―――この世界に産み落とされた悪は、人を恨むことをしなかった。
1
龍園は言峰士郎という名前に既視感を覚えていた。
面識はない。しかし、その名前を聞いたことがある。
無人島試験での敗北を経て、彼はその名前について調べた。しかし、言峰士郎という名前はインターネット上の何処にも存在しない。SNSでも名前が上がることはなく、ではこの既視感は一体なんだと言うのか。
長い時間を掛けて、労力を積み重ね、心身を削りながら凡そ五時間、照明の落ちた客室の中、龍園は歓喜した。
見つかったのは言峰士郎ではない。
それ以前の旧姓であった■■士郎だった。
しかし、そこにあった歴史に目を疑うこととなる。
―――■■士郎。
中学二年次で陸上十種競技で非公式ながらも当時のジュニア世界記録を全て更新。
中学一年次では既に全国模試で一桁台の順位をマーク。
ボクシング、キックボクシング、空手、バドミントン、卓球、テニス等、全国大会初出場と同時に優勝を飾る。
ピアノコンクールにて最優秀賞を授与。
数えるのも億劫な伝説を打ち立てていた。
まさに天賦の才。
世界中が■■士郎という存在に注目していた。
全ての天才を軽々と凌駕する怪物。
天からありとあらゆるギフトを授けられた神の申し子。
だが、中学三年の春、突如として■■士郎は姿を消した。
消息不明の天才はその後どうしていたのか、誰も知らない。
が、龍園は確信していた。
この男は間違いなく言峰士郎であると。
ネット上に写真は存在しない。
だが、この既視感の正体に龍園は気付いたのだ。
同時に、有り得ない答えに結び付く。
それは、■■士郎とは関係ない記事。その男の出身地であった冬木市で起きていた―――、
「―――■■■■■ッ!!」
言峰は獣の如く咆哮を放つ。その場にいた龍園、軽井沢、綾小路の身体を一瞬ではあったが硬直させた。身体の奥底から湧き上がったかのような気炎を吐き出しながら、右腕に絡みついた綾小路を硬い床へと叩き落とそうと、その肉体が躍動する。
頭上より高く、振り子のように持ち上げられた綾小路は咄嗟に手を離し、離脱しようと試みるも、それより早く言峰の右手がその胸倉を掴んでいた。
もはや逃げることを許さない、と言わんばかりに徐々により高くその肉体は天に捧げられる。
「グッ―――ッ!!」
キリキリと首元が絞まり、綾小路の顔が苦痛に歪んだ。無感情な綾小路と言えど、痛みを感じないわけではない。
まるで悪鬼のような衝動を漲らせる言峰に龍園は二の足を踏んでいた。自身は生まれてこの方、恐怖を体感したことの無い存在である。
だが、今はどうだ。本能が危険信号を発しているのだ。
目の前の存在から尻尾を巻いて逃げろと。
脱兎のごとく駆けろと。
屈辱的な警鐘に、反してその思考は冷静だった。
「―――ッ!!」
言峰が綾小路を振り下ろすのと同時に龍園は駆け出していた。
逃げる為ではない。されど、綾小路を助ける為でもない。龍園は今後も誰かを助けるような行為はしない。ましてや、他クラスの、それも敵対関係にあるDクラスの生徒である綾小路を助ける為に動くことは有り得ない。
だからこれは、いずれ言峰を倒す為の布石なのだ。
「ガッ―――」
綾小路が頭から叩き落とされるより刹那の瞬間。
龍園の前蹴り、所謂ヤクザキックが言峰の頬を穿った。
全体重を乗せた鋭く重い蹴り。
喧嘩慣れした龍園から無防備な言峰へと繰り出された一撃は人の頚椎を折るには十分な威力を誇っていた。
綾小路を振り下ろす為に腰を落とし、前屈みになっていた言峰の頭が弾ける。同時に右腕の拘束が緩み、綾小路は即座に体を捻って離脱した。
が、速度が乗っていた肉体を制御出来るはずもなく、綾小路は鈍い音を立てながら床を転がる。どうやら背中から落ちたようだ。受身はなんとか取れてはいたものの、それを加味してなお、言峰の筋力は上回る。
あれで無事にいられるのは超人の類だけだろう。それこそ、言峰士郎と言ったような完璧超人だけだ。
「助かった、龍園」
「別にテメェを助けたわけじゃねぇよ」
感謝しているようには見えない無表情な綾小路に、龍園は冷たく返した。戯言を吐く余裕があるのなら十分だろう。
今はそんなことより目の前の男に集中しなければならない。本来なら手を出すつもりはなかった。ただ、言峰と話がしたかっただけなのだ。
あの男が関与したと思われる事件について、尋ねたかっただけなのである。
だが、最早手を出してしまった以上、自分も無事ではいられないだろう。
龍園は既に言峰に大敗を喫している。言い訳の仕様の無い敗北を味わっている。椎名を経由して唆され、手のひらで転がされて、自分の得意分野だった暴力で、手も足も出ない程に打ちのめされた。
「―――リベンジいいか?」
龍園は両手をスボンのポケットに突っ込みながら不敵に笑う。未だ本能は警鐘を忙しなく響かせ続けていた。
背筋に言い様のない寒気が走り、顬から一筋の雫が流れ落ちる。全身が無意識に産毛だっていた。
「くくっ、やはりこうなるか」
言峰はゆっくりと立ち上がる。先の龍園の一撃で頭が弾かれ、手をついて座り込んでいたが、やはり致命には事足りなかったらしい。
口裏が切れたのか口端から滴る血筋を拭いながら笑みを零す。頬は赤く腫れ、右腕も同様に腫れ上がっている。流石にあの状態から無傷ではいられなかったらしい。何度か右手を開いて閉じてを繰り返していたが、痺れているようで満足に動かせていない。
明らかな好機だ。
こちらは多少なりダメージを負ってはいるが言峰と戦えるほどの実力を持った綾小路、そして喧嘩慣れした無傷の龍園の二人。対して相手は右腕を満足に動かせていない怪物一人だ。
戦力は未だ未知数、しかし勝てない状況ではない。
「震えてばかりいたと思ってたが」
「ハッ、節穴か?」
「なるほど、存外そうだったのかもしれん」
言峰は敵意を向けない。殺意を向けない。
他者に対して負の感情を募らせない。
それはその為人によるものか、それとも路傍の石ころに向けるような―――、
「ボクシング、か」
綾小路が零す。
無感情なこの声音からは警戒が洩れ出ていた。
言峰は両の拳を顔の前で握る。
ここに来て初めて構えを見せた。きっとそれは龍園と綾小路の二人と本気で戦う必要があると、認識したが上だろう。
あそこまで技術に対して嘲りを見せていた言峰のその変化。馬鹿にする以前に、本能は更に怖気ていた。
「しゃらくせェ」
右は満足に使えない。
ならば利き腕ではない左のみである。
蹴りならば警戒するが、痛めた右腕では満足に拳を振るえないだろう。
経験則による勝利の逆算。
龍園は勝てると予感した。
故に肉薄する。
地を蹴り、身を低く、視線を振り切るように。
拳を真下から顎先に向けて振り上げる―――、
「―――ッ!」
咄嗟に避けたのは奇跡だろう。
いや本当に避けていたのだろうか。
龍園の頬を掠め、言峰の左拳が宙を裂く。
空間が震えた。乾いた音が鳴り響く。
速い。速すぎる。
目で追えないなんてものでは無い。認識することすら不可能な速度。
龍園は計算を誤っていた。
耳を劈く弾けた音。予感する。次に来るのは右腕によるストレート。
「―――グッ」
烈火のごとく放たれた綾小路の右足による蹴りが言峰の脇腹を捉えた。攻撃態勢に入り、無防備になったその隙に、渾身の力で振るわれた一撃が加速する。鈍い音と共に僅かであるが、その肉体が浮いた。
綾小路の全力の一撃は確かに言峰に届いた。脳裏に敗北を過ぎらせる程の一撃は届いたのだ。
だが、それでもなお足りえない。
超人はこんなものでは倒れない。
痛みなんて無視すればいい。ただそれだけなのだ。
日々の積み重ねは決して己を裏切らない。言峰士郎の肉体は、絶えずその躍動を繰り返す。
息を吐き、言峰は耐えて見せた。
急所に、致命に届く一撃は、その機能を停止させるに至らない。
「―――マジかよ」
今度は綾小路が零した。
同時に言峰の、剥き出しの肉体が躍動を始める。
大気をふるわせ、空間を歪ませるかのような蹴りが放たれる。天与の肉体がうねりを上げ、その威力に何かが悲鳴を上げた。右脚が綾小路へと叩き付けられる。咄嗟に両腕に阻まれるも、それを気にも留めず、ガードの上から粉砕する。
綾小路の両腕が悲鳴を上げた。まるでスレッジハンマーでコンクリートを砕くように、その蹴りは重く、速く、鋭かった。
綾小路の身体が弾かれる。
両腕によるガードを押し潰し、顔面を叩くように一撃は振るわれた。後方へと吹き飛んだ綾小路は床に転がる。肢体を投げ出したかのように吹き飛んでいく様を見て、龍園は咄嗟に言峰へと拳を繰り出していた。
が、気付けば龍園の身体は地に伏せていた。
それを理解するのに掛かった時間は凡そ三秒。
警戒していなかった右腕によるストレートが龍園の顔面を穿っていたのだ。痛みが脳内を駆け巡る。危険信号が全てを投げ出させようとしてくる。
何も見えなかった。あまりにも速すぎた。
喧嘩慣れした龍園と言えど、プロボクサーの拳は受けたことがない。脳から激痛が知らされる。
叶うのならばのたうち回りたい程の痛み。
だがプライドが許さない。
いやそれ以前にそんな暇などないのだ。
龍園の目には追撃を入れようと歩み寄る言峰の姿が映っていた。
まずい、まずいまずい―――!
龍園は痛みを無視して立ち上がる。
しかしそれも虚しく、言峰は射程距離に龍園を収めていた。腰を落とし、前蹴りを放とうと筋肉が蠢き―――、
「―――あ?」
龍園の不可解な声と共に言峰は崩れ落ちる。
平衡感覚を失ったかのように膝を着いた言峰を見て龍園は顔を訝しげに顰めた。綾小路も同様、身を起こして静かに視線を向けている。
その場で言峰の状況を理解していたのは本人自身。彼は知っている。かつてボクシングをやっていた身だ。
思考の断線、視界の明転、平衡感覚の揺らぎ、膝の震え。これは間違いない。脳震盪だ。
次に理解したのは綾小路、遅れて龍園も確信する。
原因は龍園の不意打ちによる蹴りだ。あれが脳を揺らした。
強靭な肉体が裏目に出た。首を支える筋肉が発達していたが故に中身だけに振動が伝わってしまった。
と、すれば最初に龍園への左拳による攻撃を外したのは、これが原因だろう。
三人はほぼ同時に一つの思考に辿り着いた。
龍園と綾小路は好機と見た。
言峰は己の失態に動揺する。
最も近い距離にいた龍園が動く。それに呼応するように言峰も即座に立ち上がった。
右、左、右、左。
交互に放たれる暴力の嵐。顔を固めた言峰の両腕に、脇腹に、鳩尾に、次々と刺さる。龍園とて喧嘩は強い方である。対人経験数で言えば、綾小路を大きく上回る程だ。
一撃一撃に、殺意を込める。全身全霊を賭して、この連打に全力を捧げる。
脇腹に、鋭い一撃が刺さる。
鳩尾に、重い一撃が食らいつく。
そして、顔面に渾身の一撃が放たれた―――、
肉体が宙を舞う。
大きく振りかぶり、無造作に振る舞われた破壊の拳は龍園の肉体を捉え、凄まじい衝撃が貫通する。
龍園はカウンターを食らってしまった。
言峰士郎は痛みに慣れている。それは綾小路からの関節技を見て理解していたはず。その上で、驕ってしまった。
勝利を予感し、気を緩ませた。
一瞬。
ただ刹那の随。
放たれた一閃は龍園の躯体をくの字に折り曲げ、その背中をボールのように壁へと叩きつける。
肺から空気が吐き出され、呼吸がままならない。意識が飛びそうになる。
―――これは、ヤベェだろ。
殺意は籠っていなかった。
敵意さえ抱いていなかった。
言峰の拳にはなんの感情も込められていなかった。
まるで、目の前の羽虫を叩くかのように龍園を真っ向から叩き潰しただけなのだ。
綾小路の足が止まる。
それは恐怖からではない。
それは確信だった。
言峰は今、やっとウォーミングアップを終えた状態。つまり、今この瞬間に肉体がようやくフル稼働しているということ。
先程までは本気ではあったが、全力ではなかった。
そもそも、目の前の男はその気になれば文字通り拳一つで人を殺せる男だ。本気で、全力で頭に拳を打ち込まれれば、きっと死を迎えるほどの。
「どうした、足が止まっているぞ清隆」
「そうだな。流石に今のお前には近付けないぞ士郎」
今近付けば、綾小路はねじ伏せられるだろう。
先程のように攻撃を避け続ければ或いは、しかしきっともうそれはさせてくれない。言峰士郎は今なお学習している。綾小路の技術に、速度に慣れてきている。
異常なまでのスペックの高さ。
動体視力、反射神経、運動神経、体幹、筋肉量、技量―――そして、学習能力。全てが群を抜いて高く、綾小路を上回っている。今の綾小路が言峰を倒すとなれば、知略を尽くさなければならない。
きっとこの学校において、肉体面で言峰に勝てる人間はいない。いや、全国の高校生ですら勝てないだろう。
世界中の高校生が一切に殴り合いを始めたとして、最後に立っているのは言峰士郎と確信できた。
勝てない。この状況では綾小路清隆は言峰士郎を止められない。
ホワイトルームという特殊な環境で育った綾小路の後天的思考が歩みを止めた。
しかし、だからといって友人の非道な行いを止めずしてどうするのだ。
―――親友とはそういうものなのだろう。なぁ、士郎。
これはかつて言峰が綾小路に教えてくれたものだ。
友とはそうあるべきであり、親友とはそういうものなのだ。
で、あれば綾小路清隆は健全に、今だけは勝利を捨て、友人を、親友を全うしなければならない。
その決意の元、踏み出した一歩目は、
「―――やっぱりテメェだろ?」
龍園の一言で止められた。
龍園は壁を背になんとか立ち上がる。
そこに不敵な笑みはない。笑う余裕すらない。
途切れかけている意識を何とか手繰り寄せ、龍園翔は言葉を紡ぐ。
「■■士郎が姿を消して、たった一週間に三つの事件が起きた」
「―――」
「さっきの拳で確信したぜ。なぁ言峰士郎」
龍園が知った事件はとある中学校で起きた三つ。
どれも悲惨な結果を生み出したものだ。虐められっ子が、社会的弱者が、裏切られた者が、復讐を果たした上で、その身をも破滅した、というもの。
そこに言峰士郎の、■■士郎の名前は上がっていない。だが、龍園は本能で、言峰士郎という本性を理解していた。
一之瀬帆波は言峰士郎を誤解している。言峰士郎は他人を尊ぶことの無い生き物だ。そもそも、その根底に外道や非道といった言葉は当てはまらない。アレは他人に一切の関心がなく、他人の苦悶のみに目を向けている。
恐らく言峰士郎が持っていると思われている良心は、後天的なもの。教育や周囲の環境が生み出したものだ。そうでなくてはならない、そうしてはいけない。思っているのではなく、認識しているだけだ。
言峰士郎は先天的に悪として生まれている。後付けで植え付けられた良心は正しく機能しなかった。
寛容的なのは、他人に興味が無いから。路傍の石にいちいち感情を向ける人間がいるのか。
慈悲深いのは、負の感情を抱かないから。路傍の石にいちいち感情を向ける人間がいるのか。
言峰士郎の視界には他人の苦悶しか映っていない。
龍園の本能がそう囁いた。
「それからお前が高校に入学するまでの間に起きた事件は39件。どれも、加害者と被害者が両方とも破滅を迎えている。前の三件と一緒だな。しかも、テメェの手は全国にまで届いていた。SNSでも使ったか?」
「―――知らないな」
「いや、テメェが通っていた中学は廃校になってやがる。その後、市内にあった他の中学二つとも廃校だ。原因はどれも、他の事件と同じだ。ただ規模が学校全体だっただけでな」
「それで?」
「テメェ、端から良心なんて持ってねぇだろ。なんで人間のフリしてんだよ悪魔が」
龍園は今度こそ不敵な笑みを浮かべた。
それに対して言峰は無感情な視線を向けている。
綾小路と龍園の視線が交錯する。意味は伝わった。
龍園は囮を買って出た。
言峰に怒りの感情を抱かせ、隙を与える為に。
「我慢とかなんとか抜かしてたが、そんなにぱぱとままが怖かったか?」
「―――くふ、ふふ、あはははははっ! 」
龍園の全身に怖気が走った。
恐怖だ。それは原始的な恐怖。被捕食者が捕食者に対して抱く、絶対の上下関係。生まれて初めてのそれに、龍園の顔が歪んだ。
冷や汗が溢れ出る。
言峰の哄笑は止まらない。
悪魔のようにただ喉を震わせる。楽しいからじゃない。嬉しいからじゃない。面白いからじゃない。
今なお、言峰の瞳は龍園に対して慈愛を孕んでいた。
おぞましいナニカが鎌首を擡げる。
「くだらないくだらないくだらないくだらないっ」
「才能があるからなんだ?」「勉強ができるからなんだ?」「喧嘩が強いからなんだ?」
「なんの意味があるんだ?」
「なぁ、恋愛ってなんだ?」「他人の愛し方ってなんだ?」「愛おしいという感情を知っているか?」
「教えてくれないか?」
「愛を」
「純愛を、友愛を、親愛を狂愛を博愛を恋愛を家族愛を」
「教えてくれよッ! 龍園翔ッッ! 」
狂ったように喚きながら言峰が龍園へと拳を振り上げる。綾小路はただ見ていることしか出来なかった。親友の変貌を、己がその本性を未だ理解出来ていなかったことを。ただ無感情に見ているだけだった。
軽井沢は目を瞑り、耳を塞ぎ、震えているだけだ。
そして、龍園はただ受け入れていた。
その拳が振り下ろされた瞬間が、言峰を倒す絶好の機会だからだ。綾小路は必ず動く。龍園は確信している。
しかしいくら待てども、拳が己に向かって振り下ろされることは無かった。
「なんのつもりだ、六助」
「ふむ。そうだねぇ、横槍と言うやつさ」
振り上げた言峰の右腕を高円寺が掴んでいる。ギリギリ、と互いに肉体を軋ませながら、微動だにしない。
綾小路は見ていることしかしなかった。何故なら、視界の端に高円寺の姿が見えていたから。勝算はなかった。しかし、この戦いを有耶無耶に出来るカードが現れたのだ。
委ねた方が得策だと判断しての事だった。
「君は変わらないねぇ、シェロ。全て投げ出すつもりかい?」
「⋯⋯貴様はいつもそうだな。お前、本気で俺が手を出さないと勘違いしてないか?」
「HAHAHAっ。シェロはジョークの才能があるみたいだ。良かったじゃないか。君こそ勘違いしているようだが、本気で私を相手に出来ると思ってるのかい?」
一触即発。
言峰は高円寺の腕を振り払い、互いに向かい合う。手負いの言峰と余裕の表情を浮かべる高円寺。
綾小路も龍園もどちらが勝つか予測できないカードだった。
「彼女が死んだのがそんなに―――」
「―――死ね」
言峰の拳が高円寺へと放たれる。
が、それは既のところで止まった。
「⋯⋯冷めたな。よし、これから湯に浸かりにいこうか」
言峰はそう言うと独りでに歩き出した。かと思えば、それに高円寺もついて行く。綾小路は数秒思考を巡らせると、追従した。
龍園はちらりと軽井沢へと視線を向ける。
彼女は呆然とした顔で三人の後ろ姿を眺めていた。
意味が分からないみたいだった。当然だ、龍園も理解していない。
仕方ない、とため息を吐くと龍園は軽井沢に顎でついてくるように促し、自分も歩き始める。
数歩ほど苦しそうに歩いていたが、暫くすると普通に歩き出した。
軽井沢はその十秒後に、その後を追うのだった。
特殊フォント機能は使ってみたかっただけです。以降使わないと思います。
バイト中に考えていたんですけど、言峰士郎は反転したら、邪ンヌ化します。良い人を演じてる悪人から、悪人を演じてる良い人になります。
それだけです。
次回は仲良く風呂に入ってるとこから始まります。