転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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失われた人々

 

 

「失われた人々、もしくは失われた民の伝承を御存じですか?」

 

トゥルーの言葉にクリストファーは眉をひそめた。エヴァンはキョトンとした顔で首をかしげる。

 

「なんだい、それ?」

 

エヴァンの問いかけに答えたのはクリストファーだった。

 

「おとぎ話だ。子ども向けの……昔読んだことがある」

 

トゥルーがその言葉に頷いた。

 

「ーー数百年前に、滅びた民族です。彼らは、人里離れた土地で静かに生きていました」

 

トゥルーがゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

ーー彼らに名前はありません。かつてはあったかも知れませんが、長い時を経て忘れ去られました。名前どころか、存在さえ知っている人間は少ないでしょう。彼らの事を記している文献もほとんどありません。伝説に近い存在なのです。

 

彼らは、小さな小さな民族でした。人里離れた緑の多い土地で、穏やかな生活を営んでいました。外の世界との接触を避け、閉鎖的な世界で彼らはひっそりと生きていました。

 

彼らの一番の特徴はその強い魔力です。彼らは生まれた時から凄まじい魔力を秘めており、独自の魔法を使いながら暮らしていました。

 

ある時、その民族を恐ろしい“怪物”が襲いました。その“怪物”に対して、彼らは自分達の持つ強い魔力を武器に、必死に戦いました。力を合わせて戦ったことで、“怪物”を退けることに成功しましたが、多くの人間が命を奪われました。生き残った人々は、“怪物”が再びやって来るのを恐れました。そして、生まれ育った土地を捨てて、どこかの国へと旅立っていきました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんというか、あやふやというか、ぼんやりしている話だな」

 

話を聞いたエヴァンが小さな声で呟き、トゥルーが苦笑した。

 

「はい。私も初めて本で読んだ時はそう思いました。なんせ“怪物”なんて出てきますしね……」

 

「それで、今の話がどうかしたの?」

 

エヴァンの問いかけに、トゥルーが少し迷ったような顔をしながら答えた。

 

「魔術の研究者として、魔力の高い民族というのは、とても興味深い存在です。数年前、私はこの伝承を研究していたんです」

 

「え?こんなおとぎ話を?」

 

クリストファーの訝しげな声に、トゥルーは頷いた。

 

「おとぎ話のようですが、数百年前、独自の魔法や魔術を使う閉鎖的な民族がいたのは事実のようです」

 

「へえ、興味深いな」

 

クリストファーは小さく呟いたが、

 

「研究の過程で、私は、失われた民の子孫を発見することができました」

 

「えっ」

 

続けられたトゥルーの言葉に驚いたような顔をした。

 

「それは、すごいな……とても大変だったんじゃないか?」

 

クリストファーがそう言うと、トゥルーが苦笑しながら頷いた。

 

「はい。とてもとても苦労しました。……それで、ですね……長い話になるので省略しますが、その子孫の方と接触した時に聞いたんです。かつて、彼らは独特の魔法や魔術を武器に“怪物”を退治しました。その魔法とは、“呪い”だそうです」

 

“呪い”という言葉にクリストファーとエヴァンがハッとした。

 

「彼らは、“怪物”に“呪い”をかけることで、退治したのです。その“呪い”にかかった“怪物”は……全身を不気味な痣で覆われ、もがき苦しみ死んでいったそうです」

 

「不気味な痣、ね……なるほど、クリスの妹の話と似ているな」

 

エヴァンがぽつりと呟き、クリストファーが勢いよく立ち上がった。

 

「それは、その“呪い”とは一体何なんだ!どうすれば、解ける!?」

 

「それはーー」

 

クリストファーの問いかけにトゥルーが答えようとしたその時、大きな音を立ててサロンの扉が開いた。珍しく焦った様子のリードが入ってくる。

 

「坊っちゃん!」

 

「リード、今大切な話をしているんだからーー」

 

クリストファーの言葉に構わず、リードが大きな声で言葉を続けた。

 

「レベッカさんから手紙が来ました!ウェンディ様に何か起きたようです!」

 

「は?」

 

リードが差し出した手紙を、クリストファーは慌てて手に取った。素早く封を開け、手紙に目を通す。そして真っ青になった。

 

「クリス?どうした?」

 

「ーーウェンディが、意識不明になったって。痣が、どんどん広がっているって……」

 

震えながらクリストファーがそう呟き、エヴァンとリードも息を呑んだ。トゥルーは一瞬目を見開くと、素早く立ち上がる。

 

「行きましょう、クリストファー様」

 

「い、行くって……」

 

「妹様の元へ。私も共に参ります。ーー準備をしてきます。クリストファー様も、早く準備を」

 

クリストファーが青い顔をしたまま、頷く。エヴァンも深刻な顔をして声をかけた。

 

「僕も行くよ。“転送”を使うからーー」

 

エヴァンの言葉にトゥルーが首を振った。

 

「いえ。“転送”の魔法なら私も出来ますので。それよりも、エヴァン様にはやっていただきたいことが」

 

「え?なんだい?」

 

「急な外出になるので、恐らく学園側はいい顔をしないでしょう。申し訳ありませんが、学園から、外出ーー、いえ、外泊の許可を取ってきていただけませんか?恐らく王子であるエヴァン様が頼めば、学園も……」

 

「了解!すぐにもぎ取ってくるよ!」

 

エヴァンが大きく頷いて、ソファから立ち上がり、急いで教務室へと走っていった。クリストファーとトゥルーもそれぞれ準備をするためにサロンから足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お嬢様……」

 

コードウェル邸にて、レベッカは泣きそうになりながらウェンディの手を握っていた。

 

数時間前、ぐったりとしていたウェンディは気を失うように眠り、起きなくなってしまった。どんなに声をかけても、目を開けない。痣の色がどんどん濃くなっていき、今は赤黒くなっていた。そして、徐々に手足から全身へと広がっていきつつある。

 

慌てて医師を呼び戻し、クリストファーへ緊急の手紙を送った。医師の診察でも、ウェンディの体の異常は原因が分からず、どうすることも出来なかった。ウェンディが眠っているベッドの周囲では他の使用人達やメイド長がオロオロしている。

 

「どうしよう、……どうすれば……」

 

レベッカの瞳から涙がこぼれる。強い魔力を持っているのに、自分にはどうすることも出来ない。そんな自分が情けなくて、不甲斐なくて、たまらなかった。

 

「お嬢様……」

 

そっと耳元で呼んでも、何の反応もない。小さな目蓋は開かれなかった。

 

『ベッカ』

 

あの声をもう聞くことは出来ないかもしれない。そう考えるだけで心臓が止まりそうになる。絶望で目の前が真っ暗になったその時だった。

 

バタバタと足音が聞こえた。

 

「ウェンディ!!」

 

飛び込むように部屋へと入ってきたのは、クリストファーだった。続けてエヴァンと、もう一人、誰かが入ってくる。

 

「ーーえ?」

 

入ってきたのは、見覚えのある少女だった。大きな街に出かけた時に出会った、妖精のような少女だ。あちらもレベッカと目が合うと、驚いたような顔をした。

 

しかし、少女はすぐにウェンディへ視線を向ける。その痣を目にして、驚いたような顔をした。

 

「ーーこれが、失われた人々の呪い……なんてこと……」

 

小さな呟きが聞こえた。

 

「ウェンディ!ウェンディ!!目を開けてくれ!!起きるんだ!!」

 

クリストファーが大きな声をあげる。その顔にいつもの落ち着きはなく、真っ青になっていた。

 

「ーークリストファー様、妹様を運んでください。ここを出ましょう」

 

少女の言葉に、レベッカはポカンと口を開けた。クリストファーも驚いたように少女の方へ顔を向ける。

 

「で、出るって……」

 

「ーーこの呪いをよく知っている人物がいます。妹様を連れて、そこへ行きましょう。もしかしたら、解呪できるかもしれません」

 

その言葉にレベッカが息を呑んだ。同時にクリストファーが勢いよく立ち上がる。

 

「よし、行こう。今すぐにでもーー」

 

レベッカは慌てて口を開いた。

 

「待って、待ってください!!私も行きます!!」

 

クリストファーが戸惑ったようにこちらへ視線を向けた。

 

「レベッカ、君はーー」

 

「お願いです!!ここで何も出来ずに、ただ待っているなんて耐えられません!どうか、どうかお嬢様のお側にいさせてください!!決して足手まといにはなりません!!だからーー」

 

必死に何度も頭を下げる。クリストファーは躊躇ったような顔をしていたが、

 

「ーーいや、それは出来ない。君を巻き込むのは……」

 

その言葉にレベッカが言い返そうとしたその時だった。

 

「クリス、彼女を連れていこう」

 

そう言ってくれたのはエヴァンだった。

 

「君の妹を、君がいない間ずっと支えていたのは彼女だろう?連れていってあげよう」

 

エヴァンの言葉に迷ったような顔をしたが、やがてゆっくりと頷いた。

 

「分かった。レベッカ、早く準備を」

 

「はい!」

 

レベッカは大きく頷くと、慌てて部屋から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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