ようこそ愉悦至上主義者のいる教室へ   作:凡人なアセロラ

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軽井沢恵の天敵(3)

 

 

 前兆はあった。

 ここ最近の士郎の様子を見ていると不自然な点が多く見られる。

 軽井沢に頻繁に視線を向けることが増えた。

 

 今まで洋介の彼女という点、そして友人という点で繋がりがあった二人だが、実を言うとそれほど仲良くはない。

 オレ目線、軽井沢の方が一方的に士郎のことを避けている節があった。二人きりになるのを嫌がっている。生理的嫌悪とか、そういうレベルじゃない。

 軽井沢恵は言峰士郎に対し、明確に恐怖を抱いていた。

 

 だから、二人が並んで船内の人気のない方面へと歩いているのを見て、オレは即座に行動した。

 これが杞憂である、ということはありえない。

 

 オレの推測は、もはや確信になっていたのだから。

 

 二人を追って奥に進む。

 この先は何も無い。あるのは行き止まりだけだ。

 

 監視カメラもなく、教師や船員も滅多に訪れない場所。

 

 ああ、士郎にとってうってつけの場所だった。

 

 オレは士郎のことをほとんど知らない。

 どこまで実力があるのか、検討もついていない状態だ。

 

 言峰士郎はオレと同じく、その実力を公にすることをしない。

 あくまで優等生止まりの力しか周囲に見せていないのだ。

 

 未知数の実力を持つ相手に、真っ向から立ち向かう―――。

 普段のオレなら有り得ない行為だ。

 

 だが、それでも。

 オレは⋯⋯。

 

「おや、綾小路ボーイ。こんな場所になんの用かね?」

 

「高円寺⋯⋯」

 

 立ち塞がるように高円寺がいた。

 いや実際には壁に寄りかかっているだけだ。通行の邪魔をしているわけでもない。

 しかし、その瞳からはここから先には行かせないという意思が宿っている。

 オレは足を止めた。

 

「士郎が通ったはずだ。悪いが先に行くぞ」

 

「ほう。どうしてかな? 君にメリットはないと思うが?」

 

「メリットデメリットは関係ないだろ」

 

「君もなかなか言うようになったねぇ」

 

 クスクスと高円寺が笑いを零した。こちらを嘲るようなものではなく、純粋に面白いものを見た、と言いたげである。

 オレも自覚はしている。綾小路清隆はこんな非合理なことをしないだろう。

 

「さて、私としてはシェロの邪魔だてはしたくない。それこそ合理的ではないからね。しかし、その反面、好奇心というものは抑えられるものでもない」

 

「やはり士郎に加担しているのか」

 

「いや? 私は何も言われていないよ。同じことさ。シェロのやることに対して好奇心を抑えられなかった。だから、邪魔することなく見届けるつもりだったのさ」

 

 この問答の時間がもどかしい。

 きっと高円寺への説得は意味を持たない。この男は膨大な自我の塊だ。オレに説得なぞされようものなら、問答無用で潰しに来るだろう。

 

 どうすべきか、考えを巡らせていると高円寺がオレの背後に視線を向けた。オレも追従するように振り返る。

 

「面白そうなことやってんじゃねぇか。俺も混ぜろよ」

 

「ドラゴンボーイじゃないか。愉快な仲間たちを連れてどこに行くつもりだい?」

 

「テメェが隠してる秘密の場所だ」

 

 龍園が石崎、アルベルトの二人を連れて現れた。

 不敵な笑みを浮かべながらオレの隣に並び、高円寺に相対する。石崎、アルベルトの二人は距離を取って近づいて来ない。

 高円寺を警戒しているのか? 

 

「これは面白そうな展開だねぇ。決めたよ、綾小路ボーイとドラゴンボーイ。君たちのみここを通るといい。後は認めない」

 

「そうか。感謝する」

 

「ハッ、どうせ押し通るつもりだったんだ。手間が省けて助かったぜ」

 

 煽るように龍園は高円寺に笑みを向ける。が、これは虚勢だな。

 彼我の戦力差は歴然だ。龍園が高円寺のポテンシャルを見抜けないわけが無い。その底のない潜在能力は恐らく、オレを上回る可能性すらあるのだから。

 

 オレと龍園は先へ進む。

 石崎とアルベルトは高円寺を前にして立ち止まってしまっていた。

 

「にしても、どうしてテメェなんだ綾小路」

 

「さぁな。高円寺に聞いたらどうだ」

 

「まぁあの似非神父と絡んでる時点で何かしらはあると思っていたが。これは期待以上になるかもな」

 

「お前がどうしようと勝手だが、手は出すな」

 

「出さねぇよ。俺はあくまで言峰の弱点を探りに来ただけだ」

 

「そうか」

 

 

 

 4

 

 

 

「どうやって来た? 此処への道は」

 

「高円寺ならすんなり通してくれたぞ」

 

「そうか。六助め、やってくれたな」

 

 士郎が悪態をついた。その表情はいつもとは違う、悪意に満ちたものだ。

 オレが見てきた優等生とは反転しており、しかしこの顔こそが本来の性質なのだろう。

 驚きはしなかった。予兆はあったのだ。

 

 龍園はオレたちの問答を静かに眺めている。関与する気は全くないようだ。

 

「⋯⋯なるほど。理解した。お前だったか清隆」

 

「そうだ。士郎、お前の邪魔をしていたのはオレだ」

 

「須藤の事件で堀北に入れ知恵をして俺の計画を潰し、先の無人島試験では伊吹に佐藤を誘き寄せるように誘導した。そして次は軽井沢を助ける為に俺の邪魔をしにきた」

 

「間違ってはいない。が、軽井沢の為じゃないな」

 

「⋯⋯なに?」

 

「オレは洋介から相談を受けていた。士郎、お前が今しがた知った真実を、伝えられ、出来れば見守ってやって欲しいと友人として頼まれている」

 

「ほう。洋介は俺を信用しなかったか」

 

 士郎が興味深そうに問い掛ける。

 が、オレは首を横に振り、その言葉を否定した。

 

「違うな。洋介はお前に重荷を与えたくなかったんだ。ただでさえ、クラスの為に身を粉にして動いてくれているお前に、これ以上頼りたくなかったんだよ。つまり、親友として、お前を信頼した上での行動だ」

 

「⋯⋯そうか。ではひとつ聞きたい。いつから気付いていた?」

 

「初めの違和感は五月初めの堀北との問答だ。あの日、お前は堀北に成長を促していたんだと、オレは思っていた。だが、改めてお前の言葉の意味を考えたらそこに不自然な点があった」

 

「不自然な点?」

 

「お前は堀北への精神的成長を促すと同時に、孤立するように仕掛けていたんだ。支配的思想の植え付け、それがお前の本当の目的だったんだろう?」

 

「ああ、彼女が最後には破滅を迎えるように仕向けていたのは事実だ」

 

「でも、成長を喜んでいたのも事実なんだな。少しずつだがお前が分かってきた」

 

 オレは士郎を知らな過ぎた。

 この男が一体どんな目的で、どのようにものを考え、どのように見ているのか。それを全く知ろうとしていなかった。

 こんなの友人ではない。

 

「二つ目の違和感は佐倉の件だ」

 

「確かにあれは流石に性急だったか」

 

「ああ、まぁお前が佐倉の身を案じていたのもまた事実だろう」

 

 士郎は真剣な表情でオレを見ている。

 そのポーカーフェイスは見事なものだが、焦りが生じているのを見逃すわけがないだろう。

 明らかに動揺している。

 

「最後の違和感は坂柳だ」

 

「⋯⋯なに?」

 

「坂柳の言動は明らかに別の意図を孕んでいた。そうだな、表の意味が言峰士郎との繋がりの否定。そして本来の目的が、オレへの忠告だ」

 

「そういうことだったか」

 

「坂柳は同時に三つの目的を達成していたんだ。さっきも言ったように士郎との繋がりの否定。そして、オレへの存在のアピール。最後に言峰士郎という存在に対するオレへの忠告だ」

 

 ここまで言えば聡明な士郎は理解しただろう。この場には腰を落としたまま動けずにいる軽井沢と静観はしているが不安材料の龍園がいる。あまり多くを語るべきではない。

 

 坂柳はオレを知っている。

 そして、士郎を潰すことでオレを表舞台に引き上げようとしている。

 

 オレへの忠告というのは勝手な憶測だ。坂柳にとって最悪な展開はオレが士郎に潰されることだ。

 つまりは無謀な挑戦だった。

 

「幾度となく俺の邪魔をするつもりなんだな」

 

「お前の邪魔をしにきたわけじゃない。オレは洋介という親友の願いと、親友である言峰士郎を止める為に動いている」

 

「詭弁だな」

 

「友人とは互いの間違いを正すものなんだろう? これはお前が教えてくれたことだ士郎」

 

「全く。随分とまぁ口数が増えたな清隆」

 

 ―――直感的にオレはその場から飛び退いた。

 

 一瞬の選択。迷わず動けたのは奇跡に近い。

 オレの頭があった空間を凪ぐようにして士郎の右足が斬り裂いた。

 

 あまりにも早すぎる。

 これは、単純なフィジカルの差だろう。

 技術なんてない。身体能力によるゴリ押し。

 

「―――ッ!」

 

「よく格闘技なんかで世界一なぞ争ったりするが、無意味だと思わないか?」

 

 言葉を紡ぎながら士郎の攻撃は止まらない。

 オレの視線を置き去りにするような肉薄、そして放たれる型のない右腕による攻撃。身体を捩ってなんとか躱すと耳元で風が弾けた。

 

「技術を学んで、戦い方を学んで、それで強いなぞ笑わせる」

 

「っぶね!」

 

「己の肉体、ルールのない殴り合い。ガキのような喧嘩。動物的だが、真に優劣を表しやすい」

 

 裏拳が頬を掠めた。

 速く、重い。まともに当たれば、それだけで大ダメージだ。

 急所以外に当たろうとも激痛は免れない。

 

 言峰士郎は肉体そのものが武器だ。

 

「技術なぞ、弱者が土俵に立つためのきっかけに過ぎん―――ッ!」

 

 拳による左からの衝撃を流し、回転に加える。身体全体をバネのように捩り、渾身の右足による蹴りが士郎の首を穿った。

 

「今日はよく喋るな士郎」

 

「―――」

 

 速度と威力は脅威的だが、攻撃は大ぶり過ぎる。

 初動さえ見逃さなければ、避けることは難しくない。

 

 だが、

 

 だが―――、

 

「確かに今日はよく舌が回る日だ。久々に気分が高揚しているのかもしれない」

 

「体重差か」

 

 木の幹のような重量感のある首。

 急所であるはずの部位は、圧倒的質量を持った筋肉によって守られている。多少赤く腫れているだけで、大したダメージは与えられていない。

 

「身長差は5から6程。体重差は40から50。因みに俺の体脂肪率は小数点以下だ」

 

「まさしく筋肉の鎧か」

 

「俺も世間では天才と呼ばれるらしくてな。なるべくしてそうなっただけだ」

 

 外側が硬いのならば、内側を狙うしかない。

 が、露骨に狙っても腕を掴まれればオレは負けるだろう。

 

 連撃からのスキをつくか。

 

「それで、俺を止めてどうするつもりなんだ?」

 

「さぁな。そこまで考えてない」

 

 今度はオレの方から肉薄する。

 姿勢を低く、獣のように地を這った。

 

 士郎の前蹴りをそれを上回るような力で踏みつけ、阻止する。

 

「―――ッ!」

 

 初動。関節が動く前。筋肉に力が入る前の動作。最も力の入っていない瞬間。

 確かにオレと士郎では身体能力に開きがある。

 が、士郎が言っていたように技術でそれはカバー出来る。

 

 アッパー。

 左フック。

 右ストレート。

 

 連続して顔面へと叩き込む。

 

 急所と言えるほどでは無いが、鍛えられるような部位でもない。

 オレの筋力でも攻撃が通る。

 

 最後に鳩尾に膝蹴りを―――、

 

「ッ!」

 

 気付けば、オレは宙に浮いていた。

 

 背中から落ちる前に体を捻って着地する。

 

「言ったろ? 真に優劣を表すのは生まれ持った身体能力だ」

 

 どうやらオレは吹き飛ばされたらしい。

 士郎はただ踏まれていた右足を振り上げただけだ。

 

 成人男性の体重をものともせず、力みにくい体勢から蹴り飛ばせる筋力。しかも殴られながら。

 

「さて、そろそろ温まってきたな」

 

「そうだな」

 

 士郎が上着を脱ぎ捨てた。

 鎧のような恵体が蒸気を放っている。

 

 剥き出しの肉体、その躍動。

 同時にその拳がオレの眼前に迫っていた。

 

 鼓膜を揺らすような鈍い音が響いた。

 その衝撃波は振動を起こし、オレに地震が起きたかのような不安定さを与える。

 

「避けたか。紙一重だったな」

 

「流石に心臓が止まるかと思ったぞ」

 

 士郎は拳を突き出したまま邪悪な笑みを浮かべている。

 咄嗟に横へと飛んだが、もし当たっていれば死んでいたかもしれない。

 

 士郎の右手が貫いた先には大きく凹んだ壁があった。拳大に歪んだそれを見れば、頭蓋骨だって簡単に砕けそうだと理解する。

 当たりさえすればホンモノの二の打ち要らずだな。

 

「心から思うことがある」

 

「⋯⋯」

 

「お前は止めると言ったが、それは本当に必要なことなのか?」

 

 どういう意味だ? 

 士郎は吐き捨てるように言葉を零す。

 

「我慢することは義務なのか? 我慢することが美徳なのか?」

 

「我慢?」

 

「お前たちは強要ばかりだ。何故、我慢しなければならない? 物心がついてから十二年間、我慢してきた。誰しもに幸福の追求が認められているだろうが」

 

 振り上げられた拳を屈んで避ける。

 同時に眼前に蹴りが迫った。

 

 放たれた蹴りを起点に身体を捻り、士郎の頭上を飛び越える。

 

「頭痛が止まない。吐き気が止まない。耳鳴りが止まない。嫌悪感が募るばかり」

 

「何を言ってる」

 

「俺は悪なのか? なぁ教えてくれよ清隆」

 

 裏拳を流し、続け様に放たれた左足の薙ぎ払いをバク転で躱す。

 

「唾棄すべき悪はここにいるぞ綾小路清隆」

 

「オレはお前を悪人とは思わない」

 

「笑わせるなよ」

 

 大ぶりの右腕。

 躱せない。

 

 受けるしかないか。

 

「―――グッ!」

 

 両腕でガードしたが、凄まじい衝撃が走った。

 身体が弾かれ、仰け反る。

 

 踵落としが迫った。

 

「お前が友人を騙るな」

 

 またもやバク転で回避する。

 が、既に士郎の拳はオレの腹を捉えていた。

 

「―――ッ!」

 

「お前に他人を愛しく思う機能なぞないだろ」

 

 全身の酸素が吐き出され、オレは背中から壁に叩き付けられた。

 思考が乱れる。痛みが脳に警鐘を鳴らす。

 

「お前は同類だと思っていた」

 

 士郎が近付いてきた。

 

「俺と同じで、人を愛せない憐れな人間」

 

 もう、少し。

 

「なぁ、何故邪魔をする清隆」

 

 今だ―――! 

 

 振り上げた拳がオレに落とされる瞬間、素早く関節を抑えると両脚で首と脇腹を締め付ける。

 柔道の技の一つ、腕挫十字固。

 

 如何に屈強な肉体を持つ士郎と言えど、関節技による痛みは無視できないはずだ。

 

「―――グァッ!!」

 

 抵抗出来ないように限界まで関節をキメる。

 痛みで士郎は呻いているが、油断はできない。

 

「軽井沢に謝罪しろ、士郎」

 

「なぜ、だ?」

 

「お前がやっているのは非道な行いだ。信仰に背く行為だぞ」

 

 冷たく説き伏せる。

 が、士郎は震えると、抑えきれないと言わんばかりに笑みを浮かべた。

 

「あははははははっ!!! 信仰なぞとうにしていないっ! 神なぞに縋るような愚かな真似はやめたっ!」

 

「なに?」

 

 士郎は敬虔な信仰者だったはずだ。

 その姿を、態度を、信仰を、オレは見ている。あれは演技だったとは思えない。

 

「ああ、あれは習慣が抜けなかっただけだ。大した意味は無い」

 

「⋯⋯」

 

「大体、そういった行いは他人からの評価を集めやすい。無条件に心を許されやすい。現に、俺は多くの相談を受けてきた」

 

 確かにその通りだ。

 こうして士郎が他者に信頼されてきたのもそういった姿を見せてきた証だろう。

 

「バカみたいだよなぁ。同性を愛してしまったからなんだと言うんだ。過去に罪を働いたからなんだと言うんだ。虐められた? 自分の二面性に嫌気がさす? 兄に認められたい? 吐き気がする」

 

「士郎、お前は」

 

「言っただろう、清隆。お前と同じだ」

 

 士郎は笑った。嘲った。嗤った。

 その嘲笑は士郎自身にも向けられているような気がした。

 

 その一瞬の油断が、命運を分けた。

 

「綾小路ッ! 油断してんじゃねぇよ!」

 

 龍園の声に瞬時に反応して関節をさらに締め上げる。が、微動だにしない。

 まさか、無理やり筋力で―――、

 

「ガァァアアアアアアッ!!!」

 

「―――バケモンが」

 

 龍園の引きつったような声が聞こえた。

 徐々にオレの身体が浮いていく。持ち上げられている。

 

 片腕で、倒れた体勢から、関節を決められた状態で。

 

 これは流石に、予想出来なかったな。

 

 士郎は立ち上がった。

 

 ―――オレの身体が床へと吸い込まれていく。

この戦いの勝者

  • 綾小路清隆
  • 言峰士郎
  • 龍園翔(ダークライ)
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