【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

8 / 82
8話

空の上の上の上の、遥かな果ての蓋の底。

『王冠』の女神さまは、真っ白い空間にポツンと浮かぶ真っ白いドアをガンガンガンと蹴り上げていました。

ガンガンガン、ガンガンガン!

果敢に勇猛に勇敢に挑みますが……どうした事でしょう。

壊れも歪みも開きもしません。頑丈ですね。

 

"こらァ!『太陽』ォ!!早く開けなさい!早く!!何時まで居座ってるの!!!"

 

"も〜辞めてくださいよ〜。

おトイレの前で騒ぐだなんて、女神としてどうなんですか?"

 

"トイレに何時間も居座ってるアナタこそどうなの!?トイレの女神様にでもなるの!?"

 

『王冠』の女神さまが叫ぶ声音は必死も必至。

小刻みに震える脚と背筋が生命と尊厳の危機を訴えています。

だからこそとっても悲しいことですが、『王冠』の女神さまはトイレの女神さまになる必要があるのです。

けれどもドアは塞がれたままのきかん坊。かわいそうですね……。

 

"おのれ『海』!原因はあの子が送ってきた海鮮丼だわ!なんかこう、ヤバイ感じのを混ぜていたのよ!間違いないわ!"

 

"まぁまぁ、あの子も悪気があった訳じゃないんですよ〜!

ほらほら、笑顔で耐えましょう?"

 

"このっ、あんた!あんたが言うのかぁ!!"

 

"あっ、フィートちゃんかわいい〜!ブルボンちゃんに髪梳かしてもらってる〜!"

 

"あんたさては『手鏡』持ち込んでるわね!?

中継見ながら居座る気満々じゃないのふざけないで!!"

 

"そうともいいます〜"

 

"ああ!!ああああああ!!!

あああああああああああああッ!!!!!"

 

女神さまの戦いはこれからも続きます!トイレの座が空くその時まで!

がんばってくださいね、女神さま!

 

 


 

 

 

 いつものトレーナー室に、空っぽの気力で絞り出された喘鳴が染み渡る。

 ふかふかのソファーにうつ伏せで沈み込むのは、やはりヘロヘロに疲れ切ったファインドフィート。

 トレーニング後には毎回繰り返される光景である。

 もはや彼女の痴態にも慣れきり、一切動じなくなった(元々だが)無機質で黒い瞳の青年──葛城トレーナーは、なんて事もないように壁際のホワイトボードに歩み寄った。

 そこに侍るのは一枚の大きな紙──いつぞやのスケジュール表だ。

 

「倒れ込んだままでも良いが、視線だけは向けてくれ」

 

「了解です……」

 

 甲高い音と共にペンの蓋を引き抜き、現れた赤芯をさらりと踊らせた。

 12月の全てを記した表の後半、23マス目──12月23日。つまり今日だ。

 手慣れた様子で躊躇すること無くペンを向け、掠れた赤インクを載せる。

 

 ファインドフィートがぼうっと見守る中描かれたのは、今日(これまで)明日(このさき)を区切るための縦線。

 そのまま続けて23日の先に視線を滑らせ、ペン先もそれに追従させる。

 

「まず最初に食事内容とサプリメントの摂取配分についてだが──」

 

 語る口は滑らかに駆動している。

 けれども赤い芯は既に渇き切っていて、擦れる度に脳髄を突き刺す不快な音を掻き鳴らしていた。

 

(うわあ……)

 

 カサカサ、ギュッギィと。形容し難いような、精神に不快感を掻き立てる騒音だ。

 ピトリとしっかり耳を伏せ、目の前のガイコツを睨んで無言の抗議を突きつける。怜悧な目つきに違わず絶対零度の殺意だ。

 

 ……しかしそれは、申し訳程度にしか用をなさない無言の抗議であった。

 無言故に気付かれない。やはり非暴力、不服従では不足なのだ。

 本当ならば、すぐにでも関節技(動画で見た)を決めてやりたい所だったが──。

 

「………で、この部分の栄養管理についてだが──」

 

 ──だったの、だが。

 あまりにも真剣な眼で筆を持っているものだから、もうどうしようもない。

 彼女は彼女の為に作業している人物の邪魔をするほど落ちぶれてはいないのだ。

 そう。だから邪魔をしないのは体が動かないからではなく、矜持のためである。

 そのまま仕方なく体を横たえ、ペンの労働が終わるまでを待ち続けた。もちろん耳はしっかり伏せている。

 賢い。

 

「…………。

 ……さて、こんなところか。

 今日の所で一旦区切りとする」 

 

「はい。お疲れさまです、褒めてあげましょう」

 

「はいはい、光栄だよお嬢様」

 

「"はい"は一回で良いです」

 

「はいはい」

 

「おのれガイコツ……」

 

 ──彼の作業が終わるまで掛かったのは、おおよそ十分程度か。

 その間ファインドフィートはソファーの抱擁を甘受するばかりで、運動後故に高まった自らの体温の事をすっかり忘れていた。

 そのせいで真冬であるにも関わらず、じっとりと首元に滲む汗が彼女を苛む。

 今すぐにでもシャワーを浴びてスッキリしたいぐらいだ。

 

 けれど活力は底をつきかけ。精神力はそこそこ。

 動かせるのはゆらゆら揺れる尻尾ばかりで、他の筋骨も全て疲弊しきっていた。

 ……とはいえ、もう十分も休めば再び日常生活に戻れる程度には回復する筈だ。

 

 だから回復できたら一番にシャワーを浴びよう。

 鉄仮面の裏でそう固く決心し、不快感を伴って包み込んでくる汗の感覚を黙殺した。

 

「それで、もうすぐホープフルステークスの出走になるわけだ。

 12月28日までの5日間は休養日とし、気力を養ってもらうことにした。

 異論は?」

 

「ありません」

 

「よし、よし……。

 だが27日(前日)には現地入りするために、午前9時にこのトレーナー室に集合だ。

 寝坊するなよ」

 

「はい、了解です。

 ……ちなみにはちみーは?」

 

「移動用の自動車に詰め込んである」

 

「さすが」

 

 ピンと立つ尾が一つ、機嫌良く振られた。

 仄かに漂う甘い香りはミホノブルボンにおすすめされた柑橘系の香油によるもの。

 来る日も来る日も手入れを重ねられた尻尾は、日々輝きを強めている。

 むしろこれまで(入学前)が無頓着すぎただけとも言うが──それはそれ。

 一般小学生男子レベルの美意識しかない彼女にしてみれば、そんな細かなところまで気を遣える方がおかしいのだ。

 

 ──鉄仮面の裏側でそんなどうでもいい事を考えているとも知らない葛城トレーナーは、ブンブンと振るわれる尻尾から同意の意を読み取ったらしい。

 骨ばった指先でスケジュール表を小さく折り畳み、すぐ手元のカバンに押し込む。

 とはいえカバンくんは既に大量の資料で満杯に膨れ上がっていた。

 そんな限界ギリギリの容量を更に圧迫する新参者の登場に、黒革は鈍く軋む悲鳴を上げていた。

 

「分かっているだろうとは思うが、自主練もなしだ。

 もちろん最低限の有酸素運動はしてもらう。だが能力伸ばし用のモノではないと認識してくれ」

 

「……いいでしょう。

 強度、時間帯は?」

 

「明日の昼、昼食の1時間後に20分間。時速は20kmを維持するように。」

 

「…………なる、ほど?」

 

「あくまでも筋力の低下を防ぎ、血行の促進と疲労回復を目的としている……という訳だ。

 ……オーケー(この賢さGめ)?」

 

オーケー(賢いですが)

 

 気力を振り絞り、一瞬顔を振り上げ──もう一瞬の後にぽすんとクッションに落とされた。

 "おのれガイコツ"。小さく零した恨み節は余さずクッションの中に吸収されて、外部に飛び出すことは叶わない。

 尤も彼の言葉に悪意が混ざっていないことぐらいは分かっているので、ファインドフィートも本気で怒っている訳ではない。例えるなら飼い主にじゃれ着く仔犬だろうか。

 もちろん、彼女自身は決して認めないが。

 

「まぁいいでしょう。

 わたしの予定は把握しました。

 それで、明日のトレーナーのご予定をお聞きしたいのですが」

 

「俺の……?」

 

「あなた以外の誰がいるんですか。

 いいから明日の予定を教えて下さい」

 

「あー……。

 明日は()()()で地方の方まで出張予定だ。

 帰ってくるのは26日の夜になる」

 

「…………。

 ………なるほど」

 

 ピクリピクリと揺れる耳。

 何事かを思案しているのか、クッションに沈む彼女の口は塞がれたまま。

 すー、すーと気の抜ける呼吸音が僅かに漏れ出すのみである。

 

 ──それから数秒経って、ようやく一通りの思考整理を終えたらしい。

 軋みそうな頸椎を酷使し、またもう一度顔を持ち上げる。

 白い頭髪がつられて舞い上がり額に張り付く。

 めんどくさそうに指で払いのけて、身体を横向けにごろりと転がした。

 

「有マ記念って、26日でしたね」

 

「ああ、その通りだが……」

 

「…………少し、お頼みしたい事があります」

 

 ぼんやりと半開きの瞼。その向こうに何を見ているのか。

 自分の臀部で焦れたように揺れる白い尻尾にも気付かず、うなじに空気を流し入れるためにバサバサと襟元を弄っていた。

 よくよく顔を見れば、青い瞳はあちらこちらへとうろちょろと彷徨って落ち着きがない。

 

 ややあって、ついに意を決したらしい。

 両肘をソファーに突き立て支えとし、幾らかの疲労が取れた上体を持ち上げる。

 

「有マ記念って、ブルボン先輩とテイオーさんが出走するんですよ」

 

「ああ……そう言えばそうだったか。

 キミと仲がいい二人だな」

 

 はい、と大きく頷いた。

 ミホノブルボンには毎日毎日世話を焼かれ、トウカイテイオーとは昼食や夕食、あるいは放課後のお茶会を共にする仲である。

 そしてファインドフィートにとっての交友関係の8割……いや、9割を占める二人だ。

 彼女にしてみれば"友人"と言っても差支えのない関わり合い──の、はず。たぶん。

 そんな二人が栄えある格式高いレースに出走するのであれば、彼女がするべきは唯一つだろう。

 

「つまりですね……。

 ブルボン先輩とテイオーさんが出走する有マ記念。

 どうにかして現地観戦……もとい、応援しに行きたいと言えば、怒りますか?」

 

 ちなみに、通販サイト"Umazon"にて応援グッズは入手済みである。

 このまま無事に応援まで漕ぎ着けることが出来たなら、ハート型のうちわ二刀流で参戦する心積もりだ。

()()()()のカフェテリアで決心して以来温めに温めてきた草案。

 彼女等と友人として時を過ごそうとも、しかし同時に友人として知らないことが多すぎる──そう思い至った彼女が尽くした、精一杯の努力であった。

 

「……わたしが、わたしとあの人達が友達であると形容して良いのかも……よく分かりませんが」

 

 その癖こんな寸前になって"そういえば……"と葛城トレーナーに声をかけるのだから手に負えない。

 しかしファインドフィートも、自身の気性が良くないモノである事ぐらいは自覚していた。

 こんな有様で葛城トレーナーの目元の隈が薄まる日は来るのだろうか?

 

 ──そこまで客観的に考えを巡らせて、さしもの彼女も罪悪感を感じたらしい。

 耳を伏せて目を逸らし、少しだけ身体を縮こませてしまっていた。

 

「別に、構いやしない。

 構いやしないが……指定席のチケット(混雑回避券)は持っていないぞ。抽選に外れたからな」

 

「……実は隠し持っていたりとか」

 

「ない」

 

「コネとか」

 

「………ない」

 

「やはりガイコツですね……」

 

「行き当りばったりだからだろう?」

 

「正論はやめてください。それは効き過ぎます」

 

 なんて、生意気な言葉とは裏腹にたらりとへたれる白い耳。

 物悲しさと諦念による重みには耐えられなかったのだろう。

 表情はいつもと変わらず無表情でありながら、耳と尾はいつも通りに心情をダイレクトに反映していた。

 

 残念ながら指定席のチケットは抽選制だ。

 レースの格によっては当然倍率も高くなるし、入手できるか否かは運による。

 だから提案するなら早め早めが良かったのだが──。

 ──……年齢も合わせて考えてしまえば(去年までランドセルを背負っていた)、そういう事もある。

 葛城トレーナーは、そう受け止められる程度には大人だった。

 

(……出来れば意を汲んでやりたい、が)

 

 ふむ、と細い顎を擦り上げる。

 神経質な細指が重たい頭蓋を必死に支え、精密機械たる脳漿の駆動を果敢に助けた。

 

 有マ記念。

 秋シニア三冠のうちの一角。

 重賞レースの内、最高位であるGIの中でも最上級の格式を有する。

 これに挑むウマ娘はみな国内最高位のウマ娘ばかりという夢の舞台だ。

 観客として場に赴くのみでも、今後の為になる事は間違いない。

 

 ──だから、葛城トレーナーも最初は担当ウマ娘を連れて行こうとも考えていたのだ。

 チケットを入手できなかったから計画は頓挫していたのだが、まさか今になって再考慮をする必要が出てくるとは。

 動機は想定のものと違うが、齎される結果(場馴れ)は同じだろう。

 

(しかし苦しいか)

 

 葛城自身は出張。このコミュ障娘を一人で行かせるには少々不安もある。チケットもない。

 しかしだからといって自由席に放り込めば、そのまま人混みに酔って調子を崩す(やる気を下げる)──なんて事にもなりかねない。

 

 せめてもう少し言い出すのが早ければ。

 ここまで直前でなければもう少し()()()取れる手段はあったのだが──。

 

「………あっ」

 

「どうしました……?」

 

「いや、すまない。何でも無い」

 

「……?」

 

 ──今から取れる手段を思い出した。思い出してしまった。

 ファインドフィートを連れて行ける同業者。

()()へと繋がる電話番号は、今も携帯端末の中に残ったまま。

 

(……ただ、やたらとウマが合わないヤツだったな)

 

 その一点のみが葛城トレーナーの指を固く縛り上げてしまうのだ。

 

 相手の人柄に原因があるわけではない。

 むしろ優れた人格を持つ女だった。

 過去の確執が関係性の溝を作ったわけでもない。

 互いの関係は平坦なまま過去から今に繋がっている。

 

 だから、単純に相性が悪いだけだ。

 それもこちらからの一方通行の認識。

 そんな彼女に対して自分から連絡を取るのは、些かプライドが邪魔をする──

 

「あの、すみません。無茶を言いました……」

 

 ──本当に、無駄に邪魔をする。絞りカスの自尊心だって悲鳴を上げてしまう、が。

 ナーバスに垂れた尻尾を観てしまうと、こう、どうにも謎の罪悪感が湧いて仕方がない。

 

「………」

 

 ぼんやりと、右手をスーツの内ポケットに突っ込んだ。

 骨ばった指先がコツンと四角形の角にぶつかる。

 

 脳裏に思い浮かべてしまったのはあの若き天才(怜悧な乙女)

 昔からの腐れ縁で──

 

「……いや、今となっては関係ないな」

 

 ──僅かな逡巡を挟み、そして振り払った。

 勢い任せに抜き取った携帯端末に指を這わせ、液晶を弾く。

 

 何だかんだで情に厚いポンコツ娘にやる気を下げられてしまっては困るから、仕方がないこと。

 そうだ、合理的じゃないポンコツ娘のせいだ。

 前もって発言することの出来なかったポンコツ娘のせいなのだ。

 三回も繰り返し、胸の内で呟き囁く。

 ……そう、全てはポンコツ娘のせいなのだ。

 

 "何処かで知性をバカにされた気がします"と耳を横倒しにするファインドフィートからはそっと目を逸らす。

 そして意を決して電話帳を開けば……お目当ての名前はすぐに見つかった。

 態々赤字にしていたお陰でとても良く目立つ。

 色を変えたのは──さて、何故だったか。

 くだらない嫉妬心、みっともない劣等感。

 それらを表明するためのどうでもいい主張だったか。

 

 心象を拗らせた原因は、もはや当人さえも覚えていない。

 ……が、恐ろしくどうでもいい理由だった気がする。それこそファインドフィートの知性レベルと同じぐらいどうでもいい理由だった。

 

「……なあ、アテはあったぞ。ほぼ間違いなくキミを連れていける人物だ。

 ついでと言っては何だが、当日のボディガードも兼任してもらおう」

 

「ボディガード……?」

 

「人格は保証しよう」

 

 怪訝な声音で喉を鳴らすのも当然のこと。

 彼女がコミュ障であることは葛城トレーナーも承知の筈。

 

 しかし葛城トレーナーにとって忌々しいことながら──実に、腹立たしいことだが、目当ての人物が驚くほど信頼出来るのも事実なのだ。

 他のウマ娘を担当するトレーナーに頼むなどそう褒められた行いではないのだが、今回のケースで言えばおそらく問題ない。

 眉間に寄ったシワを心配そうな雰囲気で眺めるファインドフィートに"気にするな"と手を振り、指先で新築の渓谷を崩しにかかる。……残念ながら、浅く正す事さえ出来なかったが。

 

「少なくともウマ娘に対しては驚くほどに真摯で、信用に値する人物だ。

 ……俺との関係はあまり良くないが」

 

「わたしは問題ないのですか?

 葛城トレーナーの巻き添えで嫌われていたりだとか……」

 

「絶対に問題ないから安心してくれ」

 

 葛城トレーナーが放った言葉に虚飾の色は無い。

 彼女は"ならばそうなのだろう"と白い頭を振り払い、一つ頷く。

 もとより無茶を言っている自覚はある。無理を要求している自認があった。

 しかし、それでも尚願いを叶えようとしてくれたのだ。

 そんな彼に対して疑念を向けてしまうのは──なんとなく嫌だった。

 

「ありがとうございます」

 

「別に、キミが気にする事じゃない。

 ……さあ、早めに帰ったほうが良いんじゃないか?

 明日はクリスマスパーティーをするんだろう?」

 

「あっ、そうでした……」

 

「立てるか?」

 

 差し出された掌はペラッペラ。

 "いや、それは無理でしょう"と真顔で指摘し、普通にソファーから足をおろして力を込め始めた。

 当然の帰結として行き場をなくした右手は、虚しそうにブラブラ宙空で揺れるのみ。その姿からは"パワーG"の悲哀が漂っていた。

 

「……ええ、大丈夫そうです」

 

 グッと右足に力を込め、次いだ左足で体幹を支える。

 交互に繰り出す差し脚には疲労の重みが滲んでいるが、少なくとも私生活への影響は無さそうだった。

 

 しかし歩行に合わせて肌に張り付くジャージは些か以上に不快だ。

 ファスナーを軽く下ろしてタオルで拭ってみる……が、やはり焼け石に水感は否めない。

 ……仕方なく最低限の通気性のみを確保し、そのまま手早く帰宅準備を終わらせた。

 

「タオルは回収ボックスへ……っと」

 

 手荷物なんて学園指定のカバンぐらいのモノだ。

 小道具──トレーニングの補助グローブや腹圧ベルト、制汗剤、はちみーなどの道具類。これは全てトレーナー室に置いているのだから、尚更手軽で済む。

 洗浄が必要な物品なら業者のヒト達が回収してくれるし、彼女にしてみれば様々な手間が省けて万々歳である。

 

「では」

 

「……気をつけて帰れよ」

 

 そう言った葛城トレーナーは何故か背を向けていた。

 

「……?」

 

 首を傾げて彼の背中を見やれば、そこはかとなく煤けた雰囲気を感じ取れる。

 ……よく分からない。

 よく分からないが、これからどこぞかへ連絡する積もりであることは、携帯端末の様子からも見て取れた。

 邪魔をしないようにそそくさとドアへと足を歩め、小さく一礼。赤いジャージ姿があっという間に遠ざかっていく。

 

 その間のファインドフィートは教本(バイブル)、もとい"コミュ障脱却術~親しき仲にも礼儀あり編~"の教えを実践できたことにご満悦であった。

 だから葛城トレーナーの後ろ姿から漂う空気──煤けどころか、どんよりと重たく曇った空気には気付けなかったのだろう。

 

「……さて、と。行ったか」

 

 重苦しいため息を一つ。

 凝り固まった疲れを指に乗せて電話マークをタップし──すぐに響き始めた呼び出し音に紛れて、もう一つため息を重ねた。

 

「………」

 

 ──きっちりスリーコールを数えた頃、ブツリと繋がる電子音が鼓膜を刺す。

 開通してしまった電話口に向けて滲み出す淀んだ空気。

 重苦しい卑屈さを隠そうともせず、渇いた唇を舌で舐めた。

 これも全部、あのポンコツ娘のせい(ため)だ──と、自己暗示を繰り返しながら。

 

「もしもし、俺だ。葛城だ」

 

『   、    。

          ?』

 

「……ああ、そのファインドフィートについてだ。

 落ち着けよ、崎川トレーナー」

 

 

 

 ■

 

 

 

 明くる日。

 ファインドフィートが見やる窓の外では粉雪が降りしきり、トレセン学園の敷地も一面純白模様で染め上げられていた。

 それはまるで粉砂糖を視界の果てまで振りかけたようにも見えて、単純な脳みそは途端に甘いものを求めて暴れだす。

 しかし湧き出た欲求を押し殺すためにか、色とりどりの飾りを掴んだ指先に焦点を絞り合わせた。

 ショッピングモールで適当に購入したガーランド(紐と旗の壁飾り)。赤青黄色で星々を象ったウォールステッカー。

 それらの真新しい装飾品で壁と壁を繋いで見せて、満足気に小さく頷く。

 

 本来なら前日までに準備しておくべき事かもしれないが──まぁ、学生同士のホームパーティー。そう気にするべき事でも無いのだろうか。

 そもそも()()()()()ファインドフィートには良し悪しを量る天秤(判断基準)さえ無いのだが……これはこれでなんとなく楽しいので、とりあえず悪くはないだろうと認識していた。

 

「──よいしょ、っと。

 ね、準備はこんなところで良いかな?」

 

「はい。購入済み物品の全配置を確認しました。

 つまり、クリスマスパーティーの開催準備完了です」

 

 クリスマス仕様の部屋に集ったのはファインドフィート、ミホノブルボン、そしてトウカイテイオー。

 一人のゲストを迎えた寮の一室は、甘い香りと穏やかな空気で密に満たされていた。

 

 各々の作業を終えればすぐさま部屋の中枢に鎮座するコタツに脚を差し入れて、3対の耳を突き合わせる。

 エアコンが故障していた(ミホノブルボンがリモコンに触ってしまった)せいで冷え切った身体だが、淡い熱気のおかげですぐに優しくほぐされ、冷気も疲れもとろけていくようだった。

 もちろん、こたつ内部の発熱部分は保護カバーで隔離済みである。

 もしも仮にミホノブルボンのつま先が触れてしまえば──自責の念に駆られた彼女が"しょんぼり(やる気が下がった!)"してしまうのは想像に難くない。

 

「っと、そういう訳で~。

 このワガハイが音頭をとってしんぜよう~!」

 

「わー」

 

 トウカイテイオーの宣言に合わせて、パチパチパチと白い手を打ち鳴らす。

 ファインドフィートに追従したミホノブルボンも合わせてパチパチパチと手を振るった。

 

 二人のノリに気を良くしたらしいトウカイテイオーは徐にはちみーを突き上げて──。

 "あれ、クリスマスってこんな感じだっけ?"と今更ながらに疑念を湧き上がらせてしまう。

 ……が、そのあたりはどうでもいい事だ。

 頭脳明晰なるトウカイテイオーはすぐさま"まあいっか!"と自己完結を済ませて、不敵な笑みを満面に浮かべた。

 

「メリー・クリスマス!!」

 

「システム、オールグリーン。

 特殊弾頭可食クラッカー弾、発射します」

 

「わー」

 

 パンパンパン!と発射された手持ちクラッカー(崎川トレーナー作)。

 白と赤と青で構成されたトリコロールの紙吹雪が宙を舞い、パーティー会場(寮の自室)を一層華やかな雰囲気に飾り立てた。

 瞬きの間にカラフルな色彩に埋め尽くされた部屋。ベッドの上まで侵食した紙吹雪。

 それらを見たミホノブルボンが満足気に尻尾を振るう。ブンブンである。

 子供じみた──というより大型犬のような先輩だなぁ、と感想を抱くのはもう何度目になるのか。

 ファインドフィートが覚えている限り一度や二度どころではない。つまり"たくさん"である。

 

「……あっ、この紙吹雪ホントに食べれるんですね」

 

「ちょちょっ!フィート躊躇い無さすぎじゃない!?」

 

「テイオーさん。

 私は嘘をつかない事をこれまでの学園生活で実証しています。

 つまり、信用されているという事です」

 

「わぁ……ブルボンってばまた姉面してるよ……」

 

 ただ単に"なるほど食べれるのか。じゃあ食べよう"と思考放棄した結果というだけである。

 食欲旺盛なファインドフィートは先輩二人が騒いでいる様子を尻目に、本能に従って近くの皿へ指先を伸ばし始めていた。

 

「これは中々……」

 

 まず口の中に含んだのはチョコレートシート。

 もっきゅもっきゅと頬張り溶かしてじっくり味わい、そこからはちみーを流し込んでさらなる甘味で口腔を満たす。

 次いでこたつの上に広げられた皿の一つからクッキーを一枚──だと寂しかったので、やっぱり三枚ほど口に放り込み、もう一度もっしゃもっしゃと頬を膨らませた。

 

「あっ、これとかも美味しいよ!駅前のカフェの新作ショートケーキ!」

 

「むぐっ」

 

 ──そしてまた口の中が空になったかと思えば、間髪入れずに放り込まれるふわふわの生地。あまあまのクリーム。

 濃厚な牛乳の甘みが舌に絡みつき、しかしクドくなる寸前でいちごのさっぱりとした酸味が調和のもとに弾けた。

 職人が綿密な計算と緻密な配合を求めて手掛けたのだろう努力の結晶だ。

 パーティーが始まってすぐでありながらも、既にファインドフィートは極楽浄土の心地である。

 

「ほらほら、美味しいでしょ〜!

 マックイーンイチオシなんだよ、このショートケーキ!」

 

 今日このケーキを買いに行った際には、何故か店に入らず立ち往生していたのだが──いや、深くは考えまい。

 メジロマックイーンも()()()()()()()()()()()()()()らしいスイーツは驚くほど美味しかった。それでいいのだ。

 再度フォークをケーキに突き刺し切り分けて、今度はミホノブルボンに突き出した。

 そして、ややあって開かれた口に栄養補給。

 今のトウカイテイオーの気分は動物園の飼育員そのもの。担当エリアは──たぶん、柴犬ふれあいコーナーとか、そのあたりである。

 

「あっ、そういえばなんだけど!

 フィートは有マ記念見に来るの?」

 

「……んぐっ?」

 

「飲み込んでからでいいよ……」

 

 コクコクと頷きを返しながらひとしきり噛みほぐし、舌で味わう。

 そしてさらなる甘味(はちみー)で洗い流してほっと一息

 

 唇に残るクリームをぺろりと舐めとり、ようやくトウカイテイオーに顔を向ける。

 ミホノブルボンはニンジンキャンディーと格闘中のため音声ミュート。

 "今の彼女"と"ほねっこに齧りつく柴犬"はきっと、そっくりさんコンテストに出ても違和感が無いほど瓜二つだった。

 

「……まぁ、その……応援に行きますよ。

 折角ですから、ね」

 

「………!!

 フィートさん、私に対する声援コマンドの実行を推奨します。

 人々による応援の声はウマ娘のパフォーマンスを著しく向上させるモノと、過去のログが証明しています」

 

「ええ~!?

 フィートが応援するのはボクでしょ!?

 この無敵のテイオー様を応援せずして、一体誰を応援するっていうのさ!」

 

「私です」

 

 ふんすと大きく胸を張り、無言のままの宣戦布告。

 それに負けじとトウカイテイオーも目を吊り上げて開戦宣言。

 ファインドフィートはわれ関せずと言った態度ではちみーを啜り、"争いは同レベルの者同士でしか発生しない"と独りごちた。

 事実として、二人とも有マ記念に出走する優駿なのだから……そう、あながち間違いでもないかもしれない。

 何にせよ、だ。

 こうして争う様を見る限りでは、そのような"怪物"同士では無く野生動物が仲良くじゃれているようにしか見えなくて──なんとも不思議な限りであった。

 

「……応援していますよ、お二人共」

 

 ともあれ、ファインドフィートは自分の()()二人を応援したいだけ。

 だから彼女等に対する世間一般での呼び名なんてものは、全く一切関係のないことだ。

 

 じゅここここ。音を立ててはちみーを啜る。

 この場で飲むはちみーは、何故かいつもよりも一層美味しく感じるような──そんな気がした。

 

 

 

 

 




ファインドフィート
学年:中等部
所属寮:栗東寮

身長:163cm
体重:重くない(自己申告)
誕生日(修正前)()11月15日(11月22日)

・得意なこと
星座を見つけること
・苦手なこと
泳ぐこと


ファインドフィートのヒミツ①
実は、サメ映画が好き。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。