静かで綺麗な白い部屋。
薬品香る病室で目を覚ますのは、お寝坊さんの一人の『子供』。
『子供』はお医者さんに聞きました。
"ここは一体どこなの?"
お医者さんは答えます。
"病院だよ、
『子供』は青い目を瞬かせました。
"なんでぼくは病院にいるの?"
お医者さんは悲しげです。
"キミが事故に遭ったからだよ"
それを聞いて"ふぅン"と一つ、唸ります。
言われてみるとたしかに痛い。感じてみればとっても苦しい。
だから『子供』は聞きました。
"みんなはどこ?"
自分がこんな目にあっているなら、きっとみんなも大変だろう。
みんながそんな事になっているなら、傍に行って安心させたい。
とってもかわいい行動理念。
だからこそ、お医者さんはどこか悲しげです。
"……すまないね。
キミしかいないんだよ、生き残りは"
――きょとんと、
ぼんやりとしたまま"ふぅン"ともう一つ、唸りました。
だってオカシイのです。きっと嘘なんです。
『子供』の家族はみんな仲良し。
何も言わずにいなくなるなんて、ありえないのですから。
お父さんは言っていました。迷子になったら探しに行くよと。
お母さんと約束しました。いい子にしていたら、きっと皆が助けてくれる。
だから皆がすぐに見つけられるように、"早くおうちに帰りたい"と『子供』は言います。
"大丈夫、すぐ帰れるさ"とお医者さんは
だから『子供』は無邪気に笑ってはしゃぎました。
その後の何をも知らずに微笑みます。
家に帰った先には伽藍堂。
手を握ろうにもヒト足らず。目をつむろうにも凍えて寒い。
日が昇り、日が沈み、月が上がって日が喰らう。
何日も何日も何日も何日も何日も待ち続けて、一体何になろうというのでしょうか。
その先に熾る心を炙る火の熱も、心を縛る鉄の味も知らずにいるなんて。
"――
"……全く、あぁ。
なんて――なんて、かわいそうなのでしょう。
なんてかわいいのでしょう"
"ふふっ、怖がらなくても大丈夫ですよ。
どんなに弱いウマ娘でも……
"――はっぴばーすでー、とぅー、ゆー……。
おはよう、『ファインドフィート』ちゃん"
「はい……?
メジロマックイーンさん、ですか?」
「そうそう!
ボクのライバルだよ!」
「それで、そのメジロマックイーンさんがなんと……?」
ファインドフィートは青い目をパチパチと瞬かせた。
秋を越え、冬に至った寒天。
そんな外気など関係ない放課後のカフェテリアに集まったのはいつもの三人だ。
もうじき有マ記念に出バする二人のウマ娘は、しかし普段と変わらず和やかな雰囲気で席を囲う。
この二人、元々の関わり合いはさほど深くはなかったというのに、だ。
だが──今ではこうして仲良く過ごす時間が増えたのだから、人の縁とは不思議なモノである。
「だからさ、マックイーンもフィートに会ってみたいんだって~。
今週の土日どっちかヒマ?」
「わたしに逃げるという選択肢は与えないおつもりで?」
「もちろん!
だってこのままだと誰とも関わらずにいそうだし、それじゃ寂しいでしょ?」
「フィートさんはコミュニケーション機能に問題を抱えています。
ですが、人付き合いそのものを嫌っている訳ではない……そう解釈しました。
コミュニケーション機能に問題を抱えていますが」
「………なる、ほど?
これはつまり喧嘩を売られていると……」
「まあまあまあまあ。
はいっ、はちみー飲んで落ち着いて!」
「一体わたしをなんだと思っているんですか……じゅここここ」
突き出されたストローを咥えるまでの葛藤はなかった。
白いつむじを眺めるトウカイテイオーの気分は、さながら動物園にやってきた観光客。
餌やり体験──もとい、アニマルセラピー。リラックス効果を受けて背部で揺れる鹿毛はご機嫌さの証明だ。
ミホノブルボンもトウカイテイオーの言葉に同意しつつ、箸で唐揚げを掴み上げる。
「……事実、フィートさんの交友関係はとても狭いと判断します」
「いや、別にそんな訳では……むぐっ」
咄嗟に開かれた口内に流れるように突き込まれた唐揚げ。
ファインドフィートはあっけなく文句の言葉をすり潰されてしまい、モゴモゴと頬をふくらませることしか出来ない。
そうしてファインドフィート
もちろんミホノブルボンの計算通りだ。餌やり体験をしてみたかっただけともいう。
「ですので、今度ライスさん──ライスシャワーさんと一緒にお出かけしましょう。
ライスさんもフィートさんに興味を持っているようでしたので」
「むぐっ」
「いいね~。
じゃあボクもその時にマックイーンを誘ってご一緒させてもらおうかな」
「じゅここ……」
「はい。名案です。
複数人でのお出かけ……特殊イベントミッションを受託しました」
唐揚げ、はちみー、米、はちみー、
続々とファインドフィートの口に侵入を繰り返す食べ物によってあらゆる言論の自由を封じられた。世界人権宣言もびっくりである。
周囲のウマ娘による好奇の目を気にすることもなく、トウカイテイオーとミホノブルボンの計画が積み上げられていった。
──もちろんファインドフィートは置き去りのまま。
しかしファインドフィートも続々と入ってくる食べ物を楽しみ始めたので、これはこれで問題ないのだろう。たぶん。
「むぐぐ……」
「では、そういう訳です」
「そういう訳だよ」
「……んぐっ。
……いったい、どういう訳ですか」
──さすがのファインドフィートも困惑気味。コミュ障ハートは何時も通りの低出力。
何時にもまして圧の強いトウカイテイオーは、グイグイと予定を押し付けてご満悦に笑っている。
ミホノブルボン? 圧に関しては何時も通りだし、今回は丁度いい企画に便乗しただけである。
「も~、"芙蓉ステークス"一着のお祝いもまだなんだし良いじゃん!
もう11月だよ?ずっとトレーニングばかりだと身体にも心にも悪いよ~」
「ええ……。
まあ、その……しばらくはホープフルステークスの準備があるので、そのあとなら……」
「来月かぁ……。
ん〜……しょうがないかぁ。
じゃあ来月は皆で一緒に行こうね!約束だよ!」
「ちょ、あの、テイオーさん」
「じゃあそういう訳で!
ごめんね、カイチョーに用事があるから早く行かなきゃいけないんだ!」
言うやいなや大量の食器を片手に積み上げ席を立つ。
ついでにミホノブルボンとファインドフィートの空き皿もポイポイと重ね、あっという間に歩き去ってしまった。
残された二人には遠ざかって行くポニーテールを眺めることしか出来ない。
「……余程、急いでたのですね」
「テイオーさんは現役世代の中でも特に高名なウマ娘の一人です。
その立場上、様々な予定が詰まっているとマスターからお聞きしました。
つい先日にもテレビの収録に従事していたとか……」
「そう、なんですね。
……わたし、知らなかったです」
カフェテリアの扉を抜け出た所までを見送って、ファインドフィートはようやく我を取り戻し天を仰ぐ。
急に肩が重くなったような、胸に消化不良の何かが詰まったような。
──ぼんやりとため息を吐く。
しかし、身体が軽くなる訳ではなかった。
「……誰かと出かける事そのものは別に、嫌ではありません。
ですがわたしにも
「フィートさん。大丈夫です」
「ブルボン先輩……」
「ライスさんもマックイーンさんも優しい方です。
お二人相手なら、フィートさんとウマが合うかと」
「……そうなんですか?
いえ、しかし……」
"そういう問題では無いんです"と喉元までせり上がった言葉を飲み込む。
こう、自信満々に胸を張られたところで、何を安心しろと言うのだろうか。
ファインドフィートは初対面の相手全て等しく苦手だというのに。
やはりこの先輩は根本的に違う人種──ファインドフィートは改めて確信を深める。
せめてもの負け惜しみとして"この大型犬め"と心の中で呟き、横に視線を逸らした。
「私達はフィートさんの自由時間の割合が少ないことを危惧しています。
これまでの半年間を測定した結果、完全休養日と呼ばれるべきモノをほんの僅かしか検出できませんでした」
「……それでも、問題など無いように設定されています。
トレーナーの管理は万全ですので」
「……ですが……」
栗毛の尻尾がへたりと垂れた。
表情は変わっていないものの、耳と尻尾が彼女の内心をありありと語っている。
……目を逸らしたままのファインドフィートはこれ以上無く気まずげだ。
トウカイテイオーとは定期的に食事を共にする仲ではある。
しかしミホノブルボンは唯一毎日の関わりがあるウマ娘。
そんな彼女が落ち込んでいるのを見ると──もう、胸がムズムズして仕方がない。
──そこから根負けするまで、さほどの時間は掛からない。
ファインドフィートは何処までいっても非情には成りきれないのだから。
「はぁ……準備はしておきますよ」
「……!
そうです。その意気ですフィートさん。
特殊イベントミッション"お買い物"、受託完了です」
ミホノブルボンは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
対するファインドフィートも何だかんだ言ってリラックスした風体で、尻尾の揺れは穏やかだった。
……当人に指摘したとして、一二もなく否定するだろうが。
■
ざあざあと風に吹かれて、木々の葉が擦れ合いざわめく音が反響する。
冬という季節と、早朝ゆえの日の低さも相まって非常に肌寒い。
ファインドフィートはそんな環境の中、二の腕を擦り上げながら慣れない山道を登っている。
標高は低くとも山は山。
やはり気温は低くなってしまうもの。
なんとなく気になって左腕の内側を覗き見れば、デジタル時計の液晶が"06:01"と現時刻を明確に象っていた。
場所と時間と時期──11月後半の気温と考えれば納得の寒さだ。
防寒具をもっとしっかり着込んでこなかった事を今更ながらに後悔する。
去年までは夏に訪れていたから──多少、分からなくても仕方のない事ではあるが。
そんな毒にも薬にもならない言い訳ばかりを胸中に零してしまう。
「まったく……管理人さんは何をしているのやら」
学校が終わり、疲れた身体を引き摺り電車に揺られ、やっと目的地に着いたかと思えばこの仕打ち。
何度か顔を合わせたきりの管理人に愚痴を吐いて、まあこんな事もあると自分を強引に納得させておく。
「事前に靴を買っておいて良かった」
下を見下ろせば、新品の輝きを放つ青い靴。
ついでに映り込むのは白く無地のTシャツに黒いオーバーサイズのアウター。青いジーンズ。
今日の彼女は、トレセン学園に訪れてから初めての私服を身に纏っていた。
クローゼットの後に押し込んだきりではあったが特に嫌な匂いがついていることもなく、ファインドフィートの肢体をしっかりと包んでくれている。
そして背中にはそこそこ大きい赤のリュックサック。
……"あとはマフラーでも買っておけば完璧だったのに"と淡い後悔を漏らす。
少し前に
こんな寒さに苦しむぐらいなら、何も考えずに装備を整えておくべきだった。
「……はぁ」
鬱屈と吐く息はとても白かった。
薄暗い空であっても、白くなるものは白い。
自分の髪の毛と同じ色彩に親近感を感じて、気分をちょっぴり高揚させた。
……あるいは、そうして無理にでもテンションを上げなければ辛いものがあるからかもしれないが。
八つ当たり交じりにしなやかに足を伸ばし、小振りな石を蹴り飛ばす。
カツンと響く子気味の良い音が静寂に沁み込んだ。
「おっと……」
思ったよりも、勢いよく跳ねた小石。
数メートル先で弾けたそれを追いかけるべく、強引に己を奮い立たせ足取りを早めた。
──。
────。
「……そこそこ、時間がかかりましたね」
山頂に辿り着き、ようやく輝きを強め始めた陽光に目を細めた。
標高にして800m程度か。あるいはそれ以下か。
木々の無い開けた視界を悠々と歩み、枯れた種々の落ち葉をかき分ける。
そして逆光を浴びる"それ"の前で立ち止まり、おもむろにリュックから取り出したのは大きく赤いプラスチックボトル。
とぷりと水音を鳴らす様は、まるで自らの役目の到来を理解しているかのようだった。
「……おや、随分と汚れてしまっていますね。
山中なら仕方のない事ではありますが」
もう一度とぷりと水音を立たせ、足元にボトルを置いた。
一緒に地面に下ろしたリュックサックから、スポンジを取り出して右手に携える──その前に。
水気によって指先が冷え切る事を防ぐため、ゴム手袋を両手に取り付けギュッと奥まではめ込む。
ピンク色、Sサイズ。主婦のお供である。
一通りの準備を終えたファインドフィートは自分の身体を見下ろす。
手にはゴム手袋、撥水性のある登山靴。
事前の掃除支度が万全であることを確信し、小さく尻尾を揺らす。
日光を浴びる白い毛並みが誇らしげに輝いていた。
「……お久しぶり、ですね。
母さん、父さん」
灰色で大きな石──綺麗にカットされた御影石の表面を指でなぞりあげる。
刻まれた文字に溜まった汚れは一年分の累積物。
嘗てはつるりと磨き上げられていたはずでも、いつの間にか土と苔に塗れてしまっていた。
ファインドフィートは土の付着した指先を擦り合わせ、瞳を伏せる。そこに宿った色は悲しみの青。
表層に浮かんで見える微かな湿り気は、錯覚によるものだろうか。
──"
「今から、掃除します」
足元のボトルのキャップを外し、なみなみと注がれていた水をたぷりと揺らす。
そして水滴が自分の方に垂れてこないように注意ししつつ──頂点の部分から、丁寧に丁寧に洗い流す。
時折ボトルを足元において、スポンジで優しく汚れを落とし、また水で流す。
聞きかじりの掃除方法を脳内で反芻しながら、ゆっくりと、丁寧に。
「掃除が終わったら、沢山聞いてほしいことがあるんです。
たまには良いでしょう?
……っと」
──ピチャリと飛び散った水滴が頬に弾けた。
意図せず目元を冷やしていった水気を指で掬い、跳ね飛ばして……ピクリともしない表情筋のまま、か細く喉を震わせる。
「だって、今日はわたし達の誕生日なんですから」
11月22日。
ファインドフィートは、久々に揃った家族に胸を踊らせていた。
「このカクテル……二人共、好きでしたよね?」
掃除を終え、続けてリュックから取り出されたのはステンレスのボトル。
バイオ紙で作られたコップも2つ用意して、キュポンと封を開けた。
「んぐっ……」
──慌てて鼻を塞ぐ。
ほのかな風に乗って漂ってきたアルコール臭は思った以上に強烈だった。
なんせ、ウマ娘とは嗅覚にも優れた種族である。その上ファインドフィートは未成年。
慣れない刺激を受けて、ちょっぴりと涙腺が刺激されてしまった。
ほんの少し苛立ったように耳を倒しながらさっさと2つ分を注ぐ。
とぷりとぷりと少しずつカップの中身をアルコールで満たし、それと同時にファインドフィートにも充填されていく殺意。
彼女の手ずから墓石の前に置かれたカップが少しへこんでいたのは……"ご愛嬌"という事で勘弁してもらいたい。
一仕事を終え、小さく鼻を鳴らして座り込んだ。
もちろん尻の下にアルミシートを敷くことも忘れていない。
「まったく……なんでこういうのが好きだったんですかね、二人とも。
これを作るのもすごい大変だったんですから」
脳裏に協力者──昔なじみの白衣の老人を思い浮かべて、小さくため息を吐く。
ファインドフィートにとっては複雑な思いのある人物だから仕方のない事だ。
──その吐き出した息に宿った色は、果たして何色なのか。
陽光に紛れてしまったらしく、彼女にも分からない。
「……まぁ、良いんです。
結果的には二人に渡せたので」
はちみつと同じく黄色がかった液体が、微かに波打った。
ウォッカとアマレット。2種類の蒸留酒から作られる甘口のカクテル……らしい。
まだまだ子供でしかないファインドフィートにとって未知の分野だ。
「ゴッドマザー。カクテル言葉は無償の愛……でしたか。
……なんで、こんな酒にまで意味を持たせてるんですか?
意義が分かりません」
しかしそれでも、両親が好んでいたというのなら用意しよう──そう考える程度には、今回の墓参りを重要視していたのだろう。
そしてもう一つ、リュックからカップを取り出す。
はちみーだ。
二人へと手向けた黄色とは違う黄金の甘味。
ストローを差し込み──そして小さく掲げた。
献杯の作法もよく知らないから見様見真似のまま。
それでも、ほんの少しだけ大人になれたような気分で──既に亡くなった二人へと黙祷を捧げる。
閉じられた瞼は、小さく震えていた。
■
「……それで、近況報告……でしたね」
小さく喉を鳴らす。
か細い食道を通るはちみーが暴力的な
その癒しのお陰でささくれだっていた心も落ち着きを取り戻し、穏やかな気持ちで口を開けた。
「わたし、トレセン学園に入学したんですよ。
姉さんがずっと言ってた、夢の舞台です。覚えてるでしょう?」
"元々はヒトだったのに、不思議ですよね"と軽やかに嘯く。
ミホノブルボン達に向けた時とは違う、気安い声音だ。
それに自分以外の誰かに向けたモノにしては、驚く程スラスラと言葉が出る──普段のファインドフィートとは大違いである。
ややあって、小さく首を傾げた。
……。
………数秒ほど考え込んで、"ああ、そういえば家族に対してなら簡単に言葉が出ていたのか"と、当たり前の事実を思い出す。
どうしてだろう、
"んんっ"と小さな咳払いでごまかして、悠々とストローに口をつける。
勢いのまま羞恥心を甘味に絡ませて、ゴクリと呑み干す。
感じ取れた味は甘さばかりだ。
「……ん、ふぅ。
それで今は、しっかりとトレーナーの指導を受けています。デビューもしました。
この前なんかは芙蓉ステークスにも出たんですよ。
もちろん、一着です」
"あのレース、中山に慣れる為だったらしいんですよ"と淡々と報告し、もう一度ストローに口をつけた。
道筋は全て己のトレーナーが整えてくれる。それぐらいには信用できる相手だ。
……なんて素直に言葉にするのは、少し──いや、かなり恥ずかしい。
だから軽く迂遠に伝えて、あとは相手に
「ああ、それと仲の良い方も出来ました。
来月になったら、みなさんと一緒にお買い物に行くんですよ」
それからもどんどん言葉が溢れてくる。
それら全てを語り終えるのには十分すらも掛からない。
別に、意外な事ではないだろう。
エピソードだってワンパターンだし、関わるウマ娘もそう多くない。
殆どの時間をトレーニングに費やすのだから当然でもある。
「……あとは、そうですね……」
──"ずここ"と、底をついたストローが耳障りな悲鳴を上げる。
非常に残念ながら、ついにはちみーを呑み干してしまったらしい。
手元の惨状に気付いたファインドフィートは残念そうに瞼を伏せ、ビニール袋の中に放り込む。
カラリと鳴った音はどこか虚しげ。彼女の好物を補給するにも下山するまで"おあずけ"である。
「……わたし、頑張って夢を叶えますから」
モノ寂しい唇を撫で、『姉』と同じ声で語る。
もしも目の前に両親がいたのならどんな答えを返すのか。
記憶の中の父親なら、困ったような笑みで肯定してくれるだろう。
記憶の中の母親なら、危ないからやめなさいと否定してくれるだろう。
けれど、もう二人共いないのだから今更の事だった。
「だから、待っててくださいね。
いつかそこに辿り着いたら……わたし達のことを褒めて欲しいです」
墓石にそっと、アングレカムの花束を捧げる。
自分自身で十分に香りを楽しんだからおすそ分け──なんて呟き、指先の水気を払った。
そこから少し距離を離し、青い瞳が映すのは綺麗になった墓石と2つのカクテル、白い花束。
……見栄えも随分よくなったんじゃないかと、小さく自慢げに胸を張っておく。
3年前にはファインドフィートより大きかった墓石。それでも今となっては逆に見下ろす側。
──初めて此処に来た日を想起すると、ほんの少しだけ感慨深い心持ちにもなった。
「──それじゃあ、またね。母さん、父さん。
こんな
リュックサックを手にしたファインドフィートに向けて、ざあざあと風が吹く。
肌を刺す冷気に小さく体を震わせて、逃げるようにその場を後にした。
嘘つき。