【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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4話

今日の女神様はゴキゲンでした。

いつもニコニコとしている女神様ですが、今日のニコニコは一味違います。

 

下の世界を見下ろす彼女は、お気に入りのファインドフィートちゃんを見つめて嬉しそうに応援します。

 

"がんばれ!お姉さんの分まで!"

 

両手に持ったお手製のうちわはハート型。

ふりふり、ふりふり。かわいいですね!

 

"よぉ~し!女神様張り切っちゃうぞぉ!!"

 

女神様は嬉しそうに宇宙(ソラ)へと手を掲げて曙光を掴み――

 

――あら、あらら?

どうしたことでしょう、女神様の後ろに――女神様が!

 

"こらァ!『太陽』ォ!見つけたわよ!"

 

"わ、ワァ……!

どうしちゃったんですか『王冠』……?

大丈夫?"加護"いります?"

 

"すっとぼけないでよ!ってか私も与える側だわ!まったくもう、この子は!"

 

"あ、あれ?どうしたんです?そんなに引っ張らなくても~……"

 

あ、あぁ~……。

『太陽』の女神様が引きずられていっちゃいました……。

かわいそうですね……。

 

 


 

 

 

 何時も通りの放課後カフェテリア。

 トウカイテイオーは思い出したように口を開いた。

 

「そういえば明日だったよね?フィートのメイクデビュー」

 

 そう告げて、右手に抱えたはちみーのカップをとぷりと揺らす。中身はまだたくさん残っていた。

 

 まだまだ尽きることのない甘味に嬉しげな笑みをこぼし、直径の広いストローに口をつける。

 注文オプションは硬め、濃いめ、多め。つまりは黄金配合である。

 

 はちみーを幸せそうに味わうトウカイテイオーと共に丸机を囲うのは、坂路サイボーグことミホノブルボン──そして何時の間にやら(ブルボンパワーで)連れて来られたファインドフィートだ。

 

 何故か馴染みのものとなった二人の顔に小さくため息を吐き、ファインドフィートも自身のカップをゆらゆらと左右に振る。中身はなかった。

 

「はぁ……。

 ……ええ、その通りですよ」

 

 机に置かれていた予備のはちみーの一つを手に取り、ストローを刺す。

 ほんのちょっとだけ乾いた喉を潤すように啜る。

 

 口の中いっぱいに満たされ、高い粘度で喉奥に絡みつくはちみーは、やはり甘かった。

 

「……何ていうかー、すっごい落ち着きようだね。

 ちょっとぐらい緊張してるかと想ったら、ぜーんぜんそんな事無いし」

 

「ログを確認……。

 ……ここ最近のフィートさんの様子を演算した結果、『緊張』による行動変化がありません。

 つまり、ステータス『肝が据わってる』だと思われます」

 

「なんですかそのステータスは……」

 

「マスターがおっしゃっていました」

 

 さらっと己のトレーナーに責任を押し付け、チョコ味プロテイン練り込みチーズケーキにフォークを刺し入れた。

 

 口の中でとろけるたんぱく質。味蕾を刺激するチーズの風味。筋骨を整える栄養素(ビタミン配合)──それを、淹れたての紅茶と合わせて楽しむ。

 これもウマ娘によるお茶会の楽しみ方の一つだろう。

 

 三者三様の好物を味わう空間は、とにかく穏やかなものだった。

 ミホノブルボンが湯気の向こう側に見るファインドフィートでさえもどこか安らいだ表情をしている──ように見える。

 

 ……内心の真実は定かではないが、ここ最近のファインドフィートはあまり抵抗せずにミホノブルボンに付いて来てくれるようになった。

 もはや抵抗を諦めたのか……それともミホノブルボンとトウカイテイオーと共に過ごす時間を悪いものではないと感じているのか。

 

 ……後者であればいいなと、静かに祈った。

 

「ちょーっと()()()()()()ボクは観戦に行けないけど……それでも応援してるよ!」

 

「もちろん、私もです」

 

「……どうも」

 

 ──彼女らの背景を他所に。

 それでもゆっくりの流れる時間の中、脱力した3つの尻尾がゆらゆら揺れた。

 

 

 

 

 ──6月後半、メイクデビュー当日。

 

 トレセン学園提携、中京レース場。

 中距離2000メートル。芝。天候は晴れ。

 到着した直後にファインドフィートがパッと見た限り、完膚なきまでの良バ場だった。

 

 ファインドフィートは学園指定のジャージ服に身を包み、控室のソファーにうつ伏せで寝転んでいた。

 綺麗に手入れされた尻尾が、艷やかに揺れた。ミホノブルボンの努力の結晶である。

 

 右手にははちみー。左手には携帯端末(スマートフォン)

 お気に入りの"シンボリルドルフダジャレ集"を開き、ぼんやりと眺めている。

 

「…………」

 

 ──そしてじゅこじゅこ。

 静かな部屋に響く"はちみー"の悲鳴。

 

 ストローを通して、黄金が細い喉に絡みついた。

 何時も通り硬めで濃いめ──当然、恐ろしく粘度も純度もカロリーも極まっているそれは、だからこそ美味しい。

 

 硬いということは、崩れないこと。ファインドフィートが己に課すべき義務だ。

 濃いめということは、混じらないこと。ファインドフィートは『ファインドフィート』である。他の要素はいらない。

 

 レース前に飲む事でそれを余さず栄養とし、燃料へと濾過して心臓へ送り込む──するとちょっぴり元気が出る気がする。こんな事を嘯いたって無意味な願掛けでしかないが。

 

 それでも、ほんのちょっとでも縋ってみたいと思った。

 競走ウマ娘としてジンクスに想いを乗せる──よくある話だ。珍しくも無いだろう?

 

 ……カップに書かれた応援メッセージ(ブルボン(姉)と無敵のテイオー様より)が、イヤに目についた。

 

 

 ──こん、こん。

 

 控室のドアがヒトの訪れを知らせる。

 

 スマートフォンから目を離さずに返事を返せば、数拍置いてドアが開かれる。

 表れたのは、普段よりかは身なりを整えた青年──葛城トレーナーだった。

 ワックスで髪を整え、ヒゲも剃り、クリーニングしたらしい黒のスーツに身を包んでいる。

 

 ──しかしネクタイは曲がっているし、スーツは生地の時点でくたびれた年代ものだ。

 

 担当ウマ娘のメイクデビューに相応しい身なりというには、少し雑で無頓着。60点が良いところだろう。

 もっとも葛城トレーナーの考えとしては……相手に最低な印象を与えないのなら、それで良かった。

 

「やあ」

 

「時間ですか?」

 

「いや、もう少し余裕はある」

 

「了解」

 

 挨拶代わりに尻尾を揺らしてみせる。

 視線は相変わらずウマッターに吸い寄せられ、全身脱力しきった状態のまま。

 

「まったく……」

 

 目の前のグダグダ鉄仮面娘を見て、花の女学生としてこれはどうなのだろうかとため息を吐く。

 レース前でも緊張しないというのは強みであるが、緊張しなさすぎるのも──それはそれで、良くないことだ。

 

 そんな心配を知ってか知らずか、画面の中の『絶対なる皇帝』が薀蓄(ウンチク)に富んだギャグを垂れ流していた。表情は変わらずとも、耳と尻尾が彼女の内心を表現している。ぶんぶんである。

 

 青年も未だに理解しきれぬファインドフィートの好み──果たして、あのダジャレの何が彼女の心を刺激したのか。彼女の情動がますます解らなくなってしまう。

 

「……あー……。

 随分と、リラックスしているようで……?」

 

「勿論」

 

「緊張は?」

 

「気負う必要もないので」

 

 もちろん、ファインドフィートは状況を理解した上で脱力していた。

 レースへの責任感を携えた故のリラックスである。

 

 左耳に垂れ下がったハート型の耳飾りが、蛍光灯の光を受けて赤く反射する。

 そして転がった姿勢のまま右耳の飾りを指で(もてあそ)び、トレーナーへ向けた青ざめた瞳をゆるりと細めた。

 

「心配せずとも勝ちますよ。

 トレーナーはわたしに貢ぐはちみーでも準備しておいてください。もちろん硬め、濃いめ、多めで」

 

「……なるほど。仰せのままに、お嬢様?」

 

「気持ち悪いので減点です。

 まずは程々に肉をつけてから出直してください」

 

「手厳しいな……。

 手心を加えようって気は無いのか?」

 

 ファインドフィートは手をひらひらと振ることで答えとする。

 それを見たトレーナーには、ただ肩を竦める事しか出来なかった。

 

 ──ぴぴぴっ。

 

 そこで突如──空気を裂くように甲高い電子音が響く。

 机の上に置かれたデジタル時計の表記は、集合15分前を形作っていた。

 

 つまり、優雅なリラックスタイム終了の合図でもある。

 

「……よし」

 

 右手のスマートフォンの画面を消して机の上に放り投げ、すくっと立ち上がる。

 長く毛艶の良い白髪が背中で揺れた。

 

「時間ですね」

 

「ああ」

 

 首を右に倒し、左に戻す。肩甲骨を回し筋膜を伸ばした。

 続けてつま先で床を叩けば響く、ゴキゲンな音。

 関節は滑らかに駆動し、筋肉を膨らませる血の巡りはスムーズだ。

 

 つまり、ステータス『絶好調』です──最近やたらと圧が強いミホノブルボンがこの場にいれば、間違いなくそう表すだろう。

 

「では、行ってまいります」

 

 気力満点(すっごい元気)活潑潑地(すっごく元気)意気軒昂(とっても元気)

 左手に持ったままのはちみーのカップをゴミ箱に向けて放り投げ──

 

「……」

 

 ──ようとして、思い直したように机の上にそっと置いた。

 

「これ、このまま残しておいてください。持って帰るので」

 

「……?

 ああ、なるほど……分かった。スタッフのヒトにも伝えておこう」

 

「お願いします」

 

 "必勝祈願"

 "はちみーパワーで掴め、栄光!"

 瞳に反射する油性の文字が、カップの湿気を帯びて微かに滲む。

 

 ──ファインドフィートは小さく鼻を鳴らし、葛城トレーナーに居直った。

 

「では」

 

「勝ってこいよ。

 キミの価値を、ほんの一欠片だけでも教えてやれ」

 

「無論です」

 

 カンカンカンと、蹄鉄が鳴く。

()()()()()()()から僅か数年。しかしその割にこの重さは驚くほど脚に馴染んだ。

『姉』から引き継いだ妄執が故か。あるいはウマ娘という種の肉体に変形してしまったが故か。

 

 何にせよ言えることがあるのなら、ファインドフィートの脚力を活かすには十分に良い蹄鉄だという事。

 この()()()()()と併せて、しっかりと身体に合うものを用意してくれた葛城トレーナーの見る目は確かなものだった。

 

 ──口には出さないが、素直に感謝する。

 

「また、後ほど」

 

 後手にドアを閉じた。

 

 そしてパドックまでの道中──静かな地下バ道。

 ただ歩くだけのこの時間を活用し、想像(イメージ)上での駆動と現実(イマ)の機動のズレを調整(キャリブレーション)していく。

 

 ──足首の角度、膝の稼働範囲、骨盤の駆動限界。肩甲骨の旋回、肘の強度、脊椎のライン──。

 それらの調律が完了するまで、時間はかからなかった。

 

「……これから始まりますよ、姉さん。わたし達の夢が、未来が、証明が」

 

 ──とくり、とくり。

 

 ファインドフィートの言葉に、ただ規則的に駆動する脈拍だけが応える。

 

『姉』は言葉を返さない。

『姉』は鼓動を刻むだけ。

 

 しかし、それで良い。

 レースの直前──勝利の女神へ祈りを捧げるように。あるいは不安を吐き出せずに蹲る子供のように。

 胸に手を当て、海のように青ざめた瞳で虚空を見つめた。

 

 そして、自分に言い聞かせるように呟く。

 

「大丈夫です。わたし達は、一緒(しあわせ)ですから」

 

 答える言葉は無い。

 

 

 

 

 

 

『さあ続きまして!1枠1番ファインドフィート!』

 

『素晴らしい仕上がりですね。今回、頭一つ飛び抜けているんじゃあないでしょうか』

 

『彼女の走りに期待しましょう!』

 

 ──此処にきた時には驚くほどに快晴だった空。しかし何時の間にやら雲が流れ着き、()()()()()()()()()()()()()()()()

 とはいえ、雨が降るような空気でもない。偶々の、一過性のものだろうか。

 ともかく気温が過ごしやすいモノとなった事を喜ぼう。

 

 そうは言えども、闘志に満ちた周囲のウマ娘達によって体感的な温度は大分高め──しかし、悪い気分ではない。

 

 ゲートに向かう道すがら彼女らへ一瞥だけ向け、幾人かの警戒対象(強そうな子)のみをピックアップして残りは除外。

 今回の出走バはフルゲートの9人だが、その中で注視すべきは3人程度である。

 

 意外と数多く居るらしい()()()な観客たちを横目で眺めながら、確かな足取りで地面を踏み込む。芝の調子はとても良いものだった。

 これならば"バ場が合わずに速度が出ませんでした"──なんて、口にする必要がない。

 

 そして、落ち着いた心持ちで歩みを進めてゲートイン。

 

 光は無く、喧騒からも隔離された静寂の中──じっと目を細める。

 青い瞳の瞳孔がぎゅっと拡がり、散逸する燐光をかき集めた。ほのかに籠もった熱気が、じんわりと肌着にしみている。

 

「……集中だ。専心しろ……」

 

 口の中で小さく、言葉を転がす。

 

 姿勢は既に低く保たれ、足腰の筋繊維がギチリギチリと力を溜め込んだ。

 闘志に呼応し、体温が高まり発汗の湿りが主張し始める。

 

 1秒が経ち、2秒を数え、3秒が訪れ──。

 

 ────。

 

 

一意専心(コンセントレーション)

 

──視界がガコンと開けるとほぼ同時、ぬるりと這い出す。

 

 開かれるゲートと触れ合ってしまうのではないか?そう錯覚してしまうほどのスタートダッシュ。

 神経の伝達速度の限界に挑む超反応(ゼロコンマ1の世界)で瞬間的に加速し──周囲にほんの僅かな消耗(ライン選び)を強いて、するすると流れるように後方へ下がる。

 

 付いた位置は4番手──後方バ群の先陣、先行だ。

 

『さあ早速激しい先頭争いが始まりました!4番オオヤマライデン!7番ハシレオルネス!!競り合っています!!』

 

 いつかの──どこかで、見覚えのある鹿毛のウマ娘が先頭争いの片割れだった。

 ファインドフィートが知る限りでは特に印象に残る『逃げ』だったから、今回も警戒リストに放り込んだウマ娘である。

 

 ──しかし、別に"だからどうなる"という訳でもない。

 

 ファインドフィートは、かつての彼女の能力が己に劣ることを知っている。

 そして今、己に劣ったままであることを──彼女の成長が追い付かなかったことを理解した。

 

(なら捨て置きましょう。次に見るべきは──2番の先行か)

 

 ──視線を外し、自身の右前方にピタリと付けたウマ娘に焦点を合わせる。

 

 青毛で大柄。見るからに恵まれた体格から、それなり以上の加速力が担保されている筈だ。

 ブレることのないフォームからしてスタミナもそこそこ。総合的に優秀な先行タイプ。

 

 他のウマ娘に比べると頭一つ分飛び抜けた存在感を放っている。

 

(試しに仕掛けるか)

 

 合間のハロン棒を越えた瞬間、鳴らすステップを踏み変える。

 規則正しかった歩幅を敢えて()()()、加速時の()()()少し早めのペースを偽装し──

 

 ちらりと振り返った青毛のウマ娘と目が合う。

 警戒心に満ちたアメジストの瞳だった。

 

「チッ」

 

 ──残念ながら策は成らず。

 一瞬で彼女の理性──その強さを察した。

 

 さすがに急遽詰め込んだ駆け引き術(先行焦り)では展開の操作なんぞ不可能。徹夜(夜ふかし)で勉強に付き合ってくれたテイオーには申し訳ない。申し訳ないが……無駄だった。

 

(ならやはり、正攻法でいきましょう)

 

 気を取り直して、寡黙に走る。

 周囲に気を配りつつも決して仕掛けないし掛からない。

 

 誰も彼もが大きな動きを見せず──結果的に安定した(味のない)レースを運んでいた。

 

「はっ、はっ、はっ──」

 

 静かに前方を睨みつける。

 先頭争いは7番の敗北として終わったらしいが──しかし、だからどうというわけでもない。

 前半戦は無味乾燥のままに終わりを告げた。変わったのは流れた汗の量だけである。

 

 ──区切りを示す、1000メートルのハロン棒が風に揺れた。

 

 続く後半戦へ向けて真っ先に走り抜けたのはオオヤマライデンだ。

 次いで先頭争いに破れた7番。続けて2番、さらに1番のファインドフィート。

 その後方には──。

 

 ──この情報は不要か。

 彼女らが後方から追い上げるという十分高い可能性を意図的にノイズとして処理し、前方のライン取りに意識を傾けた。

 

 ハロン棒(指標)が振動に震える。

 

 第3コーナーを常道通りに減速し──ついでに一呼吸(小休憩)を入れ、順位の変動もなくやり過ごす。

 

 実況者が語る現在の流れ曰く、"停滞"。

 しかし、これはレース終盤に向けた仕掛け準備を図っている事の表れでもある。

 

 ファインドフィートは、嵐の前の静けさのような予感に肌を焦がされていた。それはきっと、他のウマ娘も同じだったのだろう。

 じわり、じわりと周囲で沸き立つ──場に満ち、高まる圧力。

 

 周囲の熱量によって否応なく"ウマ娘"の本能が加熱されることを自覚した。

 焦がすような闘争本能が胸の奥の奥に灯るように、徐々に『心臓』に繋がる導火線が赤い燐光を帯び──

 

 ──しかし、"ウマ娘"としての獣性の火を"ヒト"としての強靭な理性の鎖が縛り上げ、飼い慣らした。

 

「はっ、はっ、はッ──」

 

 疲弊を嫌がる本能。

 威圧に怯える恐怖。

 勝利へ向ける執着。

 

 心臓より滲み出し、血流に染み込み、血管より伝達を行い、筋骨に響く。

 大いに弾ける『姉』の悲鳴を、『弟』は余さず呑み干した。

 

 ──ハロン棒(指標)が後方へと流れ去る。

 

 前方の7番はついに体力が切れたのか足の回転が淀み、ずるずると垂れ下がり始めていた。汗だけが弾け、前へ前へと進んでいる。しかし肝心の本体は疲れ果てて走れない。

 これもまた、逃げウマ娘の宿命だろう。

 

 しかし敗北者になる未来を受け入れるという事は──それは夢を叶えることも出来ず、何を成すこともなく消える事と同義である。

 だから気力を振り絞り、限界の限界まで肺を大きく膨らませて、痙攣しそうな両足を必死に振り上げていた。

 

 ──そんな彼女に一瞥だけ。

 ルビーのように赤い瞳を一瞬だけ見つめ、彼女の奮闘を嘲笑うように追い越す。

 後方から、粘つくノイズが聞こえた気がした。

 

『さあ、最終コーナー!先頭は4番!少し表情は苦しそうか!?

 続いて2番!内を見ている!

 その後ろ1番!余裕の表情だ、差し切るのか!?』

 

 前を見る。

 

 鹿毛と青毛の二人が最終直線へと向け呼吸のテンポを変えていた。

 位置取りも変わり、各々が信じる最速を弾き出せる座標へ脚を差し込み終えた後。

 

『最終直線です!さあ、誰が最初に仕掛けるのか──』

 

 ──もちろん、ファインドフィートも同じことだ。

 

 "往くなら今"──胸の内で叫ぶ本能に従い口を開いた。

 気道を通過した大気が肺を膨らませ、酸素(燃料)を取り込み、心臓(炉心)(妄執)を注ぎ込む。

 

 どくりどくりと高鳴る鼓動。注ぎ込まれた血流に痙攣(歓喜)する血管。

 駆動率を毎秒に加速させ、白熱する神経系が電流を迸らせる。

 

 そして、()()()()()

 

『最初に仕掛けたのは──ファインドフィート!1番ファインドフィート!

 早くもスパート!()()()()()()()()()()()()()!!』

 

「んな……!?」

 

 足首の関節を緩やかに曲げ、筋を張り──微かに接地した瞬間、()()とする。

 蹄鉄が芝を掴み取り、大きな土煙と共に弾け飛んだ。

 

「お前……ッ!」

 

 青毛(敗者)の声が後方で滲んだ──気がした。もはやノイズに過ぎないものだから、どうでも良いと()()()()

 今この瞬間に前だけを見る青い瞳には映らない。

 

 その目に見えるのはいつかの鹿毛のウマ娘──彼女一人であった。

 

 蹄鉄がもう一度、地面を掴む。

 そして弾ける。

 

「──―ッ!!」

 

()()3()0()0()()()()()

 白と茶を隔てる距離はすでに2バ身差にまで縮まっている。

 

 脈動は止まらない。

 溢れる本能に対し理性の羅針盤が指針を定め、すぐそこまで迫ったゴールへと疾走する事を強制しているのだ。

 

 地鳴りの音は留まることを知らず、観客の声にも負けぬ程の迫力で啼いていた。

 そのまま止まらない加速によって──前方に()()ウマ娘の速度を上回るまでそう時間はかからない。

 

 秒数に例えれば、ほんの数秒程度。

 

 ──オオヤマライデンにはそうとしか知覚できない一瞬の出来事だった。

 さっきまで自らの後方に居たはずの彗星は、気付かぬ間にすぐ傍らにまで近付いていたのだ。

 

『──ファインドフィート!オオヤマライデンを差しました!!先頭です!!しかし今尚速度は緩まない!!

バ身差が広がっていくッ!!』

 

「なん、で──」

 

 "先頭の景色に至ってしまえば、もはや止められるものは誰も居ない"。

 "抜きん出たのなら当然のこと"。

 

 そう宣言する白い残光が尾を引いた。

 いつかの再演のように走り抜け、見る者の視線を惹きつける。

 

 ──オオヤマライデンも例外ではない。

 

「──あ、ぁああ!クソッ、クソ……ッ!」

 

 呼吸が定まらない。視界が滲む。

 

「なんで!なんでよ!!」

 

 オオヤマライデンのフォームは崩れ始め、非効率な回転へと移ろい始めていた。

 白熱する意識は途端に思考能力を奪い去り──ただ、前を走る彼女(彗星)に追い縋る事さえ許さない。

 

「ふッざけないで!!」

 

 血反吐を吐くような思いで足を振り上げる。

 下を向いてしまいそうな顔を、それでも思いっきり持ち上げて前を睨みつけた。

 

「せめて!

 

()()()()()()ッ!

他の誰でもないアンタだけはッ……アタシを見て、()()()()()()()()!!

 

なんでアンタは──ッ!!」

 

 ──ノイズだ。

 

『姉』の鼓動が耳朶を優しく包み込み、『心臓』の唄だけがファインドフィートの()()()()

()()()()()()()()()()()()()()甘くとろけるような、どこまでも優しい旋律だった。

 

 

『一着はファインドフィート!ファインドフィート!!見事圧巻の走り!6バ身差ッ!!

新たな彗星の登場だァ!!』

 

 

 

 

 

「──―はっ、は、はッ……ハぁッ」

 

 走りきって大きく一呼吸を入れる。細い喉から音が鳴った。

 荒い呼吸をそのままに、ターフの傍ら、その上を見上げる。

 

 視線の先、電光掲示板に赤い文字が瞬いていた。

 当然、一着に輝く名前は『ファインドフィート』──他の情報は不要だ。

 

 つまり、鮮烈なメイクデビューは"大成功"を収めた──と、今ある現実がファインドフィートの脳髄に染み込む。

 

けれど、どうしてだろう。

視界の端っこで鹿毛の少女が泣いていた。とても悔しそうだった。

 

「はっ、はは……。

 こんなの当、然……ですね」

 

 少しずつ少しずつ足の回転を緩め、『心臓』の鼓動を平常時のソレへと調律する。

 意図した通りに緩やかに低下していく脈拍を感じ取り、ようやく一息ついた。気付けば汗がじっとりと額から滲み、前髪が顔に張り付いている。

 そんな彼女を、大勢の観客たちが止まらない喝采と共に祝福した。

 

『おめでとー!』

 

『やるじゃねぇか二代目サイボーグ!』

 

『こっち見てー!』

 

 ……不思議な気分だった。

 この疲労も汗も、歓声を受けるのも、意外と悪いモノではない。

 

 ゆらりゆらりと尻尾が揺れ動く。

 艷やかな毛が誇らしげに輝いていた。

 

 

 

「ほら、タオル」

 

「……あぁ、トレーナー」

 

「メイクデビュー1着、おめでとう。

 まだ最初の小さな一歩でしか無いが、しかし偉大な一歩を踏み出した──と。

 とても素晴らしいことだな」

 

「ええ、その通りです」

 

 葛城トレーナーがクツクツと笑う様を尻目に、観衆へ向けて手を振る。

 

 前日の夜、ミホノブルボンに指示された事だった。曰く、こうすると気分が良くなるらしい。

 無表情ながらに小さく手を振る姿に、返事をするかのように祝福の声が届いた。

 

 ……少しうるさくて、耳をピトリと伏せる。右耳の青い飾りは不機嫌そうに、白髪の内に埋まっていた。

 

「……さて、戻りましょう。次のレースに向けてのメニューを組んでもらいます」

 

 ターフに背を向け、控室の待つ地下バ道へと足を伸ばした。

 ここで感傷に浸っているのも無駄だし、うるさいし、汗が肌に張り付いてるのは嫌だし、何よりもはちみーが待っている。

 いい加減慣れ親しんだトレーナー室に戻りたいのだ。

 

「ああ、それは勿論良いんだが……忘れてないか?」

 

「……?」

 

 しかしどうした訳か、葛城トレーナーが困惑したように目を瞠る。

 ファインドフィートは何気なしに振り返り、訳を問うように首を傾げた。

 

 ……どうしてか、嫌な予感に胸が高鳴る。猛烈に逃げたい気分だ。

 そんな心情を察した上でか──葛城トレーナーは同情するような声音で、優しく口を開いた。

 

「ウイニングライブだ」

 

「………」

 

「ポジションはセンターだな。

 キミが一番目立つ場所だぞ」

 

「……………」

 

「………。

 

 ………あぁー。

 ……良かったな?」

 

 ──それは、忘れて、いたかった。

 そう語るように尻尾が垂れ、耳が震える。

 

 ウイニングライブ。

 レースが終わった後何故か開かれる、音楽ステージ。

 

 歌って踊るアイドル──ウマドルのように華やかな祭典。

 ファインドフィートが何よりも苦手とする行動。

 

 つまり、感情表現を求められる──悪魔の儀式。

 

「……控えめに言って、最悪です」

 

「おいおい、そんなに嫌か……?」

 

「わたしが表情を変えられないのを分かっているのですか?

 フリフリの可愛らしい服を着て?笑顔で歌って踊る?なんですかそれ、出来る訳ないでしょ。

 まったく、コミュ障を舐めないで頂きたい」

 

 詰るように首を振る。

 

 感情表現なんて無理難題、強要されるべきではないだろう。

 というよりも何故レース後にライブを開くのか?ファインドフィートにはまったくもって理解できない事柄である。

 

 ……当然のようにトレーニングは組まれているものの、とてつもなく嫌だ。そんなのもはや公開処刑ではないか。

 尻尾が怒りに震えている。空気を切る音はとても激しかった。葛城トレーナーが骸骨でもなければ遠慮なく叩きつけていた──が、さすがに自制した。

 

「まあそう言うな。これも競走バの宿命さ」

 

「…………この世は地獄か何かだったのでしょうか」

 

「表情に関しては気にしなくとも良いさ。むしろその鉄仮面のほうがウケるかもしれないだろう?」

 

「それはそれで屈辱的です」

 

「まあまあ」

 

 糖分補給用のはちみ──―は、葛城トレーナーでも持ち込めなかったので、代わりに用意した飴玉を彼女の口に放り込み、気分を落ち着かせる。

 

 ぽこりと膨らんだほっぺたが、不満げな表情をしているようにも見えた。

 

「気楽にやろうや。

 安心してくれ、キミの価値は揺らがないんだから」

 

「…………はぁぁ……」

 

「ほら機嫌直して」

 

「黙って下さい。

 っていうよりも子供扱いしないでください。これだから骸骨は……」

 

 ため息を大きく吐き出して、飴玉をガキリと噛み砕いた。

 甘いはちみつの味だけが彼女を慰めてくれる。やはり時代は甘味(あまいもの)だ。甘味(あまいもの)だけがファインドフィートを癒やすのだ。

 

「駅前の限定スイーツ。

 "ウマ娘オプション"3人前で、そのうちの2つには"はちみーオプション"も付けてください」

 

「……分かったよ。

 可愛らしいご褒美だな? お嬢様」

 

「黙って下さい」

 

 一瞬だけ葛城トレーナーを睨みつけ、歩き出した。

 

 向かう先は控室。

 メイク師は既に到着しており、ファインドフィートさえ居ればすぐにでも飾り立てることが可能だ──と、後方から追いかける葛城トレーナーが語っている。

 

 こんな状況でも"嫌だから"で現実に抗い──というよりも、無意味な駄々をこねて逃げようとする様だろうか。

 その姿を見る限り、ただの意地っ張りな『子供』にしか見えなかった。

 

 

 

 


 

 

 

"まったくもう!まったくもう!"

 

ぺしん!ぺしん!

遥かな空の果てで、弾ける音が響きます。

 

『王冠』の女神様は怒っていました。もうプンプンでした。現世の言葉で言うのなら、『激おこプンプン丸』というやつです。

『太陽』の女神様は熱を持つお尻をさすって、涙目になってしまいます。

 

何故こんなにも怒っているんでしょう?

それは……。

 

"まったくもう!因果を歪めちゃダメだって言ったでしょ!修理するの大変だったんだから!"

 

……そうです。『太陽』の女神様はその"やさしさ"故に、現世のイノチやその周囲の因果律を歪めてしまったのです。

困っちゃいましたね。

 

"反省した!?"

 

"ヒィン……ヒヒィン……"

 

"ヨシ!"

 

けれど女神様達はとっても仲良し。

『太陽』の女神様が涙目に謝ると、『王冠』の女神様は仕方なさそうに許しました。

 

"しっかしまぁ、随分と入れ込んだのね……"

 

"だって、だって……"

 

"……なるほどね。

ファインドフィートちゃん、か……"

 

"そうなの!この子達ったらかわいくてね!お姉さんも弟ちゃんもかわいそうでね!助けてあげたくなるんです!"

 

"ふぅん……"

 

ファインドフィート――"夢に支えられる子(find my feet)"でしょうか?

とってもやさしい、いい名前ですね。

『王冠』の女神様は感心したように頷きました。

 

"少し、見守っておきましょうか……"

 

『王冠』の女神様が呟きます。

『双子』を見て、少し不安になったのでしょうか?

 

 

"だって、()()()()()だもの"

 

――やっぱりやさしいですね、女神様!

 

 

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