蛙の子は人間になりたい   作:ふじしお

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1話

 

 

 北海道・小樽近辺。

 

 雪が山を白く染める冬。一人のアイヌの少年が山を歩いていた。

 

 少年はしばらく山を歩くと、何か見つけたのかその表情を明るくし、そちらへ駆け寄る。その先には、彼と同じくアイヌの少女が。

 

アシㇼパ!

 

 少年が名を呼ぶと、彼女は振り向いて少年の名を呼んだ。

 

アイノネか。今から狩りに行くところか?

ああ。アシㇼパも狩りに行くのか?

 

 少年――アイノネがそう尋ねると、アシㇼパは「いや」と答える。

 

私はもう狩りを終えたところだ。後は片付けをして村に戻るつもりだった

そっか。俺も手伝おうか?

いや、大丈夫だ。それより――

 

 アイノネの提案を断ったアシㇼパは、揶揄うように言葉を続ける。

 

――アイノネは早く狩りを上達させた方が良いだろう? いくらマキリを彫るのが上手くても狩りが下手じゃモテないぞ

 

 揶揄い混じりのその言葉に、アイノネは顔を赤らめた。理由は自分より歳下の少女に狩りについて指摘されたから。そして――。

 

わ、わかってるさ。俺だって今にアシㇼパよりも狩りが上手になってみせるからな

 

 ――憎からず思っている女の子の可愛らしく、そして美しい笑顔を見てしまったからだ。

 

 アイノネは気恥しさから大股で先を進む。ざかざかと雪を踏み、やがてその姿はアシㇼパからは見えなくなった。

 アシㇼパはアイノネの言動に仕方がないなと呆れつつ、自身の用を済ませる為に彼とは別の道を進む。今日の獲物は良く肥えていて美味そうだ。フチも喜ぶに違いない。そう考えながら、彼女は道具を片付け始めた。

 

 

 

 

 

 アイノネはアシㇼパとは別のコタンに住んでいる。

 普通であればそう二人が顔を合わせることはなかっただろう。だが女だてらにしょっちゅう狩りに出ているアシㇼパと、自身のコタンに居心地の悪さを感じてよく山に入るアイノネはどちらも普通のアイヌとは言い難かった。

 

 アイノネは、アイヌの血が流れていない和人の子であるそうだ。

 

 何回か彼と山で鉢合わせ、それぞれ少しずつ身の上話をするようになってから聞いたことだ。

 

 彼のコタンの者が言うには、和人の夫婦が赤子であった彼を自身の刀――アイノネは脇差と言っていた――と共にコタンに捨てて行ったらしい。

 アイノネのコタンは和人に対して友好的であるとは言い難く、そのこともあってコタンには居づらいのだろう。

 

 

 ――そのように、アシㇼパはアイノネのことを考えている。だが真実は違っていた。

 

 

 

 アイノネの両親はアイヌの民を殺したのだ。そして山を逃げている際に崖に落ち、まだ赤子だったアイノネのみが生き残った。

 

 コタンの者は皆口を閉ざし、アイノネはただの捨て子なのだと教えていた。だがアイノネは知っている。憶えている。赤ん坊の朧げな視界に写った、アットゥㇱが血に染まり、粗末な和服を着た男の手から血が垂れる様子。頭から血を流した女の顔。

 

 

 

 アイノネは、人殺しの子供なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だがそれ以上に、アイノネと他の者を分ける決定的な違いがある。

 

 それはアイノネが俗に言う【転生者】であったこと。

 そして、アイノネは前世において『ゴールデンカムイ』という物語を知っていたということである。

 

 

 

 

    ***

 

 

 

 

 ――転生したら『ゴールデンカムイ』の世界でしたなんて、冗談が過ぎるのではないだろうか。

 

 

 

 先程まで俺が話していたのはかの有名な感情闇鍋和風ウエスタン冒険活劇漫画においての主人公の一人であり、そしてヒロインでもあるアイヌの()少女アシㇼパだ。

 彼女は狩り――と言っても問題なのは弓の腕だけだ――の下手な俺を時に揶揄い、時にコツを教えてくれたりする。先程の言葉も、彼女より早くに狩りに参加し始めたのに彼女の腕前に遠く及ばない弓の技術を揶揄ってのことだろう。

 

 ……いや、それが悪いことではないのだ。ただあの美少女顔が変顔せずに笑ったということが心臓に悪いだけであり、そのせいで何かよく分からない感情がぐちゃぐちゃになっただけだ。

 

 とにかくこういう時はその原因から離れるに限る。なので俺はアシㇼパとの話を早々に切り上げ、そして冷たい空気が頬を掠める山を一人歩いていた。

 

 そうしている内に思い出すのは、自身がこの『ゴールデンカムイ』の世界に転生したと気づくまでのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何故かはわからんが、俺は気づくと真っ暗闇の中にいた。身体がどうなっていたのかは不明だ。ただとにかく意識だけがそこに在った。

 ああ俺は死んだのかと、そこでぼんやりと思ったのを覚えている。

 しばらく闇の中でじっとしていると、ある方向から少しずつ光が差してきた。俺は必死に光の方へ向かう。光は段々と力強く大きくなり、俺を包み込んでいく。

 そして、全てが真っ白の光に包まれた後――。

 

 

 

 ――この世界にて新たなる生を受けていたという訳だ。

 

 

 

 俺が産まれたのは貧乏な和人の夫婦のもとだった。この時俺は単純に昔の日本に転生したのかと思っていた気がする。

 母親の乳を飲んで、何処かへ二人で俺を抱いて移動するのを赤ん坊の朧げな視界で眺めていた。

 

 何かおかしいなと思ったのは俺が産まれて一週間後のことだ。

 

 ここ数日、両親は未だ赤ん坊であるはずの俺を抱えて山を歩いていた。しかも段々と深い方へ向かっていく。平成令和の世に育ってきた俺は山になんて馴染みはなく、かの有名なあの樹海に入り込んだのかと考えた。

 ――そしてその樹海から連想させられるのは、自殺。

 

 流石に赤ん坊のまま死にたくない俺は何とかして二人を止めようと泣いた。とにかく泣いた。今の今まで夜泣きもしなかった俺がこんなにぐずったことに両親は仰天し、足を止めて慌てて俺を宥めようとする。

 それでも俺は泣くのを止めなかった。自殺なんて諦めて樹海を出なければ泣き止まんぞと俺は泣いた。やがて父親の表情が困惑から苛立ちに変わり始めた頃、一人の男が現れた。着物にしては不思議な模様のそれを身にまとい、頭にはバンダナのような物を巻き付けている。

 バンダナを巻いた男は両親に抱かれている俺に気づくと、両親を小さな小屋のような物に招き入れた。そして両親に何やら料理を振る舞い始める。赤ん坊の耳では上手く話が聞き取れないが、恐らく俺の泣き声を聞きつけたのだろう。

 

 これで二人も思い留まってくれるに違いない。そう思った俺は、泣いてくたくただったこともあり眠りについた。

 

 事が起こったのはその後だ。

 

 恐らく母親の、悲鳴を押し殺したような声が聞こえた。

 俺が目を開けると、目に入ったのは赤、赤、赤。バンダナを巻いていた男の着物は血に染まり、そしてピクリとも動かない。父親の手に握られていた小ぶりの刀からは赤い何かが滴っており、父親の顔は酷く追い詰められたものであった。

 

 父親は俺を抱いた母親の腕を乱雑に掴むと、小屋を出ようとする。外はもう明るくなっており、どうやらすでに一晩明かしたようだ。

 父親に引きずられるように小屋を出ると、そこでバンダナの男と似たような模様の着物を着た男とすれ違った。その男は血塗れの父親を見て何があったのかと肩を掴んだ。しかし父親は男の手を斬りつけ、そして山を駆け出す。男は父親が何をやったかを勘づいたのか、何か大声で言いながら両親を追い始めた。

 

 恐らく山に慣れておらずそして母親の腕を掴んでいるので片手が塞がっている父親と、同じく山慣れしていない上に俺を抱いている母親が逃げるより、山慣れしていると思われる男が追いつく方が早かった。

 眼前には崖。後方は追いかける男。父親と母親は何を思ったか、俺ごと抱き合うと崖に身を投げ出した。

 

 

 

 目を開けると、あの男が俺を抱き上げていた。軽く手当したのか斬りつけられた所には布が巻かれているが、やはり失血のせいか顔色が悪く思える。

 男は俺を撫でると、そのまま何処かへ歩いて行く。何だかんだいって俺も疲れていたのか、瞼は自然と落ちていった。

 

 

 

 ――それが、俺の覚えている中で最悪な記憶だ。何が悲しくて人が殺される所を目撃されねばならないのだろうか。

 

 父親が殺した男と俺を拾った男は同じ村に住んでおり、そしてアイヌの民だということが成長するにつれて段々とわかっていった。

 

 そこで感じるのがどうしようもない異物感だ。

 

 そもそも俺はアイヌの血が繋がっておらず、更に言えばこの村の男を殺した者の子供だ。事情を知っている者の中には赤ん坊に向けるには筋違いとわかっていても抑えきれない憎悪を俺に向ける者もいた。

 そして前世の記憶があるせいか、俺の精神は既に成熟仕切っており、その上日本語も理解していた。時代の違い故書き言葉は微妙だが、口語ならほぼ完璧だ。教えてもないのにアイヌの言葉ではなく日本語を理解し、そして大人のように振る舞う幼子はさぞ気持ちの悪い存在だっただろう。俺を連れ帰り育ててくれた男――本当の息子のように俺を扱ってくれている――には本当に足を向けて眠れない。

 

 そうして自身が異物であることを理解して、なるべく波風立てないように生活して、そして十年程。

 俺も男を実の親のように思い始め、男や他の村の者から狩りや彫り物を教わったりし、男手が足りない時には狩り出される程にもなっていた。

 未だ儀礼については覚えきれていないが、それも少しずつ着実に学んでいる。

 

 徐々にアイヌの魂を継ぐ一員であると思い始めた頃。俺は育ての親である男――名前はイニセテッと言う――と共に狩りに出ていた。

 共に鹿を仕留め、罠にリスがかかっていないか見て来るように言われた俺は一人山を歩く。

 そして罠をいくつか周っている途中、何か枝を踏む音がしたので俺はそちらに向かってみることにした。

 

 

 

 ――そこにいたのは一人の少女だ。

 

 

 

 泣いていたのか、その目は赤く腫れている。

 頭にはマタンプㇱを巻き、美しい白い毛皮とアットゥㇱをまとっている。俺よりも少し小さい子供とはいえ、尻っぱしょりにしているのは女にしては珍しい。

 

 

 そこで、俺は彼女が誰なのか気がついた。

 

 

 その名は「未来」を意味し、アイヌの未来を託されてしまったアイヌの少女。

 

 ――彼女はアシㇼパだ。

 

 そして俺は理解する。この世界は『ゴールデンカムイ』の世界であり、俺は村だけでなく世界にとっての異物であったのだと。

 

 




 今回の無料公開でどハマりしました……。こんな面白い漫画をスルーしていた過去の自分を殴りたいくらいです。
 それともし自分が金塊ゲットしたら多分一生遊んで暮らすと思います。お金欲しい!
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