転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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予兆

 

 

『姉さん』

 

大好きな、声がした。

 

『姉さん、姉さん、ハイディ姉さん!』

 

誰よりも大切な人物がこちらへと駆けてくる。

 

私の、半身。

 

私の、全て。

 

姉さん、と呼ばれるだけで、幸せだった。

 

『見て!庭にお花が咲いていたの。綺麗でしょう?』

 

うん、綺麗だね、と笑うと、あの子も笑う。

 

ああ、なんて、綺麗な笑顔なんだろう。

 

あなたと一緒にいられたら、私は何もいらなかった。

 

『ねえ、お母さんに持っていきましょう。きっと喜ぶわ』

 

この笑顔を守りたかった。

 

世界で一番、守りたかったの。

 

『姉さん』

 

誰よりも大切な、私の妹――、

 

『私ね、仕事が決まったの。村長さんの紹介で。とてもお給金がいいのよ。きっとお母さんも助かるわ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コードウェル伯爵家で働くの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レベッカが目を覚ましたら、隣にウェンディが寝ていた。もはや、それは日常的な事なので、驚かない。しかし、

 

「――ダメ、……っ、ダメ……っ」

 

「お嬢様?」

 

苦しそうに唸されており、呼び掛けたが覚醒する様子はなかった。

 

「お嬢様!お嬢様!」

 

少し大きな声で呼び掛けながら、身体を揺らす。するとウェンディはようやくハッとしたように飛び起きた。

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

レベッカが声をかけると、ウェンディはすぐにレベッカに飛び付いてきた。

 

「お嬢様?」

 

「こ、こわい、夢を見た」

 

ガタガタと身体を震わせながら、ウェンディが小さな声を出した。

 

「また、例の女性の、夢ですか?」

 

レベッカが尋ねると、ウェンディはブンブンと首を横に振った。

 

「ち、ちがう。よく分からない、けど、泣きたいくらい、悲しくて、こわい夢……っ」

 

そのままウェンディはレベッカに抱きつきながら、泣きじゃくった。

 

「……ベッカ、……ベッカ……っ」

 

レベッカは静かにウェンディを抱き締めながら、頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリストファーが学園へ去ってから、穏やかな風のように、時が流れた。しかし、コードウェル家では不吉な予感が姿を徐々に現し始め、レベッカもさざ波のような嫌な胸騒ぎを感じつつあった。

 

ウェンディの身体の痣が、徐々に色が濃くなり続けているのだ。それと同時に、ウェンディは時々体調を崩すようになった。

 

「なんか、ね……たまに、むねが、くるしい……それに、すごく、だるい……」

 

そう訴え、一日中部屋で寝る日もあった。

 

医師を呼び、診察をしてもらったが、診断は前と同じく、『特に異常無し』だった。

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

レベッカが声をかけると、ベッドの上でウェンディは弱々しく微笑んだ。

 

「うん……きっと、ちょっと疲れている、だけ」

 

そう言いながらも、ウェンディの顔色は明らかに悪い。

 

「ベッカ、手を握って」

 

「はい」

 

レベッカがウェンディの手を優しく握ると、ウェンディは嬉しそうに微笑む。レベッカはこんなことしか出来ない自分を歯がゆく思い、思わず泣きそうになるのを必死にこらえた。

 

ウェンディが寝たら、すぐにクリストファーに手紙を書いて報告しよう。レベッカはそう考えながら、ウェンディの手を握り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、魔法学園のサロンにて、クリストファーは一人静かに、呪術に関する書物を読んでいた。

 

「やあ、クリス」

 

そこに数人の女性を引き連れて、エヴァンがやって来た。朗らかに声をかけてきたエヴァンをチラリと見るが、すぐに本へと視線を戻す。

 

「何か用か?僕は忙しいんだが」

 

「いやいや、ちょっと課題を手伝ってくれないかな~と思って……」

 

「女遊びをやめたら考えてやろう」

 

クリストファーがキッパリと言い放つと、エヴァンは大きくため息をついて、周囲の女性達に声をかけた。

 

「ごめんね、みんな。今日はここまで。また遊ぼうね」

 

女性達にニッコリと笑うと、彼女達は不満そうにしながらも離れていった。

 

エヴァンはクリストファーに向かい合うようにソファへ座ると、言葉を続けた。

 

「実はさ、課題の事だけじゃなくて、クリスに頼みがあって――」

 

「今度はどこの女だ?またどこかの人妻か?」

 

「ちがうって!!もうあんな失敗はしないよ!!まだ根に持っているのか……」

 

クリストファーがジロリとエヴァンを睨むと、エヴァンは誤魔化すように笑い、言葉を続けた。

 

「あのさ、紹介したい女の子がいて……」

 

「断る」

 

「まだどんな子か言ってないじゃないか!!」

 

「僕に女を宛がうつもりなら、僕達の友情もこれまでだな。エヴァン、さようなら」

 

「いやいやいや!早まらないでくれよ!そういうのじゃないんだって!!その子は君とどうしても話がしたいって言っているんだ!!」

 

エヴァンが大きく叫んだその時だった。

 

「あの、お話中、すみません。失礼します……」

 

そう言いながら、誰かが入ってきた。クリストファーは振り返り、目を見開く。

 

そこに立っていたのは、大きな眼鏡をかけた小柄な女生徒だった。

 

「君は……」

 

クリストファーが小さく声を出すと、エヴァンが気を取り直したように、彼女の隣に立って口を開いた。

 

「紹介するよ。彼女の名前は――」

 

「いや、知っている」

 

クリストファーはエヴァンを遮るように声を出し、女生徒へ向かって手を差し出した。

 

「学園創設以来の天才と呼ばれている彼女の事を知らないわけがないだろう。初めまして……トゥルー・ベル」

 

トゥルー・ベルと呼ばれた少女は小さく笑いながらクリストファーと握手を交わした。

 

「初めまして、クリストファー様。クリストファー様のお噂はかねがね伺っております。本日は、エヴァン様の紹介でこちらへ参りました。貴重なお時間を頂き、感謝致します」

 

「僕の噂?」

 

クリストファーはトゥルーにソファを勧めながら、首をかしげた。トゥルーはソファに腰を下ろして、微笑みながら頷いた。

 

「はい。とても優秀で真面目な方だと……それに、クリストファー様が昨年書いた論文を拝見しました。とても感銘を受けました」

 

その言葉にクリストファーは苦笑して首を横に振った。

 

「いや、僕の論文なんて、君に比べたらたいしたことはない。君の事は、よく知っているよ。魔道具の研究家として有名なアーロン・ベル男爵の愛娘。魔力測定で前代未聞の測定値を叩きだし、数多くの分野で活躍している優等生。学生の身でありながら魔術研究所で研究員もしているという天才なんだろう?」

 

「わ、私なんて!」

 

トゥルーは慌てたように首を横に振って、照れたようにクリストファーから目をそらした。

 

「正式な、研究員ではなくて、まだ見習いです……。まだまだ未熟ですし、……それに、私より魔力の高い方はまだいますから……」

 

「えっ、そうなのか?」

 

クリストファーが目を見開くと、トゥルーは大きく頷いた。

 

「あれ?クリス、知らなかったのか?」

 

エヴァンが少し驚いたようにクリストファーへと顔を向けた。クリストファーは頷いた。

 

「ああ。確か、今までで、最高値を出したのが、彼女だと聞いていたが……」

 

その言葉にトゥルーが勢いよく首を横に振った。

 

「いえ、違うんです。実は、私と同じ年代で、私より高い測定値を記録した方がいるんです」

 

トゥルーは思い出すように上を見つめて、言葉を重ねた。

 

「確か……リオンフォール子爵の息女、キャロル・リオンフォールという方です」

 

クリストファーが眉をひそめて口を開いた。

 

「聞いたことがない名前だな……そんな生徒いたか?」

 

「いや、いないよ、クリス。その子はここに入学していないからね」

 

エヴァンがお茶を飲みながらそう言って、クリストファーは驚いたようにそちらへ顔を向けた。

 

「は?入学していない?」

 

「うん。行方不明なんだ」

 

「行方不明?」

 

クリストファーが驚いたように聞き返すと、エヴァンは苦笑した。

 

「なんだ。結構噂になったけど、クリスは知らなかったのか。キャロル・リオンフォールは何年か前に、突然失踪したんだ。大規模な捜索をしたけど、いまだに見つかっていない。目撃者がいなくてね……すぐに、捜索も打ち切りになったらしい」

 

トゥルーが残念そうな声を出した。

 

「研究家として、彼女の魔力にはとても興味があります。ぜひ、会ってみたかったです……」

 

エヴァンも小さく頷いて、言葉を重ねた。

 

「うん。国の歴史を変えるかもしれないと言われるほどの高い魔力を持っていたらしいからね……なんか、もったいないよね」

 

その言葉を聞いたクリストファーが、また首をかしげた。

 

「エヴァン、お前、妙に詳しいな」

 

「ああ、それは――」

 

エヴァンは何かを言いかけて、ハッと口をつぐんだ。

 

「いや、別にそんなの、どうでもいいじゃないか。トゥルーは、君に用があって来たんだから、話を聞いてあげてくれ」

 

そう言って誤魔化すようにお茶を一口飲む。

 

クリストファーは怪訝な顔をしながらも、トゥルーに向きなおった。

 

「それで?僕に何の用事が?」

 

トゥルーは躊躇ったような顔をしつつ、口を開いた。

 

「あの、……噂で、聞きまして。クリストファー様の、ご令妹様が、不思議な“呪い”に苦しめられている、と」

 

「……ああ」

 

クリストファーは少し顔をしかめながら、トゥルーから視線をそらした。

 

「それが、どうかした?」

 

「……あの、その“呪い”は、痣、なんですよね?」

 

トゥルーが確認するように尋ねてきて、クリストファーは困惑したような様子で頷いた。

 

「ああ、そうだけど……」

 

「全身に、広がる、赤い痣、ですか?」

 

「……ああ。奇妙な、赤い痣だよ。でも、全身じゃない。手足からどんどん広がっているんだ……」

 

その話を聞いたトゥルーは何かを考えるように顔を伏せた。

 

「……どうかした?」

 

クリストファーが戸惑いながら声をかけると、トゥルーはようやく顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「あの。もしかしたら、私、その痣の事を知っているかもしれません―――」

 

 

 

 

 

 

 

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