【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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36話

 

 "はァ……? "

 

 まず最初に大きな溜め息を吐き出したのは、『海』の女神さまでした。

 その内心を満たすのは……苛立ち。そう、苛立ちです。

 額には幾筋かの血管、もとい怒りの象徴が浮かんでいました。

 

 "……ウスノロが。 頭に乗らないで貰えますかぁ? "

 

 次いで毒気を吐き捨てたのは『太陽』の女神さま。

 笑顔も忘れてぽつりとひとこと、高い玉音が響きました。

 美しいウマ耳は引き絞られて、後方にぺたりと伏せられています。

 

 "わぁ、面白いわねぇ"

 

 そして、『王冠』の女神さまはいつも通りです。

 ただ、笑顔で見守っています。

 いつかの時には不遜な物言いを受け、怒りを顕にしていたのに。

 ただ、笑顔で見守っています。

 


 

 

 ──ドアを開けた瞬間は、違和感など欠片も無かった。

 

 蝶番の軋む音も、部屋に入った瞬間の甘い香りも、見慣れた景色も。

 どれ一つをとっても、朝に部屋を出た時と何も変わらない。

 故に違和感が挟まる余地などなく、常と変わらぬ空気に包まれるのみだった。

 

 幾らか毛艶の良くなった尻尾を揺らし、部屋の奥へ足を進める。

 スリッパから鳴るペタペタという歩行音が酷く間抜けだった。

 

「ミッションクリアを確認。

 ステータス、『高揚』……お疲れ様です、フィートさん」

「ブルボン先輩も、おつかれさまです」

 

 カバンを机の上に起き、一息つく。

 屋台や本屋、服屋。

 軽く足を伸ばしてスポーツ用品店。

 久しぶりの自由時間はファインドフィートの精神を慰めてくれた。

 

 それはターフを離れたからではなく、ましてやトレーニングを休止したからでもない。

 ただ、気兼ねなく友人とともに空の下を歩けるという、その事実だけ。

 ただそれだけの事実が、彼女の心に潤いを与えた。

 

 だから今日の彼女は満たされている。

 椅子に腰掛け、湧き出る充足感を味わった。

 

「シャンプーとリンスの格納作業を完了しました」

「あ……ありがとうございます。

 ブルボン先輩は少しゆっくりしてください、お茶を淹れますから」

 

 けれど、だからといって今日の全てが終わった訳ではない。

 

 戻ってきたミホノブルボンに一声かけて立ち上がる。

 青いスリッパがぺたりと鳴った。

 

 まず手を伸ばしたのは壁際の棚。

 電気ケトルや紅茶の紙パックを掴み取り、テキパキと準備を進める。慣れた手付きだった。

 なにせ、ミホノブルボンは電子機器に触れることが出来ない。

 そういう事情もあって、機械に頼る作業はもっぱらファインドフィートの仕事だった。

 

「……はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 カップを相方に手渡した後、自身も椅子に腰掛け、カップを両手で保持する。

 上から中を覗いてみれば、赤い水面が幾重もの波を立てていた。

 

「ふぅ……」

 

 時間の流れは穏やかだ。

 空気の重さは一定で、稀に湯気が漂い、ぽつりぽつりと言の葉を交わす。

 

 他は──それこそ、時計が"カチコチ"と呼吸音を響かせる程度の、僅かなノイズが挟まるばかり。

 刺激など存在しない。 平穏そのものだ。

 ファインドフィートは、これこそを最も好んでいた。

 

「…………」

「…………」

 

 カチ、コチ。カチ、コチ。

 時計が静かに呼吸する。

 控えめで、しかし確かな主張を感じ取れる金属音で。規則正しく刻んでいく。

 

 双方揃ってウマ耳をへたりと傾け、またカップに口をつけた。

 けれども惜しむらくは──今この瞬間でさえ、鉄錆の風味が混入している事だ。

 今となっては慣れたモノであれど、残念なことに変わりない。

 

 走行に直接的な関係は無いとしても、味覚にノイズが混ざるというのは……少しだけ、苦しい。

 いつかの団欒の記憶が遠ざかるようで、もう手が届かない所になってしまったのだと見せつけられるようで。

 どうしても、腹の据わりが悪くなってしまう。

 

「……ふぅ」

 

 自分自身の内心を誤魔化そうと、ゆらゆらと湯気を揺らした。

 吐く息で風をつくって、カップの水面に波を立てる。

 

 とはいえ結局無駄で無意味な抵抗。

 いっそう虚しくなるばかりだった。

 

「ん──そういえば、ブルボン先輩。

 そろそろ時間なのでは?」

「おや……失礼しました。

 タスクの参照、現時刻を確認…………ステータス、『焦燥』。

 つまり、ケツカッチンです」

「ケ、ケツ……?」

 

 マルゼンスキー直伝のナウでヤングな()()()()言葉は理解できなかった。

 さもありなん、最初に聞いた時のミホノブルボンも同じ有様だったのだから仕方がない。

 ナウでヤングな少女達相手に通じない時点でまったくイマドキではないという意見は──所謂、禁句とするべきか。

 

 ともかくファインドフィートが理解できたのは、ミホノブルボンの予定に対する認識は正しかったという事実のみ。 十分である。

 

「……では、フィートさん。

 先刻もお伝えした通り、マスターとの打ち合わせミッションに向かいます。

 予定では1時間程のミーティングですが──」

「ええ、分かっています。

 ……もうすぐ日も暮れますから、足元にはお気をつけて」

「はい、オーダー受託しました」

 

 そして再び鳴る蝶番。

 きぃ、という悲鳴と共に、栗毛の後ろ背を見送る。

 

 ほんの数瞬で消えた姿の残照を、青い瞳でぼんやり眺めた。

 ……そして、"さて、今からどうしようか"と頭を抱える。

 

 ひとまずの対応として二人分のカップを流し台に置き、久方ぶりの問題に揺れる右耳。

 そこに飾りはない。故に当然、音もなかった。

 

「……いえ、無理では?」

 

 ……今からトレーニングと洒落込もうにも、残念ながらその手は取れない。

 己がトレーナーから"今日は休養日にしろ"と伝達された上に、自主練までも禁止されてしまった。

 蹄鉄の手入れは昼休憩の間に終わらせているし……誠に遺憾ながら、本格的にやることがない。

 

 ならば、どうしようか? 

 椅子に腰を落ち着けて、ゆるゆると考える。

 尻尾を膝の上に乗せ、手慰みに撫で付けながら。

 

 カチ、コチ。

 悩む少女を他所に時計が十度、呼吸した。

 音に合わせて耳を震わせ、惑いに惑って頭を悩ませる。

 

 カチ、コチ。

 机の上に視線を落とす。

 皺の多いプリントが、無意味に白い腹を晒していた。

 

「……ああ、そうだ。

 今のうちにプリント類を整理しておきましょうか。

 まぁ、大した意義は無い事ですが……」

 

 くるりと居直り、卓上棚に目を向ける。

 雑多な教科書、間に挟まる紙の群れ。

 

 適当に押し込んだせいでぐしゃぐしゃに潰れてしまった物もあれば、無駄に丁寧に折りたたんだせいで内側が見えない──つまり、手に取って広げるまでは中身が秘匿されたままの、仕分けの面倒を増やすだけの物もある。

 まったく、誰がこんな事をしたのか。 苛立ちをぶつけたくなった。

 

 ……が、犯人像を考え込んだ結果、自分の顔しか思い浮かばない。

 非常に残念だが、それが事実である。

 

「はぁ……」

 

 中間テストの結果。抜き打ちテストのプリント。学内行事のお知らせ。

 

 一つ一つ中身を確認して不要なものを横に分ける。

 今のところ、不要判定を受けた物が全てだった。

 

 中身にほんの数秒目を通す。横に放る。

 中身にほんの数秒目を通す。横に放る。

 

 ……いっその事一切合切纏めて捨ててしまいたい、なんて、怠惰な発想が脳裏をチラチラ掠めていく程に面倒な作業だ。

 

 そもそもこんなに大量の紙があっても使い道なんて殆どない。

 後から見返すようなタイプでもない己には不要なだけだろうと。

 そんなファインドフィートの主張は、ある意味で理にかなっている。

 

 ……人間とは楽な方へ楽な方へと流れてしまう生物だ。

 "元"が枕につくファインドフィートであろうと同じである。

 手持ち無沙汰を解消する為に始めた行いだというのに、大雑把で迅速な解決方法を求めだしてしまうのだから手に負えなかった。

 

「……全部、捨てちゃいましょうか。

 あれこれ手間を掛けるのも面倒ですし」

 

 それに、どれもこれも特に大した思い入れも無いゴミばかりだ。

 適当に口から出した案を実際に採用するまで、時計の呼吸音さえ不要だった。

 

「どうして、こんなに溜め込んでいたのやら……」

 

 淡々と集めて、重ねて、束ねて捨てる。

 時計の音をかき消す程にバサバサと音を立て、一気に収集した。

 

 一枚二枚、五枚十枚十三枚。

 つい先程までのスローペースとは打って変わってハイペースに。

 

 そして集め終わった雑多な紙類を紐でくくり、机の端に寄せる。

 作業の完了のために消費した時間は、ほんの数分程度だった。

 

 幾らかスッキリした机の上を眺めて満足気に息を漏らす。

 やはり最初からこうするべきだったと、僅かな充足感で尻尾が揺れていた。

 

 ……が、終わってしまえば再び暇になる。自明の理だ。

 考えなしの少女が時間つぶしの方法に頭を悩ませるのは……存外、すぐの事だった。

 時間つぶしの方法を考えることが時間つぶしになるとは、実に愚かしい。

 ファインドフィートにもその自覚はある。

 

 ……けれど。

 それを良しとする他ない程に、私生活の過ごし方を忘れてしまっていた。

 

「前は、どうでしたっけ……。

 もっと、もっと、くだらない時間の使い方をしていたような……」

 

 その"くだらない時間の使い方"を愛していたというのに、忘れてしまった。

 自分がこれまで捨てた物以外にも、抱きしめるべき何かはたくさんあった筈なのに。

 小さな両手では抱えきれないほど、たくさんあった筈なのに。

 

 ……失われたそれらにどんな思いを馳せようと、今となっては過去の陽炎。

 もはや、どうしようもない話である。

 

「次、次は……」

 

 そしてもう一度、頭を抱えて──。

 

 ──ふと、他の捨てるべきゴミ切れの存在を思い出す。

 

 それはいつかの日に購入した、プラネタリウムのチケット達だ。

 本当はミホノブルボンやトウカイテイオーを誘うつもりでいたのだが──その機会は訪れなかった。

 それからも未練がましく捨てられず、引き出しの中に安置していた。 当然、期限は切れている。

 

 "ちょうどいい機会だ、捨ててしまおう"。

 喉先だけで舌を震わせる。

 先程までとは違うぎこちない動作で、収納先の引き出しへ手を泳がせた。

 

 胸の奥を刺激する幽かな痛み。

 湧き出る怯懦。

 それら一切を歯の根ですり潰し──鍵付きの取手を軽く握った。

 

「ん……?」

 

 ──が。 帰ってきた感触は、酷く軽い。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──は?」

 

 慌てて胸元に手を伸ばし──服の下に収めていた革紐を引きずり出す。

 首に掛けた時と同じように、輪っかの端に簡素な鍵がぶら下がっていた。

 鈍い鉄色が蛍光灯に反射する。てらてらと、無能な様を誇るように。

 

「いや、まさか──」

 

 ぞっと背筋が凍てついた。 唇が乾いた。

 震える臓腑に急かされ、慌てて身を乗り出す。

 

 プラネタリウムのチケットが三枚。期限切れ。

 購入時のレシート。くしゃくしゃに丸められている。

 そして青い日記帳。ズタボロで、無様な傷に塗れた死蝋(あお)色。

 

 常とは違い、青い眼を大きく見開き検分する。

 位置は……どうせズレるから関係ない。

 考えるべきは──例えば、真新しい皺。例えば、自分以外を由来とする匂い。

 

「いえ、きっとありえない。ありえないです、けど。

 ……それは」

 

 そういった痕跡を探す背中には、隠しきれぬ焦燥が滲む。

 

 ──けれど、そうまでして探せども、品々の様子に変わりはなかった。

 まず、物品の状態は記憶通りだ。

 ……匂いには幾らかの()()()を感じられたが──密閉空間にあったのだから、多少の変質は有って然るべきに違いない。

 

 何度も視線を往復させる。

 実際に手にとって匂いを嗅ぐ。

 何度も何度も、もしもの可能性を否定するために。

 

 そこまでして、ようやっと安堵の溜息をこぼせた。

 ファインドフィートは己を──己の目鼻すら信じていないというのに。

 

「……鍵の、掛け忘れ? 

 ああ、それならあっても可笑しくない……最近は、そう……色々とありましたから」

 

 だったら、それで良い。

 これ以上考えたって意味はない。

 ファインドフィートの利にはならない。

 

「だから、何も、可笑しくなんて……」

 

 ……だというのに。

 どうしてか、喉の奥に小骨が刺さったような気分だった。

 

 もう一度、部屋を見渡す。

 ファインドフィートとミホノブルボンが暮らす部屋。

 

 朝、部屋を出た時から変わらない。

 あるいは、それより前からだろうと同じこと。

 

 変わらない、変わらない、変わらない。

 何だろうと、変わらない。

 調度品を新調しても、家具の配置を修正しても、日用雑貨が増えても減っても、この部屋は変わらなかった。

 

 ……それは物質的な意味ではなく、心情的な意味での不変だ。

 

 ファインドフィートにとってこの部屋は安息の地だ。

 その事実さえあれば、それで良い。

 日だまりが何時までも不変であれば、それだけで良いのだ。

 

「…………」

 

 ──なんて己に向けた暗示を繰り返せど、疑念は更に膨れ上がる。

 ただただ、違和感が強まっていく。

 

 違和感、そもそも何を以て違和感とするのか? 

 その疑問に応えはなく、言語化もできず、淡々と視線を彷徨わせた。

 

 照明を見る。壁を見る。

 壁の棚を、ベッドの上を見る。

 なんとなしにしゃがんでベッドの下を覗いてみれば、何処か見覚えのある棒切れが転がっているのみ。 まったく訳が分からない。

 

「…………」

 

 スカートを揺らして立ち上がった。

 そしてもう一度、高くなった視点からぐるりと周囲に視線を送る。

 

 塵屑の束。机の棚。本の背表紙。

 机の上、机の角──。

 

「……?」

 

 ──ふと、視線を止めた。

 

 机の右角、奥側。本棚の根本。

 構造上の問題なのか、頻繁にホコリが溜まってしまう箇所だ。

 

 そこに、ちろりと伸びた糸。

 細長いそれが素知らぬ顔で横たわっていた。

 

 机の色とは若干異なるからこそ、辛うじて目視できる程度の太さ。

 ツヤもよく、微かに光を反射している。

 

 それに、意識が吸い寄せられるように。

 幼子が、見慣れぬ物に触れたがるように。

 

 そっと手を伸ばし、親指と人差し指の先端で挟み込む。

 ……が、どうしても掴みづらくて少しばかり苦労した。

 

 口を尖らせながら二本指を駆使すること、十秒程度。

 ややあって摘み上げた糸を、目の前に晒し上げた。

 長い()()がさらさらと空気に揺蕩う。

 

「……いや。 これは糸というより、髪の毛……?」

 

 目を皿のようにして眺める。

 どこかで、()()()()()()()だった。

 

 つい数日前にも見かけた気がする。

 数日前の、更にその前からも見ていたような錯覚さえ覚えるほどに目に馴染んだ。

 

「茶色……赤褐色。

 ……というよりも、鹿毛……の、ような」

 

 小首を傾げる。 長い芦毛がさらりと流れた。

 摘み上げたそれは、当然ながらファインドフィートの頭髪と違う色。

 そのうえミホノブルボンの赤みがかった栗毛色とも違って、僅かに黄系統の色味が強い。

 

 ……つまり、両名共にこの髪の毛の主ではなく。

 ファインドフィートとミホノブルボンの部屋にある筈のない、全く別の誰かの落とし物ということで。

 しかもそのくせに、よく知る色彩であり──。

 

「…………ちがう。 それは、ちがう」

 

 ──何よりも、匂いが。

 薬品では誤魔化しきれない匂いの残滓が、少女の海馬を刺激する。

 

「それは、ありえない」

 

 空よりも澄んだ、青い瞳を幻視した。

 

「だって、理由がない」

 

 ……どこぞの鹿毛が為した対策は、万全ではなかったのだ。

 事前に使えた時間の制約という問題の影響もある。

 しかし何よりも、ファインドフィートという少女の疑り深さを取り違えてしまった事が原因だった。

 あるいはそれを、"臆病さ"と言い換えても良い。

 

「ここに来る訳ない。

 あのひとは、そんな事をしない」

 

 けれど、臆病だからこそ自己へ暗示する。幾重にも上塗りする。

 妄執の域で、脳裏に掠めた少女の顔を否定し続けた。

 だって──それが己の知る彼女による行いだと判ずるには、あまりにも欠けすぎている。

 証拠も、通理も、何もない。

 

 だから、ありえない。

 

 幾重にも、幾重にも、推論を否定する証拠を突きつけ、暗示を補強する。

 

 彼女はファインドフィートの友人だ。

 敬愛する先駆者であり、曇りのない信頼を向ける相手でもある。

 

 だから、彼女が己の秘匿を暴こうとする筈がない。

 

 その確信は陶酔にも似ていて、鉛よりも鈍重な盲信だった。

 まさか、まさか、安息の地の住民が、安息の地を破壊する筈がないのだ。

 

「だから、ちがう。

 わたしの中は知られていない。 わたしの中は暴かれていない」

 

 ──けれど。

 "もしも"の一切を否定する理論には瑕疵があった。

 ほつれた糸が玉になってしまっているように、僅かな障害が残っている。

 それは──あの日、あの夜道で、手を差し伸べられた事。その過去が存在するという事実。

 

 

 ……ファインドフィートは、あれで全てを終わらせたと思っていた。

 より正確に言えば、そうであってほしいと願っていた。

 忘れることも出来ず、捨てることも出来ず、色褪せることも叶わなかった夜道の景色を抱え、延々と。

 

 だが、もし……もしもあの日が続いていたとしたら。

 もしも、あの日が終わっていなかったとしたら。

 そんな万が一の可能性を思えば、酷く恐ろしくなった。

 松果体が震えて、あり得てはならない未来を夢想してしまうのだ。

 

「だから、だめだ」

 

 だから。

 どうか、このまま暴かないでいてほしい。

 どうか、このまま目を逸らしていてほしい。

 どうか、どうか、"ぼく"を見つけないでほしい。

 

 ──そうでなければ、願ってはならない()()を、望んでしまいそうになる。

 

「……そんなの、考えちゃだめだ。 わたしは間違えてない。

 考えるな、考えるな。 何も、考えるな……」

 

 いくら否定しようと、斯様に口走っている時点で手遅れだというのに。

 ファインドフィートはそんな簡単な事にも気付けないまま、肩を小さく縮こませる。微かに、喉を鳴らして。

 その姿は、幼い子供が夜闇に怯える様と、まったく同じ形をしていた。

 

「……ああ、やっぱり……こんな口なんて要らなかった。

 こんな、こんな……邪魔ばかりする口なんて、要らなかったんだ……」

 

 両の手で眼を押さえる。

 皮膚はひやりと冷えていた。

 汗がしっとりと滲み、瞼を濡らして蓋となる。

 

 冷たい。

 冷たいけれど、死人の肌というには、あたたかい。

 その事実さえもが彼女の心を苛み続ける。

 

「姉さんなら……もっと、上手くやれたのに」

 

 ──いっその事、太陽に抱きしめられたなら。

 この無様な熱も、無為に溶けてくれるのではないか、なんて。

 

 あまりにも無意味な妄想を飲み込んで、ただ、浅い呼吸を繰り返した。

 

 


 

 

『太陽』

 本来なら、舞台装置に徹していた乙女。

 恋は一瞬(もうもく)、愛は永遠(きょうき)

 

『海』

 神であるからこそ、神を信用していない。

 不信の対象には自分自身も含まれる。

 

『王冠』

 不遜な物言いは大嫌い。

 不敬も一切許せない。

 

 けれど、それらは所詮一過性。

 芯はなく、中身も空っぽ。

 何であろうと結果的に楽しければ、それで良い。

 

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