霧となった少年は最悪の世代に数えられるようです。 作:地支 辰巳
「さぁ、ちゃんと受け止めてみろよ!!エルドリッチ・ルーファス」
「分かってますよ」
開始そうそう、エレカさんは僕に向かって突撃してくる。猪突猛進に突っ込んできているように見えて、動き方、足の運び方は僕の太刀筋を読んだ上でのもの。彼女が単純な強さだけじゃないことが分かる。
「
その考え抜かれた動き方から出され、加速された攻撃を僕は刀で何とか防ぐ。前回よりも重さが上がっている気がする。エレカさんも気合いが入ってることか。僕だって、それに応えないと。
「シハハハハ、てめぇは知らねぇとは思うがよ、お前の仲間は俺がボロボロにしてやったんたぜ?」
……通りで誰もこの場に居ないとは思った。怪我をした姿を見せたら、僕が勝負に集中出来ないとか思ってくれたんだろうな。気配だけで全員いるのはわかっている。今の僕にはそれだけで大丈夫。
「誰も死んでいない。僕にはその事実だけで充分ですし、あなたに恨みを抱くようなこともしない。それに、僕の仲間はエレカさんに倒され切れるほど弱くは無い」
「ハァっーーそういうのが一番イラつくんだよ!!俺に無いものばっかり持ちやがってよ。俺には力と俺自信の考えしか無いっていうのによ!!」
猛攻が激しくなり、剣筋が荒くなる。これまでずっと戦いには冷静だったエレカさんが動揺している。今、吐き出したエレカさんの言葉が全部なんだろうな。彼女もただ居場所が無かっただけなんだ。
「
その猛攻を落ち着かせるように手に痛みを与えつつ、刀を弾く。刀を弾かれたことで、体勢が崩れたエレカさんは一度距離を取る
「止めろ、止めろ。そんな顔で俺を見るんじゃねぇ!!俺は一人で充分なんだよ。これまでもこれからもよ。だからよ、これ以上、悟ったような顔で俺を見るな。勝負に集中しやがれ」
覇王色の覇気が一気に放たれる。僕でさえ、目眩を覚えるそれをエレカさんは放ったんだ。多分、凄いキレてる。いくら相手のことが知りたいからって不用意に近づき過ぎたかも。そして、リミッターが外れたみたいなスピードで僕に迫る。
「不用意だったことは謝ります。でも、僕は貴方が歪なものに見えてならない」
ミホークさんが僕に感じた感情がどんなものかやっと分かった。戦う為に何かが邪魔してるんだ。その邪魔してる何かが戦う為の理由だとしても、目の前の戦いがしっかりと見えていない。だからこその歪さ。まだ、今の僕だってそうかもしれないけど。
そんなことを考える余裕も無いようにエレカさんの自分を無視した動きを段々と捌けなくなっていった。でも、いつまでも攻められてばっかりされてちゃ駄目だ。
「霧隠れ 呑雲吐霧」
「チッ、隠れてんじゃねぇぞ!!クソが!俺と戦え」
エレカさんの周りの霧が変化していく感覚を感じる。僕は操作していないし、何が見えているかも見えもしない。ただ暴れ回っているエレカさんが見えるだけ。
「そういうことかよ。いい手を使うじゃねぇかよ。俺の前にクソみてぇな親の幻覚を見せるなんてよ!!」
口で言っている割にエレカさんは刀を振り回すことで、幻覚を無理やり消して効いているようには見えなかった。自動的に効果的な幻覚が見えるはずなのに、おかしいな。それだけ、エレカさんの精神力が凄いって……ことか。じゃあ、この霧も長くは持たなそうかも。
「鴎突き」
霧が消えない内にこの一刺しでエレカさんの腕を狙う。見方によっては卑怯なのかもしれない。でも、卑怯も何をしてでも生き残って勝つのが海賊だ。それくらい、エレカさんも分かっているとは思う。
「大体の気配でわかんだよ。俺の覇気、舐めてんじゃねぇぞ!!」
丁度霧が晴れると同時にエレカさんの大振りが僕に当たる。勢い付いていた一発だったからか。刀なのに骨への衝撃の方が凄いかも。
「搦手じゃ駄目ですか」
「ああ。本気で来いよ。俺が力の限り、殺してやるからよ」
本気でやる。今までも本気だったけれど、本気の方向を変える。ガスパーデの時とかしか、覚えてないけど、殺す気で本気でやるんだ。
真正面から向かう。エレカさんの二刀の長刀と打ち合っていく。どんどんと早さの上がっていくその打ち合いに一刀の僕は対応出来なくなる。こんなにも刀が一本なのを惜しく思うことなんて初めてかもしれない。だったら……。
「霧細工
「そんな急場凌ぎで作った刀で防ぎきれんのか?あ?」
エレカさんの言う通り、二刀流に慣れてないことや急いで作ったせいで、形が上手く安定しなくて、そこまで状況は変わらなかった。
「防げないのだったら、攻めればいいだけです」
「霧細工 賤ヶ岳 指切り」
エレカさんを囲むように槍、針を生成する。パッと見は脱出不可能。ここで落とす。
「俺はよ、全部の覇気が得意なんだよ」
一気にエレカさんに向かって落ちる。だけど、その自信の通り、霧が当たっていないのか、手応えがあまり感じられない。
「右!!」
そんな反省する間も与えないぐらいにエレカさんが飛び出してくる。そして、右を反射的に向いた僕に左側から蹴りが入る。
「簡単に騙されやがって、もっと来いよ」
エレカさんは強い言葉を放っているけれど、その端々には息が切れているように思える。僕も体力が尽きかけている。ここら辺で決めることはお互い、共通認識だと思う。
「シハハハハ、負けさせてやるよ」
大きく飛び立ち、空中で刀を構える。その構えは今まで以上に気合が入っているように思えて、大技が来ることが分かる。押し負けたく無い。ここで合わせる。
「
勢いが凄いまま落ちてくる。それは本当に星が落ちてくるようだったけれど、僕はその星を割らなくちゃならない。いや、割ってみせるんだ。
「ふぅー。霧細工 燕返し」
刀の部分と刀の部分が拮抗し合う。お互いに全力を出した力、その力に僕たちの体は耐えられる。でも、エレカさんの刀はそうはならなかった。少しずつひびが入り、割れる。
「クソがよぉ!!!俺はまだ負けねぇぞ!」
割れたことを瞬時に察すると、エレカさんは柄を放す。そして、全身に黒く武装色を纏って、殴りかかってくる。まさに最後の決死の攻撃とも言える攻撃。それを僕は刀にありったけの武装色を込めて止めて、切る。
「
硬い。だけど、いける。殺してしまうのかもしれない。だけど、それぐらいじゃないと壊さないからと思いながらも、僕は力を入れ切る。
「うっ……意識が持たねぇ」
段々と武装色が解除されていき、倒れ込む。あのまま、刀が折れなかったら、どうなるかはわからなかった。だから、この奇跡的に拾えたこの勝利に感謝しようと思う。
「どうだ、勝利の味は?美味いかルーファス」
倒れ込んだエレカさんと疲れ気味の僕のところにヴィレムさんがやってくる。相変わらずの態度だけど、ずっとこの戦いを心配そうに見ていたことは知っている。
「僕は勝負を味わいません。だけど、不快な味では無いのは確かです。それで、ヴィレムさんにお願いしたいことが」
「そいつの治療だろ?まっ、引き受けてやってもいいが、他の奴がなんて言うか」
「みんなには僕から説明しておきます。ヴィレムさん、その人のことを頼みました」
ヴィレムさんに任せて、影から戦いのことを見ていたみんなの元へ向かう。ほとんど全部が包帯なんかを巻いてボロボロだけど、生きてくれて良かった。それで説明をしていたんだけど、疑問があるようなのか、マグーが首を傾げていた。
「話はまぁ分かりました。でも、私たちを襲った相手ですよ?治療した上でどうするつもりですか?」
「うーん、仲間に入ってもらいたいかな。動機とかは特に無いんだけど、彼女も仲間に相応しい?いや、合っているって思ったから。もちろん、反対意見も受け付ける」
「ルー兄が言うなら私は良いかな。やられたのだって、私が弱かったからだし」
「私は兄様の意見に従います。仲間の形にも色々あると思いますから」
「シオンがそう言うなら、俺は文句は無い。どうせ、碌でも無いやつしか仲間にならないだろうしな」
「私は様子見に徹しますよルー。もし誰かを殺す素振りを見せたら私が先に殺しますけど」
「えー、じゃあ、あたしも賛成するしかないじゃないですか。あぁもう、絶対ヤバい奴ですよ」
それぞれの考え方がありながらも賛成してくれた。僕だって、確かな意見があった訳では無い。なんとなく、エレカさんが昔の自分と重なって見えたから、ただそれだけなんだ。
★ ★ ★
「ハァ?俺のことを仲間にする。お前、正気で言ってんのか」
数日が経って、エレカさんの目が覚めた。ヴィレムさん曰く、回復が思っていた以上に早かったみたいだった。でも、見たところ能力者では無いと思うので、この人元来の力だろうな。
「仲間全員の賛成は一応取ってます。後は、エレカさん。貴方の返事次第です」
「チッ、てめぇに良いように乗せられるみてぇで腹が立つがよ、いいぜ。入ってやろうじゃねぇか」
思ったよりもあっさりだった。はっきり言って、自分を殺せとかまでも言うかもしれないと思ったんだけど……。
「ハッ、何だその表情はよ。俺がそんな直ぐに了承したのが驚きか?俺はな、勝負に負けたら、そいつの考えに従うって決めてんだよ。お前が死ねって言ったら、死ぬし、仲間になれって言うんだったら、仲間になるだけだ」
エレカの言う言葉には嘘が無いように見えるし、本人も満更でもないみたい。だけど、そうなるのだったら、彼女は実の父親と対立することになる。マグーの時も思ったけれど、それは残酷なことなことだと僕は思う。
「でも、僕たちはこれから君のお父さんと戦う予定をしている。それでも良いの?」
「ちょうど良いじゃねぇか。クソジジイからは解放されたかったんだよ」
「それなら良いんだけど……。そういえば、どうして色んな人に喧嘩を売っていたのか聞きたい。言いたく無かったら、大丈夫だよ」
「……負けちまったからな。教えてやるよ」
感情が一辺倒なエレカには珍しく、その表情や声色は複雑そうなもので何とも言いにくそうだったけれど、心を決めたのか、少しずつ話し初めてくれた。
★ ★ ★
エレカが生まれたのはルーファス達と会う20年前。ちょうど、シキがこの島を制圧し、住み着いた頃だった。エレカの母親はこの島の若い女性で、シキがこの島に来た時点で、自分たちの立場を理解するようなそんな女性だった。そんな彼女が取った行動はいち早くシキに取り入ることで、その為に彼女は母親や友達を裏切り、シキに自分を売った。その末、生まれたのがエレカ。
「ジハハハハ、俺から逃げるのか?誰がてめぇを世話してやったか分かってねぇようだな」
「いや、私は逃げる。こんな暮らし、楽しくない」
何に対しても飽き性であるエレカの母親はシキの元から去ろうとしたが、そんなことシキが許すはずもなく、シキ直々の手で始末された。これが、エレカ5歳の目の前で起こったことだった。
痛みを分かち合える兄弟、姉妹、家族、友達もおらず一人で成長していったエレカはいつしか周りの人間を信用、信頼せずに自分の考えや強さだけしか信じることが出来なくなった。周りの人間に自分がなめられないように、自分の考えだけが最良だと他人に認めさせることでしか自分の存在意義を保てずに。
「おい、何処行くつもりだエレカ。てめぇの誕生祝いだぜ今日は」
「そんなものいらねぇよ。いつもと何が違うんだよ」
金獅子のシキ、その幹部達、大した信念も無く海賊をする者達。そんな極端な強さの者たちとしか戦ってこなかったエレカにとって、その存在意義を、自分の考えを認めさせることは年々と出来なくなっていっていた。
そんな折に現れたのが、ミスト海賊団。認めさせがいのある奴らだった。
★ ★ ★
「シハハハハ、しょうもねぇ人間だろ?だが、クソジジイを殺してこんな自分とも別れてやろうじゃねぇか」
「本当に良いんですね?親殺しは重いですよ?これから先、一生、一生、背負っていくことになります。それでも良いんですね?」
間接的とはいえ、自分の実の父を殺したマグー。そのエレカに対する念押しの言葉には大きな重みと後悔が僕の思っている何倍もあった。
「しつけぇな。俺は俺だ。生まれた時から自分のことしか考えてこなかった人間だ。今さら、何も感じねぇよ」
「なら、いいですけど。まぁ金獅子のシキを倒すのは私とルーですけど」
「俺に決まってんだろ。てめぇは引っ込んでろ副艦長さんよ」
……思ってよりもエレカは馴染めそうかな。こんなみんなでワイワイしている光景なんかを見ていると不思議と勝てるかもって思える。うん、この気持ちのまま挑もう。気持ちで負けたくは無いから。
そして、数日の療養期間と戦艦を見つけた僕たちは金獅子のシキさんに挑むことになる。