転生したメイドですが、大切なお嬢様の様子がちょっとおかしい   作:春川レイ

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第3部 お嬢様と私の永遠
終わりの始まり


 

 

──ウェンディ・ティア・コードウェルは、本を愛していた。

 

仕事以外のほとんどの時間を、読書をして過ごしていた事を憶えている。誰もいない静かな部屋で、ゆったりと椅子に座り、静かにページをめくるその姿は、絵画のように美しかった。

 

私は、そんな彼女の姿を物陰に隠れてこっそりと眺めるのが好きだった。

 

ふと、本から顔を上げた彼女がこちらへと視線を向ける。彼女と目が合った私の心臓は大きく跳ねる。

 

彼女は、物陰から顔を出す私を見てクスリと笑い、声をかけてくれた。

 

「おいで、リーケ」

 

澄みきった甘い声に誘われるように、私はフラフラと彼女の方へと近づく。本をチラリと見ると、その視線に気づいた彼女が口を開いた。

 

「──本が、好きなの?」

 

その問いかけにコクリと頷く。正確には、好きだったのは、本を読む彼女なのだが。

 

私が頷いたのを見て、彼女はフワリと微笑んだ。その笑顔に、私の心臓は再び高鳴る。

 

彼女は、私の耳元に赤い唇を寄せてきた。

 

「私もよ」

 

甘い声で囁かれて、頬が火照る。胸の弾みが止まらない。

 

「大好きなの」

 

そう言って、私と真っ直ぐに視線を合わせ、再び優雅に笑った。

 

 

 

 

 

私は、きっと忘れないだろう。

 

その時の、心の中に春が来たような感覚を。

 

愛すべき我が弟は、“それはまるで初恋じゃないか”とからかう。

 

私の恋人はというと、その話をすると、いつもへそを曲げて、あからさまに面白くなさそうな顔をする。そんな恋人の機嫌を取るのに、私はいつも苦労しているのだ。

 

 

 

 

 

──この世界で、彼女は生きた。

 

静かに、穏やかに、隠れるように。

 

彼女は孤独だったのだろう、と多くの人は言う。ひとりぼっちで、寂しかっただろう、と。

 

だけど、それはちがう。

 

ウェンディの心の中には、唯一の存在がいた。

 

誰よりも大切にしている人がいた。

 

 

 

 

 

特別だけど、特別なところなんてひとつもない、メイドがいた。

 

 

 

 

 

さあ、終わりの始まりを語ろう。

 

これは、この世界で生きた彼女達の物語だ。

 

どうか、最後まで見届けて欲しい。

 

その言葉を。その想いを。

 

物語は、始まれば必ず終わりを迎えるものだ。

 

終わらないで、と願っていたとしても。

 

でも、どうか悲しまないでほしい。

 

──あなたの心の中で、物語は永遠に生き続けるのだから。

 

 

 

 

 

終焉の時が来た。

 

この物語を、終わらせなければならない。

 

始まったのだから、終わらせる。

 

私の手で、鮮やかに、華麗に、何よりも美しく終わらせてみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

きっと、それが、私の使命なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《フリーデリーケ・メイルズの手記より一部抜粋》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわり、ふわりと風が吹く。

 

感じるのは、それだけ。

 

自分は一体どこにいるのだろう。

 

頭に靄がかかっているみたいに、ぼんやりする。

 

身体が重い。動きたくない。

 

もう少し眠っていたい。

 

このまま、穏やかに、静かに、目を閉じていたい。

 

──いや、違う。

 

駄目だ。

 

目覚めなければいけない。早く、早く。

 

帰らなくちゃ。

 

あれ?どうして目覚めなければならないんだっけ?

 

どうして?どうして?

 

──帰るって、どこに?

 

 

 

“ベッカ”

 

 

 

声が聞こえる。大好きな、可愛い声。

 

ああ、そうだ。

 

そうだった。思い出した。

 

あなたに、早く、会いたいから、だから、帰らなければ。

 

あなたのそばにいたいから。

 

ああ、よかった。思い出せて。

 

待っててください。

 

どうか、待ってて。

 

あなたのそばへ、絶対に帰るから。

 

──あれ?

 

あなたは、誰?

 

私の大好きな、大切なあなたは、一体誰ですか?

 

 

 

“ベッカ、わたくしをだきしめて”

 

 

 

頭の中で、鐘が鳴った。

 

そう、そうでした。

 

あなたがそう望むのであれば、私はあなたを抱き締めなければ。

 

なぜ?そんなの決まってる。

 

だって、そう約束したから。

 

義務でも使命でもない。

 

あなたをこの手で抱き締めると、そう約束しましたね。

 

ええ、憶えていますよ。忘れはしません。

 

それが、私の望みでもあるから。

 

あなたの隣で、あなたの笑顔をずっと見ていたいから。

 

ずっと、ずっと、笑っててほしいのです。

 

だから、私は絶対に帰りますね。

 

あなたのもとへ。

 

──ごめんなさい。

 

申し訳ありません。こんなにもお待たせして。

 

今、そちらに参ります。

 

もう少しだけ、待っててください、お嬢様。

 

 

 

 

 

 

 

そう心の中で呼びかけながら、起きようしたのに、どうしても身体は動かない。どうしてだろう。こんなにも、目を覚ましたいと願っているのに。

 

その時、声が聞こえた。

 

聞きたかった可愛い声ではなくて、全く知らない人物の声だった。

 

『よし、これで怪我も治るだろう。ここを、こうして……それから……』

 

誰だろう?この声は……

 

知らない声。だけど、どこかで聞いたことのあるような……

 

『うん。上出来だな。これなら……』

 

誰かが頭を撫でてきた。優しい手。

 

もっと撫でてほしい。でも、誰の手だろう?

 

誰なのか知りたいのに、目を開けることが出来ない。

 

喉がひどく乾いていた。それを察したかのように、誰かが水を飲ませてくれた。口の中に入り込んでくる水分を、必死に飲み込む。

 

『あっ』

 

どんなに水を飲んでも、乾きは消えない。

 

もっと、もっとほしい。

 

『ま、まずい……どうすれば……』

 

水がほしいのに、すぐそばにいる誰かはもう水をくれなかった。

 

代わりに、身体のあちこちに触れてくる。同時に、手に、足に、指先に、電流のようなビリビリとした感覚。これは、一体なんだろう?疑問だらけで、混乱しそうだ。

 

『うぅ……仕方ない、取りあえずはなんとかなりそうだし……』

 

声は少しだけ焦ったようにしながらも、やっぱり何度も何度も身体に触れてきた。

 

うっすらと瞳を開ける。でも、何も見えない。重い身体を少しずつ、必死に動かす。ゆっくりと、ゆっくりと。

 

声は高らかに叫んだ。

 

『さあ、起きろ、レベッカ!』

 

──そして、意識は現実へと引き戻された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






遅くなって申し訳ありません。最終章です。第3部のプロローグになります。
第2部は比較的短く終わりましたが、第3部はかなり長くなる予定です。
お気に入り登録、評価、感想をありがとうございます。全然返信できていませんが全てに目を通してます。

完結までよろしくお願いいたします。
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