英雄兵士監禁物語   作:木偶人形

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目覚めた

 成程、俺はどうやら洗脳を喰らっていたみたいだ。やり方は魔力同調により親和性を上げる事で精神防壁を突破させ、幻属性の魔力と魔法で偽りの記憶と意識を植え付ける……と言ったところか。魔力同調の副次効果で無意識的に師匠を疑えなくさせられていた……というのもあったのだろう。

 頭の中の靄がすっきりきっかり晴れ切ったようにすがすがしい。絡まりあった鎖が全て無くなり自由を手にした気分だ。

 まぁ、現実はそうはいかないんですけどね。最初よりも厳重に、両手両足を少しも動かせない様に固定されている。この分だと鎖の方も魔力を通しにくい材料で作られているか、最低でもコーティングされているだろう。唯一許された自由である視界には様々な光景が浮かんでは消えていく……それは俺が見ていた夢に似ている様で少し違う、別の視点から見たものとなっている。おそらく、師匠から見た風景。

 

「もう少し……後もう少しだったのに……っ」

 

 取り乱した師匠が魔力を荒ぶらせながら何重にも魔法を展開している。凄まじい処理能力と魔力だ。人間は片手で一つずつで合計二つ、多くて三つが脳の処理の限界だと言われているが精霊に限りなく近い存在である精人だった師匠にとって、10に届こうかという魔法の同時展開も造作も無い事なのだろう。

 ……いや、結構限界まで処理能力を酷使していたようだ。意識が覚醒してからしばらく眺めていた俺に今気づいたようだ。

 

「……目を、覚ましましたか」

 

 師匠が展開していた魔法を内幾つかを消去する。どういう意味が、効力があったのかは俺如きの魔法使いでは解析できない。

 口を塞がれ封じられている俺は何も言うことは出来ない。見つめ合う視線と視線、耐えきれなくなり先に逸らしたのは師匠の方だった。

 

「一抹の希望を抱いていましたが……その様子だと、正気に戻ってしまっているようですね」

 

 俺は答えず、ただひたすら師匠に視線を送り続ける。俺は知りたかった、何故こんな事をしたのかと……治療と偽って俺を監禁し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 別にやめてくれと願う訳じゃない。嫌と言えば嫌だが……何となく、俺と言う人生はあの邪神戦で最後、終わったように思っている。今生きているのも運良く生き延びただけで、何度考えても……俺はあそこで死んでいる命だったと思っている。

 実際死んでいるようなものだしな、実家に帰っても俺を知っている人物は一人もいないし逆もしかりだ。なら、共に戦った戦友を除いて唯一のつながりである師匠に出来る限りの事を、罪滅ぼしをしてから消え去りたいと考えている。

 だけど知りたい、理由が知りたい。師匠の目的はこうでもしないと達成できないものなのか、と。

 もし違うのなら……俺の存在を使う事で達成できるのなら俺は協力したいと願っている。だがそれは高望みしすぎだろう。

 

「随分と大人しい……抵抗はしないのですか、あなたが怒るのは正しい権利であり私はそれを認めます。………私も覚悟は出来ています」

 

 いかなる手段でも洗脳は100年前の時点でも許されない行為として代表例に挙げられている。人の意思を歪め、思うがままにする行為は……それは、下手すれば、単なる殺戮よりも重い罪だ。

 俺も、師匠以外からされていたのなら平常を保てなかっただろう。周囲の人間が被害にあったのなら怒り狂い、下手人に産まれて来たことを後悔する目に合わせる。

 あの時は思考に制限を掛けられていたが、今思えば治療で洗脳を使う時は事前の同意と国からの許可書が必須とされる。治療困難な施術に耐えうる為の行為であり、精神を守る為に使われる。患者の苦痛を和らげるために使われるのだ。

 師匠は一つ呪文を唱えると、カチリ、という音共に猿くつわがひとりでに外れる。師匠は俺を見ている。

 お互いに何も言わない、無言の時間が続いた。俺は師匠が間違っていると思ってはいるが、それを責める資格が無い。俺は100年前に死ぬはずだった、いわば残響のような存在。そんな俺に何をする分には問題は無い、受け入れる。……思えば、そんな事を思っていたからこそ簡単に洗脳され、何者かに干渉されるまで洗脳が解かれなかったのだろう。そんな事をしなくても、俺は拒んだりしないというのに。

 

「何故……何も言わないのです」

 

 師匠の声は少しだけ震えていた。

 自分のやっている事が間違っている、という自覚はあるのだろう。俺に洗脳の危険性を、軽蔑するべきものだと教えてくれたのは他でもない師匠だから。

 だけど師匠は止まれないらしい。俺から非難の声を求めてはいるが、それだけだ。

 そして洗脳というのはどうやら視覚情報にも影響を与えていたようだ。今、俺の目に映る師匠の姿は……ひどくやつれて見えた。今まで何も思わなかったのは、おそらく……師匠がそう見せようとしていたのと、俺の記憶に師匠のそんな姿は無かったからだ。幻属性の洗脳は細部を本人の記憶で保管される。罪悪感と何か……強い感情と意思に挟まれて消耗している師匠の姿は、俺の目に映るには不都合だったのだろう。強い違和感は洗脳を解くための強い原材料となる。

 何も言わない俺に何を思ったか、やがて師匠は何かを納得したかのように視線を下に落とした。数秒、顔を上げた師匠の瞳は……酷く、濁って見えて……その表情はひどくやさしい、疲れ果てた笑みを映していた。

 今まで、少しずつ垣間見えていた()()が露わになっていく。ここまで……? ここまで追い詰められて……一体、なんで。

 困惑する俺を、師匠が優しく抱きしめる。少し前の俺だったらいろんな感触に気を取られてしまっていたのだろうが、今の俺はそれどころではない。

 当初は独断先行し、帰って来なかった俺への罰だと俺は思っていた。なら何も言わず、受け入れる事が正しいのだと。

 だけどこれは駄目だ。

 このままじゃ駄目だ。

 今の師匠は……目的の為なら破滅をも厭わない。選択を間違えたっ、直ぐに訂正をしなくては。

 師匠————―!? これはっ、声が……!? 

 

「やっと反応してくれましたね……大丈夫、私には聞こえていますよ」

 

 体に力が入らない……魔力同調…? 師匠、これは…何を? 

 

「安心してください、不安でしょうが……必要な事なのです。……あの羽虫、こちらの方は手を出さなかったようですね。いや、出来なかったのでしょうか……今はもうどちらでも良い………これで、永遠に……一緒に……ごめんなさい

 




仕込みは済んでる。手は出せなかった。

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