転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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執事の話

 

 

誕生日の翌日は、クリストファーは何やら忙しいらしく、不在だった。レベッカは仕事のためにウェンディの部屋へと入る。入った瞬間、ガチャン、ガチャンと不思議な金属音が聞こえて、レベッカは驚いた。机の上で、ウェンディがゆっくりと小さな機械を動かしていた。

 

「お嬢様、それは……?」

 

見慣れない機械に驚いて声をかけると、ウェンディがその機械から目を離さず答えた。

 

「たいぷらいた!」

 

「たい……、あ、タイプライターですか」

 

「それ!おにいさまからの、たんじょうびの、ぷれぜんと」

 

そう答えながらも、ウェンディは真剣な表情で手を動かし続けている。レベッカは手元を覗き込みながら、言葉を続けた。

 

「なんだか、難しそうですね」

 

「うん。でも、なれたら、もっとはやくうてそう」

 

「これで、お手紙を書くんですか?」

 

「う、ううーん、そうね……」

 

ウェンディがなぜか曖昧に答えながら、一度手を止める。そして、大きく息を吐き、レベッカの方へと視線を向けた。

 

「ベッカ、かみをむすんで」

 

その命令に、レベッカは笑いながら大きく答えた。

 

「はい」

 

ウェンディがレースのリボンを差し出してくる。

 

「リボンもつけて」

 

「かしこまりました」

 

レベッカは自分が贈ったレースのリボンを手に取り、微笑んだ。

 

ウェンディの後ろへと回り、柔らかい金髪を櫛でとかす。

 

「前から思ってましたが、綺麗な髪ですね」

 

「えへへ」

 

会話を交わしながら、丁寧に編み込み、最後にリボンを結んだ。ふと、ウェンディが着ているワンピースドレスの隙間から見える小さな肩へと視線が止まり、驚きで目を見開いた。

 

「お、お嬢様……」

 

「なあに?」

 

「痣が、広がっていませんか……?」

 

元々、ウェンディの赤い痣は四肢全体に見られていたが、腕の痣が肩の方へと明らかに広がっていた。

 

「うん、そうね」

 

ウェンディがあっさりとそう言って軽く頷いたため、ギョッとする。ウェンディはレベッカの方へと怪訝な顔を向けた。

 

「しらなかったの?このあざ、どんどんひろがっているの」

 

「えっ……そ、そうなんですか?」

 

「うん。……ちいさいころから、すこしずつ、からだにひろがってる」

 

初めて知る事実に、ショックを受け、固まってしまった。

 

「そ、そうなんですか……」

 

どう答えればいいのか分からず、やっとのことで声を出した。

 

ウェンディはレベッカから顔をそらして、鏡で髪型を確認すると、再びタイプライターと向き合った。

 

「ベッカ、おちゃ、いれてくれる?」

 

そう声をかけられ、慌てて返事をした。

 

「は、はい。かしこまりました」

 

暗くなった表情を誤魔化すように立ち上がり、お茶の準備を始めた。ウェンディは無表情でタイプライターで文字の入力を行っている。その顔は何を考えているのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、レベッカは庭に出るために廊下を一人で歩いていた。今日の仕事は、ウェンディの夕食を運べば、終了だ。夕食を持っていくついでに、ウェンディの部屋に新しく花が飾ろうと考え、花をもらうため、庭へと向かっていた。

 

「……」

 

昨日、ウェンディの前で痣のことで思わず動揺してしまい、嫌な思いをさせたかもしれない。廊下を歩きながら、唇を噛んで顔をしかめる。後悔しても、もう遅い。とにかく、ウェンディの気が少しでも晴れるように可愛い花を部屋に飾ろう、と考えていた時、声をかけられた。

 

「こんにちは」

 

ハッとして振り向く。そこに立っていたのは背の高い青年だった。黒い執事服をに身につけ、眼鏡をかけている。どことなく冷たい雰囲気を持った青年だった。見覚えのある顔だ。誰だっけ?と一瞬眉をひそめ、すぐに思い出した。

 

「あ、クリストファー様の……」

 

「はい。専属執事を務めさせて頂いております、リードと申します」

 

リードと名乗った執事はそう挨拶をして軽く頭を下げた。レベッカも慌てて口を開く。

 

「こ、こんにちは。レベッカ・リオンと申します」

 

挨拶を返し、チラリと顔を見た。クリストファーに付き従い、身の回りの世話をしているらしい専属執事だ。よくクリストファーの後ろに控え、時折ウェンディの部屋で食事をする時は、必ず彼が中心となり食事を準備していた。

 

「えーと、どうされましたか?」

 

声をかけられたことに戸惑いながら尋ねると、リードはこちらを見つめながら口を開いた。

 

「……申し訳ないのですが」

 

「はい?」

 

「備品庫の方に、荷物を取りに行きたいのですが、手伝っていただけないでしょうか?」

 

そう頼まれて、レベッカは慌てて頷いた。

 

「承知しました」

 

リードは軽く頷き、そのままクルリと背中を向けて備品庫へと向かう。レベッカはリードの後から付いていった。

 

なんとなく冷たくて怖い人だなぁ、とぼんやり考えながら歩いていると、リードが口を開いた。

 

「――ウェンディ様の」

 

「は、はい?」

 

ウェンディの名前が突然出てきたため、驚いて声をあげる。リードはチラリとレベッカを振り返り、正面へ顔を向けると、言葉を続けた。

 

「ウェンディ様のお世話は大変でしょう」

 

「……いえ」

 

「最長記録です」

 

その言葉に、レベッカはキョトンとした。

 

「はい?」

 

「ウェンディ様の世話係としては、最長記録です。大抵の人間は、あの痣を怖がり、近づくのを嫌がります。ほとんどは、半年も持ちません。ですから、こんなにも長く世話係が続いたのは、あなたが初めてです」

 

「……」

 

リードが何を言いたいのか分からず、レベッカは無言で彼を見つめ返した。リードは再びレベッカをチラリと見て、口を開いた。

 

「坊っちゃんも、あなたを気に入っているようです」

 

「……坊っちゃん?」

 

聞き慣れない言葉が出てきたため、一瞬戸惑うが、すぐに坊っちゃんというのがクリストファーの事だと気づいた。どう反応すればいいのか分からず、取りあえず口を開いた。

 

「えーと、……光栄です」

 

「……」

 

またリードがこちらへ視線を向けた。一体何が言いたいのだろう、とまた首をかしげる。すると、リードが突然足を止めた。レベッカへ正面から顔を向けて、口を開く。

 

「――ウェンディ様の世話を続けても、これ以上坊っちゃんには近づけませんし、相手にされませんよ」

 

その言葉にレベッカはポカンとした。

 

「――えっ?」

 

「ですから、坊っちゃんは、あなたのことをウェンディ様の世話人としか見ていません。坊っちゃんの関心を引くのが目的であれば、早く諦めた方がいいと思います」

 

一瞬意味が分からず混乱した。

 

そして、すぐに、リードから勘違いされていることに気づく。クリストファーに近づくために、ウェンディの世話をしていると思われているらしい。

 

「――めんどくさっ」

 

思わずボソッと心の声が漏れて、リードがギョッとしたような顔をした。

 

「は?」

 

レベッカは慌てて頭を下げる。

 

「失礼しました」

 

そして、頭を上げて、口を開いた。

 

「えーと、ウェンディ様のことは、本当に可愛らしくて、……お側で世話をさせていただくのは、楽しいです。でも、あの、クリストファー様のことは、……えー、いつもお世話になっておりますが、そのー……、正直、興味はないです」

 

「……興味がない?」

 

「あ、えっと、はっきり言って、……えー、どうでもいいです」

 

「……どうでもいい?」

 

「はい」

 

レベッカはリードをまっすぐに見据え、言葉を重ねた。

 

「ウェンディ様の、そばにいたいと思いました。守ってあげたい、と思いました。寄り添いたいと思いました。私が世話人を務めさせていただいている理由は、――それだけです」

 

リードが何かを言おうとして口を開くが、すぐに気圧されたように口を閉じた。

 

「……」

 

「……」

 

廊下のど真ん中でしばらく沈黙が続いた。リードが冷たい瞳でこちらを見つめ続けるので、視線をそらしそうになる。どうしよう、と悩んでいると、ようやくリードが動いた。

 

「大変失礼いたしました」

 

深々と頭を下げられ、謝罪される。

 

「あ、ええっと」

 

レベッカは戸惑いオロオロした。

 

「申し訳ありませんでした。無礼をお許しください。私の、勘違いだったようですね……」

 

「あ、あの、別に気にしていません。顔を上げてください!」

 

レベッカがそう言うと、リードがゆっくりと顔を上げた。そして、レベッカを見て柔らかく微笑んだ。

 

「――あなたは、優しい人ですね。ウェンディ様が仰ってた通りです」

 

「え、えーと、お嬢様が、私の事をそう言ってたんですか?」

 

「はい。クリストファー様への手紙に書いてあったそうです。あなたが、優しくて温かい人だと」

 

その言葉に、思わず頬が緩んだ。リードがそんなレベッカを見つめながら、言葉を続けた。

 

「申し訳ありません。――何度か、坊っちゃん目当てでウェンディ様に近づこうとした使用人がいたもので」

 

「あ、……そうなんですか」

 

「しかし、どの使用人も、あの痣と呪いの噂に怯え、すぐに逃げました」

 

またリードが歩き始め、レベッカも話を聞きながら一緒に歩いた。

 

「喜ぶべき、でしたね。ウェンディ様が、坊っちゃん以外に信頼できる方と、知り合えたことに」

 

「……」

 

「しかし、――どうしても心配で。あなたの目的が、もしもクリストファー様ならば、ウェンディ様が大いに傷つくだろうと思うと……」

 

「リードさんは、クリストファー様とウェンディ様を、大切に思っていらっしゃるんですね」

 

思わず口を挟むと、リードは軽く頷いた。

 

「私は、昔からこの屋敷に仕えていまして……お二人の事はよく知っています」

 

備品庫に到着し、荷物を持ちながらもリードの言葉は続いた。

 

「元々、私は従者としてこの屋敷で働いていたんですが、クリストファー様に頼まれて、専属の執事として一緒に学園に行くことになったんです」

 

「では、普段は学園で生活しているんですか?」

 

「はい。レベッカさんと同じ、お世話係ですよ」

 

リードが微笑みながらそう言った。笑ったら随分と印象がちがうな、と思いつつ共に廊下を歩き、荷物を運び終わった。

 

再び庭に向かうため、リードに声をかけようとしたその時、リードが真剣な顔をして口を開いた。

 

「レベッカさん。クリストファー様は、ウェンディ様の呪いを解くためにありとあらゆる努力をなさっています」

 

その言葉に、レベッカは目を見開き、恐る恐る尋ねた。

 

「……お嬢様の呪いは、解けるんですか?」

 

リードが目を伏せて、小さな声で答える。

 

「分かりません。しかし、クリストファー様は、絶対に諦めないでしょう」

 

そして深く頭を下げた。

 

「どうか、ウェンディ様を支えて上げてください。とても、とても、――このうえなく不幸な方なのです」

 

リードの言葉を聞いて、レベッカはずっと誰にも聞けなかったことを問いかけた。

 

「……あの、そもそも呪いって何なんですか?」

 

「……」

 

リードは一瞬顔をしかめたが、また顔を伏せ、首を横に振った。

 

「……私の口からはお答え致しかねます」

 

そして、再び深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません」

 

恐らく、リードは何かを知っているようだが、絶対に答えるつもりはないのだ、ということが分かった。レベッカもうつむきながら、声を出した。

 

「……いえ。私の方こそ申し訳ありませんでした。急に、こんなことを聞いて……」

 

レベッカは暗い表情のままその場から立ち去る。その背中をリードが静かに見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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