転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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「おにいさま!」

 

ウェンディの部屋へ入ると、クリストファーの顔を見た瞬間、ウェンディの顔が輝いた。そのまま、駆け寄ってきて、クリストファーに抱きつく。

 

「どうしてここにいるの?」

 

「ウェンディの様子を見に帰ってきたんだよ。元気そうでよかった」

 

ウェンディを見つめながら、クリストファーは顔を綻ばせた。

 

「いつまで、いられるの?」

 

「あまり長くは無理なんだ。明日には学園に戻るよ」

 

その言葉にウェンディはガッカリした表情をした。

 

「そんなに?もっとここにいればいいのに……」

 

「ごめんね。その代わり、今日は一緒に過ごそう。この前の時は、ウェンディと全然話せなかったからね」

 

クリストファーがそう言うと、ウェンディは少しだけ笑った。

 

「レベッカ、お茶を入れてくれる?」

 

「はい」

 

クリストファーに命じられて、レベッカはすぐに動いた。お茶やお菓子を準備するために、キッチンへと向かう。

 

キッチンでは、なぜか使用人達がザワザワとしていたため、不思議に思ったが、クリストファーとウェンディを待たせたくなかったので、素早くお茶の準備を済ませるとすぐにキッチンから抜け出した。

 

「それじゃあ、どこまで書いたんだい?」

 

「あのね、あのね、たいぷらいたで――」

 

部屋に入ると、ソファで楽しげに話していたウェンディはレベッカの姿を見て、ハッとした顔で口をつぐんだ。

 

ウェンディの様子に首をかしげながら、レベッカは頭を下げた。

 

「お待たせいたしました。クリストファー様、お嬢様」

 

すぐに頭を上げて、ソファへと近づき、お茶やお菓子をテーブルに並べる。

 

「ああ、美味しそうだな。新しい料理人は、甘いものを作るのが得意だと聞いたから、楽しみだ」

 

テーブルに並べられた焼き菓子を見て、クリストファーが嬉しそうな声を出す。そして、クッキーを一つ頬張ると、すぐに口元を緩めた。

 

「うん、美味しいな。気に入ったよ。いくらでも食べられそうだ」

 

「おにいさま、あいかわらず、あまいものがおすきね」

 

ウェンディも楽しげに笑いながら、カップを手に取りお茶を飲む。その姿を眺めながら、レベッカはふと辺りを見回し口を開いた。

 

「そういえば、リードさんは……?」

 

いつもクリストファーに付き従っている執事の姿が見えないため、そう尋ねるとクリストファーは苦笑しながら手をヒラヒラと振った。

 

「休みを取って、奥方とデートさ。2人きりで会うのは久しぶりだから、嬉しそうだったよ」

 

「ああ……」

 

だから先程のキッチンでキャリーの姿を見なかったのか、と納得してレベッカも苦笑した。

 

クリストファーとウェンディはしばらくそのままソファで楽しげに話していたが、やがてクリストファーが何かを思い出したような顔をして声をあげて、立ち上がった。

 

「あ、そういえばウェンディにまた何冊か本を買っていたんだった……」

 

ウェンディがそれを聞いて、また嬉しそうに手を合わせた。

 

「ほんとう?うれしい!」

 

「僕の部屋に荷物と一緒に置きっぱなしだったよ。すぐに持ってこよう。レベッカ、たくさんあるから、少し手伝ってもらっていい?」

 

そう声をかけられて、レベッカはすぐに頷いた。

 

「承知しました」

 

そのままクリストファーと共に部屋を出た。

 

クリストファーと共に並んで廊下を歩く。レベッカが無言で付き従うように歩を進めていると、クリストファーが口を開いた。

 

「ウェンディは随分変わった」

 

レベッカがそちらに視線を向けると、クリストファーは感慨深そうに言葉を続けた。

 

「前よりも身長が伸びて、ふっくらとしている。9歳とは思えないくらい小さかったけど、少しずつ成長しているんだね。何よりも、口数が多くなったし、表情が豊かになってきている」

 

「――そうでしょうか?」

 

「君のおかげだよ、レベッカ」

 

クリストファーはレベッカへ、輝くような笑顔を向けてきた。

 

「ウェンディが変わったのは、君のおかげだ」

 

「――私は、何も……」

 

「君がウェンディに寄り添ってくれたからだ。君が、そばにいてくれたからこそ、妹はあんなにも変わることができた」

 

「……」

 

レベッカは何と答えればいいか分からず、無言になる。そんなレベッカに構わず、廊下の真ん中で、クリストファーは足を止めた。そして、レベッカの顔を真っ直ぐに見つめて、頭を下げた。

 

「ありがとう、レベッカ」

 

「あ、あの、頭を上げてください!」

 

レベッカはクリストファーの行動に動揺して、慌てて声をあげる。頭を下げるクリストファーから目をそらし、モジモジと手を動かした。クリストファーは顔を上げると、レベッカを見つめながら、言葉を重ねた。

 

「本当に、感謝しているよ。君がいなければ、きっと妹は――」

 

その時、クリストファーの言葉がピタリと止まった。レベッカが眉をひそめながら顔を上げる。そしてギョッとした。クリストファーの瞳には、見たことないほどの凄まじい怒りと憎しみが宿っていた。その視線はレベッカの後ろへと向いている。

 

レベッカが慌ててそちらを振り返ると、そこには、

 

「――あっ」

 

コードウェル伯爵が見知らぬ女性と手を組んで、ニヤつきながら廊下を歩いていた。

 

伯爵も屋敷に戻っていたのか、とレベッカは驚く。そして、先程のキッチンで使用人達が騒いでいた理由を瞬時に悟った。普段滅多に帰ってこない伯爵とクリストファーが同時に帰ってきたのだから、みんなが驚いていたのか、と考えていると、コードウェル伯爵がこちらへ気づいたのか視線を向けてきた。クリストファーの姿を見た瞬間、嫌な笑みを浮かべていた伯爵の顔が強張る。

 

「――行こう」

 

クリストファーが硬い声を出して、レベッカの手を取った。そのまま伯爵を無視するように、背中を向け、レベッカの手を引っ張るように歩き出す。

 

「あ、あの、クリストファー様?」

 

しばらくクリストファーに引っ張られるまま歩いていたが、クリストファーがあまりにも酷い顔をしているので、レベッカは声をかけた。その声に反応するように、ようやくクリストファーは足を止める。そして、振り向いて、伯爵の姿が見えなくなったのを確認すると、大きなため息をついた。

 

「レベッカ、すまなかった」

 

そのままレベッカの手を離し、頭を抱える。

 

「まさか、あの男もここに戻っていたなんて」

 

自分の父親を、あの男、と呼んだことにレベッカが戸惑っていると、またクリストファーはため息をついた。

 

「最悪だ……今日は楽しい1日になるはずだったのに」

 

「あ、あの――」

 

クリストファーの様子に首をかしげながら、レベッカは声を出した。

 

「あの、クリストファー様も、お嬢様も、伯爵様が……その、苦手、なんでしょうか?」

 

「……」

 

クリストファーが何も答えずに、思い切り顔をしかめたため、レベッカは慌てて言葉を続けた。

 

「も、申し訳ありませんっ……私、失礼な事を――」

 

「苦手どころか」

 

クリストファーがレベッカから顔をそらして口を開いた。

 

「この世で一番嫌いだね」

 

吐き捨てるようなその言葉に、レベッカは眉をひそめた。

 

「嫌い、ですか……」

 

「自分の親とは思いたくない。あの男の血が自分の体に流れていると思い出すだけで、吐きそうになる。できることなら二度と顔を見たくない。この世から消えてほしい」

 

「……」

 

普段温厚なクリストファーから信じられないほどの言葉が飛び出して、レベッカは目を見開いた。

 

「父とは絶対に呼びたくない。身勝手で、独善的で……自分の欲望しか考えていない、本当に気持ち悪い男だ。レベッカ、あの男には近づいてはいけないよ。あの男のせいで、ウェンディは――」

 

クリストファーがハッとしたように言葉を止めた。レベッカが戸惑いながら、その姿を見つめていると、クリストファーは自分を落ち着かせるように深呼吸をする。そして、弱々しく微笑んだ。

 

「――ごめんね。こんな事を君に言ってしまって……」

 

「……いえ」

 

「とにかく、レベッカ、あの男には関わらないように。さあ、行こう」

 

そして、クリストファーは気を取り直したように、自分の部屋へと歩き出した。レベッカも慌ててクリストファーを追いかけるように足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コードウェル伯爵は、その日の午後にすぐに出ていったらしい。それを聞いたクリストファーは安心したような顔をしていた。一方ウェンディは、1日中兄と過ごすことができたため、楽しかったのか機嫌よくニコニコとしていた。

 

その次の日、別れを惜しみながらもクリストファーは学園へと戻ってしまった。レベッカはウェンディが落ち込まないかと心配だったが、思ったほどウェンディは落胆していなかった。

 

「おにいさま、すぐにもどってくるって、いってたから。だいじょうぶ」

 

心配そうな顔をするレベッカに、ウェンディはそう言って笑った。

 

なぜクリストファーはあんなにも父親の事を憎んでるのだろう。レベッカは難しい顔をして廊下の掃除をしつつ、物思いに耽っていた。いつも優しく穏やかなクリストファーが、伯爵に対してあんなにも強い憎しみを持っているなんて。何か、とても大きな確執があるとしか思えない。一体、過去に何が起きたのだろうか。

 

『あの男のせいで、ウェンディは――』

 

クリストファーの最後の言葉が気になって仕方ない。ウェンディと何の関係があるのだろうか。

 

もしかして――

 

レベッカが考えをまとめようとしたその時だった。

 

「あ、あの、レベッカさん」

 

後ろから名前を呼ばれた。慌てて振り向くと、そこには、コック服を着ている麦藁色の髪の青年が立っていた。

 

「えーと……?」

 

レベッカは首をかしげた。名前は知らないが、キッチンで顔を何度か見た事がある。最近雇われたらしい若い料理人だ。

 

「あ、あの!俺、ロックっていいます!」

 

ロックと名乗った、赤い顔で自己紹介をする青年にレベッカは困惑しながら自分も言葉を返した。

 

「あ、どうも……レベッカです。あの、何か御用でしょうか……?」

 

「あ、えっと、あの、……聞きたいことがあって……」

 

ロックはソワソワとした様子で口を何度も開いたり閉じたりしている。その様子にレベッカが首をかしげていると、ロックは躊躇いながらも、拳を握り大きな声を出した。

 

「あ、あの!えっと、……どうしても、気になって……昨日の、焼き菓子、俺が作ったんですけど、……その、クリストファー様は何か仰っていましたか?俺、クリストファー様が、俺の作ったお菓子をお気に召したかどうか、どうしても知りたくて……」

 

レベッカはその言葉に少し驚きながらも、苦笑し、安心させるように声を出した。

 

「はい。美味しいと仰っていましたよ。とても気に入ったみたいでした」

 

レベッカの言葉に、ロックの顔がパッと輝いた。そして、感極まったようにレベッカの右手を強く握った。

 

「あ、ありがとう!ありがとう!」

 

「え、ええ……」

 

「俺、まだまだ半人前だし、自信がなくて……でも、これからも頑張れそうだ!本当にありがとう!」

 

あまりにも嬉しそうなその様子に、レベッカの顔も自然と綻んだ。

 

「よかったですねぇ」

 

その顔を見たロックの顔がますます赤くなる。そして、思い切った様子で再び口を開いた。

 

「あ、あの、もしよければ、今度食事でも――」

 

その時、大きな声が響いた。

 

「ベッカ!!」

 

鋭い声に慌てて振り向く。そこには、怒りに満ちた表情のウェンディが立っていた。

 

「あ、お嬢様――」

 

ウェンディはズンズンとレベッカとロックの方へと近づいてきた。そして、レベッカの手を握るロックの手を睨む。そして、小さな手を伸ばすと、ロックからレベッカの手を強引に離した。そのままレベッカの手を引っ張る。

 

「こっちきて」

 

「え、えっと――」

 

レベッカが動けずにオロオロしていると、再び鋭い声が飛んできた。

 

「わたくしのめいれいをききなさい!」

 

「は、はい!」

 

慌ててウェンディに引っ張られるまま歩き始める。少しだけ振り向いて、ロックへ軽く頭を下げた。ロックはウェンディとレベッカの姿をポカンとした顔で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのー、お嬢様?」

 

ウェンディの部屋へ入ると、すぐにソファへ座らされた。ウェンディはレベッカの膝へと座ると、すぐに抱きついてきた。

 

「お嬢様?どうされました?」

 

レベッカが声をかけても、ウェンディは何も答えない。ただ、レベッカを抱き締める腕に力がこもる。

 

レベッカがおずおずとその小さな身体を抱き締め返す。すると、ウェンディから少しだけ力が抜けた。

 

「お嬢様?」

 

レベッカが再び声をかけると、ようやくウェンディがレベッカから身体を離す。

 

そして、レベッカを睨むように見つめながら、今度は両手でレベッカの右手を握った。

 

レベッカの右手を、小さな手でにぎにぎと揉むように握る。そのまま、唇を尖らせて、レベッカの右手を握り、見つめ続けた。

 

「どうしたんです?」

 

レベッカが首をかしげながらまた声をかけた時、ようやくウェンディが口を開いた。

 

「いまの、ひと」

 

「え?」

 

「いま、ベッカのてをにぎってた、ひと」

 

ウェンディは強い視線をレベッカの顔を向けた。

 

「あのひとと、しゃべらないで。ちかづかないで。めもあわせるのも、ダメ」

 

「ええ……?」

 

その言葉に、レベッカは驚いて声を出した。

 

「いや、無理ですよ」

 

「なんで!」

 

「あの方はこの屋敷の使用人で、料理人ですから……一緒に仕事をしているんです。ですから、お嬢様の命令でも、それは無理です」

 

「……うー!」

 

ウェンディが奇妙な声を出しながら、ポカポカとレベッカを叩いてきた。

 

「それでも!ダメ!ダメなの!!」

 

「お、お嬢様」

 

「わたくしのベッカにちかづくなんて、ゆるせない!!ぜったいに、ダメ!!」

 

癇癪を起こしたようなウェンディの手を、レベッカは掴みながら、呆れたように声を出した。

 

「いや、しかしですね……話すのも近づくのも目を合わせるのも禁止というのは、流石に仕事に支障がでますので……私がクビになっちゃいます」

 

「……!それはもっとダメ!!」

 

ウェンディが叫ぶようにそう言って、頬を膨らませた。

 

その様子にレベッカは苦笑すると、今度は自分からウェンディの手を握った。

 

「……分かりました。それでは、仕事以外では、できるだけあの方と話さないようにします」

 

「……」

 

「今回はそれで許していただけないでしょうか?」

 

「……」

 

「お嬢様、お願いします」

 

レベッカが困ったようにそう言うと、ウェンディは大きく息を吐いて、小さく声を出した。

 

「―――しかたないわね」

 

レベッカはその言葉に微笑んだ。

 

「感謝いたします、お嬢様」

 

「でも、ほんとうに、おしごといがいでははなしては、ダメよ。さっきみたいに、さわらせたら、ゆるさないんだから」

 

「はい」

 

レベッカが頷くと、ウェンディは怒りが治まったのか、再びレベッカの胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

 

これもまた嫉妬なのかな? と思いつつ、ウェンディの背中を優しく撫でる。その時、小さな囁きが聞こえた。

 

「――ときどき」

 

「はい?」

 

「ときどきね、ふしぎな、きもちになるの」

 

「不思議な気持ち……?」

 

「あのね」

 

ウェンディがレベッカの胸から顔を上げる。その瞳を見て、レベッカの心臓は大きく脈打った。ウェンディのその美しいエメラルドの瞳は、とても強くて鋭くて、恐ろしいほどの眼光を放っていて――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのね、ときどき、ね。……ベッカに、くびわをつけたくなるの。わたくし、へんかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり獣みたいな瞳だ、とレベッカは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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