【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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43話

 

『明日を、見たいですよね?』

 

『……ええ、よぉく分かります。 私も同じ気持ちですから』

 

『ですから……愛しき子。 あなたは、何を差し出しますか?』

 


 

 じりりりりり。 じりりりりり。

 目覚まし時計が鳴っている。 喧しく無責任な金切り声だ。

 

 仄暗い一室の、カーテンの隙間から射す朝日。

 その光が突き立つ先に、延々と鳴り続ける目覚まし時計があった。

 

 じりりりりり。

 上部のベルが振動して──。

 

「────」

 

 ──しかし、すぐさま粉砕されてしまった。 為したのは少女の手のひらだ。

 僅かな抵抗さえ許さず潰されて、金メッキのベルが宙を泳ぐ。 オレンジ色のプラスチックが大小様々な軽石へ変身する。

 そうして目覚まし時計はまた、あっさりと、外殻を失った。

 鈍色の内臓を流出させて、音を出せない能無しに成り果てて、手足をもがれた飛蝗(バッタ)よりも尚悲惨に。

 

「失敗、した」

 

 そして追い打ちを掛けるが如く手のひらが振り落とされる。

 一度目、二度目、三度目と、人外の膂力で細かく裁断する。

 ぐしゃりぐしゃりと執拗に──少女の皮膚が裂け、血が滴るまで。

 何度も、何度も、何度も、振り落とした。

 

「……失敗した。

 ぼくは失敗した、また失敗した……」

 

 手が止まるまで──より正確に言えば、彼女の気が済むまでに掛かった時間はそう多くなかった。

 しかしたったそれだけで、全力疾走後にも似た虚脱感を生み出す。

 荒く息を切らし、肩を上下させて、カラカラに乾いた唇を舌先で舐めた。

 ……が、その舌も乾き切っていて、故にまったく無意味な行いだった。

 

「どうして?」

 

 机の上に視線を落とす。

 天板は大きく傾き土台から大きく歪んでいた。 当然だ。

 素材はあくまでも木材だったから、耐久性にも限度がある。

 むしろ四本の足が破断しなかった事自体が奇跡に等しい。

 

 とはいえ、たったそれだけの僅かな幸運だ。

 ちっぽけなそれに何の価値があるというのか。

 ……当然、彼女にとっては無価値そのものである。 一銭の価値さえ有さない。

 むしろ目障りな存在でしかなかった。

 

 故に、その有様に頓着しないままで。

 小さく、小さく蹲り、白い頭を両手で抱えた。

 柔らかな手が髪を撫でて、くしゃりと白を鷲掴んで──鮮やかな赤が、僅かに付着する。

 

 ……そんな事すらにもファインドフィートは気付けなかった。

 あるいは机と同じく、頓着するだけの価値を有さないのか。

 

「どこで、どこで失敗した? 

 スタートダッシュ? 序盤? 中盤? 終盤? 坂路のロスが大きかった……? ああ、それとも逃げだったから? 差しの方が良かったの? 

 それとも、それとも──」

 

 ただ、ただ、疑問が乱立する。

 彼女の脳内を占領するのは夢の景色。

 それはつまり、今日これから始まるレースの光景。

 やり直し(コンティニュー)によって経験した未来。

 

 ファインドフィートはそこで、小さな背中を追いかけていた。

 芝の上で、最後の直線で、ゴールを目指して、小さな背中を追いかけていた。

 ……そして、その位置関係は──逆転しないままで。

 どれだけ足掻いても、手を伸ばせば触れることだって出来そうなのに、結局届かず終わりを迎える夢だった。

 

「どうして」

 

 あの時、調子は絶好調だった。 紛うことなき過去最高だった。

 四肢の隅々まで血流が行き渡り、脚の切れ味だって冴えていて。

 途中のレース運びに於いては──少なくとも、大きな瑕疵は何一つ無かった。

 掛かることはなく、体勢を崩すこともなく、邪魔はされず、邪魔をせず。

 

 つまり、そう。

 その結果、素晴らしく正当な走りを全うして。

 そして正当に、至極当然の流れとして、ファインドフィートは敗北した。

 言い訳なんぞ出来ないほど完膚なきまでに、敗北した。

 

「どうして……っ」

 

 ──だから、また。

 トウカイテイオーはそんな彼女へ、手を差し伸べてしまった。

 敗者たるファインドフィートへ──そもそも勝敗を競う約束が()()()()()()()にも関わらず。

 

 だって彼女は、自分達は分かり合えると心底から信じていた。

 自分の行いが正しいと確信していた。

 ……少なくとも、その思考が妥当であると断言できる程度には万全を期していた。

 

 その想いはきっと、事実として……確かに、正しかった。

 一面から評価したなら、という枕の言葉が付いてしまうのだが。

 

 ファインドフィートは己より優れた者には逆らわない。 逆らえない。

 故に間違いなく効果的で、最善の一手に近しい。

 

 近しい、けれど。

 

 それは同時に、『ファインドフィート』という殻にとっての最悪の一手でもある。

 夢の道を阻止する行いとは、つまり、『ファインドフィート』の未来を否定することで。

 

「どうして……!」

 

 どうして。

 

 その曖昧な問いに返すべきは、()()()という一句。

 あるべき未来を否定したからこそ──プラスとマイナスの綱引きの結果、最善の一手には成れず。

 ついにはやり直しの対象と成り果てた。

 

 だから、今の彼女はこんなにも──。

 

「っ……ぁあ、ダメだ……はやく、勝たなきゃ。

 勝たないと、勝たないと、勝たないと……」

 

 ベッドから這い出て、裸足で降り立つ。

 血流が足りない。 頭がくらりとふらついて、視界いっぱいに一瞬の黒が滲む。

 くらり、くらり、くらりと。

 足元の感覚さえ定かではない。 寝起きだから、という説明では不足な程に。

 

 ……その状態のまま額を抑え、裸足のままで歩みを進める。

 柔らかなカーペットが敷き詰められているおかげか、早朝の冷気は欠片も感じられない。

 それもまた、ある種でちっぽけな幸運とも言えるのか。

 どちらにしろ、そんな些事には価値など欠片も無いのだが。

 

「……はやく、準備を、して……備えないと。

 次は、勝たないと……」

 

 向かう先は洗面所だ。

 苦悩で茹だった頭の中身を、ほんの少しでも、ほんの僅かでも晴らしたかった。

 

 そして、辿り着いた先で蛇口をひねる。

 流れる冷水を両手で掬い、顔に叩きつける。

 想定よりも水温が低かったせいで微かに肩が跳ねてしまった。

 

「……」

 

 が、その甲斐はあって意識がハッキリと定まっていく。

 視界は鮮明な像を結び、耳鳴りは息をひそめて、手足の末端に血が行き渡る。

 

「…………」

 

 もう一度、顔を洗った。

 睫毛が濡れて、水滴が頬を伝う。

 軌跡の尾をひく最中で人肌のぬくもりに染まり、そして顎の先から落ちていく。

 

 ……それを薄ぼんやりと開いた眼で見送る。

 何を言うでもなく、淡々と。

 

 ぽたりぽたりと落ちていった、幽かな温度を宿す水。

 彼女の肌にも似て、しかし決定的に異なるモノ。

 

 ──その残滓を数十秒掛けて見送って。

 そうして、僅かに残留していた眠気の一切を拭い去って。

 顔を上げて、鏡を見つめて──自身へ向けて問いかけた。 湧き上がる吐き気をじっと堪えながら。

 

「……どうやったら、勝てる?」

 

 青褪めた瞳が虚ろに瞬く。

 結局、そこに行き着くのだ。

 ファインドフィートが往く道に立ちはだかるそれが、一番の難題だった。

 

「ぼくが勝つ方法。 ぼくが、あのひとを、置き去りにする方法。

 あのひとの手が届かない所まで、走っていくための……」

 

 ……まず、前提として。

 ファインドフィートは正当に走って、正当に負けた。

 今回も同じように走ったところで戦果に期待はできない。

 同じ道を選んだのなら、同じ結果に辿り着くのが通理である。

 

 彼女はそう見切りをつけた。

 可能性の低い道へ賭け続ける意義など存在しない。 正気の沙汰ではない。

 

 ……しかし、見切りをつけたとして。

 その先はどうするのか。

 

 戦術に関しては浅い知見しか持たぬ身である。

 が、出走者としては多くの経験を積み上げているおかげもあり多少の案ならばひねり出せる。

 

 彼女がまず考えたのは、戦法を変える方向。

 例えば、逃げではなく先行──あるいは差しに切り替えてしまう。

 元々は差しで走っていた身であるからこその、特に変哲のない真っ当な案であった。

 

「……却下。

 最高速度が届いていない以上、爆発力に期待した所で高が知れてる……」

 

 が、だからこそ不足に目が行ってしまう。

 彼女がいくら脚を溜めた所でどうしようもない。

 

 ……ならば、装具を変えるのはどうか。

 

 自身の足首へ視線を向けて、別観点からの策を紡いだ。

 今からでも、例えば──調子に合わせて蹄鉄を修整するのだ。

 なにせファインドフィートは今日のレース場の質感を身体で知っている。

 芝の状態、風の強さ、気温。

 それら全てを把握している者として更なる最適化(フィードバック)を施してしまえばいい。

 

 幸いにも彼女は装蹄師の(むすこ)である。

 蹄鉄に手を加えられるだけのノウハウは有していた。

 ……が。

 

「……保留。

 ぼくの技術力では……そう、劇的な変化を与えることができない。 結果は変わらない。

 だってぼくの腕は、お父さんには遠く及ばないから……」

 

 しかし、その練度は未だに未熟。

 彼女の中身は10歳頃からさして変わっていないのだから当然である。

 

「お父さん……」

 

 あるいは、父が生きていたなら。

 継続的に、教えを受ける事が出来ていたなら。

 元々は何となくの感覚で教わっていた技術であれど──年数さえ重ねていれば、もっと大きな差は生まれていた可能性はある。

 

 とはいえ、可能性は可能性。 何処までいっても絵に描いた餅。

 叶うはずのない願望だ。

 叶わなかったからこそ今の彼女はここにいる。

 だから、意味のない空想だった。

 

「……じゃあ、他に、他にも、探さなくては。

 ぼくが明日を見る方法……これ以上を失わずに、済む方法を……」

 

 そして悩んで、悩んで、悩んで。

 可能性の壁に行き詰まり、限界の壁に打ち当たり、これっぽっちも乗り越えられない。

 既存の案が誤りとするなら、別の新しい案こそが成功を齎すハズだというのに。

 ファインドフィートは、理想の手法をいつまで経っても見つけられなかった。

 

 

 それでも、延々と思考を回す。

 回せば回すほど頭に熱がこもって仕方がない。

 ついには喉まで伝わり落ちて、酷く乾いてしまう。

 背筋が冷たく、そして熱く震え、壊れかけの理性を蝕んで。  

 

「……それとも」

 

 何時になっても進歩しない現状へ、舌鋒を向けた。

 唇がピキリとひび割れる。

 

「ぼくがこれ以上何も失わずに、なんて。

 そんなの、身の丈には合っていないですか……?」

 

 ──だと、するなら。

 彼女が勝つには、今までの発案とは違う、一個人で完結しない物を頼る他ない。

 自己のみではなく、他者の影響を求めるべきだった。

 

 ……なんて言えども、単純な変化だけで勝てるのなら誰だって苦労しない。

 数千人の上に立つのはそう簡単な事ではない。 簡単な事であってはならない。

 

 

 けれど、しかし。

 そんな絵空事を現実にする存在は、都合よく存在している。

 本当に都合よく、勝利を与える為にあらゆる手を尽くす存在が。

 いっそ舞台装置(デウス・エクス・マキナ)とも称すべき、理不尽極まる無垢な機構として。

 

 もっとも、本来は幕引きの為にある機構だ。

 決して幕を引かせない為の物ではない。

 故にこの舞台装置は欠陥品でしかなく、だからこそ、それを形容するに相応しい。

 

「……女神さま」

 

 ──()()が、ずっと囁いているのだ。

 "使えるものは何でも使いましょう"、と。 軽やかに、甘ったるく。

 声ではなく、音でもなく、魂へ直接刻まれる啓示を以て。

 それは一方通行だ。 彼女の答えなんて聞いていない。

 

 女神とは、そういうものだった。

 匙を放れば地に落ちるように、氷が冷たいように、空が青いように、ただ"そうあるもの"。

 

 既知の事柄といえば、ほんの僅か。

『姉』との間に交わされた約束と、それを為した記憶を埋め込んできただけのナニカ。

 何もなかった彼女に、縋るべき道を教えたナニカ。

 分岐路に立った彼女を、最善の道へ連れて行くナニカ。

 時には日の光として、時には空気として、時には痛みとして、時には声として、答えを示す。

 ……それが親も片割れも亡くした彼女へ与えられた、唯一の指針だった。

 

 女神とは、そういうものだった。

 "かくあれかし"と望まれて、祈られた通りの存在。

 

 その唯一の指針が続けて囁く。

 "諦めなければ何だって出来る"。

 "あなたは祝福されているのだから、何も問題ない"。

 ……なんて、歪んだ愛情を込めて。

 

「使えるもの。 使える、もの。

 ぼくの、祝福(のろい)……」

 

 ──胸元に、指先を這わせて。

 青いパジャマにシワを刻み、脂肪と肉と骨を越えた先に──心臓に、意識を向ける。 手の傷口から流れた血がシミを作る。 が、そんな様にも頓着せずに押さえつけた。

 あるいはそもそも、自身の傷に気付いてすらいなかったのかもしれない。

 

 そうしてただ、瞳を閉じて。

 平常通り、とくり、とくりと一定のリズムで拍動するそれへ想いを馳せた。

 それは『姉』の断片。 それは『姉』から受け継いだ想いの象徴。

 ファインドフィートの心臓。

 

 少女の願いに呼応するそれは、想いを燃料に駆動している。

 ある程度ならば意図的に限界を超えることさえ可能とする規格外の心臓は──確かに、『弟』としての感慨を無視したなら、"使えるもの"としてカテゴライズ出来るモノだ。

 

「使えるもの……。

 勝つために、使えるものは……ぼくの、想い」

 

 ならば、ならば。

 限界を超えられるのなら──トウカイテイオーに勝てる水準に至るまで、酷使してしまえば良いのではないか。

 などと、脳裏にひとつの愚考が過る。

 策とは言えず、名案には程遠いそれ。 あまりにも力押しが過ぎる。

 

 ……けれど、後先を考えなければ可能性は生まれてしまうモノだった。

 その上彼女にはこれ以上に有効な手立てをひねり出せない。

 前提として、双方の力量差が大きく、故に正道では太刀打ち出来ないからだ。

 

 だからこそ、その数少ない勝ち筋を検討する。

 つまり、心臓に燃料を注ぎ込んで強引に──本来ならば適正外の大逃げに、切り替える方法を。

 そもそも最終直線での勝負に持ち込ませなければ勝てるのではないか、と。

 

「……効率的で、合理的に。

 なんて思うには……少し、苦しい、な……」

 

 その思いつきを舌の先にのせ、コロコロと転がす。

 求める結果に至れるかは不明。 前提から間違っている可能性もある。

 目を塞いでいたハズの盲信は砕かれてしまっていたから、何も信じられない。

 

 だと、しても。

 

「けど、他に道はないから……」

 

 まず、極論を言えば。

 勝つ為に、最初から最後まで全力で走れば良い。

 体力の底なんて考えず、想いを燃やして。

 受けるだろう損耗さえ無視して今回だけに全てを賭ける。

 

 そして、結論を言えば。

 たとえ倒れそうになったとしても、ファインドフィートは終わらない。

 

 ……否。 終われない。

 心臓に纏わりつく"終わらせない"という祝福が、彼女を現実に留め続ける。

 故に、この極論は現実的な案として成立してしまうのだ。

 

「……いばらとは……聖書に曰く、罪の象徴。 不法の印、でしたか。

 女神さまは、これをぼくに被せて……それでも、祝福と云うのですね」

 

 ──それを、いっそ惨めだ、なんて。

 淡い感傷が、脳裏を一瞬だけ過った。

 

 何を思って茨を授け、それによって王冠を作り上げようとしているのか。

 その本音は今になっても分からない。

 あるいは、そもそも知らないだけなのか。

 

「これがもし、呪いなら。

 もっともっと、悪辣に縛るのでしょうか。

 今よりも苦しくて、救いようがなくて……」

 

 あり得た未来を空想してみる。

 自由も、思想も、何もかもを失った可能性の先。

 

 きっと地獄だ。 苦行でしかない。

 ……しかし、そんな未来を思い浮かべて──案外、それはそれで楽かも知れないな、と。

 僅かなりとも考えてしまう。

 

「本当に苦しいだけだったら……。

 ……いっそ、そっちのほうが良かったかも──なんて、バカの考えでしょうけど。

 あぁ、でも、足掻く意味さえ無いのなら──」

 

 ──いっそ救いなどない、ただ堕ちるだけの呪いであれば。

 彼女はきっと簡単に、全てを諦めていた。 今のように何かを思うことなんてしなかった。

 情など信じず、自分の周囲から必要最低限以外の繋がりを絶ち、社会性のない獣として生きて──そして、独りぼっちで終わっていく。

 

 ……もしくは、いばら姫のような呪いであれば嬉しかった。

 最終的には救いが待つ、ハッピーエンドを秘めた呪い。

 百年の眠りと百年の孤独と共に茨に包まれて、その後には王子様のキスで目覚める。

 ……なんて、子供らしく純粋無垢な終わり方だ。

 それを迎えられるのなら──ああ、どれほど素晴らしいのか。

 素敵な王子様なんて別に要らないけれど、それでも瑕疵のない完全無欠の幕引き(ハッピーエンド)には憧れてしまう。

 

 けれど、現実に与えられたモノは呪いではなく祝福で。

 それ故に、全くの別物であるそれが勝利を齎す。

 

 ならば徹底的に利用するべきだ、と口先だけで囁いた。

 上手く己というリソースを消費して、祝福にあやかる。

 節約するべき時と、思い切るべき瞬間を見誤らずにいれば──きっと、最初から最後まで、一番前を走ることが叶うに違いない。

 失うモノに目を瞑れば、という注釈が必要になるのだが。

 

「……けれど、それは必要な事です。

 そこには意味があります。 対価に釣り合う成果があります。 大きな意義があります。

 だから、()()()()()()なんです」

 

 ……だから、走らなければならない。

 失った分だけ、更に遠くまで。

 

 どうあっても彼女はファインドフィートだ。

 彼女の行く道に──『ファインドフィート』の道に、瑕疵などあってはならない。

 そのような堕落は許されない。

 

 常に輝かしく、綺麗な偶像として、この星に刻まなければ──そんなもの、『姉』の想いに似つかわしくないのだ。

 故に『ファインドフィート』は負けず、常に人生の絶頂に至り続けて、誰かのための美しい夢として鎮座する。

 それが女神の求める姿であり、『弟』の祈りそのもので。

 死に損なって必死に足掻く、ちっぽけな抵抗の証だった。

 

約束(しあわせ)のために」

 

 ……言葉は、いっそ白々しかったけれど。

 贖罪の為に、愛の為に、生き残った彼女にできる献身のカタチはこれしか無い。

 そもそも、これ以外のカタチを知らなかった。

 

「だって、これ以外で報いる方法なんて……誰も教えてくれなかったじゃあないですか。

 誰も、誰も、教えてくれなかったから……」

 

 鏡に向けて囀った。

 眉をハの字に歪めた子供が、酷く情けない形相で苦痛を語るばかりで。

 

 ……カタチを平常のモノに引き戻すため、顔へ指先をあてがい表情筋をほぐしてみせる。

 が、苦痛は変わらず。 故に表情も変わらず。

 頬を引っ張り上げれば痛みで紛れるかと思えど──やはり、何も変わらない。

 血液の赤色が付着するのみで、何も。

 

 その姿こそが本当の彼女だというのに、青い瞳で"それでも"と否定した。

 

「……だから、そう。

 ぼくが……わたしが、『ファインドフィート』にならなければ。

 わたしが、わたしを、証明する。

 わたしは消えていない、まだ消えていない、まだ消えたくない、消したくない……」

 

 声も肩もずっと震えている。

 寒さに震える子供のように、歯の奥がこすれ合う。 カチカチと小刻みにぶつかる。

 真冬の夜空の下よりもなお寒くて、肩の肌が粟立っていて。

 しかし風邪をひいているわけでもなく、体調はそのものは()()()()絶好調だった。

 

「だから、わたしが、間違えていたとしても。

 それは必要な事、なんです。

 沢山の宝物を捨てて、何度も繰り返して……友達まで、踏みにじって。

 ……わたしは、だからこそ、どこか遠くまで走っていける」

 

 そんな己を誤魔化す為、鏡へ向けて言い聞かせる。

 出来もしない自己暗示を幾重にも連ねて必死に足掻いて、何度も喉を震わせた。

 

 ──求めるべきは、最終的に"勝つ"こと。

 たったのそれだけ。 それだけが大事な事で、それ以外の尽くは考慮するに値しない。

 必要なのは最低限の知恵。 最低限こそが必要十分である。

 

「わたし達は無価値なんかじゃ無い……わたし達は、わたし達は、無駄な命じゃない。

 わたし達は、まだ……っ」

 

 勝利に対してそれ以上を求めてはならない。 考えてはならない。 感じてはならない。

 そうしてずっと諦めなければ、きっと夢は叶うのだ。

 

『ファインドフィート』は途絶えずに。 この名前は、歴史に遺る。

 やがて歴史を構成する一欠片となって、誰かの血肉()となって輝き続ける。

 求めたモノが辛うじて手の届く範囲にあるというのに、諦めたいという一念だけで諦められるのなら……ファインドフィートは、そもそもこの場に居なかった。

 

 だから、走らなければ。

 

「ぅぷ」

 

 ──それだけの想いが、彼女の。

 

 


 

 継承が完了した! 

 

『ファインドフィート』の継承効果! 

 スピードが60上がった。

日蝕の女■』の継承効果! 

 さらなる高みを目指し、スピードが30上がった。

 

 

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