【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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3話

 "ちゃん頑張れ!"

 

 女神様はハート型のうちわを両手に持って、必死に応援しています。

 最近お気に入りの子が、ついに夢を叶えようと走り出したからです。

 

 直前までは『祝福』と『試練』と『応援』のどれを手に取るのか悩んでいたようですが、まずは『応援』することを選んだみたいですね。

 自力で立つこと(find one's feet)を信じるのも"母"のお役目ですから。

 

 "それはそれとして、お友達も作ったほうが良いですよ?"

 

 けれど、女神様は不安そうです。

 たしかに、せっかくの学校生活です。どうせなら楽しんでほしいですからね!

 

 "私が思うに、心の壁が大きすぎるのです!"

 

 女神様は悩んでいます。

 ……どうしましょう?

 

 "うーん……。

 

 でもまぁ、やっぱり……ちょっとぐらいなら、ほんのちょっとだけなら手を出しても……いいですよね!"

 

 


 

 

 ファインドフィートが入学して一週間。

 葛城トレーナーと契約を結んで三日目の放課後。

 最近噂の無機質二人組の姿は、トレセン学園の片隅に佇むトレーナー室にあった。

 

 ぼさぼさの黒髪をワックスで撫で付け、そこそこ質の良いスーツで身を包む。たったそれのみではあるが、どうにか最低限の清潔感を確保した男──葛城トレーナーが手を打ち合わせる。

 "会議を開始する号砲"にしては些か情けない音が、ファインドフィートの鼓膜を揺らした。

 

「まず最初に走るべきレース……目標を提示しようか」

 

 机の上以外は綺麗に整頓された部屋だ。

 大きな液晶テレビとその横に立てられたホワイトボード。それを眺める位置にあるふかふかのソファー。

 冷蔵庫の中にはたくさんのはちみー。

 

 "中央所属のトレーナー"という凄まじく優秀な人材(資産)のための恵まれた施設整備──話には聞いていたが、ファインドフィートの予想を上回る環境だった。

 そのおかげで彼女は暇な(休養)時間も屯できる快適空間ことトレーナー室でくつろげるのだ。ありがたい。

 

 そして葛城トレーナーが数多の資料をホワイトボードに貼り付けるさまを眺めながら、ソファーに陣取り啜るはちみー……実に甘美であった。

 ここに来て初めて、あの小さな理事長へと尊敬の念を抱いた瞬間でもある。じゅこじゅこ。

 

 ──もちろん今日もトレーニングを終えた後でもあるので、葛城もそれを悪い事とは思わない。

 

 むしろ"()()()()()()()()()()()()()"を乗り越えた後でありながら、このようなふてぶてしい態度を取れるのなら大したものだ。

 

 両手両足は生まれたての子鹿のようにプルプルと震えているにも関わらず、はちみーの為だけにここまで見栄を張るのは素直に感動する。

 恐ろしく強靭な理性……葛城でなければ、これを()()する手法なぞ思い浮かばないだろう。

 

 明日以降で行うトレーニングメニューの草案を脳内で開き修正案を書き加えつつ、この三日間で驚くほど馴染んだ芦毛の無愛想娘に冊子を放り投げた。

 

 ──当然、取り落とす。

 

「次のレース……これに関しては言うまでもないか。

 という訳で、メイクデビューに向けたプランを説明しよう」

 

「わたしの両手が使い物にならないことは無視ですか」

 

「安心してくれ、読み聞かせてやる」

 

「ならいいでしょう」

 

 プロジェクターが吐き出す光が壁に像を結ぶ。

 

 葛城が所有するUSBメモリの内から映し出されたのは、大まかに書き上げられたスケジュールプランだ。

 ジュニア級、クラシック級、シニア級と三段階に分割されたページの内、今回フォーカスがあたっているのはジュニア級のスケジュールプラン──その前半部分である。

 

「まず、可能な限り最速でメイクデビューを終えるつもりだ。

 この時に出来るだけバ身差があると良い。多少なりとも注目度が上がるのであれば……当然、さらなる近道になる」

 

「なるほど」

 

「だが必須では無い。焦るあまり調子を崩して一着を逃したとなれば、それこそ本末転倒だ」

 

「……まあ問題ないでしょう。『ファインドフィート』は速いので」

 

「そうかもしれない。だが油断は禁物だ。

 ……言われるまでもないだろうがな」

 

 じゅこりとストローが音を立てる。

 

 空っぽになったはちみーのカップを直ぐ側のゴミ箱に放り投げ、ついに耐えきれずにソファーへ倒れ込む。腰にも届くほど長い頭髪が、ばさりと広がった。

 

 ──ちなみにゴミ箱には入らなかった。床を転がるカップは、どこか虚しげだ。

 

「わたしはこのままの姿勢で聞くので続けてください」

 

「ああ。それで出走時期についてだが──」

 

 ホワイトボードにぺたりと新たに貼られた紙面。そこに踊る情報は6月までの私生活スケジュール。

 訓練日と休養日を無駄なく敷き詰めた日程の中に、ひとつだけぽつんと空いたマスがある。

 

 キュッッキュッと赤いペンで丸をつけられたのは6月の後半。

 今から2ヶ月後と考えるなら、そう遠くない。

 

「キミの能力値自体は既に──かなり、高度に纏められている。

 当然、"ジュニア級にしては"と枕詞が付くがな」

 

「鍛えていますから」

 

「それに本格化も始まっているんだ。

 今時点からの成長を予測する限り、メイクデビューは間違いなく圧勝できる」

 

 葛城は懐からはちみーを取り出し、酷使された脳髄へ栄養の補給を行う。

 

 この二日間、ろくに眠りもせずにファインドフィートの身体解析を行い、それを元にトレーニングプランを構築していたのだ。

 不明瞭な肉体性質を吟味しながらの修正──土台不可能な数値化を限界まで正確に求め、それを現実の紙面に落とし込み、肉付けを行う。

 

 それは彼の目元の隈を深め、脳漿を沸騰させるのには十分すぎる頭脳労働であった。

 

「そして、メイクデビューを超えた後はホープフルステークス……ここで一着だ。これはレース感を掴む程度の温度感でいい」

 

「そうですか……分かりました。

 ちなみにわたしのはちみーは?」

 

「無い」

 

 じゅこじゅことストローが鳴る。

 青い瞳に粘ついた殺意が混じったのは気の所為だろうか。

 

「……まぁ、あれだ。今知っておくのはこのぐらいでいいさ」

 

「そうですか」

 

 プロジェクターの電源を落とし、そこらへんに転がしていた書類の整理を始めた。

 

 その後ろ姿を眺めるファインドフィートが、聞こえないように小さな声で"骸骨奴隷め"とポツリと呟く。

 当然、ヒトである葛城には届かない。

 

「ああ、マッサージの影響はどうだ?

 脚が熱を持ってるとか、関節に違和感は?」

 

「いいえ、問題ありません」

 

「良し。

 なら程良いところでシャワーでも浴びておけ」

 

「はい」

 

 とんとん、と資料の束を叩き纏め、かばんに入れる。

 そして飾り気のない黒革が細い肩に掛けられた。ツヤのない黒は、トレーナーの瞳と瓜二つである。

 

「……一人で戻れるか?」

 

「問題ありません。回復力(ヒト因子)には自信があるので」

 

「そうか」

 

 "ま、何かあったら連絡しろよ"と言葉を残し、スタスタと退室する。

 

 白く清潔なドアの向こうに消えていった骸骨の軌跡をしばし眺め──より一層と深くソファーへ沈み込んだ。

 未だに両脚に力なんて籠もらないし、限界まで駆使された腹筋は瀕死の悲鳴を上げている。

 入学前には想像もできなかったほどハードなトレーニングは、ファインドフィートの見栄を剥ぎ取るには十分すぎるモノだったのだ。

 

「……はぁ」

 

 しかしそれはそれとして──やはり、乙女の尊厳(姉と同じ容姿)的には体の汚れを許容できないという事情もある。

 

 なので仕方なく──本当に仕方なく、生まれたての子鹿と同レベルの脚力でノロノロと立ち上がり、トレーナー室に併設されたシャワールームへと突撃。

 

 力なく揺れる尻尾で必死にバランスを確保する姿には、そこはかとない哀愁が漂っていた。

 

 

 

 ■

 

 

 

「……戻りました」

 

「おかえりなさい、フィートさん」

 

 見栄を張ったは良いものの、トレーナー室と寮の間を移動する──これのみで息も絶え絶えとなってしまった。

 あまりにもフラフラと危なっかしい状態だったものだから、それを見咎めたミホノブルボンが肩を支える。

 でなければ、きっとそのまま床にへたり込んでいただろう。

 

「すみません」

 

「私のステータスは『絶好調』です。フィートさんの重量であれば、10%の出力で安定して支えることが可能と判断します。

 つまり、お気になさらず。私は先輩ですから」

 

 補助を受けつつベッドの縁にたどり着き、ようやく一息つく。

 

 自分で求めた事とはいえ、こうも限界の上限を極められたら私生活にも影響が大きい。きっと、さっきの場面で無駄に見栄を張らず、素直に送ってもらうべきだった。

 

 あるいは、女性の補助員を雇うのも良いだろう。

 幸いなことに、ファインドフィートには金銭的な余裕(過去の残滓)があった。

 

「お風呂は入り終えたのですか?」

 

「……大丈夫です、トレーナー室のシャワーを借りたので」

 

「なるほど。では、食事は終えたのでしょうか?

 疲労回復のため、ビタミン含有率の高い食事を推奨します」

 

 ミホノブルボンの青い瞳が、ファインドフィートの青い瞳を覗き込む。

 すると、何となく(無表情だが)気まずそうに目を逸らされた。

 

 この"頑固な後輩"は放っておけば必要最低限のみで済ませてしまう──大方、ベッドの下に押し込められた栄養食で済ませるつもりだったのだろう。

 

 しかし、尊敬するマスターによる()()()()()()()()を履修したミホノブルボンには──それを許せない。

 効率を求めるのであれば尚更食事内容には気をつけるべきだ。

 

 訓練効率を是正するため、駆動する論理回路。唸りを上げるデータベース(マスターの努力の結晶)

 

 ──あるべき指針を算出するのに掛かった時間は、ほんの数秒だ。

 

「食事による栄養素の摂取──これはウマ娘にとって特別に重要だと、国勢調査による統計が取られています。それはURAの公式発表も同様です」

 

「そう、ですね……?」

 

「はい。

 ところでフィートさんの脚部に溜まる熱……ここから察するに、疲労度は高度に蓄積されたままであると推測します。

 食堂までの道程を踏破できる確率は43%。

 途中で立ち上がれなくなる可能性が非常に高いと思われます」

 

「……はい」

 

「つまり、私と一緒に行動し、食事を摂取することを推奨します」

 

 ずい、と顔を寄せる。

 相対する無表情と無表情。

 

 ファインドフィートは──この面倒極まる状況に辟易としていた。

 脇目も振らず効率を追い求めるべき現状を、彼女は理解しているのだろうか。

 

 きっと理解した上でこうしているのだろう。

 結果的にこちらのほうが成果を出せるのだと、そう信じているのだ。

 

 それに対し、"待った!!"と心の中の内なるファインドフィートが声を荒げる。

 この邪智暴虐なるサイボーグウマ娘を許してはならないと──!

 

「…………」

 

 ──しかし、忘れてはならない。

 

 自分の意志を発露できないからこそ"コミュ障"なのだ。

 己より強いものであれば、おとなしく腹を見せるしか無い。

 ……抗弁力?そんなものは何処にも無かった。

 

 ──多分、トレーナー室に体力ごと忘れてきたのだろう。つまり葛城トレーナーが悪い。

 

「……よろしくお願いします」

 

「それでは行動開始します。手を」

 

 伸ばした手がミホノブルボンによって引き上げられ、ベッドとは束の間の決別を果たした。

 癒やしの象徴へ向けて名残惜しげに振り返っても、もう戻れないのだ。

 

 諦めて、目の前で先導するように歩き出したミホノブルボンを追いかける。

 

 

 

 食堂までの道のりをゆっくりと、しかし着実に。

 生まれたての子鹿にもバ鹿にされかねない脚力で、無言の歩みを積み重ねた。

 

 それから普段の倍近い時間をかけて──本当に時間をかけて、歩いて、歩いて、歩いた。

 名も顔も知らぬウマ娘達の好奇の視線を振り切るの楽ではない。空腹を誘う香りの発生源へと辿り着いた頃にはもう、活力という活力の尽くが体から流出しきっていた程だ。

 

「"ミッションコンプリート"。現在地、カフェテリア。

 フィートさんの移送を完了しました」

 

「……ええ、ありがとうございます」

 

 "コングラッチェレーション、わたし"と小さくつぶやく。

 

 そして達成感に浸るのも程々に、注文口へ向けて再度ゆっくり歩き出した。

 

 ゴール地点はもう目の前だ。

 そう思えば、ほんの少しだけ活力が湧いて来る。

 疲れ切った肉体が糖分を──はちみーを求めて乾き切っていた。

 

 ──のろのろ、のろのろと牛歩で進む姿を、後ろから追従するミホノブルボンがそっと見守る。

 

 そのサイボーグ系ウマ娘二人組は良くも悪くも目立っており──それを、とある()()()()()()が見つけられたのはある意味当然だった。特徴的なポニーテールを揺らし、"おや?"と首を傾げる。

 

 後方先輩面をしているウマ娘は既知の間柄であるが……さて、あの芦毛のウマ娘は誰だろうか。

 

 冷気漂う鉄仮面、芦毛、青い瞳、スタイルに恵まれたウマ娘。あれをひと目見たのなら、忘れることなぞ出来ないほど個性的だ。

 その姿をこの自分が知らないのであれば──ほんの数日前にここに訪れたであろう新入生だろう。

 そして"サイボーグ系"。

 

 ……なら、顔は知らなくても名前だけは知っていた。

 

 大きく頷いた彼女は、ポニーテールを揺らして一歩踏み出す。

 彼女に最初に気付いたのはミホノブルボンだった。

 

「や!ブルボン、これからご飯なの?」

 

「はい、その通りです。

 ……"テイオー"さんもですか?」

 

「うん、これから食べるとこ!」

 

 そのウマ娘はファインドフィートも見覚えがある。

 もちろん顔を合わせたような経験があるわけでもなく、一方的に知っているだけだ。

 

 新聞、テレビ、ネットニュース。その名前は何処にでも存在していた。

 

 "トウカイテイオー"。

 幾度となく骨折を繰り返しながらも不撓不屈の精神で立ち上がり、圧倒的なレースを魅せ続ける──今の世代で最も有力なウマ娘の一人だ。

 

 会話する二人の横顔をぼんやりと眺めていると、ふと振り返った彼女と視線が絡み合う。

 ミホノブルボンの深い青とは違う、青空のように澄んだ青い瞳。

 快活な笑みも合わさって──ファインドフィートとは全く別種の存在であると、即座に反射の域で理解してしまった。

 

 ……だというのに、尻尾の毛並みが逆立つ様を見たのか見ていないのか、トウカイテイオーがにこやかに歩み寄って来る。

 対面で顔を合わせると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。嗅ぎ覚えのあるいい香りだ。

 

「で、キミがファインドフィートだよね!最近噂の!」

 

「ええ、そうですが……いや、噂?一体どういった……」

 

 甲高い声にピクリと耳が震える。

 ファインドフィートが居直ると、トウカイテイオーは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「だって、あんな個性的に啖呵を切ったんだもの。その上とんでもなくハードなトレーニングを積んでるし、メカジョーク似合いそうだし──キミ、第二のサイボーグとして有名だよ?」

 

「ログを確認。

 ……確かに、最近ファインドフィートさんの名前を聞く機会が増えたと記録されています」

 

「……まぁ、そういうもの、でしょうか……?」

 

 それにファインドフィートの場合、実績を残す先駆者──ミホノブルボンとよく似た特徴を備えているからこそ、という事情もある。

 大きな夢、無表情、サイボーグ系。

 この三拍子が合わさるウマ娘なんてそう居ない。

 

 ……メカジョークに関しては風評被害である(まだ言っていない)

 

「はぁ……それで、何の御用でしょうか。

 わたしはあちらで食事を摂っているので、お二人は気にせずにどうぞ」

 

「えー!?この状況でそんなこと言っちゃうのー!?」

 

「テイオーさん。

 フィートさんの言語機能、及び対人機能は未だ発展途上のものです。

 つまり、人付き合いの経験が殆どないものと推測します」

 

「じゃあ二年前のブルボンだね」

 

「……!?」

 

 思わぬ流れ弾を受けた元祖無表情ウマ娘──その背後に弾ける落雷の幻影。

 尻尾がしなしなと震えて悲哀を纏う。

 

 トウカイテイオーはそんなコミュ障二人組を見て、呆れたように肩をすくめた。

 

 鉄仮面で、他者の機微に鈍感だったミホノブルボン。

 鉄仮面で、他者の機微に()()()()()ファインドフィート。

 

 この両者は似ているようだが──その内面は根っこの部分から違う。

 トウカイテイオーは持ち前の優れた洞察力でそれを悟りながらも、まぁ悪い子じゃないみたいだし……と小さく笑った。

 

「ま、ボクが仲良くしたいって言ってるだけなんだよ」

 

「不要です」

 

「まぁまぁ、そう言わずに」

 

 たん、たん、たん。

 

 お得意のスリー(テイオー)ステップを刻みながらずいっと顔を近付ける。

 活発な笑顔には裏表がなく、ファインドフィートが信じる心の壁を飛び越えようと跳ねて来た。

 

「……んー?」

 

 しかしどうしたことか──トウカイテイオーはすっと瞳を細め、ファインドフィートの顔をジロジロと眺める。

 次いで、その周囲を()()()()訝しげに眉を顰めた。

 

「んん~……?」

 

「あの……何か?」

 

「──あっ、ごめん!何でもないや!」

 

 我に返ったように小さく頭を振り、ごまかすように笑う。

 

「では改めまして……ボクはトウカイテイオー!最強無敵のトウカイテイオー様さ、よろしくね!!」

 

 溢れるコミュ力。圧倒的に陽気なオーラ。

 一人を好み、レースに専心するファインドフィートにとっては未知の人種。

 

 差し出された右手は握り返される瞬間を待ち望んでいるように、相対する鉄仮面娘の目の前で停止している。

 

「……トウカイテイオーさん」

 

「テイオーって呼んでもいいよ!ほら、ボクら同じ中等部だし!」

 

「……テイオーさん」

 

 "これどうしたら良いんですか?"

 青い瞳は珍しく、助けを求めるように虚空を揺蕩った。

 

 右を見る。

 自分と同じ無機質な──しかし、自分よりも深い青の瞳が見つめ返してきた。

 彼女が捧げる真摯な救援要請を受け、ここ数日で何故か世話を焼いてくる先輩が応える。

 

 "諦めてください"

 

 ──ファインドフィートにこれを独力で断れるような言語センスは、存在しない。

 

「それでキミの名前は?

 勿論知ってるけど、キミ自身から聞きたいな」

 

「……ミホノブルボンです」

 

「ごまかし方が雑すぎるよ!?」

 

 ファインドフィートは思わず天を仰いだ。

 尻尾が力なく垂れる。

 

 ……無駄な抵抗は、結局無意味に終わったのだ。

 

「ファインドフィート、です。

 ……よろしくお願いします」

 

「そっか!よろしくね、フィート!」

 

「ハイ」

 

 しぶしぶと手と手を合わせ握り返せば、トウカイテイオーは嬉しそうに尻尾を揺らした。

 

 見るも美しい笑顔は──きっと男性、そして同性から見ても、さぞ魅力的に映るのだろう。

 ……しかしファインドフィートにとって、悪魔の笑みにしか思えなかった。

 

 ──まぁ、何にしても付き合いはほどほどに留めておけばいい。

 時たまレースに関するアドバイスでも貰えたら御の字──と、そう考えておこう。

 

 どうにか自己暗示を済ませ、精神の平穏を取り戻したファインドフィートは──何故か一向に離されない右手に困惑した。

 トウカイテイオーは変わらずニコニコと勝ち気な笑顔を浮かべて、ファインドフィートの冷淡な瞳を見つめている。

 

「……ところでさ、つかぬ事を聞くんだけど……」

 

「なんでしょうか」

 

 ごそごそ。

 突如懐を漁りだしたトウカイテイオー。

 訝しげにそれを眺めるファインドフィートに対して、徐に口を開いた。

 

「はちみーといえば?」

 

「──硬め、濃いめ、多めです。常識ですね」

 

「………!!」

 

 さっと取り出されたはちみーのカップ──そのストローは呑口が広く、粘度の高い液体を飲み干すために用意される特別製だった。

 ファインドフィートもつい先程まで咥えていたのだから、すぐに察した。

 

 ──相手が"察した"ことを"理解した"トウカイテイオーがにんまり笑う。

 

 つまり、目の前のサイボーグは相容れることが出来るタイプのウマ娘だったのだ──と。

 高カロリーを恐れることのない勇者との遭遇である。心の底から歓喜の念を覚えた。

 

 珍しく相手の機微を察知したファインドフィートも"まぁ、ちょっとぐらいなら仲良くしてもいいでしょう"と印象を改める。

 さすがはトウカイテイオー……ある種の極まった知性を有しているらしい。

 

「ボク、キミとは仲良くなれそうだよ!これからもよろしくね!」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 トウカイテイオーによる押せ押せ(一方通行)だった先ほどとは違い、双方向へと変化した握手の交流。

 ミホノブルボンはパタパタと耳を揺らし、満足そうに頷く。

 

「…………交友関係が増えたようで、とても安心しました。

 私が観測する限りフィートさんのお友達は大変少ないようなので」

 

 後輩の面倒を見る──それは彼女自身、初めての試みであった。

 

 ミホノブルボンが初めて見る自己の同類にして、マスターが設定した呼称曰く──『ポンコツコミュ障娘』。

 彼女の慧眼がそう見抜いたのであれば、きっとそうなのだろう。

 マスターが随分と心配していたこともあって、ミホノブルボン自身も心配していたのだ。思いは通じていなかったが。

 

 それを知ってか知らずか、トウカイテイオーは呆れたように肩を竦めた。

 

「ブルボン、お姉さんみたいだねぇ」

 

「…………!!」

 

 ──電流、再び。

 

 ピーン、と天を指す耳と尻尾が──これ以上無く、ミホノブルボンの内心を表していた。

 レース中にも見せる星の瞳の輝きがファインドフィートを捉えて離さない。

 

 なんだろう──背筋に冷たいものが伝った気がする。

 優れた直感が"また面倒くさいことが起きそう"と警鐘を鳴らし、はやく話を進めなければと焦りの火が灯された。

 

「まったく、ご飯を食べるのではなかったのですか?

 見てくださいこの脚を、ブルブルです。早くしましょう」

 

 急に饒舌に語りだした通り、確かに手足が震えていた。

 しかしそれは本当に疲労に拠るものだろうか?

 

 ……いいや、違う。

 ファインドフィートは恐れていた。

 

 この、このような、活気に満ちたやり取り──女学生同士による仲良し会話。

 ファインドフィートが最も苦手とする陽気だ。

 

 青い目が雄弁に叫ぶ。

 わたしはレースで勝ちたいだけなのです。それだけでいいのです。

 だからこんな、対人関係なんて──。

 

 ──トウカイテイオーは、そんな彼女の内心を余さず理解していた。

 実は、この学園において()()()()()()()()()()()瞬間でもある。

 

 そしてトウカイテイオーは──その焦りを理解した上で、にこやかに口を開いた。

 

「照れてる~。ブルボンも嬉しそうだよ?」

 

「わたしは照れてませんが」

 

 "悪魔め"。

 先程までの友愛の精神は何処へ消えたのだろうか?

 

 見よ、ミホノブルボンがやけにキラキラとした目で歩み寄る様を。

 ファインドフィートには恐怖でしかない。

 

「呼称変更プロトコルを起動。コマンド入力を待機中。

 推奨規則は末尾に"お姉さん"を挿入する事です」

 

「呼びませんが」

 

「……コマンド入力、失敗。修正案を作成します……」

 

 ──なんなのだろう、この先輩は。

 

 本当に先輩なのか、この大型犬は。ファインドフィートが思うに、彼女は純粋すぎる。

 これがわたしの同類だと?バ鹿を言うな、これは天敵だ。

 

 ファインドフィートは今更ながらに理解した。

 コミュ障が忘れていた、人間関係の日向に巻き込まれる──その恐怖を。独りを好むウマ娘に対する理解の無さを。

 

 ……もう、面倒しかない。

 

「はぁ……肩を貸してください、テイオーさん」

 

 しかしそれはそれとしてムカついたので、トウカイテイオーの肩に思いっきり寄りかかる。

 身長差?当然理解の上だ。むしろ押し潰してしまえ。

 

「ちょちょっ!?重いんだけど!?」

 

「──は? 重くありませんが」

 

「あっ……気に、してたんだ」

 

「その目を止めてもらえませんか?」

 

 ビキリと口元がひきつる。

 全身の体重をトウカイテイオーに押し付け、ぐでぐでと脱力。

 もうどうにでもなれ──そんな投げやりの精神が挙動に込められていた。

 

「テイオーさんのパワー値、フィートさんの体重を計算中……

 

 ……計算完了しました。

 つまり、私が抱えましょう」

 

「重くありませんが」

 

「潰れちゃいそうなんだけど!!」

 

「重くありませんが」

 

「あー!?」

 

 ファインドフィートは激怒した。

 必ず、この邪智暴虐なるウマ娘達に"デリカシー"というものを尊重させねばならないと。

 

「──前方の視界が開けたことを確認しました。

 つまり、順番です。行きましょう」

 

「重くありませんが」

 

「ワケワカンナイヨー!?」

 

 ずるずると引っ張られながら進む。

 

 そして、トウカイテイオーは己の肩口にのしかかったままの芦毛の少女へと視線を向けて──安堵したように、小さく笑った。

 

 

 

 

「おはようございます、トレーナー」

 

「ああ、おはよう。

 体調は?」

 

「十全です」

 

「そうか、じゃあウォーミングアップからだ」

 

「了解しました」

 

 

「やはり……キミの加速力は素晴らしいものだな。レースの時、追い込みで走っても問題ないだろう。

 ほら見ろ、芝がえぐれてるぞ……恐ろしい程鋭くて、()()末脚だ」

 

「重くありませんが」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 




ファインドフィート
ジュニア級。『弟』。女神様に愛されてしまった子。
双子の片割れである『姉』と同じ容姿になったウマ娘。
強靭な心肺機能によって支えられるスタミナとパワーが武器。
ミホノブルボンと同程度の身長で、バランス良く鍛えられたスポーティ体型を誇る。
重くない。本当に重くない。

ミホノブルボンに弱く、トウカイテイオーにも弱い。

ミホノブルボン
シニア級の先輩。偉大なる二冠ウマ娘。
ファインドフィートという後輩ができたことによって対人機能をアップデートした。
完全に単なる偶然だが、ちょっと『姉』に似ている。

ファインドフィートに強く、トウカイテイオーにも強い。

トウカイテイオー
シニア級の先輩。絶対なる帝王。
最近話題のサイボーグ系ウマ娘に絡みに行ったら思った以上に面白い子だった。仲良くなれそう。
何だったんだろ、()()……。

ファインドフィートに強く、ミホノブルボンに弱い。

葛城トレーナー
デリカシーが無いと怒られた。
なんで?



女神様(A)
『太陽』を宇宙(ソラ)に掲げる女神様。
フィートちゃんの精神外殻をちょびっと指でつつこうとしたらバレそうになった。すごく驚いた。
やさしい。

女神様(B)
『王冠』を頭上(ハテ)に戴く女神様。
おなかいたい。

女神様(C)
『海』を久遠(トワ)(いだ)く女神様。
おなかいたい。




ファインドフィート
『姉』。
いつも一緒にいる。
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