転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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出発

 

 

ウェンディとの外出から数日経った。

 

あの日から、ウェンディは暗い顔で考え事をする時間が多くなった。恐らくクリストファーの事で思い悩んでいるのだろうと察しはついていたが、レベッカにはどうすることもできない。今も、ウェンディは家庭教師から出されたらしい課題を机の上に広げてはいるが、全然集中できていない。ぼんやりとしている。

 

「お嬢様、お茶を入れたので少し休憩しませんか?」

 

レベッカがオズオズと声をかけると、ウェンディは小さな声で答えた。

 

「うん……」

 

椅子から立ち上がり、フラフラと近づいてくるウェンディのために、レベッカはお茶やお菓子の準備を始めた。

 

「お茶には蜂蜜も入れますね」

 

そう声をかけると、蜂蜜が好きなウェンディの口元がほんの少し緩んだ。そんなウェンディの前にお茶のカップを置いたレベッカは、ふとあることに気づいて声をあげた。

 

「あれ?お嬢様、少し背が伸びましたか?」

 

小柄なウェンディの身長が少し伸びたような気がして、レベッカは首をかしげた。

 

「え?そう?」

 

「成長期なんですねぇ」

 

レベッカが笑いながらそう言うと、ウェンディは嬉しそうに口を開いた。

 

「いつか、ベッカと同じくらい大きくなるかしら?」

 

「うーん……、それは……どうですかね」

 

レベッカは返答に困り、曖昧な返事をした。レベッカは元々女性としては身長が高い。反対に、ウェンディは同年代の少女と比べてもかなり小柄だ。そんなウェンディが自分と同じ背丈になるのは、なんだか想像できなかった。

 

「私と同じくらい大きくなりたいんですか?」

 

レベッカが問いかけると、ウェンディは大きく頷いた。

 

「ええ!だって……」

 

「だって?」

 

突然、ウェンディが身を乗りだし、レベッカの顔へと手を伸ばす。レベッカの頬に触れて、悪戯っぽく微笑みながら、見上げてきた。

 

「顔の高さが近ければ、常に同じ目線でお話出来るでしょう?」

 

レベッカは心臓が跳ねるのを感じて、唇を引きつらせた。

 

「あ、えーと、そうですね」

 

心臓が高鳴ったのを誤魔化すために、レベッカは慌てて顔をそらす。

 

--お嬢様って、こんな顔するんだ

 

なんとなく大人っぽくて、不思議な笑顔だった、気がする。

 

レベッカは戸惑いながら、意識を仕事へと戻し、再びお菓子の入った皿へと手を伸ばす。

 

「お菓子、まだ召し上がりますか?」

 

そんなレベッカを少し不満そうに見て、ウェンディは椅子に座り直し、呟いた。

 

「……やっぱり、私、ベッカよりも大きくなる」

 

レベッカが再びウェンディの方へ視線を向ける。ウェンディは宣言するように、言葉を重ねた。

 

「いつか、絶対、ぜーったい、ベッカよりも大きくなって、それでベッカを見下ろしてみせるわ」

 

レベッカはどう答えようか迷って目を泳がせたが、結局、

 

「……楽しみにしていますね」

 

そう言って微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、いつものようにレベッカが屋敷の掃除をしていると、メイド長が慌てたような様子で台所へと入っていくのが見えた。

 

「……?どうかしたのかな?」

 

レベッカはそれを見つめながら首をかしげた。そのまま台所へと向かい、少しだけ中を覗き込む。

 

なんとなく台所もザワザワしているような雰囲気がした。

 

「どうかしたんですか?」

 

レベッカが顔見知りのコックに尋ねると、苦笑いを返された。

 

「クリストファー様に来客だってさ」

 

「え?随分と急ですね……」

 

レベッカが驚いてそう言うと、コックも頷いた。

 

「ああ、なんでも、クリストファー様が学生時代に世話になった人らしい」

 

「へえ……」

 

レベッカがそう呟くのと同時にコックは仕事仲間に呼ばれ、レベッカに軽く手を振りながらその場から去っていった。

 

来客なんて珍しいな、と思いながらレベッカも自分の仕事へと戻る。恐らく自分が直接来客に対応することはないだろう。それはメイド長やリードの仕事だ。

 

それから数時間後、来客がコードウェル家へとやって来た。レベッカは他のメイドと共に、頭を深く下げて、その人物を出迎えた。

 

屋敷へとやって来たのは大柄な男性だった。立派な服を身に付けており、一目で貴族だと分かる。太い眉と口髭が特徴的な、獰猛な顔の人物だ。リードの案内で、クリストファーが待つ部屋へと歩いていった。

 

頭を深く下げていたレベッカは、客が立ち去った後、頭を上げ、横にいたセイディーやジャンヌと顔を見合わせる。セイディーがポツリと呟いた。

 

「……なんか、怖い顔の人でしたね」

 

「ちょっと、失礼でしょ」

 

ジャンヌがセイディーの頭を軽く叩く。口には出さないが同じことを感じていたレベッカは、無言のまま苦笑した。

 

その後は再び自分の仕事へと戻った。怖い顔の来客はクリストファーと何か話した後、早々に帰ってしまったらしい。レベッカはなんとなく来客の事が気になって、仕事中もぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、レベッカがいつものように夕食を手に、ウェンディの部屋へと向かっていたその時だった。

 

「レベッカ」

 

名前を呼ばれて、振り向くとクリストファーがにこやかに立っていた。

 

「あ、クリストファー様……どうされました?」

 

クリストファーは微笑みながら、レベッカへと近づくと、口を開いた。

 

「ちょっと話があるんだ」

 

「お話……ですか?」

 

「うん。仕事が終わったら、僕の部屋に来てほしい」

 

「は、はい。承知しました」

 

レベッカがそう答えると、クリストファーは軽く頷きその場から去っていった。

 

「……なんだろう?話って」

 

レベッカは首をかしげながら、再びウェンディの部屋へ足を進めた。

 

その日の仕事を全て終え、レベッカは早足でクリストファーの部屋へと向かった。軽く扉をノックすると、すぐに声が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

レベッカは少し緊張しながら、扉を開いた。

 

「失礼します……」

 

そう言いながら、部屋へと足を踏み入れたその時、

 

「あ、ベッカ!」

 

部屋の真ん中にあるソファにウェンディが座っていることに気づいて、驚いて立ち止まった。

 

「あれ?お嬢様?」

 

ウェンディも不思議そうにレベッカへと声をかけた。

 

「ベッカ、なんでここに来たの?」

 

「僕が呼んだんだよ。2人に話があって」

 

クリストファーがニッコリと笑いながら、レベッカに座るよう促す。クリストファーの後ろには、執事のリードが静かに控えていた。レベッカは眉をひそめながら、ウェンディの隣に腰を下ろした。

 

クリストファーも、ウェンディとレベッカの正面に座る。

 

「あの、お話とは……」

 

レベッカが話を切り出すと、クリストファーは少し迷ったような様子をしながら口を開いた。

 

「今日、屋敷に客が来ただろう?」

 

「あ、はい。あの……」

 

怖い顔の人、と言いかけたレベッカは慌てて口を閉じた。それに気づかず、クリストファーは言葉を続けた。

 

「彼の名前は、ダニエル・クリードというんだ。僕の友人、というか先輩でね」

 

「はあ……」

 

「彼はクリード男爵のご子息で……僕の1つ上の学年の生徒だったんだけど、学生の時は、いろいろと世話になってね……とてもいい人なんだ」

 

「えっ、ひ、1つ上、ですか?」

 

昼間見た男性はどう見てもクリストファーより10歳以上は年上に見えたため、レベッカが思わず聞き返すと、クリストファーは苦笑した。

 

「強面の上にかなりの老け顔なんだ。本人も気にしてる」

 

「そ、そうですか……」

 

どう答えればいいか分からず、レベッカは曖昧な言葉を返した。しかし、クリストファーは特に気にする様子もなく話を続けた。

 

「今日は彼と久しぶりにいろいろと話してね。……実は、旅行に誘われたんだ」

 

「え、旅行?」

 

ウェンディが驚いたように口を挟んだ。クリストファーは頷く。

 

「ほら、最近は本当にいろいろと忙しかっただろう?でも僕の仕事もようやく落ち着いてきてね……ちょっと休暇をとろうと思って。それを話したら、休養も兼ねて、ダニエルさんの所有する別荘に来ないかって誘われたんだ……遠方にある小さな島に別荘があるらしくてね。とても自然豊かで、静かな所らしいよ」

 

旅行、と聞いてレベッカは戸惑いながらチラリとウェンディに視線を向けた。クリストファーが旅行に行くとなると、ウェンディはどうなるのだろう。

 

レベッカがそう思った時、クリストファーはウェンディへと顔を向けた。

 

「ウェンディも僕と旅行に行かない?」

 

「旅行……?」

 

「うん。とても自然豊かで静かな島らしいから、ウェンディも気に入るよ」

 

クリストファーの突然の提案に、ウェンディは困惑したように瞳を揺らす。そのままクリストファーとレベッカの顔をチラチラと見てきた。

 

屋敷に引きこもりがちのウェンディは、当然今まで旅行に行ったことなど一度もない。突然の誘いにどうすればいいのか分からずに戸惑っているのだろう。それを察したレベッカが、ウェンディに声をかけようとしたその時、クリストファーの口から思いもよらない言葉が飛び出した。

 

「それで、なんだけど、もしよければレベッカも一緒に行かないか?」

 

「はい!?」

 

レベッカはギョッとして思わず大きな声を出した。慌ててクリストファーへと顔を向ける。

 

「わ、私もですか?」

 

ウェンディはともかく自分も誘われるとは想像していなかった。ウェンディもキョトンとしている。

 

クリストファーは笑いながら頷いた。

 

「うん。レベッカにはいつも世話になってるし、それに、正直メイドの君がいてくれた方が助かるんだ……リードは今回は一緒に行かないし」

 

「え?」

 

レベッカがリードへと視線を向けると、リードは無表情のまま口を開いた。

 

「旅行は魅力的ですが、妻と娘と、絶対に離れたくはないので」

 

リードは“絶対”という言葉を強調した。

 

「あ、ああ……」

 

レベッカが納得したように声を出したその時、ウェンディが横から口を挟んだ。

 

「ベッカが行くなら私も行く!」

 

「えっ」

 

レベッカが驚いて声を出す。ウェンディがすがりつくようにこちらを見上げてきた。

 

「ね?一緒に行きましょう、ベッカ!」

 

「えっ、えーと……」

 

援護するようにクリストファーも声をかけてきた。

 

「きっと楽しい旅になるよ、レベッカ。僕らと一緒に行こう」

 

「えーと……」

 

レベッカはオロオロしながら何度もクリストファーとウェンディを見る。しばらく悩んだが、結局ウェンディの視線に説得され、根負けしたレベッカは口を開いた。

 

「……行きます」

 

ウェンディがパッと顔を輝かせ、クリストファーもホッと息をついた。

 

「それじゃあ、決まりだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、旅行かぁ……」

 

部屋に戻ったレベッカは小さく呟いた。クリストファーによると、出発は1週間後だと言う。それまでに旅行の準備をするように言われた。

 

「……」

 

レベッカはベッドに横たわり、天井を見つめた。

 

突然決まったことに、まだ実感が湧かない。

 

「旅行、……お嬢様と……」

 

引きこもりのウェンディが外に出るので、恐らくはその精神的なサポートのために自分が誘われたのだろうなということは想像が出来る。

 

だが--、

 

「……ふふふ」

 

この屋敷を出て、旅が出来る。ウェンディも一緒に。

 

それが楽しみで、レベッカは一人で笑った。ワクワクするのが抑えきれない。

 

「楽しみだなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。出発が明日へと迫り、レベッカは部屋中をグルグルと回りながら旅行の準備をしていた。

 

「えーと、着替えはこれでいいだろうし、後は何が必要かな……?」

 

クローゼットを何度も開けては閉め、大きな旅行鞄を手に、もう一度持ち物を確認する。しかし、何度確認しても落ち着かず、ソワソワしていた。

 

「……もう寝よう」

 

準備するだけで疲れてしまったレベッカは、ようやくベッドに入った。早く寝ないと、明日に響く。しかし、ベッドに横になっても、なかなか眠れなかった。明日が楽しみで眠れないなんて子どもみたいだ、と思いながら、深呼吸をして目を閉じる。数分後、ようやく意識は遠退いていった。

 

レベッカが眠った後、開けっ放しになっているクローゼットの隅っこで、カタンと小さな音が聞こえた。だが、ぐっすりと眠っていたレベッカがそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、大荷物を持って現れたレベッカにクリストファーとウェンディは同時に噴き出した。

 

「ベッカ、すごい荷物」

 

「あはは、いろいろと詰め込み過ぎちゃって……」

 

「それ、重くないの?」

 

「軽くする魔法をかけました」

 

そう答えるレベッカにクリストファーは苦笑しながら、屋敷の大きな扉を開けた。

 

「馬車を用意しているんだ。そろそろ乗ろうか」

 

「馬車で別荘まで行くの?」

 

ウェンディの質問に、クリストファーは首を横に振った。

 

「馬車に乗って港まで行くんだ。それから、船に乗るんだよ」

 

レベッカはふと疑問に思い、クリストファーに問いかけた。

 

「そういえば、“転送”の魔法は使わないんですか?」

 

「うん。僕は魔法は苦手だし……それに、せっかくだから船旅を楽しもうと思って」

 

その言葉に納得しながら、馬車に乗り込む。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。留守は任せた」

 

クリストファーにそう声をかけられたメイド長とリードが深々と頭を下げる。レベッカは見送りに来た使用人の中に、セイディーとジャンヌを見つけた。2人が小さく手を振ってきたため、レベッカも手を振り返す。

 

こうして、多くの使用人に見送られて馬車は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、港に着いたよ」

 

馬車に揺られながら、無事に港に到着した。クリストファーに声をかけられて、レベッカは馬車から降りる。辺りを見渡すと、思ったよりも人が多い。外や人混みが苦手なウェンディは大丈夫だろうか、と心配になって視線を向けると、ウェンディはレベッカの服を強く握りながらもソワソワと周囲を見回していた。思ったよりも緊張はしていないようだ。レベッカはこっそりと安心した。

 

船に乗るために乗船手続きをしなければならないのだろうか、と考えていたその時、声をかけられた。

 

「クリストファー!」

 

クリストファーだけではなく、ウェンディとレベッカもそちらへと顔を向ける。こちらへ誰かが近づいてくるのが見えて、クリストファーが声をあげた。

 

「ダニエルさん」

 

大柄な体格のダニエル・クリードが駆け寄ってきた。相変わらず迫力のある顔をしているな、とレベッカが考えている間に、クリストファーとダニエルは軽く握手を交わしていた。

 

「今日はお招きいただき、本当にありがとうございます」

 

「いや、来てくれて嬉しいよ」

 

ダニエルは相変わらず怖い顔をしていたが、朗らかに笑っていた。怖いけど笑ったら意外と可愛らしい人だな、とレベッカがこっそりと考えていたその時、クリストファーがこちらへと顔を向けた。

 

「こちらが先日話した妹のウェンディと、メイドのレベッカです」

 

「やあ、ダニエル・クリードだ。今日は来てくれてありがとう」

 

レベッカは慌てて頭を深く下げた。

 

「レベッカ・リオンと申します。よろしくお願いいたします」

 

ウェンディも緊張した様子で、口を開く。

 

「ウェンディ・コードウェルです。本日は、お招きありがとうございます」

 

いつも他人には素っ気ない態度のウェンディだが、流石に兄の友人に対してはきちんと挨拶をしたため、レベッカはホッとした。

 

「それじゃあ、早速船に乗ろう。こっちへ来てくれ」

 

そう言われて、一行はダニエルの後に続く。

 

「これに乗るんだ」

 

そう言われて、レベッカはウェンディと共にその船を見上げた。

 

「わあ……」

 

思わず声が出る。想像していたよりも、船はかなり大きかった。

 

「船に乗るの、初めて。楽しみね、ベッカ」

 

ウェンディがソワソワしながら声をかけてきた。

 

「はい、そうですね」

 

レベッカも船に乗るのは初めてだ。少し緊張しながらも、微笑んでそう答えた。

 

係員に荷物を任せ、ウェンディと手を繋ぎながら早速乗り込む。

 

クリストファーとダニエルについて行きながら、甲板に立った。気持ちが高ぶっていくのを感じる。レベッカが辺りを見回したその時、隣のウェンディが口を開いた。

 

「なんか、すごい、ね」

 

「はい?」

 

突然の言葉に、戸惑いながらウェンディを見る。ウェンディは楽しそうに海を見ていた。

 

「私、船に乗ってる!すっごい!」

 

「--本当、すっごいですね」

 

その様子が可愛らしくて、レベッカも一緒に笑った。

 

やがて、船はしずしずと出港した。

 

「ベッカ、一緒に船の中を見に行きましょう!」

 

「はい」

 

レベッカはウェンディの提案に頷き、クリストファーとダニエルに断ってからウェンディと共に船を見て回った。

 

波を切るような大きな音を聞きながら、ウェンディと船の上を歩く。船室内も広々としていて綺麗だった。

 

ウェンディと共にキャアキャアと声をあげながら一通り見て回り、元の場所へと戻る。

 

クリストファーに声をかけようとして、レベッカはびっくりしてその場で固まった。クリストファーは真っ青な顔をしていた。

 

「お兄様?どうしたの?大丈夫?」

 

ウェンディが心配そうに問いかけると、クリストファーは無言で小さく頷いた。

 

「船酔いだろう?大丈夫か?」

 

ダニエルの言葉に、

 

「………大丈夫」

 

クリストファーがボソボソと答える。その元気のない姿が心配でレベッカも声をかけた。

 

「あの、お水とか持ってきましょうか?」

 

「……いや、……大丈夫……ちょっと、あっちで休んでくる……」

 

そう言ってクリストファーはフラフラと立ち上がる。レベッカは慌てて口を開いた。

 

「クリストファー様、私も一緒に--」

 

「……レベッカは、……妹といてくれ……僕は、大丈夫だから」

 

クリストファーは青い顔のままゆっくりと船室内へと行ってしまった。

 

レベッカとウェンディは顔を見合わせる。

 

「お兄様、大丈夫かな……?」

 

「心配しなくても、もうすぐ島に到着する。船から降りたら元気になるさ」

 

ダニエルが苦笑しながらそう言ったため、ウェンディはホッと息をついた。

 

「あの、今から行くのはどんな島なんですか?」

 

ダニエルの隣に腰を下ろし、レベッカは問いかける。ダニエルは少し笑いながら答えた。

 

「小さな島だよ。本当に小さな……あまり観光客は来ない、自然豊かで静かな所だ。のんびりとしていて、休暇にはぴったりだと思う」

 

「楽しいところ?」

 

ウェンディの質問に、ダニエルは大きく頷いた。

 

「ああ。きっと気に入るさ」

 

そのままウェンディの頭を軽く撫でてきた。ウェンディは少し顔をしかめたが、その手を拒否はしなかった。

 

ウェンディから手を離したダニエルは、ふと顔を上げた。そして声をあげる。

 

「ほら、あれだよ」

 

ダニエルは前方を指差す。レベッカがそちらへと視線を向けると、小さな影が見えた。どうやら、あれが目的地である島らしい。

 

「あれが、私達の目的地--ミルバーサ島」

 

ダニエルはニヤリと笑った。

 

「ようこそ、“神の眠る島”へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--海のような瞳が開いた。

 

暗闇の中、《彼女》は、いま目覚めた。

 

眠りの世界から現実へと戻ってきたのは、本当に久しぶりだ。

 

なぜ覚醒したのだろう、と考える。

 

起きたくなんか、なかった。

 

一人は、嫌だ。一人は、寂しい。

 

だから、もっと眠っていたい。眠っていたら、そんなこと、感じないのだから。

 

さあ、もう一度、幸せな夢の中へ戻ろう。そこには、自分を苦しめる物はない。怒りも、憎しみも。

 

--孤独感も。

 

そう思って、瞳を閉じる。

 

 

 

その時、《彼女》は何かの気配を感じた。

 

 

 

驚いて、再び目を開く。顔を上げて、集中する。

 

間違いない。

 

それは、《彼女》にとって愛しい者の気配だった。

 

愕然とする。

 

--まさか

 

まさか、まさか。

 

帰ってくるのか。

 

 

 

気配は、どんどん近づいてくる。

 

 

 

間違いない。こちらへと、来るのだ。

 

 

 

自分が覚醒した理由がようやく分かって、《彼女》は震えた。

 

まさか、生きているうちに、愛しい者と再び会えるとは思ってもみなかった。

 

ああ、まさか、戻ってくるだなんて。

 

嬉しさに、胸が高鳴る。

 

波立つような幸福感でいっぱいになり、涙さえあふれそうだ。

 

 

 

 

 

--ああ、早く戻ってきて。

 

早く、早く。

 

会いたい。

 

あなたに、会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《彼女》は大きく吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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