転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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クリストファーの妻、リゼッテさんの話。
フリーデリーケは5歳。












あなたの面影

 

 

どこか温かく乾いた風が吹いて、鮮やかな緑の葉が揺れる。優しい日の光がコードウェル家の庭に降り注いだ。澄んだような空気が満ちて、静寂の空間が広がっている。

 

そんな庭の美しい光景をリゼッテ・コードウェルはソファの上でぼんやりと眺めていた。今、この部屋にいるのはリゼッテ1人だけだ。夫は別室で書類仕事をしており、娘はリゼッテの実家に遊びに行き、息子は別室でお昼寝中である。

リゼッテはため息を落とすと、庭から視線を外し、テーブルの上をチラリと見た。そこには折り畳まれた一枚の紙が乗っている。数週間後に催される、とあるパーティーの招待状だ。息子を妊娠し、そして出産してからしばらくはパーティーやお茶会などの催し物は控えていたが、徐々に出席を再開しつつある。伯爵夫人であるリゼッテにとって、社交は大事な仕事であり義務だ。

だが……

「行きたくないわぁ……」

本音が勝手に唇から零れた。うんざりしながら手で額を押さえる。

 

別にパーティーそのものが嫌なわけではない。貴族の端くれとして、幼い頃からパーティーやお茶会には何度も参加している。華やかな場には慣れているし、仲のいい友人・知人と交流するのは楽しい時間だ。

問題は主催者の事だ。

今回のパーティーの主催者の親族には、とある人物がいる。学園時代の同級生であるその女性のことが、リゼッテはとても苦手だった。その女性が学生時代に影でリゼッテの事を『ゴリラ』とか『野生児令嬢』などと呼んで笑っていた事を知っている。抗議するのも馬鹿馬鹿しくて無視していたが、腹が立たなかった訳ではない。まあそれに関しては、多分、当時の彼女はクリストファーの事が好きで、リゼッテに対して八つ当たりとやっかみでそんなことを言っていたのだろうと見当はついている。できれば会いたくないが、今回のパーティーに出席したら顔を合わせてしまうのは明白だった。

「あーあ……」

貴婦人らしからぬ声がまた出てしまった。

パーティーで見たくもない顔を見るより、もっと有意義なことに時間を使いたい、というのが本音である。

夫と過ごす時間を増やしたいし、今は昼寝している息子ともっと遊びたい、それに長女が熱心になっている剣術の様子も見てあげたい……

そう考えていたその時、バタバタと足音が聞こえた。

「かあさま!」

ノックもなしにドアを開けて入ってきたのは、長女のフリーデリーケだった。朝からリゼッテの実家に遊びに行っていたが、いつの間にか帰ってきたらしい。

「あら、おかえりなさーい」

リゼッテが声をかけるとフリーデリーケは元気よく、

「ただいまもどりました!!」

とハキハキ答えた。今日のフリーデリーケはドレスではなく、白いシャツに黒いパンツという華やかさの欠片もない服装をしている。手には木製でできた剣が握られていた。後ろでまとめられた長い金髪を揺らしながら、リゼッテに駆け寄ってくる。太陽のように明るい笑顔を浮かべながら言葉を重ねた。

「かあさまっ!あのねっ、きょう、おじいさまにほめられたの!」

我が娘、相変わらず顔がいい~。

夫と同じ紫色の瞳を見つめながらリゼッテは心の中で呟いた。

 

愛娘・フリーデリーケの容姿は完全に父親似である。人形のように愛らしく、優美で涼やか顔立ちはクリストファーに生き写しだ。恐らく、クリストファーが小さい頃はこんな感じだったのだろう、と思う。金糸のような輝く髪や、透き通ったような紫の瞳も、何もかもがクリストファーにそっくりだった。リゼッテがお腹を痛めて生んだというのに、リゼッテの要素は全くない。

──と思っていたのだが……

『あの子は、まっすぐで、大らかで……とにかく自由すぎる。性格は、本当に君によく似ているよ』

などと述べたのは夫のクリストファーである。

リゼッテ自身も最近の娘の様子を見てそう思い始めた。

フリーデリーケは少し前までは、とても大人しく内気で、家族以外の前ではほとんど口を開かない少女であった。何事にも消極的で、自分の感情を表現することを何よりも苦手としていた。

そんな一人娘を、クリストファーとリゼッテはとても心配していた。この性格では、将来苦労することは明白である。良好な人間関係を築くことは不可能だろうし、それ以前に友人を作ることさえ難しいかもしれない。

しかし、そんな夫婦の不安は、すぐに解消されることになる。

きっかけは4歳のフリーデリーケに、リゼッテの実家で剣術を習わせた事だった。リゼッテの父親や兄、その弟子達に習いながら、フリーデリーケは剣に触れ、その楽しさに目覚めたらしい。徐々に自分の感情を表に出して、よく話し、よく笑うようになった。

恐らくは同じ時期に、リゼッテが長男を生んだ事も大きかったのだろう。護るべき存在である弟ができたことから、フリーデリーケは以前よりも格段に明るく、快活な少女となった。

無邪気に笑いながら、木でできた剣を振り回し、家中を駆け回るようになったやんちゃな娘を見て、リゼッテは苦笑する。

その姿はまさに、少女時代のリゼッテの姿そのものだった。代々騎士をしている家に産まれたリゼッテもまた、幼い頃から剣を握り活発に走り回る少女だったのだ。

「それでね、かあさま、おじいさまがこんどはうまにのせてくれるって!かあさまは、うまにさわったこと、ある?」

「もちろんよ~。お母様は乗馬で森を散歩するのが好きだったわ」

リゼッテの言葉を聞いたフリーデリーケの表情がもっと輝いた。

「わたくしも、うまにのってさんぽがしたい!」

無邪気にそう言う娘の頭を、リゼッテは優しく撫でる。

その時、部屋の扉がコンコンと音を立てた。

「リーケ、ここにいる?」

そう声をかけながら、夫であるクリストファーが扉の向こうから顔を出した。妻と娘の姿を目にして、その優美な顔が綻ぶ。

「とうさま、どうしたの?」

今の時間、クリストファーは大抵仕事をしている。それをよく理解しているフリーデリーケは首をかしげた。

クリストファーは微笑みながら、部屋に足を踏み入れた。1冊の本を手に持ち、フリーデリーケに差し出す。

「これ、ウェンディから。リーケに贈られてきたよ。新しい本だって」

「ウェンディおば様から!?」

フリーデリーケは目を輝かせながら、クリストファーに駆け寄った。本を受け取ると、嬉しそうに微笑む。

「ウェンディ様の本、大好き。こんどはどんなおはなしかなぁ?」

「感想を手紙に書いて送ってあげよう。きっと喜ぶよ」

クリストファーがそう言うとフリーデリーケは、

「うん!」

と大きく頷く。そんな愛娘の頭を優しく撫でる夫と目を合わせ、リゼッテもまた微笑んだ。

 

 

 

 

それから数日後、リゼッテは1人で屋敷内を歩いていた。娘の姿を探しながら、図書室へと足を進める。恐らくは、フリーデリーケはそこにいるだろう。

コードウェル家の図書室は、前までは義妹であるウェンディ専用の書庫だった。ウェンディが屋敷を出て引っ越した現在は、家族共有の図書室になっている。

図書室に到着するとすぐに扉をノックした。

「リーケ、いる?」

そう声をかけながら、扉を開けた。

予想通り、フリーデリーケは図書室の中にいた。窓辺に座り、本を読んでいる。

その姿を目にして、リゼッテは一瞬ハッとして固まった。目を見開き、息を飲む。

 

窓辺で読書をする娘の姿は、義妹であるウェンディにそっくりだった。

 

元々クリストファーとウェンディの兄妹は容姿はあまり似ていない。それ故に、クリストファーそっくりのフリーデリーケは、ウェンディとは全然顔立ちが違う。

なのに、時々フリーデリーケにウェンディの面影を感じる事がある。ちょっとした仕草や雰囲気がそっくりなのだ。特に今のように集中して本を読んでいる姿が──

「……」

リゼッテは静かに娘を見つめながら、義妹のことを懐かしく思う。彼女も、よくこの窓辺で本を読んでいた。あまりにも本に夢中になっていたので、声をかけるのさえ躊躇ったのを思い出す。

 

──難しい子だった。本当に。

 

義妹であるウェンディ・コードウェルは、冷静で、静かで、どこか人間離れした美しさを持っている少女だった。常に礼儀正しく、貴族としての品格と教養もある素晴らしい子だったが、他人に対して決して心を開くことはしなかった。

最初にリゼッテと会った時は、目も合わせてくれなかった気がする。その顔には警戒心と不安が浮かんでいた。リゼッテが挨拶をすると、固い声で頭を下げたが、それ以降は口を開くことさえしなかった。

クリストファーと結婚して、一緒に暮らすようになってからも、ウェンディはほとんど話をしてくれなかった。あちらから話しかけてくれることはなかったし、リゼッテの方が話しかけても、ウェンディは硬直してほとんど口を開いてくれないので頭を抱えた。クリストファーを介しながら手探りでコミュニケーションを取るしかなかった。

結局のところ、ウェンディは孤独を愛する女性であり、他人と深く関わるのを避けており、そもそも仲良くなることを望んでいなかった。リゼッテの事を嫌ってはいないようだが、必要以上に親しくなりたくなかったのだろう。それを察してからは、リゼッテはウェンディに対して深くは踏み込まず、常に一定の距離を保って慎重に接するようになった。

そんなリゼッテの対応は正解だったらしい。相変わらず会話が弾むことはなかったが、共に暮らすうちにウェンディのリゼッテに対する警戒心は徐々に消えていった。少なくともリゼッテが話しかけても硬直する事はなくなった。きちんと目を合わせてくれるし、屋敷内で会うと挨拶をして軽い会話はできるようになった。

心から仲良くなることはできないかもしれないが、お互い困った時に助け合えるくらいの家族にはなれるだろうと思った。

──クリストファーとウェンディの関係がこじれにこじれて、長らく不和の状態が続いた時は、流石に頭を抱えたが。

「……」

リゼッテは当時の事を思い出して、小さなため息をついた。あれは本当に大変だった。屋敷の中が張り詰めていて、クリストファーとウェンディの間は常にピリピリとしていた。いつも冷静で、ほとんど話さない静かなウェンディが、実はかなり過激で気性が荒いということをその時初めて知ることになった。対立していた2人の間に挟まれ、気を配ることは、リゼッテにとってもかなりきつい役目だった。ほとんど会話をしなくなった2人の間に立ち、顔色を伺いながら仲裁をするのは本当に疲れる仕事だった。

現在はなんとか関係を修復しつつある兄妹だが、また喧嘩でもしたら今度こそリゼッテは夫の襟元を掴みそのまま投げ飛ばすかもしれない。

「かあさま?どうしたの?」

ふと気がつくと、フリーデリーケがこちらに顔を向けていた。本を開いたままリゼッテをまっすぐに見ている。

リゼッテは苦笑しながら部屋に入り、そのまま娘のそばに腰を下ろした。小さく笑いながら声を出す。

「ふふ、なんだか昔の事を思い出しちゃった」

「え?」

フリーデリーケは不思議そうに首をかしげた。そんな可愛らしい娘の顔をリゼッテはしばらく無言で見つめる。

「おかあさま?」

フリーデリーケに声をかけられ、リゼッテは一瞬目を閉じる。すぐに瞳を開くと、娘の頭を軽く撫でた。

「リーケ」

「なあに?」

リゼッテは躊躇ってから言葉を続けた。

「あなたに婚約のお話が来ているの……私はまだ早いと思うし、お父様も迷ってるみたいだけど」

そう言うと、フリーデリーケは目を見開いた。

「けっこんするの?わたくしが?」

その問いかけに、リゼッテは笑いながら首を横に振った。

「まだしないわよ。結婚するのは大人になってから……大人になったら結婚しましょうって約束をするのよ」

フリーデリーケは戸惑ったように瞬きをして、本を閉じた。リゼッテは幼い子でも分かるように慎重に言葉を重ねた。

「正直とてもいいお話なの……私も一度会ったことあるんだけど、あなたと同じ年で、優しくて穏やかな男の子よ。立派な家柄だしね」

フリーデリーケはリゼッテの話を聞いても、戸惑いと不安が混ざったような表情をしていた。そんな娘を安心させるようにリゼッテは手を握る。

「まだどうなるかは分からないけど、今度相手の方とパーティーで会うことになると思うから。その時にお話をしてみてね」

リゼッテは再び軽くフリーデリーケの頭を撫でて、額に小さくキスをした。そのまま立ち上がると、

「読書の邪魔をしてごめんなさい。夕食の時間を忘れないようになさいね」

そう言葉をかけ、図書室から出ていった。

残されたフリーデリーケは途方に暮れたような顔で口を開く。

「こんやく……」

窓に視線を向ける。遠くを見つめるように、小さく呟いた。

「わたくしは、したくない……こんやくなんて……」

囁くような小さな声が口から漏れる。

その言葉に答えてくれる者はいなかった。

 

 

 

 

 






おまけの裏設定
裏表がなくおおらかなリゼッテはとてもコミュ力が高い。ウェンディとクリストファーがギスギスしていた時期、コードウェル家がなんとか平穏を保っていたのは大体この人のおかげ。そのため、コードウェル家の使用人達から絶大な人気があり、クリストファーよりも信頼されている。
騎士団長である父親と、騎士団に所属する兄が3人いる。全員ムキムキマッチョのゴリラ。ちなみにリゼッテはムキムキではないし、「私は別に鍛えてないわぁ。普通の人間よ~」などと言うが、片手でリンゴが潰せる。















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