クラス間の格差が周知になった。
オレたちDクラスはCPを全て吐き出し、0ptという評価を下される。担任である茶柱は不敵な笑みを浮かべながら、興味深そうにクラスの反応を楽しんでいる。そして、ホームルームが終わると同時に、動揺したまま生徒たちが各々に抱いた感情を吐露していく。
「Aクラスに上がるために必要な差が大きすぎる⋯⋯」
隣の席で堀北は苦虫を噛み潰したように顔を顰め、これから先について考えているようだった。
オレは唯一の友人である言峰へと視線を向けてみる。言峰は平田と一緒に大勢に囲まれ、その問答の対応に追われているようだ。苦笑しながら皆を宥めている姿は、平田同様Dクラスの良心たる証拠だろう。
「堀北、これからどうするつもりなんだ?」
「⋯⋯私がDクラスに配属されるはずが無いわ。それについて放課後茶柱先生に問い詰めるつもりよ」
「それなら平田や言峰、櫛田辺りもDクラスというのはおかしいな。あの三人は成績も悪くなかったし欠点があるようには思えない」
事実、彼ら三人は小テストの平均点を大幅に上回っていたし、言峰は全教科満点という隔絶した学力を発揮していた。
明らかに中学を卒業したばかりの生徒が回答できるはずのない問題をミスひとつなく解いて見せたのだ。堀北が結果を見て悔しそうにしていたのをオレは横目で確認している。
「そうね。⋯⋯平田君や櫛田さんはともかく、学力でトップだった言峰君がDクラスなのは不自然だわ」
「もしかしたら学校側は学力だけで生徒を見ていないんじゃないか?」
「そんなことあるはずない。学生にとって一番大切なのは勉強よ。それさえあれば、他に何も⋯⋯」
何となく見えてきた気がする。
学校側は確実に学力だけでなく、その他様々な点で生徒の実力を測り、評価している。勉強が出来ても社会性や協調性が皆無な堀北がDクラスに配属されたのはそれが理由な筈だ。
学校側は社会に出るにあたり必要な能力で格差をつけている。
「それじゃあやっぱり、高円寺もDクラスなのはおかしくないか?」
「彼は⋯⋯高慢な態度が原因じゃないかしら」
それは堀北も同じだと思うが。
とはいえ、態々堀北に教える必要は無い。オレは事なかれ主義者だ。自分から問題ごとに踏み入ることはしないつもりだ。
「とにかく、放課後を待つしかなさそうね」
そう呟いたきり、堀北は口を開かなくなった。考え込んでいる様子だ。下手に話しかけて藪蛇をつつくのは得策じゃない。また断罪チョップの餌食になりたくなければ、触らないことだ。
3
「俺がDクラスに配属された心当たり?」
「ああ。あまり聞くべきことじゃないんだろうが、気になってな」
「ふむ、綾小路とは友人だ。別に気にする必要は無いよ。友人関係というのはこんなふうに気軽に踏み入れる間柄であるべきだ」
昼休み。オレは言峰と平田の三人で中庭へと来ていた。
言峰から誘いがあり、オレはそれに便乗する形になった訳だが、昼食まで奢ってもらい申し訳なく感じる。友人なら当たり前なのか?
三人並んでベンチへと腰をかけている為、多少狭いがこの距離感の方が友人らしさを感じられる。
すまんな堀北。お前がぼっちの時間を過ごしているというのに、オレは最高の友人と食事を取っている。
「そうだね、僕も不思議に思ってたんだ。士郎は成績も良いし運動も出来る、何より人気者だから、Dクラスは不自然だよ」
「それは洋介にも当てはまるだろう? 同じことさ」
「僕はあの小テストで満点なんて取れなかったよ。自己紹介で言ってた通り勉強が得意なんだね」
「日頃の積み重ねの結果だよ。誰にもできることだ」
「それが凄いんだ。地道に継続して何かをやるのって、好きでもない限り難しいと思うから」
「そうか。ありがとう、そう言って貰えて報われた気分だ。まぁ俺は勉強するのが好きな人間だからね、好きでもないのに高得点の人と比べたら凄くはないよ」
言峰と平田が何やら人気者トークをしていた。こんな感じで会話すると友達が増えるのか? 一応参考にしてみよう。
それより、聞き流せないセリフがあった。この二人普段から名前呼びなのだろうか。オレだけ疎外感があるんだが、もしかして平田はオレより言峰と仲が良かったりするのだろうか。
「それで、俺がDクラスに配属された理由だったか。⋯⋯思いつく限りでは面接でしっかり受け答えができていなかったか、筆記の方で点数が低かったか、それぐらいだな」
「言峰でも面接試験で緊張したりするのか?」
「するさ、俺も人間なんだ。自己紹介の時だって本当は心臓が張り裂けそうなほどだった」
「あはは、僕も面接試験は緊張したかな。妙に圧迫感があるから」
流石にすぐに理由は分からないか。言峰や平田は裏表のなさそうな人間だし、他人の陰口を言ったりするタイプじゃない。
まだ浅い付き合いだが、この二人の為人は何となく分かってきた。だからこそ、何故Dクラスなのかという謎が残るわけだが。
「それより、無理に誘ってしまったか? いつもは軽井沢たちと昼食を取っていただろう?」
「別に構わないよ。彼女もそこまで言わないし、何より女子に囲まれて食事をするのはちょっと窮屈だったんだ。士郎がいないなら尚更僕一人だから」
「確かにあの空間は居づらさがあるな。基本的に王や佐藤たちとしか話してない気がするが」
「僕たち二人だけで会話してると怒られるもんね」
あはは、と平田は苦笑しながら零した。Dクラス2大イケメンにも悩みはあったようだ。何不自由ない生活を送ってそうだったが、人気者には人気者の悩みがあるらしい。
「二人はこれからどうするつもりなんだ? やはりAクラスを目指すのか?」
「そうだね。僕はAクラスを目指そうと思ってる。それに、皆がそれを望んでいるんだ。協力し合って、Dクラスが一丸とならないと困難だと思うし」
「クラスの一丸は前提条件だろう。そこからクラス毎に各々の得意分野を活かし、戦うべきだな。俺は卒業したら教会に戻るつもりだからAクラスに皆ほどの望みはないが、それでも手伝いたいと思ってる。同じクラス、仲間だしな」
流石、Dクラスの良心たちだ。堀北とは違う。堀北はまず自分の評価に不満を抱いていたが、彼らはそれを受け入れた上でチームの力で戦おうとしている。
本当に見習うべきだと思うぞ堀北。
それに、本気でAクラスを目指すなら男子を纏められるこの二人は統率者として必要不可欠な存在だ。それに彼女が早く気付けばいいが。
⋯⋯無理そうだな。
「放課後、皆で今後について話し合うつもりなんだ。士郎と綾小路くんも参加してくれないかな?」
「申し訳ないが洋介、放課後は私用があってな。会いたい人がいるんだ」
「オレも誘ってくれたのは嬉しいが茶柱先生に呼び出されてる」
「そっか。無理に誘っちゃってごめんね」
「気にするな。埋め合わせはする。明日なら用事はないから必要なら声を掛けてくれ」
「うん! お願いするよ!」
それからは少しだけ今後のクラスの方針について話し合い、中間試験をどうやって乗り越えるか対策を講じていた。
終始オレは相槌を打つだけだったが、この二人と対等に話せるスキルが欲しい。
堀北、どうやらクラスの人気者を友人に持つとそれなりのぼっち感は味わうようだ。今この瞬間はオレたちは同じひとりぼっちだな。
4
「言峰君、ですか?」
「ああ、言峰士郎は平田同様統率者としても駒としても長けた存在だ。それに、唯一高円寺を御する生徒でもある。お前がAクラスを目指すなら必ず必要になってくるだろう。個人の力では限界がある。まだ高校一年生とはいえ、社会に片足を踏み入れているんだ、子供のように癇癪を起こしてばかりでは前には進めない」
生徒指導室。オレの入試結果や小テストの点数が茶柱の手によって堀北にバラされた。プライバシーとかどうなってんですか教師なのに。
堀北は茶柱に諭されていた。普段の言動はまるでオレたちDクラスを見放していたかのようだったが、この瞬間だけは真に教育者として指導しているように見える。
「お前が目指すべきAクラスの完成系が言峰士郎だ。学力、知性、身体能力、判断力、協調性、その全てが秀でた存在。そしてカリスマ性をも持ちえている、正に完全無欠と言っていい生徒だな。本当に高校生なのか疑うレベルだ」
「では、何故彼はAクラスではなくDクラスに配属されたのでしょうか」
「それは答えられない。生徒のプライバシーに関わるし、お前たちに知る権利はない。唯一知る方法は本人に直接尋ねるしかないだろう」
生徒のプライバシーを尊重するならオレのテストの点数もプライバシーなんだから尊重して欲しい。
だが、茶柱の言うことは事実だ。実際、言峰はDクラス内で一切の顰蹙を買っていない。むしろ須藤含め、クラス全体が好意的だ。誰とでも気軽に接することが出来、堀北でさえ、ここ数日は少なからず会話をする仲にはなっていた。
社会に出て、彼を欲する企業は多いだろう。言峰は必ず成功する、と確信を抱けるような風格を纏っている。
「そうだな、もう一つだけ助言をしておこう」
「⋯⋯お願いします」
「先程話題に出した言峰だが、扱いにだけは気をつけろ。あれは薬にもなれば毒にもなる。あいつは必須だが、あまり頼りすぎるなよ」
「それは⋯⋯彼に敵意を持たれたら、クラス全体から敵とみなされる、ということでしょうか」
「⋯⋯ふん、まぁそんな感じだ。分かったなら行け、私はこれから忙しい」
茶柱はオレたちに退室を促した。堀北と共に職員室から出ると、先程の会話について考える。
薬にもなれば、毒にもなる。どんな意味がその言葉に内包されていたのか、今は分からないが、堀北の解釈は間違っていると確信できた。
「これから言峰君に会いに行くわ。貴方も付いてきなさい綾小路君」
「別にいいが、連絡すればいいのか?」
「⋯⋯どうして貴方が彼の連絡先を知っているのかしら。ストーカーは犯罪よ?」
「失礼すぎる。普通に友人になったからに決まってるだろ」
「驚いた。貴方本当に友達が出来たのね。それも言峰君なんて」
心底意外そうに堀北は瞠目した。確かにそう言われても仕方ないのかもしれないが、流石に傷つくぞオレも。
心の傷を癒すためにオレは友人、いや親友の言峰へとメッセージを送る。すると、一分もしないうちに返信が来た。
「特別棟の方にいるらしい」
「特別棟? ⋯⋯一体何をしてるのかしら」
「さぁ、でも会うなら教会に来て欲しいそうだ」
「仕方ないわね。要求したのはこっちだから、相手の提示した条件に従う他ないわ」
まぁ言峰と言えば教会だろう。友人となるきっかけが教会だった為にそういった印象を抱いてしまう。
それに放課後会う時は決まって教会だった。言峰は普段から教会にいるのだろうか。平田たちと遊びに行くこともあるようだが、基本的に佐藤などの女子と二人きりでいるのを見掛ける。
プレイボーイなのだろう。友人として鼻が高いな。
教会は寮の近くだ。それほど離れた距離じゃないし、苦労にもならない。
オレと堀北は教会へと足を伸ばした。
ガチャり、と木製の大扉が音を立てた。金具をするような音が響き、ゆっくりと扉は開かれる。
中を見渡せばいつも通りの景色。ステンドグラスから差し込む光がどこか神秘的だった。なるほど、神に見守られているような感覚とはこんな感じなのか。数回訪れたが、その度に安心感が増している気がする。
いやこれは言峰がいるからなのかもしれない。
「ようこそ、態々足を運んでもらってすまない。少し野暮用があってね、基本的にここにいるのだが鍵を開けるのが遅れてしまった」
既に神父服に着替えていた言峰がオレたちを歓迎するかのように立っていた。祭壇を背に、逆光を浴びながら立つその姿は敬虔な信仰者を思わせる。
堀北も心なしか、たじろいで見えた。
「それで、話というのは?」
「⋯⋯貴方にAクラスに上がる協力をして欲しいの」
「ふむ、何故そのような要求をするのか聞いてもいいかな?」
「私は、Dクラスに配属されたことに不満を抱いているわ。でも、それは貴方もそうでしょう? 学力の高い貴方が、Dクラスなんてプライドが許さないはず」
「⋯⋯なるほど。俺がDクラスに協力するのは構わないよ。だけど、君に協力するつもりは無い」
「なっ! どうして──―」
「それは君が本題を理解してないからだよ。そもそもの話、下された評価に不満を抱くことが間違っている。人は生きている限り、必ず他者に評価される。そして、その評価に不満を抱いてはならない。何故ならその評価は己の行動の結果だからだ」
言峰は穏やかな笑みを浮かべていた。対称的に堀北の顔は強ばっている。真正面から協力しない、と言われその上自分の考えの否定。反感を抱かない方が不自然な状況だ。
「君は他者との協調を拒んだ。拒絶した。個人で全てやっていけると思い込んでいる。その時点でアウトなんだよ。日本社会が真に必要とするのは有能な個人じゃない。円滑に物事を進められる集団だ。確かに有能な社員は出世出来るだろう。だが、その有能を君は履き違えている」
「⋯⋯」
「社会が求める有能な人間は協調性がある集団を引っ張れる存在だ。後方から指示するだけのボスはいらない。先頭に立って集団を率いることが出来る人間を有能な人間というんだよ。君は当てはまらない。この学校は学力だけが高い生徒ではなく、周りに溶け込め、協調することができ、それでいて頭の良い人間を排出したがっている」
「私は⋯⋯」
「君は孤高を目指しているようだが、それでは人はついていかないし、何より君を異物として排除しようとするだろう。君は嫌われ者の部下を出世させようと思うかい?」
堀北は黙りこくったまま言峰の言葉に耳を傾けている。だが、悔しそうに肩を震わせていた。
「君はこのままじゃ就職なんて出来ない。出来たとしてもやっていけない。個人業なら大丈夫だろうが、大手企業なんかだと受け入れられない。有能な個人というのは周りに認められて初めて存在を許される。今の君はきっと許されないだろう。排他されていくだけだ」
「それでも、私は」
「君の行動の結果が今の評価、Dクラスという評価。君は孤高なんかじゃなく、ただ独り善がりな異端者。例え、俺が君に協力したとして、Dクラス全体は君の意見を受け入れない。つまり、俺や平田を経由する指示になるだろう。それは果たして君の実力と言えるだろうか?」
「──―ッ!」
「結局、一人では何も出来ない。その時点で君は孤高なんかじゃなく孤独なんだ。だから俺は君に協力はしないよ。でもDクラスには協力するさ。仲間だからね。君は何もせずにただ孤独でいればいい。それが君の評価なんだから」
心が折れた音を聞いた。
言峰にしてはかなり毒舌だと思ったが、彼は堀北の成長を促しているのだろう。そうでもなければ、Dクラスの良心と呼ばれる言峰がここまで人格否定をするはずがない。
ここで折れれば、堀北は妥当な評価を下されたことになる。だが、もし先に進むことが出来たのなら、きっと言峰も堀北に協力するだろう。
──―震えて涙を流す堀北を、慈悲深い瞳で見つめる言峰の顔が歪んでいたように見えた。それはおぞましいほどに恍惚としたもののように感じたが、逆光により歪んで見えただけだろう。
この時、オレか堀北、どちらかが言峰の本性に気付いていれば、結果は変わっていたのだろうか。
Dクラスの良心(笑)
「愉悦ッ!」
次の語り手は?(あくまで参考にする程度です)
-
綾小路清隆
-
堀北鈴音
-
平田洋介
-
佐藤麻耶
-
櫛田桔梗