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二度目の特別試験の説明が終わり、私、綾小路くん、幸村くん、外村くんの四人は退室を促された。
真嶋先生の指示に従い、そのまま部屋を出る。幸村くんは我関せずといった態度でそのまま廊下を歩いて去っていった。
集団行動出来ない人ってなんなの?
頭でっかちな人間は反りが合わないから嫌いだ。合理的にしかものを考えられない人間は感情的な私を嫌う。まぁ、私も好かれようなんて思ってないからどうでもいいけど。
「⋯⋯幸村は今回の作戦会議に召集されてる。早く各々の見解を討論したかっただけだと思うぞ?」
そんな後ろ姿を眉を顰めて見つめていた私に、綾小路くんが言った。相変わらず表情に変化はなく、気味の悪い男だ。
もしかしてフォローしてるつもりなの? 拙いながらも擁護するような言葉に呆れる。どうでもいいっての。
結局のところ、何も言わずにどっか行ったのは変わりないでしょ。
「どうでもいいし、なに? 私が悪いっての?」
「いや、そういう訳じゃないが」
「平田くんたちと仲が良いからって調子に乗りすぎでしょ。きもっ」
「え⋯⋯」
私の辛辣な言葉に綾小路くんは困ったような顔をする。取り繕ったかのようなその態度に、櫛田さんを思い出して苛立ちが募ってきた。
「てか、話しかけないでよキモイから。そこのキモオタも絶対話しかけないでよ」
「コポォッ!?」
外村くんが気色の悪い断末魔と共に萎縮する。ほんとにキモイんだけど⋯⋯。
「⋯⋯洋介からお前のことを頼まれてるんだ。迷惑かもしれないが」
「私は子供かっ。保護者面しないでよ」
「俺としても友人への義理立てはしたい」
⋯⋯まぁここで無下に扱って平田くんに変なこと吹聴されても困るし、大人しく言うことを聞いておくことにする。
それはそうとして、未だにこの場から離れないキモオタは要らないでしょ。臭そうだし、あまり近くにいて欲しくない。
「分かった。でもそこのキモオタはさっさと消えてくれる?」
「い、いや拙者も⋯⋯」
「なに? ごにょごにょ喋んないでよ」
「⋯⋯ごめんなさい」
「ほんっとに目障りだから消えて」
すごすごと立ち去っていく外村くんを見送ると私は綾小路くんに視線を移した。心なしか咎めるような目つきをしている。
確かに言い過ぎかもしんないけど、キモイもんはキモいし。なによりああいう奴らこそ私みたいな人間を陰で笑っているのだ。中学の時もそうだ。
―――いくら助けを求めても誰もが目を逸らし、挙句には加担したのだから。
「ほら、さっさとして」
「あぁ、歩きながらでいいか?」
「どうせ付いてくるんでしょ?」
「まぁ、そうなるが」
私が先行して歩くと綾小路くんも慌てて隣に並ぶ。
そういえば、こうして二人きりになるのは初めてだった。いつもは誰かが間にいたから。
綾小路くんは平田くんや言峰くんと仲が良い。それも親友と呼べるほどに。だから、周りの女子たちも綾小路くんに好意的だ。まぁ、顔がいいってもあるだろうけど。
随分と打算的な女子ばかりだ。誰も私のやり方に文句を言える人はいないだろう。
篠原さんたちだって寄生虫だ。
同じ穴の狢なんだ。
「最近、篠原たちと上手くいってないらしいな」
「それが何? アンタには関係ないでしょ」
「洋介と士郎が心配してたぞ。お前が孤立するんじゃないかって」
「別にどうってことないし。向こうが勝手に陰口叩いてるだけでしょ?」
篠原さん、松下さん、佐藤さん―――いわゆる軽井沢グループと呼ばれる女子集団だ。クラスのヒエラルキーでも上位にいる。
そしてその頂点に立っていたのが私だった。平田くんと交際することによって私は不動の地位を手に入れた。しかし、言峰くんと仲が良いってだけの理由で佐藤さんも同じ立場にいる。
いわゆる二人のリーダーがいるみたいな状況だった。
そんなことが長く続けば、いずれグループは割れる。
結果的に横暴を繰り返していた私から人が離れ、佐藤さんの方に集まった。ただそれだけの話である。
しかし、平田くんの彼女である以上、私をどうこうできる人はクラスにいない。まだ、地位は保たれてる。あの時のようには、絶対にならない。
「軽井沢、お前の孤立はDクラスにも少なくない影響を及ぼす。士郎はそれを懸念していた。勿論、お前の身を案じてもいたが」
「何が言いたいの?」
「オレたちは無人島試験で結束を固めることが出来た。だから現状維持は必要条件なんだ。まずはこのまま地盤を固める必要がある。その為にも女子内で諍いが起きるのはまずい」
「⋯⋯綾小路くんって意外と頭良いの? 私と同じで馬鹿だと思ってた」
「オレはそんな風に思われてるのか⋯⋯? え、もしかして他の女子にもそう思われてる?」
「そうでしょ。意欲的に発言しないし、置物みたいじゃん」
「⋯⋯確かにそうだが。それはそれとしてショックがデカイな」
他人の目とか気にするんだ。そこには正直、意外性を感じる。
自己主張のない人だと思ってたから尚更である。
「話を戻すが、このままいけばそう遠くない内に諍いになる。これは確定的だ。一度、お前の下から離れた篠原たちがどうするかはお前も想像出来るだろ?」
「出来ないし。うざい」
「⋯⋯嘘だな。軽井沢、お前馬鹿な振りをしているだろ?」
「は? 何言ってんの?」
何が嘘なの? 私のこと知らないくせにキモイんだけど。
そもそも頭が良かったらこんなやり方してないし、私は虐められたりなんかしてなかった。
「頭が良いとか、そういうことじゃない。お前は馬鹿な振りをしてるんだ」
「だから何言ってんの?」
「何も知らないフリ。気付かないフリ。クラスの女王を意図的に演じている。そうした方が上の立場に居れると知っているから」
「⋯⋯」
「口の悪さ。態度の悪さ。頭の悪さ。意外にもそういった何もかもが悪い人間の方が強いんだ。頭の良い人間は軋轢を避ける。争いから遠ざかろうとする。だから、お前の言うことに従うし、身内になることで敵とみなされることを回避している」
図星なのかは私にも分からなかった。
意識していた訳では無いから。確かに気丈に振舞ってはいたが、そこまで用意周到に考えていたわけじゃない。むしろ盲点だったと言える。
だけど、その言葉が意味するのは私が無意識に模倣をしていたという事実だ。私は知っていたのだろう。
誰の真似をすれば、虐げる側になれるのかを。
「それって悪いことなの? 皆同じようなことしてるでしょ?」
「そうだな。悪いことじゃない。それもひとつの実力だ。そういったやり方が出来る人間の方が昇進が早いんだ。他人に嫌なことを押し付けられるからな。無能な上司って言葉があるように」
「ふーん、私がそうだって言いたいの? 喧嘩売ってる?」
「いや別にお前を無能と言ったわけじゃない。本当だ。⋯⋯マジだから振り上げた拳を下ろしてくれ」
私が拳を下ろすと綾小路くんは安堵の息を吐いた。こいつも人のこと言えないでしょ。無駄に演技が上手いし、そういうフリは私以上だと思っている。
「結論から言うと、お前なら顰蹙を買っても軋轢は避けられたはずなんだよ」
「まぁ、そりゃね。意外と篠原さんたちは扱いやすいし」
「だからおかしな点がある。明らかに第三者が介入してるとしか思えない」
「は?」
私は思わず足を止めた。
「お前を孤立させようとする動きがあった。この事実だけは忘れずにいてほしい」
そう言いきると綾小路くんは先に歩いていった。
どういうこと?
誰かが私を貶めようとしてるってこと?
ありえない。一体誰が⋯⋯。
そんなことできるのは佐藤さんか櫛田さんくらいだろう。ほかの女子を味方につけるやり方は櫛田さんは熟知してるはず。
でも、篠原さんたちは佐藤さんの下にいる。
佐藤さんは言峰くんといれればそれでいいって感じだったし、今更私になにかしてくるメリットがない。
⋯⋯一体誰がそんなことを。
一抹の不安を抱えながらも私は綾小路くんの隣へと小走りで向かった。
3
珍しいことに私は言峰くんと二人きりになっていた。
船内を並んで歩く。何やら言峰くんが案内したい場所があるらしい。
「珍しいね、言峰くんが私と二人でいるなんて」
「確かにな。君と二人きりでいると洋介に申し訳ないからな」
「平田くんはあんまり気にしないと思うけど」
「彼はそういう男だ。物事に寛容すぎる」
談笑を交えつつ、目的の場所へ向かっていく。
サプライズということで、どこに向かうかは知らされていない。そう言えば他の人たちは今何してるんだろうか。
「さて、清隆から聞いていたと思うが、大丈夫なのか?」
「あ、うん。時間が経てばどうとでもなるでしょ」
「遺恨というのは根強く残る。君が悪いとは一概には言えないが、やはり君から動かなければ好転はしないだろう」
まぁ、確かに向こうからアクションを起こすことは無いでしょ。かと言って平田くんや言峰くんから何か言うのも顰蹙を買うだけで、私の立場を更に悪くするだけになる。
つまり、私から動かなければどうにも出来ない状態なのだ。
篠原さんたちは私を共通の敵として結束している。本来なら起こりえなかったことだけど、綾小路くんが言うには第三者の介入によるものらしい。誰かが意図的に
思考を誘導しているのだとか。
そんなことできるものなのだろうか。
「あれ、高円寺くん?」
「ああ、あれは気にするな。今回関わってくることは無い」
「? ふーん」
何だか奇妙な言い回しだった。
高円寺くんは壁を背にニヤニヤと私たちを見ている。綾小路くんの次に何を考えているのか分からない人だ。
その横を通り過ぎると突き当たりを右に曲がった。
本当にどこに向かってるんだろうか。
「篠原たちが君から離反したのは唆した人間がいるからだ」
「?」
「思考を誘導し、そうさせた者がいる」
言峰くんは綾小路くんと同じことを言っていた。
そう言えば、綾小路くんはあの話は誰にもするなと言っていた。つまり第三者が存在するという事実を隠しておけ、と私に言い含めていた。
「大方、君が散財したツケを食わされ、君の横暴や態度に嫌気がさしていた彼女たちから君を離したのは、君を孤立させる為だろう」
「そんなことまで分かるんだ」
「ああ、どのような思考か知っているからな」
「⋯⋯あれ、行き止まりだけど?」
私たちがたどり着いた場所はおおよそ豪華客船とは思えないほど無骨な鉄板に囲まれた一室だった。
エンジンルーム? なんの部屋だろうか。
「言っただろう? 君を孤立させる為だ」
「何言って―――キャッ!?」
突然、近付いてきた言峰くんが私の右手を掴み壁へと押しやられる。
え、なに、どういうこと!?
顔を上げれば言峰くんと目が合った。
彼は、能面のような冷たい表情をしている。
「篠原たちを唆したのは俺だ。全てはこの状況を作るためにやった」
「―――え?」
「ずっと考えていたんだ。お前から放たれる違和感をな」
言峰くんは私の右手を掴んだまま離さなかった。上に引き上げられるようにされ、肩が痛んだ。そして、痛みから逃れようと自然とつま先立ちになってしまう。ますます離れられない状況にはまりこんでいく。
「お前は虐げる者の立場にいる。だが、明らかに匂いが違う。軽井沢恵からは虐げられる者の匂いがする」
「は、はぁ?」
「ほら、俺と目が合う度に瞳孔に小さな揺らぎがある。俺と対面すると瞬きの回数が増える。俺と会話すると声が僅かに上擦る。脳裏に不安と恐怖が過ぎっている証だ」
私を覗き込むように言峰くんが見下ろす。
その瞳はまるで底のない深淵のように光が差し込んでいない暗いものだった。恐ろしい程に美麗で、恐ろしい程に人形めいている。
怖い。
怖い。
怖い怖いこわいこわいこわい―――。
「決定的だったのは先日のプールでのことだ。明らかに様子が違った。いつも以上の不安が瞳に宿っていた」
「―――」
「お前、虐められていただろう?」
「な、に言って」
「否定しなくてもいい。これは問い掛けじゃない。予感より確かなもの。つまり俺は確信しているんだよ」
声音に冷淡さが。
瞳に冷徹さが。
私が知っている言峰士郎ではなかった。
やっぱりだ。
彼は、善人じゃない。私の目には言峰士郎という人間が、悪意の塊にしか見えない。
「プールの授業を頑なに出席しようとしなかったな。そうか、なにか隠してるな?」
「や、やめっ」
「―――これか」
言峰くんは私が反抗する前に素早く服をたくし上げた。
そして、それを見て初めて笑みを浮かべた。優等生の穏やかな笑みとは違う。微笑みでもなければ、嘲笑でもない。
まるで悪意を塗りたくったかのようなおぞましい笑みだった。
―――ああ、見られた。
見られてしまった。
「脇腹に残る傷跡。刃物が這ったような傷口。やはりそうだ」
「ううっ」
「横暴な態度も、カーストへの執念深さも、全てはこれが原因か。虐げられることへの恐怖が、君をそうさせていた」
言峰くんは傷跡を空いた右手でなぞった。
私のトラウマを吟味するように指を這わせる。
「俺に警戒心を抱いていたのは君の弱者としての勘か」
「―――ぉ、お願いします。誰にも、言わ、ないで」
「ふふ⋯⋯ふははははははっ!」
私の懇願に対して言峰くんは無邪気な笑いを零した。
そうだ、彼らはいつだって弱者の言葉に笑みを浮かべる。でも、言峰くんは違う。明確に違う。
その笑みには純粋な悪意がある。
中学の時の、彼らとはその純度が異なる。
彼らが弱者を虐げることに喜びを見出すのならば、言峰くんは他人の絶望に希望を見出していた。
だって、彼は私の秘密を知って、心から安堵していたのだから。
「さて、どうしようか」
「おね、がいします。なんでも、する、から」
「なんでも? ⋯⋯できないだろう?」
「いうことは、なんでも、きくから。ことみねくん、がのぞむなら、からだだって」
「笑わせるなよ。俺にとってお前の体に価値は無い。それに、そういった行為は愛を育む為に行われるべきだろう」
「じゃ、じゃあどうしたら」
私の縋るような言葉に言峰くんは更に笑みを深めた。
底なしの悪意が私を見て笑っている。
「不安か? 軽井沢。俺がお前の秘密をどうするかわからなくて」
「⋯⋯」
「俺は最高に楽しいよ。秘密を黙っておく。秘密を喋る。俺は今、どちらでも好きな方を選べるんだから」
「ッ! おねがいしますっだれにもいわないでっ」
「仮に秘密を黙っておくとする。そうするとお前はいつバラされるか分からない不安に三年間脅かされることになる。そして秘密を喋るとする。お前は今までの立場を失い、その後の学校生活はとても過ごせたものでは無いだろうな」
「―――っ」
「同情はされるかもな。だが、お前は今までどのような態度をとってきた? 横暴で、わがままで、高圧的な人間であったはずのものに明確な欠点が見つかるんだ。男子はまだしも女子はどうするだろうな? 悪意を持たない人間はいない。俺がそうであったように、生まれながらにして良心を備えながらも人は皆悪意を持っている。性善説なんて戯言を抜かす奴もいるが、所詮は集団で孤立しない為に皆それをしないだけだ。秩序維持の為に悪意を無意識に抑えているんだよ。生まれ持った性質を隠し続けた人間が、格好の獲物を見つけるんだ。飢えた肉食獣の前にご馳走様を与えるようなものなんだよ。抑圧された悪意がお前に襲いかかるはずだ」
そんな未来を想像して、私の中の恐怖が溢れた。
怖い。
あの時の二の舞だ。
一度悪意をさらけ出した人間は枷が緩くなる。どんどんと境界線が曖昧になっていくのだ。
そうなってしまえば最早誰にも止められないだろう。
あの時のように、私はまた―――。
「それで、どうしようか」
「おねがいですっ、だれにも」
「おかしな話だ。何故俺がお前の懇願に耳を貸さねばならん。誰に対して懇願してるんだ?」
「いや、だ。いやだいやだいやだっ」
涙は流れない。
あまりの恐怖からか、私は必死に縋っていた。僅かに残された希望にその手を伸ばそうとしていた。
きっと、私が諦めないように言峰くんが助かる術を提示しているのだろう。だって、そうでなくては楽しめないのだから。
「それにお前が普段から人に好意を向けられるような人間であれば、バラされた所で同情されて終わりだったろうに。自業自得だろ」
「あ、あぁ」
「ふむ。精神的に脆そうだな。これじゃ長続きはしないか。じゃあ―――」
ああ、神様。
私がいけなかったんですか?
なにもしてないのに。
ただ、他人に虐げられないように、必死だっただけなのに。
どうして私ばかりが、こんな目に合うのですか?
どうして。
どうして。
どうしてどうしてどうして―――。
―――誰か、助けてよ。
「やめろ、士郎」
突然割って入った第三者の声に私と言峰くんはほぼ同時に視線を向けた。
そこに立っていたのは綾小路くんと、Cクラスの龍園くんだった。
いつも通りの無表情な綾小路くんに対して、龍園くんはその見た目に反して瞠目しているように見える。明らかな動揺だ。
「清隆に、龍園か。何の用だ?」
言峰くんが私の手を離した。
腰が立たなくなった私はそのままズルズルと壁に背を擦りながらへたり込む。
そんな私を一瞥した後、綾小路くんは淡々と告げた。
「お前を止めに来た」
「⋯⋯止める?」
「ああ、友人として見逃せるものじゃない」
「ふふ、お前が友人を騙るか清隆っ」
僅か。
ほんの僅かではあるが、綾小路くんの登場に私は希望を見出してしまっていた。
暗闇の中に光が差し込んだ。
次回、ホワイトルーム出身・感情を失ったゴリラVS■■家・天然の天才マジカルゴリラ。激突必死。
と冗談はさておき、優待者試験については綾小路視点で進める予定です。
軽井沢視点では試験は関与しません。
愉悦を待っている方が多く、大変申し訳ないのですがプロット上、愉悦的展開は引っ張る傾向にあります。つまり愉悦に辿り着くまでが時間がかかるんです。
愉悦する為の入念な準備は如何にパーフェクトオリ主と言えど、ご都合展開でもない限り早急には終えられないので。
ご期待に添えられないことが多いと思います。本当に申し訳なく思っています。出来れば、その愉悦に辿り着くまで長い目で見て頂けたら幸いです。