転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

24 / 104
おやすみなさい

 

 

 

 

「――ハイディがかけた、“呪い”とは何なのか。今でも詳細は分からない」

 

クリストファーは淡々と感情のこもらない声で話を続けた。

 

「当時事件を目撃した使用人はウェンディを怖がって、ほとんどが辞めてしまった。……今では、事件の事を知る者は、この屋敷の中でもごく僅かだ」

 

そして、苦悩するように顔を歪めて、ゆっくりと息を吐いた。

 

「ウェンディが生まれたその日から、多くの魔術師や医師に見せた。しかし、誰もあんな不気味な痣は見たことがないと言った。僕も、あらゆる文献や資料を探し、目を通したが、身体に痣が出てくるという呪いは、いまだに発見できていない」

 

クリストファーは周囲の本をチラリと見て、再びレベッカへと顔を向けた。

 

「これが過去に伯爵家で起きた事件の全てだ。ウェンディの“呪いの痣”は、ある家族の幸せを……伯爵が故意に壊した結果なんだ」

 

「……そんなの、そんなのって」

 

クリストファーの話を聞き終わったレベッカは、声を震わせながら叫んだ。

 

「お嬢様は、ただ巻き添えを食らっただけじゃないですか!」

 

「ああ、その通りだ」

 

クリストファーは顔をしかめて頷いた。

 

「ウェンディは、伯爵の娘というだけで、巻き込まれてしまった」

 

そして、クリストファーは頭を抱えながら顔を下へと向けた。

 

「……呪いの痣のせいで、ウェンディは生まれた時から様々な物を失い、諦めてきた。他人から忌み嫌われ、恐れられ、普通の生活を送ることさえできず、ずっと閉じこもったままだ。……ウェンディの母親は、伯爵の女遊びに失望し、更にはそれが事件へと繋がってしまった事に対して激怒した。そして、自分が生んだ娘に不気味な痣が出た事を気味悪がって、屋敷を出ていった。今ではもう、ほとんどここへ帰ってこない。ウェンディは、きっともう、母親の顔さえ覚えていない……」

 

クリストファーは絞り出すように声を出し、拳を握るとテーブルを強く叩いた。

 

「ハイディは一つだけ見誤っていた。あの男は、誰よりもクズだ。ハイディは伯爵を苦しめるために、娘であるウェンディを標的にしたが……伯爵は、自分の事しか考えていない。家族の事を何とも思ってなんかいない。血の繋がった子どもでさえ、あの男にとって道具でしかないんだ。自分のせいで娘が苦しんでいるというのに、反省もしていない。見て見ぬふりをして、問題から目をそらしたまま、前と変わらず遊んで暮らしている。僕が問い詰めたら、あのロクデナシは、こう言ったんだ。“自分に呪いがかからなくて本当によかった”って。……この手で、殺してやりたいほど憎いよ……」

 

怒りの炎を燃やしているクリストファーに、レベッカは恐る恐る尋ねた。

 

「……あの、この事をお嬢様は――」

 

「言ってない」

 

クリストファーは首を横に振った。

 

「まだ幼いウェンディに、どう事情を話せばいいか分からなくて、……あの子は何も知らないんだ。僕の口から、いつかは説明しなければならないとは分かっているが……」

 

そして、大きくため息をついた。

 

「――レベッカ。この事は誰にも言わないでくれ。周囲の人間にはもちろん、ウェンディにも。折を見て、僕からきちんと話すから」

 

「……はい」

 

小さく返事をすると、クリストファーは真剣な顔で真っ直ぐにレベッカを見据えて言葉を続けた。

 

「僕は必ず、呪いの正体を突き止めるつもりだ。そして、必ず、ウェンディを救ってみせる。だからレベッカ、どうか、これからもウェンディを支えてくれ」

 

「……」

 

「あの子には、君が必要なんだ。どうか、そばにいてあげてくれ」

 

「――はい」

 

レベッカが頷くと、クリストファーは少しだけ唇を緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私室へと戻った後、すぐにベッドにもぐり込んだが、全然眠れなかった。目を閉じたまま、物思いに耽り、何度も寝返りを打つ。クリストファーから聞かされた話がグルグルと脳内を駆け巡った。

 

どうにかしてウェンディにかけられた呪いを解きたい。苦しんでいるウェンディの力になりたい。

 

だけど、自分に何ができるだろう。そばで支えることしか、できないなんて。

 

無力感に打ちのめされて、思わず呻きそうになった。何もできないことがこんなにもつらいだなんて。

 

どうすればいいのだろう。お嬢様のために、自分にも何かできることがあるはずだ。

 

もしも、できることがあるのなら――

 

「眠れないの?」

 

ハッとして、瞳を開く。いつの間にか、ベッドの上にウェンディがいて、不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。

 

「お、お嬢様?」

 

レベッカは驚いて声を出した。

 

「ベッカがまだ起きているの、めずらしい。いっつも、すーぴー、じゅくすい、してるのに」

 

ウェンディがクスクスと笑いながらそう言って、レベッカは困ったような顔をしながら身体を起こした。

 

「またここに来たんですか……?」

 

「ん。いっしょに、寝ようと思って」

 

ニッコリ笑うウェンディに、レベッカは小さく息をついて、口を開いた。

 

「お嬢様、メイドの部屋で主人が寝るのは……」

 

いつも通り、説教を始めようとしたその時、ウェンディが不思議そうな顔で首をかしげた。

 

「ベッカ、何かあった?」

 

「――はい?」

 

レベッカは言葉を止めて、同じように首をかしげた。

 

「何か、とは?」

 

「ベッカ、なんだか、元気ない。何かあった?」

 

そう指摘されて、レベッカはグッと言葉に詰まる。慌てたように思わずウェンディから顔をそらして、手を振った。

 

「そんなこと、ありませんよ。ちょっと、その、なんというか、疲れているだけで――」

 

どう見ても挙動不審に言い訳をするレベッカを、ウェンディは無言で見つめる。そして、

 

「ベッカ」

 

「は、はい?」

 

「ここに、寝て」

 

突如、ウェンディがそう言いながらベッドの上を指差す。レベッカはキョトンとしながら言葉を返した。

 

「え?何ですか、突然……」

 

「いいから、ここに寝なさい!」

 

「は、はい」

 

強い口調でそう命令されて、反射的に返事をする。言われた通りその場に横たわった。

 

「えっと、お嬢様――」

 

レベッカがウェンディに話しかけたその時、小さな手が伸びてきた。

 

「――え」

 

ウェンディが、横たわったレベッカの頭を撫で始めた。優しく労るように、何度も撫でてくれる。

 

「あの、お嬢様……?」

 

レベッカが戸惑いながら、目の前のウェンディを見つめると、ウェンディが少し不安そうな表情で口を開いた。

 

「――ベッカ、これで、元気になる?」

 

「はい?」

 

「私は、ベッカにこうやって撫でられたら、とっても、うれしくて、元気になるの。ベッカは、私に撫でられたら、うれしい?元気になる?」

 

ウェンディの言葉に、胸が詰まった。元気のないレベッカを気遣って、ウェンディはなんとか励まそうとしてくれたのだろう。その気持ちが、心から嬉しくて、涙が出そうになった。

 

レベッカは少し笑って、口を開いた。

 

「……本当、ですね。とても、本当にとても元気になりましたよ」

 

レベッカがそう言うと、ウェンディの顔が輝いた。

 

「じゃあ、今度から、ベッカが元気がない時は、私が撫でてあげる!」

 

「……たいへん、嬉しく存じます。ありがとうございます、お嬢様」

 

レベッカが微笑むと、ウェンディは真剣な顔で大きく頷いた。

 

ウェンディに頭を撫でられるうちに、目蓋が重くなってきた。強烈な眠気が襲ってくるのを感じて、意識がぼんやりしてくる。

 

ああ、ダメなのに。お嬢様を部屋へと送らなければならないのに――

 

そう思ったのに、眠気に逆らえなかった。ゆっくりとレベッカの瞳は完全に閉じられる。

 

そして、夢の中へと意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ベッカ?」

 

完全に眠ってしまったレベッカにウェンディは声をかける。疲れているのか、レベッカはその声に覚醒することもなく、ぐっすりと眠っていた。

 

「……」

 

穏やかな寝顔のメイドを、ウェンディは無言で見つめる。そして不意に、レベッカの長い黒髪を一房、掬うように手に取った。そのまま顔に近づけて、瞳を閉じて、髪の匂いを楽しむ。そして、チラリとレベッカの顔に視線を向けた後、自分の唇を髪に押し付けた。軽いリップ音が響く。

 

レベッカが起きる様子はない。ウェンディは眠り続けるレベッカを見つめながら、髪から手を離した。そのまま、いそいそとベッドへもぐり込み、レベッカに抱きつく。そして、

 

「――おやすみなさい、ベッカ。いい夢を」

 

小さく囁いて、幸せそうに微笑みながらゆっくり瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。