転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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ミルバーサ島

 

 

ミルバーサ島は、広大な海にぽっかりと浮かんでいる宝箱のような小さな島だった。

 

船を降りて、島へと足を踏み入れたレベッカは深呼吸をした。海と風の匂いがする。白い海鳥が飛んでいる姿が見えた。空には雲がちらちらと浮かんではいるが、抜けるような青色が広がっている。

 

「お嬢様、陽射しが強いので、帽子を被っていてくださいね」

 

「うん!」

 

レベッカが声をかけるとウェンディは元気よく返事を返してきたが、その瞳はキラキラと周りを見渡していた。一方、クリストファーは船酔いのせいで今にも吐きそうな顔をしている。

 

「クリストファー様、本当に大丈夫ですか?」

 

レベッカの呼びかけに、弱々しく頷いた。

 

「ああ……大丈夫……全然大丈夫」

 

全然大丈夫そうではない声が返ってきた。

 

ダニエルが苦笑しながら口を開く。

 

「とりあえず別荘に行こうか。馬車を待たせてあるから」

 

一行はダニエルの案内で馬車へと乗りこんだ。

 

「別荘まで遠いんですか?」

 

「いや、すぐに着くよ」

 

ダニエルの言った通り、馬車に揺られて数分で別荘に到着した。

 

馬車から降りたレベッカは、その屋敷を見上げた。

 

屋敷というよりも大きな家と表現した方がいいかもしれない。大きな樹木に囲まれている、白い壁と緑の屋根の気品のある屋敷だった。

 

「俺の祖父が祖母のために建てたんだ。祖母はこの島が大のお気に入りだったらしくてね」

 

ダニエルがそう話しながら扉を開くと、すぐに使用人らしき人々に迎えられた。

 

「ようこそ、皆様」

 

そう言って頭を下げられ、レベッカは戸惑いながら自分も軽く頭を下げる。

 

「じゃあ、早速部屋に案内しよう」

 

ダニエルにそう言いながら、使用人に荷物を預け、上着を脱ぐ。レベッカもまた促されるまま使用人に荷物を手渡した。そのまま全員で2階の部屋へと向かった。

 

「1部屋ずつ用意してあるから、自由に使ってくれ」

 

2階には各部屋の扉が並んでいた。レベッカに宛がわれたのは、一番奥の部屋だった。ウェンディの部屋の隣だ。

 

「何か足りない物があったらすぐに言ってください」

 

使用人がそう言いながら、扉を開ける。

 

扉の向こうには整然としている上品な空間が広がっていた。

 

「少々古いが我慢してくれ」

 

ダニエルはそう言ったが、全然古さは感じない。使いやすそうなソファやベッド、家具が設置してあり、スッキリとしていて過ごしやすそうな部屋だ。

 

「用意していただき、ありがとうございます」

 

レベッカがそう言って頭を下げると、ダニエルはニッコリと微笑んだ。

 

「それじゃあ、荷物の整理が終わったら、下に降りてきてくれ。食事を用意しているから」

 

「はい」

 

レベッカがそう返事をすると、ダニエルは頷き、使用人と共にその場から立ち去った。

 

レベッカは部屋の扉を閉めると、ホッと息をついた。ようやく少し落ち着いたような気がした。

 

ゆっくりと窓辺へと向かい、大きな窓を開けると、フワリと風が入ってきたのを感じた。樹木が揺れるのが見える。少しだけ外の景色を眺めてから、ゆっくりと窓辺から離れた。

 

荷物の整理を始めるために、持ってきた鞄を開ける。

 

「……やっぱりちょっと荷物多すぎたかなぁ」

 

そう言いながら、着替えなどを取り出そうとしたその時だった。

 

「……あれ?」

 

何かが鞄の奥でキラリと光った。

 

首をかしげながら、鞄の奥へと手を伸ばす。そこには、

 

「え、--えええっ!?なんで!?」

 

《アイリーディア》の剣が納まっていた。

 

「え、え?なんで?私、入れたっけ?入れてないよね!?」

 

混乱しながら必死に昨夜荷物をまとめた時の事を思い返すが、自分が剣を入れた記憶は全くなかった。

 

なぜ、剣がこの中に入っているのだろう。

 

なぜ、剣が入っていることに気づかなかったのだろう。

 

疑問がグルグルと脳内を回る。

 

いくら細い剣とはいえ、重量はある。荷物の中に入っていることに気づかないなんて--

 

「あ、あー……そうか、魔法……」

 

そういえばコードウェル家を出る前、荷物を軽くする簡単な魔法をかけていたのをレベッカは思い出した。

 

レベッカは頭を抱えたが、すぐに気持ちを切り替えるべく剣を持って立ち上がった。

 

「危ないから、ここにいてね」

 

そう言い聞かせるようにしながら、部屋にある小さなクローゼットの奥へと剣を仕舞った。

 

気を取り直して、荷物の整理を再開した。

 

しばらくすると、扉を叩くノックの音がした。

 

「はーい!」

 

慌てて立ち上がり、扉を開くと、そこにはウェンディが立っていた。

 

「ベッカ、もうすぐお食事だって。一緒に行きましょう」

 

「あ、分かりました」

 

レベッカは頷きながら、部屋から出た。

 

「お嬢様のお部屋はどうでしたか?」

 

「広くてきれい、あと家具が大きい!」

 

「それは何よりです」

 

「ベッドも大きいの!ベッカも私のお部屋で眠ればいいわ!」

 

「いやいや、それは--」

 

ウェンディと話をしながら、階段を降りる。ふと、踊り場でレベッカは足を止めた。

 

踊り場の壁に大きな鏡があった。レベッカの全身が映るほど大きな楕円形の鏡だった。美しい金属の装飾が施されてある。

 

綺麗な鏡だな、と思いながらそれを見ていると、ウェンディに手を引っ張られた。

 

「ベッカ、何してるの?早く行きましょう!」

 

「あ、すみません」

 

レベッカは慌ててウェンディの後に続いた。

 

ウェンディと共に食事をするホールへと向かうと、ダニエルとクリストファーが待っていた。食事の準備をする使用人を手伝おうと思い、レベッカは声をかけたが、

 

「お客様だから、座っていてくれ」

 

とダニエルに言われ、躊躇いながらもウェンディの隣に座った。ちなみにダニエルの隣には、

 

「……ごめんね、情けないところを見せて」

 

まだ顔色の悪いクリストファーが座っていた。

 

「お兄様、大丈夫?」

 

「うん……まさか、自分がこんなに船に弱いなんて知らなかったよ。新たな発見だ……」

 

そう言いながら、弱々しく笑った。

 

別荘の料理人が用意してくれた食事は、新鮮な海の幸を使った料理で、その全てがとても美味しかった。ちなみにクリストファーはまだ食欲は湧かないのか、スープだけを少し飲むと、早々に部屋へと戻ってしまった。

 

フラフラと部屋へと戻るクリストファーの後ろ姿を、ウェンディは心配そうに見つめた。

 

「お兄様、本当に大丈夫かしら?」

 

「さっき薬を渡したから、明日になれば良くなっているさ」

 

ダニエルはウェンディを安心させるように微笑む。ウェンディとレベッカはその言葉に安心して食事を再開した。

 

食事が終わり、レベッカは与えられた部屋へ戻った。

 

「ふぅ」

 

ベッドへと寝転がり、息をつく。

 

ミルバーサ島に滞在するのは約5日間の予定だ。

 

--明日は何をしよう。お嬢様と島の散策をしようかな。

 

ワクワクしながら、明日の計画を立て始めたその時だった。

 

 

 

 

 

『--』

 

 

 

 

 

微かに、何かが聞こえた。

 

「うん?」

 

慌ててレベッカは身体を起こす。確かに聞こえた。不思議な声のような何かが。

 

「……?」

 

耳をすませる。しかし、もう何も聞こえなかった。

 

「空耳かな……?」

 

首をかしげながら小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、ダニエルが用意してくれた薬のお陰で、クリストファーの体調は改善したらしく、顔色も良くなっていた。

 

朝食が終わり、どこに行こうかウェンディやクリストファーと話していた時、

 

「こんにちは、ご無沙汰しております」

 

突然別荘に誰かが訪ねてきた。ダニエルに向かって頭を深く下げたのは、壮年の優しそうな男性だった。彼はミルバーサ島の島長で、わざわざ屋敷まで挨拶に来たらしい。

 

「何もない島ですが、どうぞお楽しみください」

 

と言いながら深く頭を下げて帰っていった。

 

島長の言う通り、ミルバーサ島は観光地とは言い難い島だった。住んでいる人間は少なく、目立つ場所はほとんどない。

 

「だけど、何もないってところがいいところなんだよ」

 

ダニエルはそう言って豪快に笑った。

 

確かに、ダニエルの言う通りだ、とレベッカは思った。クリストファーやウェンディと共に島を見回ってみたが、ミルバーサ島は、空気が新鮮で美しい島だった。自然豊かな景色が広がり、夜は空に満点の星空が輝く。どこか神聖な雰囲気がする不思議な場所だった。また、島の住人達は皆素朴でいい人ばかりだった。ほとんどの人が、畑の作物や海の恵みで静かにのんびりと暮らしているらしい。

 

レベッカはウェンディと共に島をのんびりと散歩したり、時には島で暮らす人々と交流したりと島での時間を大いに楽しんだ。ダニエルが釣りに連れていってくれたり、乗馬を教えてくれたりもした。初めて旅行を体験するウェンディも、島の静かな雰囲気を気に入ったらしく、楽しそうに過ごしていた。

 

島に来て、3日ほど経過したある日の事だった。その日はダニエルが何か用事があるらしく、島長の家へと行ってしまったため不在だった。

 

クリストファーやウェンディと午後のティータイムを過ごす。会話を楽しみながら、お茶を飲んでいると、ウェンディは眠くなってしまったのかウトウトし始めた。

 

「お嬢様、お昼寝しますか?」

 

「……ううん、ねむくない……」

 

そう言いながらも、ウェンディはぼんやりとしていた。

 

「眠っていいよ、ウェンディ。部屋に行こうね」

 

クリストファーがそう言ってウェンディを抱き上げ、そのまま部屋へと運んでいく。ウェンディは何かブツブツ言っていたが、結局眠気に抵抗出来なかったのかそのまま眠ってしまった。クリストファーはそんなウェンディを運び、部屋へと入るとベッドへ優しく横たえた。

 

「お疲れだったのでしょうか?」

 

クリストファーの後についていったレベッカが小さな声で問いかけると、クリストファーはウェンディの頭を撫でながら、頷いた。

 

「ここに来て、毎日たくさん遊んだからね。でも、楽しんでくれたみたいでよかった」

 

そう言いながら、クリストファーは立ち上がる。そして、

 

「レベッカ、少しその辺を散歩しないか?」

 

突然そう声をかけてきた。レベッカは少し驚きながらも頷いた。

 

「はい」

 

クリストファーと一緒に外へ出る。ゆっくりとクリストファーの少し後ろを歩いた。昼下がりの午後、陽射しが温かくて、心地いい。ダニエルの別荘の周囲にはクリストファーとレベッカ以外誰もいなかった。

 

静かな時が流れる。静寂の中、クリストファーは突然口を開いた。

 

「レベッカ、来てくれてありがとう」

 

「はい?」

 

クリストファーの言葉にレベッカは首をかしげた。

 

「この旅行に、強引に誘って悪いと思っていたんだ……でも、僕だけじゃなくて、きっと君がいてくれた方がウェンディも楽しく過ごせると思ってたから……」

 

「いえ、そんな……私も、とても楽しいです」

 

レベッカの言葉に、クリストファーは安心したように微笑んだ。

 

それから、再び2人は無言でゆっくりと歩く。やがて、クリストファーが唐突に足を止めた。そして、レベッカの方へと顔を向ける。しばらく躊躇った後、何かを決心したように口を開いた。

 

「レベッカ」

 

「はい」

 

「……僕は、もうすぐ結婚する」

 

レベッカは静かにクリストファーを見返した。

 

「……驚かないんだね」

 

クリストファーの問いかけに、レベッカは穏やかに笑った。

 

「はい」

 

静かな沈黙が2人の間に流れた。

 

次に口を開いたのはレベッカだった。

 

「お相手の事を聞いてもよろしいですか?」

 

クリストファーは小さく頷いて答えた。

 

「学園で、後輩だった子だ……明るくて、優しい子なんだ。家柄も、申し分ない」

 

クリストファーは淡々と言葉を重ねた。

 

「……まだ公表していないし、結婚自体はずっと先になるだろうけどね」

 

「クリストファー様の選ばれた方なら、きっと素晴らしい方なのでしょうね」

 

レベッカの言葉に、クリストファーは寂しげに笑い、小さく頷いた。

 

レベッカは一度だけ深呼吸をした。そして、手を前で組むと、その場でゆっくりと頭を下げた。

 

「おめでとうございます、クリストファー様。心より、お祝い申し上げます」

 

レベッカがそう言うと、クリストファーは、

 

「--ありがとう、レベッカ」

 

穏やかな声でそう答えた。

 

レベッカが顔を上げると、クリストファーは少し難しそうな顔をしていた。

 

「まだウェンディには話していないんだ。この旅行から帰ったら改めて話すつもりでね……」

 

ウェンディは既に知っているが、レベッカはそれを話さず、ただ、

 

「そうですか」

 

とだけ答えた。そのまま、2人でポツリポツリと話しながら、屋敷へと戻った。

 

「レベッカも内緒にしててくれ。もう少ししてからきちんと公表するから……」

 

「もちろんです」

 

レベッカが頷いたその時だった。

 

 

 

 

 

『--い』

 

 

 

 

 

何かの声が聞こえた。今度は少しだけはっきりとした声だった。

 

「ん?」

 

レベッカは足を止めて、周りをキョロキョロと見渡した。

 

「レベッカ、どうかした?」

 

突然立ち止まったレベッカをクリストファーが不思議そうな顔で声をかけてきた。

 

「……あの、今、何か変な声がしませんでしたか?」

 

「変な声?」

 

クリストファーは眉をひそめた。

 

「……特に、何も聞こえなかったけど」

 

「……そう、ですか」

 

やっぱり気のせいかな、と思いながらレベッカは再び足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

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