綾小路清隆の友人
──オレがアイツを初めて認識したのは4月の入学式の日に行われた自己紹介の時だった。
平田洋介と名乗った好青年の提案により行われた親睦を深めるための自己紹介。他人と関わるのを嫌っている堀北鈴音や如何にも不良そうな須藤健といった生徒が、参加を拒否し教室を後にし、決して浅くない溝を作った。
そんな中、友好的な生徒たちによる自己アピールが行われていき、そしてアイツの番は回ってきたのだ。
「次、君にお願いしてもいいかな」
「俺の番か⋯⋯」
平田が優しくお願いすると、その男はゆっくりと席を立った。教室に残った全員の視線が突き刺さる。注目を集めることに慣れているのか、その一つ一つの動作が綺麗で、目を惹き付ける。値踏みをするかのような不躾な視線をものともせずに、微笑みを持って穏やかに言葉を紡いだ。
「俺の名前は
スラスラと聞き取りやすい声音で挨拶が終わった。堂々とした振る舞いに端麗な容姿、背丈こそやや低いものの、十分にスタイルが良いと言える。その証拠に何人かの女子がその顔を見て頬を赤らめている。
それよりも興味を引いたのは教会で神父見習いをやっていたという事実だ。オレが疎いのかもしれないが、実際にそういった人間を見る機会はほとんどなかった。もしかすると、この教室内にいる生徒のほとんどがその実態を知ることは無いのかもしれない。そうだとすれば、言峰の自己紹介は十分に興味を引くものであったと言えるだろう。
「神父? スゴいね、僕、本物の神父さんに出会ったの初めてかもしれないよ。普段どんなことしてたの?」
珍しい、と特異なものを見る目線が言峰へと向けられる。オレの予想通り、この場にいる人間が神父と言ったものを深く理解してないのだろう。
「正式なものじゃないし、あくまで見習いだからね。暇な時はせいぜい門前で箒をはいてただけだよ」
「へぇ、スポーツもやってたならサッカーとか興味ない? 僕も一緒にサッカー部に入ったりとか」
「ありがたい誘いだけども部活動に所属するつもりは無いよ。ここにも教会があるみたいだし、そこで雑用でもするつもりなんだ。それに、自己紹介を次に回さないとね」
言峰が苦笑しつつ視線を後ろの席の生徒へと向けた。その席の女子は緊張しているのか、目が合うと俯いてしまう。
そんな一連の様子を見た平田は「あっ」と声を漏らすと申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。言峰の特異な経歴に好奇心を擽られたのだろう。他の生徒も忘れていたのを誤魔化すように平田へとヤジを飛ばした。
「もー、しっかりしてよ平田君っ」
「言峰のこと大好きかよっ」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ次お願いできるかな?」
「あ、うんっ」
女子生徒の自己紹介が始まった。佐藤というらしい。
ぼんやりと次々に行われる自己紹介を聞き流していく。そんな中、ちらりと言峰の視線がオレの方を向いた。
数秒、時が止まる。互いに何か感情を抱いたわけじゃない。だが、その瞳の中にオレは何かを見た。
それから、椅子を引く音が聞こえて意識が浮上する。気が付くと、言峰は既に視線を他の生徒へと向けていた。
この後、ほどなくして回ってきたオレの自己紹介が失敗したのは言うまでもないだろう。
1
言峰は授業中も騒ぐことなく静かに授業を受けていた。周りが教師から注意されないことをいいことに騒いでるのに対し、堀北や幸村のように私語をせずに黒板の文字をノートに写す珍しい生徒だ。
あの自己紹介から時間が経ったが、オレと言峰とに何らかの接触があるわけでもなく、彼は平田や女子グループと仲良くしているのを見掛ける。
オレは友達作りに失敗し、親しい友達というものが存在しない。池や須藤たちは声を掛けてくれるものの、そこに確かな友情があるかと聞かれれば、否と答えるだろう。いやオレは友達と思いたいのだが。
それにたまに声を掛けてくる平田でさえ、友達と呼べるか分からない。放課後、彼らに混じって遊びたい気持ちもあるが、男子二人に女子多数というのはさすがに精神的に参ってしまう。それ以前に、周りの女子が原因で平田と接触できないしな。近付いたら睨まれるし。
「哀れね」
隣人からはそのような同情を向けられた。⋯⋯彼女の瞳に憐れみがないことから罵倒や呆れのようなものだ。余計に傷ついた。
「そういえば寮の近くにある教会には行ったのか?」
「教会? 私は別に宗教に興味はないわ」
「行ってないのか」
「別に悪いことではないでしょう。それでその質問になんの意味があるのかしら?」
オレがわざと深く溜め息を吐いてみれば、案の定堀北は乗っかってきた。日々、罵倒や暴力に苦しめられてはいるが、負けず嫌いなところやプライドが高いところなど、かなり扱いやすいと思っている。
だから基本的に挑発的な行為には乗っかってくるケースが多いのだ。こうして、会話をすることによって堀北との友好度を上げ、あわよくば友達になろうと思っている。
喜べ堀北、お前をオレの友達第一号にしてやろう。
「言峰がそこで神父をしてるらしいんだ。元々学校側は宗教に属する者のために設置していたらしいから、自由に使ってるとか何とか」
「それと私が教会に行ってないのとで何の関連性が?」
「いやないけど」
「⋯⋯腹立たしいわねあなた」
猛禽類のような鋭い眼光がオレを射抜く。とても怖い。
少しからかっただけでこの反応だ。冗談を言おうものなら粛清脇腹チョップを喰らうだろう。相変わらず恐ろしい少女だ。
だから友達ができないんだよ。オレも人のこと言えないが。
「むしろ物事すべてに関連性を求めること自体が間違っていないか? オレはお前との会話の話題を作ろうとしただけだ」
「なぜ私があなたと会話しなければならないのか理解に苦しむのだけれど。話題云々の前に私と友達になろうとするのやめてくれないかしら?」
「まぁでも高校生活を送るにあたって1人くらい友達がいても良くないか? それに、隣の席の生徒と仲良くなりたいのは当然のことだと思うが」
「嫌よ。あなたと友達になる気は無いわ。今後、あなたから声をかけるのはやめて」
オレからはダメなのか。ていうか、即答速攻大否定はさすがにきついな。勇気を振り絞って告白したというのに、こんなことあるのか?
泣きそうになりながらもオレは堀北の命令を受諾した。仕方ない、彼女から声を掛けてくれるまで気長に待とう。
「⋯⋯声をかけるなとは言ったけど、だからといってずっと視線を向けてくるのもやめてくれない? 鬱陶しいわ」
「お前から話しかけてくれるのを待っていた」
「あなた変わってるって言われないかしら?」
「孤高(笑)の堀北よりは普通だ──ぐはっ」
侮蔑の視線、ありがとうございます。なんて言えるような人種ではない。
さすが煽り耐性ゼロの堀北だ、煽れば速攻で粛清脇腹チョップが行われた。しかも、目にも止まらぬ早さで行われる手刀は内臓すら抉ろうとしていた。
確実に内出血してそうだ。
「次は容赦しないわよ」
今も十分容赦してないだろ。
そんな言葉を吐こうとして、呑み込んだ。この場合、言い返すと更に酷い一撃を堀北は放ってくる。多少なりではあるが、オレも学んでいるのだ。
「そういえば、オレも行ったことないな。よし、今日の放課──」
「嫌よ」
早いよね。言い切る前に遮られてしまった。
まずい。このままでは堀北を友人第一号にする計画がご破算になってしまう。そうすれば、特段と会話する相手のいないオレは三年間ぼっちになってしまう可能性が益々高くなってしまう。
「そんなに友達が欲しいのなら、あなた一人で教会に行けばいいじゃない。上手くいけば言峰君と仲良くなれるかもよ」
「お前。堀北おまえ、天才か?」
「貴方って馬鹿よね」
何やら罵倒された気がするがそんなことどうでも良くなった。どうしてオレは今まで気がつけなかったんだ。友人が欲しい、教会に行ってみたい。なら、教会に行って言峰に会えばいいだけじゃないか。
まるで天啓を得たような気分だ。今のオレは殊勝な信者にもなれそうである。
オレは放課後、言峰がいるという教会に足を運んでみようと決意したのだった。
2
教会は特別棟の隣に存在していた。遠目で確認したことはあったが、実際にここを訪れるのは初めてとなる。
真新しい、と呼べるのかは分からないがオレの目から見たところ、汚れなどはない。石造りの建物にしては苔なども生えていないし、周囲の庭の芝生が綺麗に生え揃っているのを見ると誰かが手入れをしているようだ。
黒く塗り潰された柵格子を見送りながら、オレは教会の敷地内へと足を踏み入れた。
放課後から少し、図書室で野暮用を終わらせて来たので既に言峰はこの中にいるはずだ。いつものように平田たちの遊びの誘いを丁寧に断っていたのを見たからな。
「⋯⋯来客とは珍しい。神へのお祈りか? 己の罪の懺悔か? この教会に一体何の用だ?」
中へ入ると祭壇の手前に言峰は立っていた。その隣にはおそらく同じクラスの女子生徒と思わしき姿がある。確か、佐藤と言っていたな。軽井沢たちと共に行動していたのを何度も見かけていたので、平田と仲の良い言峰と接点があってもおかしくは無い。
佐藤はちらりオレを見ると、言峰に何事かを告げるとそのまま教会の裏へと行ってしまった。
「邪魔したみたいだな⋯⋯」
「気にするな。むしろ神聖な教会で級友と逢瀬を重ねる俺の方が怒られてしまうだろう」
「それならいいが」
言峰は制服ではなく、真っ黒なキャソックと思わしきものを纏っていた。長い黒髪も相まって確かに神父っぽい。本物を見た事がないので分からないが、左手に握られている聖書らしき書物や首に架かっている十字架のネックレスでオレは神父としか思えなかった。
じっとその姿を見ていたオレに言峰は不思議そうに首を傾げながら問掛ける。
「ふふ、気になるか? おそらくだが、綾小路は興味本位でここを訪れたのだろう?」
「すごいな。オレは教会とか来たことがなかったから、ただ見てみたかっただけだ」
「確かに日本人は宗教に疎いものが多いからな。むしろいずれかの宗派に属している人間の方が珍しい方だ。俺も育ての男が熱心なキリスト教徒でなければ、関わることもしなかっただろう」
「確かにな、言峰以外で教会に立ち寄っている人間をあんまり見ない。というか、言峰以外に人はいないのか?」
「いないよ。俺が来る前まではほぼもぬけの殻だったらしくてね。俺はここの掃除や片付けをする代わりにこうして、ひとつの施設をまるごと自由に扱っていいと言われてるんだ。要するに学校側と取引をしたんだよ。清潔に保っている限り、それなりのプライベートポイントが貰えるみたいだしね」
言峰が優しく説明してくれた。いつも堀北の当たりの強い言葉を聞いているせいか、こうも穏やかな声音で話しかけられると感動しそうになる。オレは今猛烈に人間の温かみを感じているのだ。
ふと、教会内部には校舎のように監視カメラがないことに気がついた。これは言峰の意向か、学校側の決定なのか。まぁ、教会内に監視カメラって信者からすれば不愉快な話だろうが。
「それより、学校には馴染めたか? 綾小路」
突然だった。
自己紹介の時のように言峰と目が合う。そこにあるのは無機質な目。まるで興味のないかのような、浅い暗闇を映す瞳だ。
オレはその質問の意図を理解しきれずに、さらに質問を返してしまった。
「どういう意味だ?」
「ああ、いやそんな難しく考えなくていい。あくまで世間話のつもりだったんだ。君がスーパーで物珍しそうに商品を眺めているのを見たことがあってね。あまりそういったものを知らないんじゃないかと思ったんだ。学校生活で不慣れなことがあるかどうか、それを知りたかっただけさ」
「⋯⋯まぁ、新しいことばかりで楽しいな」
「知らないことが増えると、それだけで楽しくなる。知識は素晴らしいね。知るということは、人間的成長をするということだ。そう考えると、勉強だって苦にならない。これは日常生活でも言えることだな」
そう言いながら言峰はオレから手元にある分厚い聖書へと視線を落とした。ペラペラと捲りながら、しかし身体だけはしっかりとこちらを向いている。
「不躾な質問だが、友人はできたか?」
「あー、残念だが胸を張ってそうだと言える相手はいない」
「そうか。それは失礼なことを聞いたな」
堀北は友人に入るのだろうか。いや彼女なら軽蔑の瞳とともにオレをこれでもかと罵るだけだろう。
つまりオレには友達がいない。悲しくなってくるなこれ。夢のハイスクールライフは俺のことを嫌っているらしい。
ふと、聖書から顔を上げた言峰と目が合った。その瞳に宿る感情を推察することは出来ない。だが、何故か相手が親近感のようなものを抱いていると感じた。理由は分からない。目の前の男はオレに対し、仲間意識を抱いている。
「では、俺が友人となろう。君がより良き学校生活を送れるように、親愛を、友愛を、隣人愛を委ねよう」
「⋯⋯いいのか?」
「なんだ、俺が友人では不服か?」
苦笑しながら言峰が言う。不服なぞ無い。むしろこちらから願いたかったほどだ。なるほど、もしかすると言峰はオレと同じタイプの人間だったのだろう。平田たちと親しくしてはいるが、実は大人しいタイプで、根暗なのだ。だから、オレと友達になりたがっていたのだ。
⋯⋯かなり無理がある話だがそうに違いない。憐れみからの提案ならオレは発狂して校内を駆け回ることだろう。
「是非お願いしたい。いやお願いします」
「そうか。では、改めて自己紹介をしよう。俺は言峰士郎。今日から君の友人だ。なんでも相談してくれ」
この日、オレはDクラスの2大イケメンにして、良心とも呼ばれる男と友人となったのだった。
⋯⋯これで堀北に勝ったな。
綾小路「堀北はぼっちだがオレは言峰という友人がいる。よし勝った」
次の語り手は?(あくまで参考にする程度です)
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綾小路清隆
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堀北鈴音
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平田洋介
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佐藤麻耶
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櫛田桔梗