【本編完結】心臓継承ウマ娘   作:豚ゴリラ

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ハレーション・ライフ

 

 

「私は反対します」

 

 鋭い響きで、ナタのように振り下ろされる。

 ソファーに寝っ転がったぼくの、腹のあたり。ソファーの側面に背を預けたブルボン先輩が、振り返りながら口先を尖らせていた。

 行儀の悪いぼくを咎めて、であればまだ柔らかいものになったのだろうが、残念ながらそうではない。

 正当性は彼女にあって、たぶん、ぼくはそれを持っていない。

 その優位性を知ったうえでの振る舞いか、ブルボン先輩は深く澄んだ瞳を薄っすらと歪ませて、ぼくの顔を覗き込んだ。

 

「『あれら』にされた事を忘れたとは言わせません。もし、そのAI三女神が『あれら』と無関係なのだとしても──私は、認めません。可能性が小数点以下しかないとしても、可能性として存在する以上断じて許容できません。……分かりますね、瞳」

「ブルボン先輩の言いたいことは……もちろん、分かりはしますけど……」

「……大変結構です。では葛城トレーナーと大マスターには断りの連絡を入れてください。今すぐに、です」

 

 反対自体は、予想していた。

 ブルボン先輩は女神さまのことを知っている数少ない人物だ。実際に顔を合わせたこともあるらしい。

 その時は『海』のひと──あの、ちぐはぐで中途半端なひとだったというから、たぶんそうひどい面は見ていないはずだけれど。

 ……そのはずなのに、予想していたよりも、圧が強い。

 携帯を差し出す手にもその思いの丈が籠もっていて、今にも弾け飛びそうだ。

 それがぼくの携帯でなければ良かったのに、なんて、現実逃避をしてしまうほどに。

 

「でもブルボン先輩、もし仮にあの人たちに似ているのであれば実用化なんて考えないと思いますよ。いくら言葉で取り繕っても中身は誰にでも分かりますし、顔をあわせた開発した方だって問題ないと判断したんですから──」

「関係ありません」

「う……」

 

 なんだか、聞き分けのない子供になった気分だった。

 とりつく島もない。完全にシャットアウトされている。

 どうにかして怒りの城塞を突き崩そうにも、さて、どうしたものか。

 こちらの武器は詭弁と屁理屈と希望的観測論ぐらい。こんな物をぶつけたところで、正当性の城を突き崩すには到底力不足。ぼくの意見が通るはずもない。

 

「……第一、瞳。なぜ、あなたはそれに関わろうとしているのですか。あなたも──あなたこそが、最も忌避感を覚えているはずです」

 

 どうして、と覗き込んでくる。

 返す口を開きかけて、詰まった。言葉になり損なった吐息が漏れた。

 少しの逡巡があった。ほんのちょっぴりの後ろめたさのせいだった。

 なぜ後ろめたさがあるのかすら分からなくて、だからそれを、迷いと一緒に飲み込む。

 そのせいで、新しく組み立てた言葉にはつまさきほどの迷いが混入していた。

 

「たしかに、通理は通らないのかもしれません。こんなことを考えているわたしがおかしいのかもしれません。……でも」

 

 吐息で区切り、一度目を瞑る。

 そうすると今でも思い出せる。

 女神さま達の顔や、粘着質な言葉や視線、ぼくに触れた手つき、恐ろしい気配。ひととは決定的に違う価値観と、ゆえに漂うひとでなしの匂い。

 

 AI三女神はきっと、彼女等とは無関係だ。女神さま達は消えたから、当然別人──別神だ。

 だからたまたま同じ名札をつけてるだけの、まったくの別人。

 ……だとしても、名札が同じという事実こそが問題なのだ。ぼくにだって、それぐらいは分かる。

 それでも、だから、求めてしまう。

 

「わたしは、確かめなくちゃいけない」

 

 ブルボン先輩の手を握った。

 このあたたかい手が、恐怖を薄めてくれる。

 だから、こうして欲張ってしまうのかもしれない。

 

「もしかするとお母さんとお父さんのことを思い出せるかもしれない。もう二度と戻らないはずだった何かが、戻ってくるかもしれない。……あのひと達が何を思って、わたしに触れていたのかも、もしかしたら」

 

 今も忘れたままの、ふたりの記憶。

 女神さまにとられて、そのままどこかに消えていった過去。

 

 今更のことだ。

 

 けれど、ふたりのことを大切に思えるのは、もうぼくしかいない。

 手を伸ばせるのも、手を伸ばしたいと思えるのも、ぼくしかいない。……そんなの、さみしいじゃないか。

 誰にも認められないのは、とても悲しくて、とても苦しくて、どうしようもなくさみしいことだ。

 だからせめてぼくぐらいは──なんて想うのは、そんなに変なことだろうか。

 

 ぼくはただ、自分にしてもらったことを自分以外のだれかにもしてあげたい。

 それは善いことのはずだ。

 だって、ほら。

 ぼくはいま、こんなにも満たされているのだから。

 

「だから……だから、だめ、でしょうか」

「確証はありますか?彼女たちが本当にただのAIで、特別な力など何もないことの。そして、瞳に害意を持たないことの確証は」

「……それは、ないですけど」

 

 でも、ブルボン先輩がいう確証とやらを得るには結局、顔をあわせるしかなくて。

 しかしブルボン先輩は、その顔をあわせるという前段階が許容できないらしい。

 手詰まりだ。どうしようもないことは、いやでも分かる。

 そのどうしようもないことをどうしようもないままにしたくないのも事実で、だからこうして顔を突き合わせている。打開の策なんて、何もないくせに。

 

「……どうしても、だめでしょうか」

「駄目です。どうしても、駄目です」

「…………」

 

 薄い霧のような沈黙が、ぼくらのまわりに纏わりつく。

 重くはない。ただじっとりと湿って、僅かな不快感を伴う沈黙が。

 ブルボン先輩からみたぼくは、今どんな表情をしているのだろう。

 駄々をこねる子どもの顔だろうか。それともいつもの無愛想な顔だろうか。

 そのどちらであれ、きっと、さぞ見苦しい顔であることに違いはないのだろう。

 

「……。状況更新、『膠着状態』と判断します。想定される最善の手段は──」

 

 ソファーのすぐ前。ブルボン先輩は変わらずそこに座り込んだまま、ぼくの頭付近にあるカバンに手を伸ばした。

 目的は横のポケット、半分はみ出た携帯──。

 

「……瞳。手を押さえられると携帯を取り出せないのですが」

「ええ……そうですね、すみません。でもブルボン先輩、トレーナー達に電話するつもりでしょう?」

「それ以外に、何か?」

 

 でも、だって、少しくらいなら。そんなみっともない言い訳ばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。

 その消えゆく思いと同じ数だけ喉が震えて、結局なにも出てこない。

 

「手を離しなさい、瞳……構ってほしいのならあとで何時間でも構いますから……!」

「ブ、ルボン先輩が……っ、電話しないと約束してくれるのなら、離しますよ……?」

 

 言って、さらに強く押さえる。

 寝っ転がったままの不安定な体勢で、ブルボン先輩の右手首を掴んで、さらに逆の左手も押さえる。

 互いの力は五分五分だ。ブルボン先輩も中腰の姿勢で、うまく力を込められないのも一因だろう。

 ともかく、そのおかげですぐに断りの連絡を入れることはできない状態になったのだから十分だ。

 ……まぁ、そのせいでぼくからできる事もほとんど無くなったのだが。

 

「ふ、ふふ……喧嘩の続きのつもりですか?ステータス、『苛立ち』を獲得。おいたが過ぎますよ、瞳……!」

「すぐ力押しでどうにかしようとするのは良くないですよ、ブルボン先輩。十中八九問題ないんですから、もっと前向きに考えてもいいじゃないですか……!」

「いいえ、検討は不要です。ただ、三女神という呼称だけで十分です。あなたがあれに関わる必要なんて、ない……っ!」

 

 対面。ブルボン先輩の額にびきりと青筋が浮かんでいた。たぶん、ぼくも同じだろう。

 この、頭にかーっと血が昇る感覚。熱くなって、息が浅くなる感じ。

 あの山で味わった感覚を薄めた、白い熱。

 少しはしたないけれど、なんとも言えない高揚感がある。

 こうして真正面から怒られるのも、なんとなく楽しくなってくるような。

 何も言えないけど、だから一周回ってしまったような──。

 

「ブルボン先輩、そんなに怒ってると……心の健康に良くないですよ……ッ?やっぱり後輩のわたしとしては──とっても心配になっちゃうので、色々気にせず退いてくれるとありがたいんですけど……っ」

「私が、先輩で、あなたは後輩。つま、り……私が上で、あなたが、下です。調子に乗らないでください……ッ」

「こ、のッ、引退したくせにまだこんなにも……!」

 

 ぎりぎり、ぎりぎり。ぼくらの手が軋みを上げる。指の骨を締め付けあって、絡み合って、そうするうちにいつの間にかブルボン先輩はぼくの上にのしかかっていた。マウントポジションだ。

 押しのけようと腹に力を込めても、まったく動けない。

 

 つまり、わりと本気で詰みだった。おかしい。どこで間違えたのだろう。

 原因を考えても、思い浮かぶのはぼくの顔しかない。どうしようもない。

 この期に及んでもなおぼくの口から冴えた言葉は出てこない。やっぱり、どうしようもない。

 ぼくは、いくつになってもぼくのままだった。

 

 が、諦めるにはまだ早い。

 

 この部屋──暫定的なぼくの部屋の前から足音が鳴る。

 とんとんとんと一本拍子で鳴るリズムはぼくもよく知る、数少ない頼りになる大人のもの。

 

「遅くなってごめんね、ジュース持ってきた、よ……」

 

 先生だ。足音だけでわかる。ドアを開く音の響きでもわかる。

 このいかにもうだつの上がらなそうな弱気な音を出せるのは、ぼくの知る限り先生しかいない。

 その先生の声もやっぱり弱気に満ちていて、けれど穏やかな声も次第に尻すぼみになっていく。

 

 そして、沈黙はほんの少しだけ。

 すぐに気を取り直したように、あー、と戸惑いがちな声を漏らした。

 

「……あのさ、君らは何してるんだい?今どきの遊びってやつかな?」

「見て、分かりませんかせんせい……!」

「ふたりがファンの人達に見せられない顔してることしか分かんないかなぁ」

 

 まあ仲良きことは美しきかなっていうしね、なんてのほほんと笑う。

 

 ……もしかしてその目はお飾りなのだろうか。今はそれどころではないというのに。

 先生のほうに少しだけ顔を向ける。ちらりと見えた顔は、やはり緩んだままだった。

 先生も、やっぱりいくつになっても先生のままだった。

 

「くっ……!先生!ブルボン先輩を引き剥がしてください!」

「はは、ヒトミミには荷が重すぎるし勘弁してほしいな」

「この……っ、ひと──フィートの両腕を押さえてください!その隙に葛城トレーナー達に電話します!」

「だからヒトミミにはちょっと荷が重いかなって。っていうかこれ、本当にどういう状況なんだい?」

「じゃあ代わりに先生が承諾の電話をしてください!役目でしょう!」

「まぁまぁまぁ落ち着いて。いや、本当になんの話かは知らないけど急いては事を仕損じるって言うじゃないか……まずは大きく息を吸って……」

「先生!」

 

 先生はからから笑って、手に持ったお盆──チョコレートやスナック菓子、オレンジジュースが載っている──を机においた。

 そして一体何が楽しいのか、また取っ組み合いを始めたぼくとブルボン先輩の姿をじっと見つめていた。

 眩しいものを見るように、遠くのものを見るように、そっと目を細めて。

 

 ぼくは、先生が時々うかべるその顔が、あまり好きではなかった。

 

 

 ◇

 

 

「……それは、フィートさんが悪いですね」

『ひ孫さぁ、危機感ってもんが足りてないんじゃない?』

「……そう、なのでしょうか」

 

 そういえばこの前こんなことがあったんですよ、みたいに、割と軽いノリで話したつもりだった。

 けれどカフェさんと『ひいお婆ちゃん』にしてみれば軽いでは済まない話だったらしく、普通に、真面目なトーンで窘められてしまった。

 

 ブルボン先輩にカフェさんに『ひいお婆ちゃん』、三人共同じ意見のようだ。まだ話してないけど、たぶんテイオーさんでも同じだろう。

 ぼくは三女神に二度と関わるべきではないと、ものすごく真剣に諭してくる。

 その言い分には通理があって、合理的で、妥当であり、つけいる隙すらなく。

 日付も場所も違うのに、今回もぼくに言えることは殆どなかった。

 それこそできることなんてこれみよがしに拗ねて見せるぐらいだ。それ以上は無理筋であることは、もう十分に理解させられた。

 

「わたしは……別に、伊達や酔狂でこんなことを言ってるつもりはないのですが」

「なおさら問題、かと」

『バカじゃない?』

「あの、そこまでいいます?」

『言うよ。年単位で私達を振り回しちゃってさぁ~』

 

 『ひいお婆ちゃん』が頬を突っついてくる。

 劣勢なのはこちらであることは明らかだったから、何もやり返せない。頭をわしゃわしゃと撫でられてもなすがままだ。

 ひ孫に対するものというよりは犬猫に対する扱いな気はするが──まぁ、今更だった。

 

 そしてあっという間にぐしゃぐしゃになった髪の毛を、今度は一転して優しい手つきで整え始める。たまに訪れるこの時間は、ぼくは意外と嫌いじゃなかった。

 もし、ぼくに本当のおばあちゃんがいたら、こんな時間も当たり前にあったのだろうか。

 ……今まで一度もあったことがないから、本当に空虚な想像でしかないのだけれど。

 でも頭の上を過ぎ去るくすぐったさは、たぶんそういうものだ。

 

「フィートさん。たしかにあなたの言うように、AI三女神と、私達の知る三女神は別人……いえ、別神でしょう。ですがああいう前例がある以上、私達はだから大丈夫と盲信できないのです」

「……ぇ、ああ……そうですね……?」

「……聞いてませんでしたね?」

「あー……いえ、8割ぐらい聞いてました、よ?」

『嘘だよ。ホントは3割ぐらいしか聞いてないよ』

「つまり……誤差の範囲、ですね」

「…………まぁ、いいでしょう。いえ、よくはないんですが……」

 

 いって、深々とためいきを吐く。

 

「おや、フィートくんじゃないか。よく来たねぇ、元気にしてたかい?」

 

 さらに重たく、深々とためいきを吐く。

 タキオンさんの登場にあわせて刻まれた眉間の皺は、彼女のうんざりとした表情を色濃く浮かび上がらせている。

 ……しかし、そんな顔をするほどなのだろうか。

 確かに噂で聞くタキオンさんは中々トンチキなキャラに思えるが、実物は結構優しいのに。

 

「カ〜フェ〜、せっかくの客人なのにお菓子のひとつも出してないのかい?ダメじゃないか。礼儀ってものがなってないねぇ」

「……はぁ…………いけませんね、少し……足が疼いてきました」

『うわぁ顔やばいってぇ。女の子がしていい顔じゃないよカフェ。青筋浮いてるよ青筋』

 

 ……まぁ、うん。

 たぶん、ひとによりけりなのだろう。

 ひと対ひとなのだからどうしたって相性の問題はあるだろうし、それは仲が良くても存在しないとは限らない。

 ぼくからみたタキオンさんと、カフェさんからみたタキオンさんは違うのだ。互いに向ける目の色だって、同じように。

 それは、少しだけ羨ましく思える。

 

 

 ◇

 

 

「ふゥン、三女神をAIで再現……それはまた」

 

 いやはや、なんともはや。囁くように零して、それに反比例した量の角砂糖をティーカップに落とす。

 ぽちゃ、ぽちゃ、ぽちゃ、ぽちゃ。立て続けに4つ。

 

「カフェが怒ってるのもよく分かるよ。フィートくんには危機感というものが足りてないねぇ」

「今私が怒ってるのはタキオンさんに対してですが……?」

「えぇ~、そんなつれないこと言わないでおくれよ~」

「……このひとは……本当に……!」

 

 ぽちゃ、ぽちゃ。さらに2つ追加して、こぶりなスプーンでかき回す。元はきれいに透き通っていたアールグレイが白く濁った。いっそ、はたから見ているだけでも喉が灼けそうだ。

 糖分がどうとか、カロリーがどうとか、そんな些細な問題よりも先に舌の心配がくる。

 もしかしてぼくのように味覚がイカれているのか──とおもいきや、別にそういう訳ではないらしい。

 心の底から美味しそうに味わい、二度三度と呷る。

 そんなタキオンさんの姿は、なんとも筆舌に尽くしがたいものだった。

 

「ふゥン、少し足りないねぇ」

「……カフェさん、タキオンさんっていつもこんなの飲んでるんですか……?前見たときはもう少し控えめだったような……」

「ええ……あの時はトレーナーさんに禁止されてましたから、今回のは反動でしょう。

 ……流石にここまで来ると心配が勝りますが……」

『もう自分で健康破壊しにいってるでしょ。この子、将来大丈夫なのかな……』

 

 さらに4つ追加した劇物を口にして、ようやく頷きひとつ。お気に召したらしい。 

 紅茶とは名ばかりのどろどろの砂糖水だが、タキオンさんは本当にそれでいいのだろうか。

 内臓は壊れてからでは遅い、どうか自愛してほしい。何かあったときに悲しむのは当人だけでなく、周囲の人々もなのだから。

 

「で、フィートくんはご両親の記憶を思い出すキッカケにしたい。ブルボンくんやカフェは三女神に近寄るのは止めてほしい……と。まぁた拗らせてるのかい君達は」

「そう言われましても……いえ、悪いのはわたしなんですけど」

 

 とはいえ、とタキオンさんが気怠げに区切る。

 

「私は詳しいわけじゃないが、"そういう奴"なら既に何かしらのアクションを取ってきてるんじゃないのかい?」

「いえ……その事実だけで安心するのは軽率でしょう。あくまで今の相手はAI。だとするなら、コンピューター──VRシミュレーター、でしたか」

「VRウマレーターらしいです」

「そのVRウマレーターを経由しなければ干渉できない可能性もあります」

「……カフェさんの言う通りかもしれません。ですが、そもそもそういう能力がないとか、その理由がない……あるいは、本当にただのAIという可能性だってあるはずです」

「私からするとAIは所詮AIとしか思えないんだけどねぇ。疑い過ぎじゃないのかい?」

「……否定はしませんが……」

 

 けれど、言葉の裏に滲ませるように。

 鬱屈と降り積もる警戒心を舌に隠して、ぼくの首を見つめた。

 

「……万が一がありえてしまった、前科があります。一度目があった以上、二度目は絶対に防がなければなりません」

 

 過去を例に出されると、ぼくはまた否定できなくなる。

 ぼく個人で完結するなら、まだいい。けれどぼくには、他人を巻き込んだ前科があった。

 これでもし、忠告を無視したとして。

 それでまた、トレーナーやブルボン先輩、テイオーさんやカフェさん達を巻き込んでしまったとしたら。

 ……なんて、そんなもしもを考えるだけでもイヤになるぐらいには。

 

「そう、ですよね」

 

 正しさと正しさの衝突ですらないのなら、それは単なるわががまだ。

 そしてわがままには言っても許されるモノと、許されないモノの二種類がある。

 今回は、後者だ。

 

 ぼくは。

 ……ぼくの、このわがままは、誰かを巻き込んでいいものじゃない。

 もう終わったこと。終わってしまったこと。それを掘り返して得をするのはぼくだけだし、お父さんとお母さんの救いになることはない。

 だからこれは自己満足。"ゆるしを請うため"なんて言い訳すら存在しない、もっと低レベルで、子どもじみた。

 

 それはそうだ。小さく咳をするように肩を丸めて、息を吐く。

 ちょっとだけ、うなじの熱が冷えた気がした。

 

「やっぱり……最初からブルボン先輩の言う事を聞いておくべきでした。わたしが本当に正しかったことなんて、なかったのに」

「……ええ、思うことはそうして全部飲み込んで、納得してください……と。少し前の私であれば、そう言っていたところですが」

「ん……?」

 

 少し、風向きが変わった。

 カフェさんは相変わらずぼくの首元を見ながら──いや、見るだけではなく実際にその指先を滑らせて、沈むように唸る。

 

「……別に、糸が絡まってるわけではないんですよね……」

「あの……カフェさん?」

「いえ……すみません。ともかく、フィートさん自身が選んだことだというのなら、できるだけ否定はしたくありません。何かを選ぶということは、責任を負うこと。責任は……あなたの人生に、重みを与える」

 

 決してイジワルを言ってるわけじゃないんですよ、と薄く微笑んだ。

 そしてその笑顔のまま、つつーっと視線を横に滑らせる。

 仄暗い部屋の雰囲気によく溶け込む、月のような瞳を。

 

「……ですので……『お友達』に頑張ってもらおうかと。

要は誰にも知られず、悟られず、触らせず……中身を見ればいいだけです」

『えー、なんだか釈然としないなぁ……』

 

 


 

 

 ・オルコックアラビアン / 享年28才

 モチーフ / 母親

 テーマ / 空回り

 出身 / ビザンツ帝国 - コンスタンティノープル

 性格 / 悲観的

 大事なもの / 尊厳

 いらないもの / 命

 トラウマ / 飢饉

 家族構成 / 夫(享年31才) 長女(享年10才) 次女(享年10才) 三女(享年60才) 四女(享年63才) 長男(享年51才)

 目標 / 誰も傷つけずにいること。結局、叶わなかったけれど。

 

 ・■■■ - 『王冠』 / 享年21才

 モチーフ / 野次ウマ

 テーマ / 傍迷惑

 出身 / 西ゴート - トレド

 性格 / 享楽的

 大事なもの / 娯楽

 いらないもの / 暇

 トラウマ / 絞首台

 家族構成 / 父(享年44才) 母(享年22才)

 目標 / 楽しみ続けること。この願いは、叶えられてしまった。

 

 





 ・ファインドフィート(競走馬の姿(実在しない)) 4才 芦毛
 母 / ■■■■■■
 母父 / ミホノブルボン
 母母父 / オグリキャップ
 父 / ■■■■■■■
 父父 / アグネスタキオン
 脚質 / 先行、差
 成長型 / 晩成
 性格 / 頑固
 気性 / 激
 重馬場 / 鬼

 戦績
 芙蓉ステークス 1着
 ホープフルステークス 3着
 弥生賞 2着
 皐月賞 5着
 東京優駿 8着
 京都大賞典 1着
 菊花賞 3着
 日経杯 1着
 宝塚記念 2着 予後不良
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