原作キャラが全くもって出て来ません。
こんなつもりじゃなかったのに!
アシㇼパに狩りの腕を揶揄われたその数日後。
俺を育ててくれていたイニセテッが死んだ。死因は病死だ。
元々そろそろ死んでしまうのではないかと思われる程の病状だった。別れの言葉は既に済ませていたし、イニセテッ自身の親戚も既にいとまごいを済ませていた。
だから悲しいかと言われれば悲しいが、泣き暮らすような気分にはならなかった。
むしろ少しふわついた気分かもしれない。縛りつけていた縄が切れてそのまま沖に流される船にでもなった気分だ。
俺がそんな風になるのを見越していたのか、イニセテッは俺に自分が死んだ後は好きに暮らせと言った。
俺は……育ててくれた恩があるからできないと言った気がする。和人の子、それにコタンの人を殺した奴の子供を育ててくれたのだから、その恩は返すべきなのだと言ったのだ。
だが俺の言葉にイニセテッは力なく笑って言った。「そんなものを気にする必要はない」
「後は全て弟たちに任せてある。お前はお前のしたいように生きろ」
俺はそれに何て答えれば良いのかわからなくて、曖昧に頷いて会話を終えた気がする。そしてその次の日に彼は息絶えてしまった。
結局、どうすれば良いのかわからないままだ。
葬儀も終えて一週間。それでも俺は何がしたいのかわからなかった。
思えば前世でもそうだった気がする。取り敢えず周りに流されて生きていた……と思う。何せこっちで生を受けて十何年経っているのだ。もう記憶はだいぶ薄れている。
そうしてぼんやりと過ごしている中、ふと、イニセテッが彫ってくれたマキリが目に入った。
イニセテッは当然の如く俺より何もかも上手だったが、彫り物だけは俺の方が上手かった。というより、イニセテッに彫り物のセンスが無さすぎたと言うべきか。
「だから俺は嫁を娶れなかった」と言っていた記憶がある。「お前は同じくらいの歳頃の奴らの中でもいっとマキリを彫るのが上手だからきっと選り取りみどりだ」とも。
「……イニセテッ……」
マキリを見て、思い出した。
イニセテッは俺にわざわざ新しいマキリを彫ってくれた。まだ俺がアイノネではなく
「お前はいつもそうだ。全然自分のことを表に出さない。何でも良い、何か気になることはないのか?」
それでも、「何も」と俺は答えた。
するとイニセテッは何か少し考えて、俺の目を見てゆっくりと口を開く。
「……実はな、そろそろお前の名前を考えようと思っているんだ。
だがお前ときたら名付けに出来そうな程の話がない。日本語が村の誰よりも上手いのとヘビが平気なくらいだ。
何かないのか。何が嫌いとかでも良い。それでも何もないならお前の名前はヘビに因んだものにするぞ。それが嫌ならちゃんと言いなさい」
冗談めかしているが、その目は真剣だった。
その目に応えなければならないと、俺はおずおずと口を開いた。
「俺は……俺は」
イニセテッは急かさずに俺の言葉をじっと待った。
「――俺は……人殺しになりたくない」
誰にも言ってないことだったが、俺はこの世の生命を命と捉えていなかった。
転生なんてしたからか、死んでも
感覚としてはゲームで敵キャラを見ているようなものだ。必要に駆られれば何の感情も抱かず
そんな感覚だったからこそ、俺はいつか人を殺してしまうかと恐ろしかった。何せ父親は追い詰められて見ず知らずの恩人を殺してしまうような男だ。蛙の子は蛙という諺があるように、俺も追い詰められてしまえばイニセテッでさえも殺してしまうのだろうかと考えると夜も眠れなかった。
「俺は……命を想いやれない。カムイだって同じだ。こんな考えの俺は、いつかあいつのように人を殺してしまうかもしれない。何かあったらイニセテッだって殺してしまうかもしれない。
俺は……それが怖いんだ」
話している内に顔は俯き、声も小さくなる。それでもイニセテッは俺の言葉をじっと、一言たりとも聞き漏らさぬように聞いていた。
「お前……両親のことを覚えているのか……」
思わずと漏らしたイニセテッの言葉に、ゆるゆると頷く。
「俺の父親はこの村の男を殺したんだろう。赤ん坊の視界で朧げだったが、それでも目に焼きついている」
「そうか……」
イニセテッは俺の頭に手を置き、そして乱雑に撫でる。それは赤ん坊だった俺を拾った時と同じようで、でもその時よりは力強く、それに従い彼の思いも強く伝わるようであった。
「よく話してくれたな」
イニセテッは強引に俺の顔を上げる。そうして見えた彼の表情は慈愛に満ちたものであった。
「そうか……そうだな……。
……決めた。今お前がちゃんと話してくれたから決められた。
お前の名前はアイノネだ。意味はわかるな?」
イニセテッが促すように言う。もうアイヌの暮らしをして七年は経つ。その言葉の意味はわかっていた。
「
「そうだ。人間になれ、アイノネ。お前は自分が父親のようになってしまうことを怖がっているようだが、お前はお前で、あいつはあいつ。皆違う一人の
あいつはそういう人間だったに過ぎない。お前はあいつとは違う人間を目指せば良い。
――だから、アイノネだ」
そう言って、イニセテッは爽やかに笑った。
――そうだ。どうして忘れていたんだろう。
あの時、俺は確かに「人間になりたい」と思ったのだ。本当、何故今の今まで思い出せなかったのか。
俺はマキリを握り締めて胸に当てる。下手くそながらもイニセテッが彫ってくれた大切なマキリ。そうすればイニセテッとの
その日、俺は転生して初めて自然と涙がこぼれた。その時俺は確かに、少しだけではあるが、「人間」になれた気がしたのだ。
***
そうして夜を泣き明かした次の日。俺は村長に村を出て行くと言った。
村長は悲しげな顔をしたが、反対はされなかった。「すまない」そう俺が言うと、彼は小さく首を横に振った。
イニセテッの弟達も同じだ。彼らも悲しそうな顔をしたが、「いつかそうなると思っていた」と話した。イニセテッが後のことは頼んだと言ったそうだから、そのせいなのかもしれない。
彼らは俺にイニセテッの形見を分けてくれようとしたが、俺はそれを断った。俺には彼が生前に与えてくれた諸々とマキリ、そして「アイノネ」と言う名前。それで充分だった。まあ、村を出るのにあまり荷物が多いと困るということもある。
「イニセテッはずっとアイノネのことを気にかけていた。俺たちもお前のことはずっと心配だったんだ。
お前は誰よりも和人の言葉が上手だからその辺りの心配はしていないが、何かあったらいつでも頼りなさい」
イニセテッのすぐ下の弟はそう言って俺を送り出してくれた。
山に入った俺はまずクチャで夜を明かした。
これからのことはまだ決めていない。山で狩りをして暮らすか、町に降りて和人と共に暮らすのも良いのかもしれない。
……ただ、今の時期迂闊に町に降りると金塊争奪戦に巻き込まれそうなのがな……。
俺がいた村はアシㇼパの村とそう離れていない。和人と取り引きする時はいつも小樽の町に降りていた。
十幾年も前の前世のことだから記憶も曖昧だが、確か小樽の囚人を狙って第七師団が来た気がする。白石や杉本とかならまだ良いが、軍人や囚人に遭遇するのは避けたい。単純に怖い。
だからと言ってアシㇼパに合流するのもナシだ。何て言ったって変顔したって漫画の主人公兼ヒロイン。どんなことに巻き込まれるかわかったもんじゃあない。
いくら漫画世界に転生したからってそんなミーハー根性は持ち合わせていないのだ、俺は。
「ふう……」
物を食べて一息つき、手持ち無沙汰になった俺は軽くなった髪を弄る。
村を発つ前にイニセテッの弟に切ってもらった髪は先程燃やしてしまった。火のカムイは神の国と人の世との媒介をしていると教えられたので、多分俺の髪の毛をイニセテッに送ってくれるだろう。それで俺の今の心境が伝われば良い。宛もないが、心に一つの指針を得たのだ。今なら大きな声でイニセテッに伝えられる気がした。
***
さて、夜が明けたら次は獲物を獲りに行く。
罠を仕掛けた所に向かうと、何やらもがく声が聞こえた。
そちらを見てみれば、どうやら和人の男が間違って罠にかかってしまったようだ。
さすがに見ず知らずの人間を死なせてしまうのは目覚めが悪い。俺は罠を解き、そして互いに朝飯もまだだったのでお詫び代わりに男に飯を振る舞うことにした。
「悪かったな吉田
和人の男――彼は吉田と名乗った――と共にクチャに戻った俺は、帰り際に捕獲したリスをチタタㇷ゚にして丸めてオハウに入れる。漫画でもあったが要はつみれ汁だ。リスの出汁が染み込んでいるのでかなり美味しいと思う。
男は俺の差し出した椀を受け取ると、おずおずとそれを口にした。
男は酷く緊張している様子で、頻りに周りを気にしている様子だ。こんな様な精神状態には覚えがある。あれほど酷くはないが、あの父親が山を逃げている時にこんな様子だった。
俺が男の様子を伺っている間も、男は辺りを気にする様子で、そして着物の合わせをやたらといじくっている。
「……吉田ニㇱパ、何か悪いことでもしたのか?」
「……
男は俺の言葉に訝しげな視線を向けた。
「やけに周りを気にしているようだから。それにあの罠は山道からは外れた所に仕掛けたつもりなんだ。ただ山を通るだけならあんなところ通らないと思ってさ。
……何か訳ありなのか?」
「訳あり、な……」
男は汁物をぐいと飲み干すと椀を置く。そして一呼吸置いた後、口を開いた。
「何、少しばかりヘマをしてな。それで町を追われているだけだ」
「そうか。
俺はそうして自身の椀にお代わりをよそった。男にもお代わりが必要かと尋ねたが、男はもう腹一杯だと言って断った。
そのまま男は俺と行動を共にすることにしたらしい。何でも町へ降りたくはないがかと言って山で生きる術もない。アイヌの民であろう俺と共に行動したいとのことだ。
俺はそれで特に困ることもないので了承した。俺だって自発的にではあるが寄る辺のない身の上だ。少しばかり他人に付き合うのも良いだろうと考えていた。
それが崩れたのはその日の夜のことだ。夕飯はモユㇰを仕留めたのでそいつを食べ、毛皮は男の襟巻きか帽子にしようと思った夜。
俺は何となく目が覚めてしまった。横を見ると、隣で寝ていたはずの男がいない。夜に山を出歩くのは色んな意味で危ないと言うのに何処へ行ったのかと思い俺はクチャを出た。
……何か痛がるような呻き声が聞こえる。
あの男の声だ。どうやら怪我でもしたらしい。こんな夜に外に出るからだと呆れつつ、俺はそちらへ向かう。
「吉田ニㇱパ、怪我でもしたのか。こんな夜中に出歩くから――」
そこでは、男が片袖を抜いて肩に包帯を巻き直していた。
月明かりでは血が止まっているかどうかはわからない。ただ、薄ぼんやりと月明かりを反射したその背に浮かび上がる線と漢字の入り交じった刺青は――。
「――その刺青は、金塊の……」
男は背後に立つ俺に気づき、直ぐに体勢を整えた。そして直ぐに俺に飛びかかり、組み伏せる。
「……お
男はそう俺に問いただす。どうしてと言われても、前世の知識ですだなんてとても言えない。
俺が答えあぐねていると、男は俺の首に手を回した。そしてぎちりと力が込められる。
「もしかして最初から俺が脱獄した囚人だって知ってやがったな!? 金塊の情報欲しさに俺を懐柔しようとしたんだろう! だが残念だったな! 金塊は俺が見つけるんだ。誰にも渡しゃしねぇ。その金塊があれば、俺は、俺は――」
男が何か言い募っているが、俺の意識は今にも落ちそうになっていて聞き取ることは出来なかった。何とか逃れようともがき、その手が辿り着いたのはマキリの柄だ。
――このままだと、殺される。
そんな一心だった。
それから、俺は男の皮を剥いで死体はどうしようもないから放置した。どうせ囚人だ。ウェンカムイみたいなものだろう。
……男の目が濁り、冷たくなっていく様を目の当たりにしても、俺は結局何も感じなかった。同じ釜の飯を食い、一つ屋根の下で眠った中だと言うのに。
俺は、やはり人間になんてなれないのだろうか。
――考えても仕方がない。今はとにかく俺が生き残ることを考えるべきだ。さて、この後はどうするか。
囚人を殺してしまってしかも皮まで剥いだのだから、もう金塊と無関係でいられることはないだろう。賭場に流したって鶴見に尻尾掴まれて終わりだ。
やはり自身の生存を第一に考えるならアシㇼパのもとに行くべきだろう。第七師団は言わずもがな、土方一派も最初はちょっとやばそうだった気がする。
取り敢えず明日はアシㇼパを探そう。そう考えてその日は眠りについた。
アイヌの名前に関してはネットで調べただけなので間違ってるかもしれないです。