【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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34話

 

 時は放課後、世間は週末。

 商店街の雑踏が夕焼けの空を粗雑に揺らす。

 客引きの声、夕食を支度する主婦達の声、仕事を終えたサラリーマン達の声。

 

 それらの音の波をかき分けて、三人連れ立ち歩みを進める。

 白い頭、黒い頭、茶色い頭。

 揃いも揃って制服姿のままではあれども、この商店街ではそう珍しい姿では無かった。

 学校終わりの学生というのはいつだって()()()()ものだ。

 ウマ娘であろうともそれは変わらない。

 ただファインドフィートには縁遠い概念だったというだけで、普遍的なものである。

 

 だからいつも胸の奥には戸惑いと場違い感が居座っていて。

 別に誰の言葉を受けたわけでもないのに、罪悪感が心の棘として臓腑を突き刺す。

 本来ここにいる筈だったのは彼女ではなく、『彼』でもなく、『姉』であるべきだった。

 

 そうと思えば──まるで人生を横取りしているようではないかと。

 まるで、まるで、『姉』の存在を否定する行いではないかと。

 彼女は、誰も知らない罪を自覚せずにはいられないのだ。

 

「……フィートさん? 

 どうしたの? えっと、その……すごく、疲れてそうなお顔してるよ?

 あまいもの食べてない時のマックイーンさんみたい……」

「む……それほど、疲れているように見えるのでしょうか。

 ブルボン先輩にも同じことを言われてしまいましたが……」

「はい、その通りです。

 今日一日は休んで下さい」

「オーバーワークは良くない、よ?」

 

 二対一。

 民主主義に則ったならファインドフィートの敗北である。

 

 おずおずと覗き込んできた片目隠しの少女から視線を逸らし、口を一文字に結んで黙った。

 反論の余地が存在しない現実程度ならファインドフィートにだって分かってしまうのだ。

 

 ──回り込んできたライスシャワーからもう一度逃れ、瞳を隠す。

 目は口ほどに物を語る。

 だとするならば、それも隠してしまえば誤魔化せるのではないかという無謀な悪足掻きだ。

 

 それから芦毛の腹がくぅくぅと異音を響かせるまで。

 セピア色の無駄なじゃれ合いは長々と続けられてしまった。

 

「……フィートさんから空腹ステータスを検知。

 現在時刻は16時17分。 つまり、おやつを接種するタイミングとしては適正範囲内と推測」

「そ、それじゃあ何処かお店探そっか……! あの、フィートさんは何か食べたい物とかないかな?」

「いえ……特に拘りはないので、ライスさんにお任せします」

「えっと……えっと……」

 

 ファインドフィートは何も考えず、決定権をライスシャワーへ横流しする。 協議もへったくれも無い流れ弾だ。

 けれどもライスシャワーは律儀で大真面目に、うんうんと思案の唸り声を上げていた。

 

「……ふぅ」

 

 大きな黒鹿毛の耳がぴくぴくと震える様を横目に、細々と息をつく。

 実際の所、拘りがないのは本当の事だった。

 ……あるいは、より正確に表せば……元々は拘りがあったのだ。

 だが、今はそうでもない。

 

 ポケットから取り出した飴玉から包み紙を剥がし、口の中に放り込む。

 ついでにライスシャワーとミホノブルボンにも手渡しながら、からころ舌で転がした。

 唾液と体温で溶け出したのはザクロ味。

 微かな甘みと、微かな酸味。

 そして漂う鉄錆(錯覚)の香り。 舐めていれば懐かしさがこみ上げる。

 

 ……正直に言うと、ファインドフィートの好みからは外れている物だ。

 が、()()()意味もなく、定期的に摂取したくなってしまうのだから不思議だった。

 

 からころ、からころ。

 小さくなるまで何度も何度も舌で転がす。

 彼女自身はともかくとして──友人達は機嫌良さげに尻尾を揺らしていたから、それで良かった。

 

 

 


 

 

 

 時は放課後、世間は週末。

 トレセン学園の校門前。

 

 黄昏色の陽光のもと、多くの学生の姿で賑わっていた。

 その喧騒は冬の寒さを跳ね返してしまうほどの熱気を放っていた。

 それこそ、見る者の体感温度を引き上げてしまっても可笑しくない。

 

 とある生徒が言い放つ。 やれ、今日の授業は簡単だった。

 別の生徒が額の汗を拭う。 今日の補習は危なかった。

 また別の生徒が友人を誘う。 今日のおやつは駅前まで食べに行こう。

 姦しい少女達による十人十色の雑踏が校門を通過し放たれて──その中に、白い背中がぼんやり浮かんだ。

 栗毛の少女と黒鹿毛の少女のふたりと連れ立ち、ゆっくりゆっくりと足を進めていた。

 

 ──物陰に身を潜めていたトウカイテイオーは外に向かう友人の姿を見つけて、酷く安堵した。

 

 少なくとも。

 他者の干渉を受け入れる事が可能な内は、()()大丈夫に違いないと。

 あるいは、単にそう思いたかっただけなのかもしれないが。

 ……それでもトウカイテイオーは、己の推測を信じることしか出来ないのだ。

 

「……ん、フィート、ブルボン、ライス……三人とも出発したみたい」

「考えてみりゃ意外と珍しい組み合わせだよなぁ。

 具体的には宝くじの5等ぐらいか?」

「絶妙なラインだね……」

 

 薄く、微かに笑う。

 協力者のゴールドシップの物言いはイマイチ理解しづらい、が……珍しいという評価には納得できた。

 彼女が知りうる限り、ファインドフィートの交友関係は非常に狭いものだからだ。

 

 基本、行動を共にすることが多いのはミホノブルボン、トウカイテイオーの両名。

 稀にメジロマックイーンやライスシャワーと昼食を共にし、クラスメイトとは事務的なやり取りをこなし、ゴールドシップがちょっかいを掛け──更に極稀に、花壇の傍でエアグルーヴ副会長とぽつりぽつりと言葉を交わす。

 その程度が彼女個人の持つ交友関係で、他は大人達とのやり取りのみだ。

 

「でもさぁ、なんか意外だよね。

 確かにフィートは引っ込み思案だけど……ほら、中身はアレ(ポンコツ)だし? 

 だからもうちょっと他の子から色々ちょっかい掛けられてても可笑しくなさそうなんだけど……」

「あん? そうか? ……いや、そうかもな」

「そうだよ。

 だってほら、フィートは無敗三冠なんだよ? 

 なのにさ……こう、大した理由もなしに、浮きすぎてるというか……なんて言うんだろ」

 

 疑問を受け、訝しげに顎を擦る。

 ゴールドシップ自身は今まで然程の疑問を覚えていなかったが、言われてみれば──確かに中々妙な事であると、ほんのり湧いた疑念を舌の上で転がした。

 味は些か苦味が強く、快いモノなどとは到底言い表せない。

 

 確かに自然な流れの産物と言うには些か奇妙でもあるのだ。

 改めて思い出す。

 ファインドフィートという少女がトレセン学園に訪れてからどれ程経過したのか? 

 

 ……答えは、()()()()()

 ()()()()()も経過しているのだ。

 

 その間で他の人物と関わる機会はいくらでも有ったはずだ。

 それこそウマ娘というのは存外世話焼きが多く、"なんやかんや"で絡まれる事だってある。

 学級委員長であったり、風紀委員長であったり、走る母性の権化であったり。

 社交的でない存在であっても瞬く間に交流の輪に取り込んでしまうのがトレセン学園だ。

 

 だというのに。

 ファインドフィートの場合、交友関係が狭すぎる。 一周回って不自然なほどに。

 もしかすると──その原因は、彼女自身の気性だけではないのでは? 

 気性以外の観点で、他にも問題があるのではないか? 

 

 瞳の裏、頭脳の奥で、ゴールドシップにしては非常に珍しく熟慮に沈んだ。

 

 ……そう、よくよく考えてみる。

 面白い物が大好きな己が、何故二年目の夏になってようやく絡みだしたのか、とか。

 何故それ以前はファインドフィートに遭遇しなかったのか、とか。

 あるいは、何故、そもそも──実際に遭遇するまで、ファインドフィートという"個人"に意識を向けられなかったのか、とか。

 

 ……偶然と言うにはあまりにも期間が長すぎて。

 あまりにも、違和感が目立ちすぎる。

 

 更に深く、考え込む。

 ゴールドシップは考え無しに見えてもその実は恐ろしく聡明だ。

 故に、深く、深く、自身の持つ違和感を解体し──。

 

「──あっ、ブルボンから鍵は受け取れた?」

「ん……ああ、ばっちりだぜ」

 

 ──ふと、我に返った。

 ゆるゆると頭を振り、違和感を解体する為に振り上げたナイフ(推論)を一時収める。

 なに、推測を行うのは別に今でなくても良いのだ。

 今の自分達は時間に余裕がない訳ではないが、あるとも言い辛い。

 

 だから今は前だけを見る。

 紫耀の瞳は常と変わらず、溢れんばかりの活力で輝いていた。

 

「ほれ、こいつ」

 

 ポケットから取り出したのは白うさぎのキーホルダーに括られた寮の鍵。

 ミホノブルボンに現状をほんの()()()だけ伝え、獲得した協力の証だ。

 

「……ま、今考えたって埒が明かねえしな」

「ん……? 

 ごめん、聞こえなかったや」

「減量中マックちゃんの眼の前で食うパフェは最高だよなってコトだよ二度も言わせんな恥ずかしい!」

「んぇぇ、理不尽!」

 

 大きな身体で抑え込むかの如く、トウカイテイオーにもたれ掛かる。 加減は無しだ。

 芦毛の毛の先よりも大きく、色濃い謎。

 それをこの場で考え込んだ所ですぐ答えを出せる訳ではなく。

 だとするなら、考え込むのは後からでも遅くはないはずだ。

 

 顎の下で甲高い鳴き声を上げる少女に全体重を押し付け、ゆるゆると尻尾を揺らす。

 頬を叩く両耳の感触はとても柔らかかった。

 

「んぐ……っ。

 ……そ、それにしても意外だったよ……。

 ゴルシがここまで協力してくれるなんて……っ」

「ゴルシちゃんはいつだって清廉潔白だがやるときゃやる女だぜ? すげーだろ」

「ああうん、そうだネ~。

 分かったから早くどいて欲しいな! ボクは顎置きじゃないよ!?」

 

 ぺちぺち、ぺちぺち。

 栗毛の耳がゴールドシップの顔を叩いた。

 妙に脱力させてくる衝撃を甘んじて受け止めつつも、ぐでんぐでんに体の力を抜き取る。

 もちろん、身体の下から響く悲鳴は意図的に無視した。

 

「アドバイスするのも大変でなぁ。

 ブルボンさんったら"つべこべ言わずに走りなさい"なんて言うつもりだったらしいですわよ?」

「なにそれ、マックイーンの真似? 全ッ然似てないんだけど」

「辛辣だなオイ」

 

 リズミカルに体重を顎の下に押し付けてじゃれつく。

 ぴぇ、んぇ、んなぁと返る鳴き声がゴールドシップの満足度をこれ以上無く高めてくれる。 さながらぬいぐるみに戯れ付く童女のよう。

 もちろん、おもちゃ扱いされるトウカイテイオーからしてみれば堪ったものではないのだが。

 

「でもほんっと、ブルボンに事の詳細を伝えずに作戦だけを伝えるのはよぉ、マグロ漁船を粉砕したくなるぐらいに大変でよぉ……。

 ……なぁ、だからゴルシちゃんをもっと労れよ。 ほら、労れ! い~た~わ~れ~!」

「わけわかんないよォ……! 

 ……っていうかさぁ、ブルボンにも事情を説明して協力してもらったほうが良いんじゃないの?」

「んぁ~? 

 ……いんや、こっちのほうが良いだろ。 少なくとも、今はな」

 

 よっ、と軽い掛け声をひとつ。

 ぴょんと跳ねて体勢を立て直す。

 

「はぁ~……それじゃ、行こっか?」

「そうだな、鯛焼きだ」

 

 三つの背は群衆の中に紛れて、今では見えなくなっている。

 直に商店街に到着して、学生らしく青春を謳歌するに違いない。

 だとするなら、トウカイテイオーとゴールドシップのやることは決まりきっていた。

 

 右手の中の合鍵をちゃらりと弄ぶ。

 これの使い方は、間違いなく褒められた行いではない。

 だが──トウカイテイオーは、必要な行動であると確信していた。

 より正確に言えば、手段を選ばないという手段こそが最も必要なのだと考えていた。

 

 家探し、荷物漁り、家宅捜索、言葉を選ばずに表せば単なる空き巣。

 それは、ファインドフィートの身辺や過去に繋がる情報を探るための行いだ。

 それは、ファインドフィートの心の傷を探り当てるために伸ばされた手だった。

 

 ……無体な言い分だ。

 だがトウカイテイオーは撤回しない。

 秘匿を暴く行為を、躊躇と共に遂行できる。

 逡巡の後に秘密の壁を踏み躙る。

 

 結局、正しさなんぞ流動的な水物だ。

 視点や解釈次第で如何様にも変じてしまう物でしかない。

 

 

 ◆

 

 

 栗東寮の廊下をそろそろと歩く。

 鹿毛の一本結びと尻尾の挙動で居心地の悪さを表したのはトウカイテイオー。

 焦れたように、落ち着かない様子で指先を擦り合わせていた。

 とはいえ彼女自身も栗東寮の所属であり、寮内を移動している現状におかしな点は何もない。

 

 ……そのはず、なのだが。

 どうにも未知の領域を歩いているかのようで、全く落ち着かなかった。

 周囲に居る他のウマ娘らの視線がやけに気になってしまい、足取りをやけに重く感じてしまう。

 まるで監視されているみたいだと、微かな寒気が四肢に纏わりついた。

 

 そんなものは錯覚だ、無意味な妄想だ。

 斯様に思い込もうと頭を振り払うが──不要な思い込みがこびりついて離れなかった。

 

「うぅ……すごい悪いコトしようとしてる気分だよ……」

「おめぇそりゃ、当然悪いコトに決まってんだろ。

 やろうとしてんのは無断の家探しだぞ?」

「ゴルシの言う通りなんだけどさぁ」

 

 大げさに肩を竦め、息を吐き出した。

 マナー以前の問題であることは百も承知。

 それを十分に考え、理解し、納得した上での行いだというのに──この期に及んで尚もだらだら苦悩にのたうち回っていた。

 

 プライド、品性、善性。

 今までの生で培ってきた精神が"やっぱりよろしくないのでは"と果敢に吠え立てる。

 

 けれども──ついにドアの前までたどり着いてしまったのだから仕方がない。

 もはやこれまで、腹を括れ。

 何度目になるのかも分からない自己暗示を、今度こそ自己の脳髄に刻み込む。

 

 襟元を正し、大きく息を吸う。

 大きく大きく、胸を反らして。

 

 ……すると、普段とは違う香りが鼻孔を満たした。

 今回は秘密裏での──ミホノブルボンに事前に了承を取っている為、秘密裏にしている対象は一人だけだが。 ともかく秘密裏の行動である。

 入室したという痕跡を可能な限り消失させ、あるいはそもそも残さない為の対策が必要だった。

 

 そのひとつが、この匂い。 早い話が嗅覚対策。

 ヒトに比べて凡そ千倍の嗅覚を持つのがウマ娘である。

 勿論、その対策は必須だった。

 

 故に、態々ファインドフィートと同じシャンプーやボディソープ(ミホノブルボン管理)を調査し。

 授業が終わった直後にシャワー室へ駆け込み(後日説教確定)

 トウカイテイオーとゴールドシップが同じ匂いを漂わせている事に、道行く少女達から特に意味はない(面白がっているだけ)奇異の視線を受ける。

 

 ここまでして体臭を偽装しているのだからそう簡単にはバレないだろう。

 そう、彼女には確信に近しい自信があった。

 

「……よし、開けるよ」

「おう」

 

 きぃ、と。

 蝶番が静かな悲鳴を上げて二人の前に道を開ける。 凍えた空気が流出し、顔を撫でた。

 

 まず両者の視界に飛び込んできたのは──部屋の主達の性格を反映した装飾だ。

 余分なものは然程配置されておらず、基本的には無機質な装いで統一済み。

 ただ、片方のベッドには大きなうさぎのぬいぐるみが鎮座しており、それのみは奇妙な威圧感を放っていた。

 

「右手側の──あー、ベッドの上にぬいぐるみがある方がブルボンのとこ。

 で、反対側の青っぽいのがフィートのスペースだよ」

「あいあいさー」

 

 青空色の瞳でぐるりと見渡す。

 学習机、備え付けの本棚、サイドワゴン、トレーニングメニューを印刷した張り紙、動物型の写真フレームがふたつ。

 犬型のフレームにはファインドフィートとミホノブルボンと、トウカイテイオーの三人で撮影した写真。

 他二人に挟まれた芦毛の少女が無表情のまま、両手で二本指(ピース)を立てていた。

 

 そしてすぐ横の猫型のフレームには、菊花賞を獲得した時の記念写真──ファインドフィートと、彼女のトレーナーが仏頂面で写り込んでいる。

 ターフの上で撮影された写真という事もあってか、どこか厳粛な空気が閉じ込められているようだった。

 

「……あの子のトレーナーにも、後で話しに行かないとね」

 

 視線を横にずらす。

 本棚には何の変哲もない教科書が規則的に並べられている。

 国語に数学、社会、理科、音楽──。

 それらの本の隙間からチラリと覗く紙切れは、今回の調査には関係ない物として目を逸らしておく。

 やけに赤いペケ印が多いようにも見えてしまった、が。

 それはあくまでも一瞬のこと。 単なる見間違いに違いない。

 

「う~ん……」

 

 しかし、さて。

 調べるとはいえ、どこから調べて見れば良いのか。

 家探しジュニア級の彼女にはさっぱり見当がつかなかった。

 

「こういう時は~……なんだろ、引き出しの裏に穴とか空いてないかな?」

「二段底か? 隠しスペースか? 

 へへ、まかせろ! こんな事もあろうかとシャーペンの芯は持ってきてるぜ!」

「あ、別に穴は空いてないや」

「なん……だとォ……!?」

 

 オーバーリアクションでおんおん嘆くゴールドシップは放置しておく。

 

 時間が無いという訳でもないが、のんびりしても良い程の余裕もない。

 部屋を荒らさず、しかし迅速に。

 丁寧に、しかし大雑把に記録を探る。

 

 その様は盗掘人か、はたまた墓荒らしか。

 トウカイテイオーらは預かり知らぬ事であれど──ファインドフィートは活力に満ちた生者であると同時に、既に一生を終えた死者でもあるのだ。

 その前提を踏まえれば、ある意味で墓荒らしに等しい所業かもしれない。

 

 ……が、当然ながら彼女等はそれを知らないのだから、関係無い話であった。

 

 本棚の隙間を探る。

 隠された答案以外には何もない。

 ベッドの下を見る。

 謎の木の棒以外は何もない。

 机横の引き出しに手を差し入れる。

 一段を除き、めぼしいものは何もなかった。

 例外の、上から二段目である真ん中の引き出しは……残念ながら鍵がかかっている。

 

「ん~、ここだけ鍵かかってる……」

「よっしゃ、鍵師技能検定1級のアタシに任せろ!」

「えぇ……」

 

 困惑の声も何のその。

 手慣れた様子でピッキングツールを取り出し鍵穴を弄くり回すこと三分間。

 二本のピックを操作し、比較的──見ているだけのトウカイテイオーからしてみれば、比較的簡単に鍵は解除された。

 

「よし、これでいいな? 

 アタシはクローゼットの中を見てくる」

「ん、分かった」

 

 取手を引いた。

 他の段よりも物が少なく、かさりと軽い音のみが響く。

 

 ……中身を覗き込めば、やはり物は少なかった。

 くしゃくしゃに丸められたレシートが一枚。

 プラネタリウムのチケットが三枚。

 表面の隅に印刷された期日は去年の今頃。

 色褪せた天体の絵が、引き出した衝撃(地動)につられて揺れた。

 

「……ん? 

 これは……本、日記……かな?」

 

 そして、もう一つ。

 経年劣化によって部分部分が裂けた青い本。

 ボロボロで、所々に補修の痕跡が残っている。

 

 表紙には辿々しい文字で『日記帳』と書かれているのみで──。

 

 ……単なる直感で、これだと確信した。

 というよりも、内心が赤裸々に綴られているだろう日記帳でも本性を掴めなければ、もうこれ以上どうしようもない。

 いっその事押し倒してでも吐き出させようか、とか。

 ()()()()()危うい解決策を真面目に検討する必要がある程だ。

 

「……情報源として考えたら、これ以上は無い……かな」

 

 黒いインクがうっすら滲み、青空の瞳に黒点を写す。

 

 ……無論、罪悪感はある。

 友人の心、その柔肌を暴くという行為に対する背徳の念が、彼女の未熟な精神を執拗に嬲る。

 

 ただ、それでも、と。

 小さな手をゆるりと伸ばした。

 日記帳は手のひらに収まる大きさだ。

 

 トウカイテイオーには彼女の心も同じ有様であって欲しいと祈る事しか出来ない。

 手が届く距離にあって、カタチがあって。

 そしてこの小さな手でも掴み取れたなら、それだけで十分だ。

 

「ごめんね、フィート」

 

 胸元に引き寄せたちっぽけな本は傷だらけで、どこか湿っていて、不思議と重かった。

 

 


 

 

 ある日の『少年』はペンと本を手に取りました。

 お父さんにお願いして買ってもらった黒いボールペン。

 そして真新しく傷一つない青い日記帳。

 きらきらきらきら目を輝かせ、希望に満ちた記憶を残すためにペン先を走らせます。

 

 きのうのあしたはいつだって素晴らしい。

 『少年』にとってはそれが当たり前で、いつもそこにある真実でした。

 

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