転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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お世話係

 

 

メイド長の元へと走り、お嬢様の状態を報告する。メイド長はすぐに医者を呼ぶようにと近くの使用人へ命じ、レベッカには今日は掃除はしなくていい、と言って、お嬢様の部屋へと向かっていった。レベッカはホッとしながら、自分の持ち場である洗濯室へと戻った。

 

「あれ?レベッカ、お嬢様の部屋の掃除、もう終わったの?」

 

洗濯室へ入ると、同じ下級メイドかつルームメイトでもあるキャリーが驚いたように尋ねてきた。

 

「いえ、お嬢様のお体の調子が悪いようで……掃除はできないみたいなので……」

 

軽く首を横に振りながらそう答えると、キャリーはホッとしたように笑った。

 

「よかった。心配してたのよ」

 

レベッカはキャリーの隣へ腰を下ろし、衣服を手に取りながら問いかけた。

 

「あのー、お嬢様の呪いって……」

 

「ああ、もう見たの?呪いの痣」

 

キャリーの言葉に小さく頷き、躊躇いながら、

 

「呪いの痣って、本当ですか?」

 

衣服を洗いながらそう聞くと、キャリーは思い切り顔をしかめた。

 

「私もよく知らないの。でも、昔から王都やその周辺の街では結構有名な噂よ。触れると呪い殺される、恐ろしい痣を持つ伯爵令嬢だって」

 

 

 

ウェンディ・ティア・コードウェル

 

 

 

あの金髪の小さな少女は、そんな立派な名前の由緒正しき伯爵家の令嬢らしい。

 

「生まれた時から痣があって、ずっと部屋に閉じ籠って生活しているから、私も顔は見たことないの。いつもはメイド長とジェーンが中心になって世話をしているらしいけど……」

 

「ああ、そういえば、ジェーンさんというメイドさんがお体の調子が悪いとか……」

 

そう言うと、キャリーは苦い顔をしながら、口を開いた。

 

「あのね、今日聞いたんだけど、ジェーンは辞めるかもしれないんだって」

 

「えっ、そうなんですか?」

 

「お嬢様の世話はもう嫌だって泣き喚いて部屋に引きこもってるみたい。元々ね、お嬢様の世話係は誰もやりたがらないし、やってもみんな長続きしなくて……。ジェーンは半年は頑張ったんだけどね……、まあ、持った方だわ」

 

不気味な赤い痣を怖がって、誰もが令嬢に近づくのを拒否するらしい。

 

「ジェーンはね、元々メイド長の親戚の娘だったの。実家が困窮していたらしくて……高い給金を払うからって、メイド長に頼まれて、それで仕方なくお嬢様の世話係担当になったの。でもずーっとお嬢様の呪いが怖いって、嫌がっててね……限界が来たみたい。もうお金なんかどうでもいいからとにかく辞めさせてくれって、叫んでたらしいわ」

 

その話に若干引きつつ、レベッカは再び問いかけた。

 

「でもメイド長さんは平気なんですよね?」

 

「メイド長は昔からこの家に仕えているしね。でも、メイド長も多分お嬢様の世話をするのは嫌がってるんだと思う。それにメイド長も他の業務が忙しいから、お嬢様を一人で世話するのは流石に難しいのよ。特に最近はお嬢様の呪いを怖がって使用人はどんどん辞めていくし、新しい人はなかなか来ないしね。これからどうなるのかなー」

 

その話を聞いた時、なんだか嫌な予感がした。

 

数日後、お嬢様の病状はただの風邪であり無事に快方に向かったことと、正式にジェーンというメイドが辞めたという噂を聞いた。

 

そして、レベッカの嫌な予感は見事に的中した。

 

「レベッカ、ちょっと来て」

 

メイド長にそう呼ばれた瞬間、胸騒ぎがした。それでも逆らうことはできない。トボトボとメイド長に続いて歩き、小さな部屋に入る。そのまま部屋のソファに座るように言われて、おとなしく腰を下ろした。

 

レベッカがソファに座ると、真正面のソファに座ったメイド長が早速口を開いた。

 

「急で悪いのだけれど、お嬢様のお世話をしてほしいの」

 

あー、やっぱりか、と思いながら、顔が強張るのを抑えきれなかった。

 

「お世話、ですか……」

 

「難しいことはないわ。部屋の掃除をして、食事や必要な物を運ぶだけよ」

 

みんなが嫌がる厄介な仕事を新参者の自分に押し付けるらしい。思わずうつむくと、メイド長が慌てたように口を開いた。

 

「お嬢様の噂は聞いたかもしれないけど、呪い殺されるとか痣が移るなんて、デタラメよ。私やお嬢様の主治医は昔からお世話をしているけど、死んでないし、痣も移っていないわ」

 

メイド長は何かを誤魔化すように早口で話を続けた。

 

「私一人でお世話をするのは限界があるの。特に最近は人手が足りなくて……あなたは、平民にしては、とても礼儀正しいし、働き者だから……ぜひお願いしたいの」

 

「あの、でも、私……」

 

なんとか断れないか理由を探しながら口ごもる。

 

「引き受けてくれたら、今の倍は給金を払うわ。それに、あなた専用の一人部屋も用意するから……」

 

拝むようなその声に、とうとうレベッカは折れた。

 

「……承知しました」

 

小さな声でそう言うと、メイド長は心から安心したような顔をした。

 

「ああ、ありがとう、本当に……。早速仕事内容を説明するわね」

 

メイド長から仕事の内容を確認する。食事や必要物品の運搬、後片付け、部屋の掃除、風呂の準備など、業務としてはそれほど難しいことはない。むしろ簡単だ。

 

「お嬢様はお一人でずっと生活しているから、自分のことは自分でするのよ。むしろこちらが手出しをするのを嫌がるから……だから今説明したこと以上のことはしないでちょうだいね」

 

「はい」

 

短く返事をしながら、悲しいことだな、とひそかに思った。伯爵令嬢という高い地位を持つ少女が、他人の手出しを嫌がり、自分のことを自分でしてしまうなんて。

 

一体、今までどんな生活を送ってきたのだろう。

 

「それじゃあ、今日から、お願いね」

 

そう言われて、頷くと、メイド長はさっさと自分の持ち場へと行ってしまった。

 

大きくため息をついて自分も立ち上がる。まさか、こんなことになるなんて。でも引き受けたからには仕方ない。そう考えながらキッチンへと向かった。

 

キッチンで仕事をしている料理人へ声をかける。

 

「あの、お嬢様のお食事をお願いします」

 

キッチンの料理人の一人がその言葉に、驚いたように振り返る。そして、一瞬だけレベッカを哀れむように見て、そしてすぐに目をそらした。キッチンの隅に置いてあった料理の載っているトレイを、レベッカに押し付けるように渡してきた。

 

「ほら、これだ」

 

「ありがとうございます」

 

軽く頭を下げて、背を向ける。そして素早くその場から立ち去った。キッチンから出た瞬間、声が聞こえた。

 

「今度の生け贄はあの娘らしいな」

 

「可哀想に。何日持つかな」

 

生け贄、という言葉に思わず振り返りそうになるが、結局そのまま足を進めた。

 

途中で顔見知りのメイドや使用人と会ったが、全員既にレベッカが令嬢の世話係になったことを知っているらしく、哀れむような視線を向けてきた。

 

「……」

 

その視線にうんざりしながら、歩を進め、ようやく令嬢の部屋へと到着した。

 

扉を大きくノックする。

 

「お食事の時間です」

 

そのまま扉の横に設置してある小さなテーブルにトレイを乗せ、足早に立ち去った。メイド長の説明によると、こうしておけば、レベッカが去ったあと、お嬢様は扉を開けて自分でトレイを部屋に入れるらしい。食べ終わったあとは、空になった食器を、再び扉横のテーブルに置いてくれるそうだ。

 

数分後、お嬢様の部屋へと向かうと、メイド長に説明された通り、テーブルには空になった食器が置いてあった。その食器をキッチンへと運び、片付ける。休んでいる暇はない。次は部屋の掃除をしなくてはいけないのだ。

 

掃除道具を持って、扉の前で深呼吸する。そして、大きくノックした。

 

「失礼します。掃除に参りました」

 

そう呼び掛けた。また返事がなければどうしよう、と思ったが、

 

「………どうぞ」

 

小さな声がした。安心して、ゆっくりと扉を開ける。

 

「失礼します」

 

そう言いながら部屋へと足を踏み入れる。前に入った時は、倒れているお嬢様の姿に驚きすぎて、きちんと見ていなかったが、広くて立派な部屋だった。でも、どこか空気が湿っぽくて、暗くて、寂しい雰囲気がする。

 

部屋を見回し、お嬢様の姿が見当たらないので一瞬驚いたが、すぐに見つけた。部屋の隅で全身をシーツで包み、こちらへ背を向けて座っている。

 

「……掃除いたしますね」

 

「……」

 

何も返事がない。でもまあ、拒否はしていないみたいなので、手早く済ませようと箒を手に取った。

 

簡単な魔法を使いながら、手際よく掃除を済ませていく。広いけど、すぐに終わりそうだ。そんな中、視線を感じて、困惑した。お嬢様が、こちらを興味深げにチラチラと見てくるようだ。

 

つい、部屋の隅へと視線を動かしてしまう。バッチリと目が合ってしまった。

 

「――あ」

 

エメラルドのような美しい瞳だ。お嬢様は慌てたようにまた顔をそらして、壁を向いてしまった。

 

「……あの、何かお困りのことはございますか」

 

目が合ってしまったので、そう尋ねる。レベッカの声に、お嬢様はビクリと身体を震わせた。

 

「何か必要な物がございましたら、お持ちしますよ」

 

しばらく沈黙が続いて、やがてお嬢様がゆっくりとこちらを向いた。

 

「……あの」

 

小さな声が聞こえた。可愛い声だ。前に聞いた時は掠れた声だったのに。あの時は喉を痛めていたのだろうか。

 

「……あなた、あの……」

 

「はい」

 

短く返事をすると、またその肩がビクリと震えた。迷うように目を泳がせながら、言葉を続ける。

 

「……あなたは、なんにちか、まえ、びょうきになったわたくしを、たすけてくれたひと?」

 

その言葉に、ああ、と声を出しながら肩をすくめる。

 

「倒れたのを発見したので、熱を下げて、助けを呼んだだけですよ」

 

そう言うと、お嬢様は何度か頷いた。

 

「……ベッカ、だったわよね」

 

「いいえ。レベッカです。レベッカ・リオンと申します」

 

改めてそう名乗り、深く頭を下げる。そんなレベッカを見つめながら、お嬢様はソワソワしながら問いかけてきた。

 

「あなたが、きょうから、わたくしのおせわをしてくれるの?」

 

「はい」

 

頷いてそう答えると、お嬢様は何かを言いたげな顔をしたが、結局何も言わずにクルリとこちらに背を向けた。そして、素っ気なく言い放つ。

 

「……はやくおわらせて」

 

「承知しました」

 

また頭を下げる。そして命じられた通り、さっさと掃除を済ませた。

 

「失礼しました」

 

そう挨拶をして部屋から出ていく。

 

出ていく寸前、お嬢様がこちらを振り返ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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