霧となった少年は最悪の世代に数えられるようです。 作:地支 辰巳
「あんた、この国の王女だったんだろ。何で海賊なんてやってるんだ?」
王宮へ向かう途中の道。そこでドンキホーテ海賊団に所属しているヴァイオレットを見つけたユーシスは聞いた話を確かめる為、近づいて行く。その足取り、表情は重苦しいものでは無かったが、真剣そのものではあった。
「あなた……ミスト海賊団のユーシスって言ったかしら。何でそんなことを聞きたがるの?」
妖美な雰囲気を漂わせ、ユーシスを巧みに手玉に乗せようとするような声を出す。しかし、その雰囲気も声もまるで張りぼてのような薄っぺらさがあり、ユーシスはそれを薄々と感じ取っていた。
「革命で無くなったが、俺も元々はある王国の王子だった。だからこそ、聞きたいんだ、王族だったあんたがどうして海賊の下に着いているのか」
そのユーシスの無意識ながらもヴァイオレットの心を突くような言葉にヴァイオレットは感情的になってしまいそうになったが、相手は実質的なドフラミンゴの傘下。そんなことをすればこれまでの努力が水の泡だと思い、冷静に自身の能力を使い、相手の心を覗く。
「あなた、あまり他人の過去に触れたらダメって教わらなかったの?」
「俺の家はそんなことを教えてくれなかったさ、ただマナーと他人を使う術しかな」
ヴァイオレットは会話をしながらもその特徴的なポーズを維持して、ユーシスの頭の中を覗いていく。その頭の中はおよそ海賊とは思えないような思想、考え方、生き方をしており、ヴァイオレットは数歩、足が後退する。そして、後退したヴァイオレットは誰かの体とぶつかる。
「おいおい、居候してるからって能力を使うのは無しだろ?」
ヴァイオレットと体が当たった相手はヴィレムで既にボウガンを手に持った状態で、それをヴァイオレットに向けていた。
「ヴィレム、今回は手を引いてくれ。海軍のあんたには分からないことを話しているんだ」
「海軍も頑張ってるんだがなー。まぁいい。ほどほどにしとけよなユーシス。お前も顔が割れてるんだからな」
ヴィレムもユーシスがヴァイオレットとしっかり会話をしようとしているのを察したのか、飄々とした態度を崩すことなく去って行く。この島に匂うきな臭いを確かめる為に。
「すまなかったな。ヴィレムは気配を消すのが上手いんだ。まだ、俺もあいつがよく分かってなくて」
「え、ええ」
ユーシスの心を読んだ上でもヴァイオレットはどんな会話をこの後すれば分からなかった。ユーシスは良くも悪くも純粋な人間であり、ヴァイオレットの境遇を話せば、真正面にドフラミンゴに問い詰めてに行く可能性もあり、そこまでいかなくても隠すことが出来ないかもしれない。
「さっきの答えだけど、貴方には言えないわ。言ったところで変わらないし、貴方に変えてもらう必要も無い」
真正面にヴァイオレットはある意味で正直な意見を口にする。それを聞いたユーシスはその言葉の真意を薄々感じ、彼女の力になれない自分の力不足をなによりも実感する。ここ半年の間に何度も感じた力不足をまた。
「そうか……悪かったな。偶には何もかも捨てて逃げてもいいんだぜ」
自分の国から逃げて革命軍に入ったユーシスの言葉は重く、能力とはいえ事情を知ったヴァイオレットの心にも少しの迷いを生じさせた。チャンスがあれば行動を絶対に起こそうと。
★ ★ ★
「このおもちゃって何だっけ。嘘。メモにずっと握りしめてるもん。覚えてるよ」
吹雪が吹き荒れる部屋にメモを持ち、鎖で縛られたおもちゃの前にシュガーは立っていた。
「さいてーな人間だって」
シュガーがまるで魔法を解くようにおもちゃに触れる。すると、おもちゃとしての姿が消えていき、マグメルの姿へと変わっていった。その瞬間、この世に存在する全ての人物の記憶にマグメルの記憶が蘇る。
「そうですよ、私は最低な人間です。拷問、さっさと終わらせて下さいよ。満足するまで受けてあげますから」
こんな程度では参っていないとも言いたげにマグメルは不適な笑みを崩さない。しかし、その態度が気に入らなかったのか、シュガーとは別の人間がマグメルの顔を雪の上へと押さえつける。
「随分余裕なのね。マグメルって今は名乗ってのかしら。私たちを裏切った癖にいいご身分ね」
マグメルの姉であるモネもシュガーと同様のドス黒く、簡単には落ちないであろう憎悪の元、マグメルに対してその憎悪を向ける。
「いっそ、殺す?」
「それは……嫌ですね。昔の、10年以上前のルーと会う前の私だったら殺されても良いと思ったかもしれません。でも、何か死にたがってるルーを見てたらこの罪を背負った上で生きたいって今は思ってます。だから、死にたくない」
ここに閉じ込められてから、何故か挑発的な態度やシンプルな謝罪しかしてこなかったマグメルの心からの思い。自身の罪の責任で死ぬことを目標としているルーファスの側に居たことで、生き続けて自身の業を背負いたいと思ったマグメル。そこにはいつかはルーファスにも同じの思いで生きて欲しいという我儘も含まれたマグメルの人生の目標だった。
「私たちが苦労している間に男と楽しく暮らすなんて、相変わらずなのね」
「ルーファスって子のこと
「10年も一緒に居ればそういうこともありますよ。でも、そんなことは私たちにとっては小さなことです」
自分たちがドフラミンゴという恩人に拾ってもらった中、自身のもう1人の血の繋がった姉妹は人生の相棒とも言える人間を見つけている。自分たちの暮らしに全く不満が無い2人だが、何故かこの事が酷く心を掻き乱した。
「本当に可哀想な殺し方をしてあげる」
「楽しみにしてることね。名も無きおもちゃさん」
またおもちゃへと変えられたマグメルは全く同じ状態で放置される。それはさながら死刑執行を待つようなそんな空気感だった。
そして、また世界中に存在する全ての人からマグメルの記憶が消える。
★ ★ ★
X月Y日
マグーだ。マグーを忘れるな。お前の一番の人。忘れることは許されない。王宮左の一階の一室が怪しい。モネとシュガー。2人に気をつけろ。
★ ★ ★
「ねぇ、若様から頼まれてたことがあるんだ。いい?」
ドフラミンゴさんに軽く戦い方を教わった日の夕方。お風呂に入ろうかと思っていた僕の元へドンキホーテ海賊団の特別幹部らしい、シュガーが来た。……ドフラミンゴさんはお昼に何も言ってなかったけれど、一応着いていこうかな。
「分かった。どこまで行くの?」
「すぐそこだから」
シュガーに連れられ向かったのは王宮左の一階の一室だった。ドレスローザに来てから一度も入ってない部屋だ。何があるんだろう。ドフラミンゴさんには秘密が多いから、秘密の一つだったりするのかな。
「この人形を壊して。若様に頼まれたから」
何故か吹雪に覆われたその場所には鎖に拘束された人形があった。シュガーが言うにはこの人形を壊せばいいらしいけど、ドフラミンゴさんも変なことを頼むんだな。
「方法はどんなのでもいいの?」
「なんでもいいよ。壊してくれたら」
分からない、分からない、何故だか分からないけれど、体の汗がすごい。これを壊すことはまるで、僕自身を壊すことみたいな、そんな感覚がする。
「……どうしたの?」
「いや、大丈夫。壊すのは簡単だから」
……この国には生きているおもちゃが多い。でも、なんでおもちゃが生きているのか誰も分からない。もし、このおもちゃが僕の知っているおもちゃなんだとしたら、日記の子だったとしたら……僕は。
「霧細工 指切り」
何百もの針を生成して、おもちゃに対して撃ち下ろす。その攻撃が終わった時、手に小さな紙を持っていたシュガーの高笑いがこの場に大きく響いた。
「やった!! やっと殺したんだよね?」
笑いながらも近づいて来るシュガーは凄く不気味だった。そして、その手でおもちゃに……触れて……その……姿はマグー……だった。ああ、そうか、やっと分かった。どうりで僕が変だった訳だ。マグーが居なきゃ今の僕は居ないんだから。
「どう、どんな気持ち? 一番大事な人に殺されるってどういう気持ち? お姉ちゃん!!!」
シュガーの笑い声が響く中、地面の雪の中から人が出てくる。その姿は一度だけ見たことがあったモネさんだった。
「シュガー、嬉しいのは分かるけど油断しちゃ駄目。あいつの狡猾さは知ってるでしょ?」
2人が警戒する中、マグーは問題無かったようにニヤッと笑う。無事で本当に良かった。見たところ、攻撃したところもそこまでダメージは無さそう。
「マグー、今更だけど助けに来たよ。あの時とは真逆だね」
僕は鎖からも解放されて地面に手をつき、膝も着いているマグーに手を差し伸べる。この構図はまるで僕がマグーに見つけてもらった時と真逆で、なんだか嬉しかった。
「言われてみればそうですね。じゃあ、これで貸し借りゼロです。それで、どうして私だって分からなかったのに致命傷は避けたんですか?」
「マグーの記憶は無かったけれど、メモに書いてあったから。もしかしたらって思ったから」
僕とマグーはシュガーとモネさんに相対するように並び立つ。助けたのは良いけど、ここからどうするなんて何も考えていない。もしかしたら、僕たち2人ともおもちゃにされるかもしれない。……そうなったら、終わりかな。
「任せて下さいよルー。伝えることは伝えますから」
こちらの出方を伺っているシュガーとモネさん。2人がマグーがどんな感情を抱いているかなんて僕には推し量ることは出来ない。でも、マグーは良い人間だって僕は神にも仏にも誓って言える。
「あの時は本当に申し訳無かったって思ってます。でも……2人が無事で良かったです。本当は……ずっと謝りたかった。ずっと会いたかった。そんな資格なんて無いんだって分かっているけれど、私はそうしたかった」
マグーの瞳から水滴が落ちる。泣くことも一度しか無くて、感情的になることが少ないマグーが泣いた。あの2人がどう思うかは分からないけれど、僕はマグーのこの涙を信じた。
「今更、そんなことを言ったって意味ないから」
「本当に……変わらないのね」
諦めのような、呆れたような表情をした2人は部屋から出ていく。それを引き金とするように部屋の中の雪はどんどんと溶けていった。
「姉妹だから、考えてることなんて分かるわ」
「碌な死に方すればいいのに」
やっと落ち着いたこの部屋で、改めてマグーを見ると、心身ともにボロボロになっているように思えた。多分、僕の霧のせいもあるだろうけど。
「マグー」
「分かってます。ルーにはしっかりと話します。他のみんなにも後で話しますけど、私の罪を」
「無理して話さなくても良いよ」
「いえ、ここで話すことが私のケジメですから」
僕はいよいよマグーという人間の全てを知ることになるんだと思う。これまで踏み込めて無かったマグーの全てを。
次回でマグメルの過去を書いて、この編は終了です。