということは、ファインドフィートの夢が近付くということだ。

 

「じゃあ、もっと頑張らないといけないですね……。

 たくさん、たくさん」

 

 ……けれど同時に、()()はとても"苦しい"ことで。

 息継ぎさえもままならなければ呼吸は止まる。 何者にも抗えない自然の摂理である。

 それはやがて破滅を伴い、ファインドフィートの臓腑に傷みを刻み込むモノだった。

 

「……荷物、下ろしてきます」

 

「あら、ありがとうね。

 ああでも私の荷物はそのままでいいわよ。 ちょっとデリケートな機材もあるから」

 

「了解しました」

 

 しかし無意味な思考だと、なんら正しい思想ではないのだと怜悧な理性で縛り上げる。

 車体の後部に滑り込んで、そっと独り。 細い首元を抑えた。 白い肌がとくりと跳ねる。

 

 気が緩んでいるのか、何なのか。

 "夏がヒトを大胆にする"というフレーズ程度ならば、教養程度にファインドフィートも把握していた。

 けれど今回の思考の散逸はどうにも不可思議であると、猜疑心を抱かずにはいられない。

 ……それは今更かもしれないけれど、という傷みかけの納得を呑み込んで。

 

「……さぁ、行きましょ。

 あのガイコツも手続きが終わったみたいだし」

「了解しました、マスター」

 

 漏れ出そうになった弱音を入念に握りつぶして、もう一度喉を撫でる。

 ズキリ、ズキリと熱に炙られ続ける胸の奥で、冷たい痛みが深く澱む。

 本来こんな惰弱な心は隠すべきで、誰かに知られるべきではない汚物だった。

 

 ファインドフィートはそう仮面の裏に吐き捨てて、バックドアの取手を握り締める。

 鉄製の筈なのに、手の内でギリギリと軋む哀れな機構。

 望むべきではないのに、"いっそ砕けてしまえよ"と身勝手な呪いを撒き散らしたかった。

 

「ええ、そうです。 ダメなんです……。

 わたしは、『ファインドフィート』ですから」

 

 だから手を離し、呼吸を浅く整え、(かんばせ)から一切の色を奪って。

 普段と何も変わらない、無表情で、少しだけ惚けた『ファインドフィート』を作り上げるのだ。

 寸分の違いはなく、寸分の狂いもなく、()()()姿()を模倣する。

 ファインドフィートにはそれ以外が許されないのだと、他ならぬ彼女が規定していた。

 

「フィートさん、行きましょう……フィートさん?」

 

「……すみません。

 少し、ぼんやりしていました」

 

「準備が出来たようです。

 マスターについていきましょう」

 

「そう、ですか……はい、わかりました。

 行きましょう」

 

 ミホノブルボンの呼び掛けへと小さく頷く。

 改めて後部スペースを開き、引きずり出したのは大きな旅行カバン。

 ポリエステル製の黒い肩紐を握り締めて身体に引き寄せる。

 中に詰まっているのは替えの衣服と下着類、頭髪用の櫛と尻尾用ブラシ、そして携帯端末の充電器。

 開いて確認などは出来ないが、"ずっしりと沈む重みがあるのだから全部揃っているのだろう"と勝手に確信していた。

 

 その()()()()のカバンを肩に掛け、爪先で大地を軽く蹴る。

 かつんかつんと弾む音は高く澄んでいた。

 靴の調子は普段と変わらず万全であり、脚の強度も十全であり、故にそれらがファインドフィートの心に僅かばかりの平常心を取り戻す。

 

「……いつも通りに、いつもと変わらずに」

 

 ついでにミホノブルボンの荷物も手にして、車体の横のミホノブルボンのもとへ帰還する。

 彼女は彼女でゴミの類を集めて袋に詰め込んでいたらしく、誇らしげにビニール袋を握り締めていた。

 

「お待たせしました。

 それでは、行きましょうか」

 

「はい、マスターは先に葛城トレーナーのもとへ向かっているようです。

 予測到着時刻は7秒後。

 ユニークイベント、『トマとジュリー』開始まで9秒と推測されます」

 

 "仲良くケンカで済めば良いのですけど"──なんて、無邪気な先輩に発言する勇気はなかった。

 けれどもそれはそれ。 仲が良かろうと悪かろうとケンカされては困ってしまう。

 ファインドフィートもミホノブルボンも、空気が悪い合宿なんぞゴメンである。

 

 しかし、簡潔かつ盤石な解決策は存在していた。

 手順は非常に明快である。

 ただ、相性の良くない二人の間に何れかの担当ウマ娘が割り込めば良い。 それだけで万事はするりと流れていくのだ。

 

 だから早めに合流してしまいましょうと、遠ざかるヒトの影へ目掛けて駆け出した。

 そんな彼女らを迎え入れるのは大輪の青い生け込み(花飾り)

 

 視界の端で悲しげに揺れて、瑞々しくも萎びた色気を纏っている。

 それの名を、ファインドフィートは知らないままだった。

 

 

 

 


 

 

 

 "……哀れな生命だ。

 当人がウマ娘として成立できるだけの素養を兼ね備えている事が、何よりも哀れだ。

 もしも……ウマ娘のなんたるかさえ理解出来ぬ凡骨ならば、楽に成れたろうに。

 もしも神に愛されなければ、この先で苦しむこともないだろうに"

 

 "故に()は、『海』として汝を愛せない。愛さない。

 愛してしまえば、きっと引きずり込んでしまう。

 ならば、せめて──"

 

 

 

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