ようこそ愉悦至上主義者のいる教室へ   作:凡人なアセロラ

4 / 32
感想や評価は励みになります。感謝です。


櫛田桔梗の級友

 Dクラスから退学者が一人も出なくて良かった。折角、私や言峰君、平田君が手を貸したのに赤点を取った、なんて逆に私たちの評価が下がってしまう。

 それにしてもあの堀北がまさか須藤君たちに勉強を教えるなんて。私がいくら接近しても全く相手にしなかったくせに、腹立たしい女だ。思い出す度にふつふつと苛立ちが沸き立ってくる。

 激情を抑えながら、私は彼へと声を掛けた。

 

「言峰君っ」

 

「⋯⋯櫛田か。どうかしたのか?」

 

「今から帰るの? もし良ければ私も一緒に帰っていいかな?」

 

「構わないよ。一人より友人といた方が心が安らぐ時もある」

 

 昇降口で傘を手に取っていた言峰君の隣に立つ。言峰士郎君、彼はDクラスの中心である生徒の一人だ。基本的に私、平田君、軽井沢さん、言峰君の四人で方針なんかを討論したりする。他の生徒たちも参加はするが、大体がろくな案も出さずに相槌だけを打っている。

 彼は女子と男子から好意的に見られている。性差の壁を超えた好意をクラス全体から向けられているのだ。それは須藤君や堀北、高円寺君も例外ではない。他クラスとの関わりこそあまりないようだけど、それでもDクラス内では私以上の人気を誇っている。少しだけ嫉妬してしまう優等生が言峰君だった。

 

「あれ? 傘はどうした」

 

「今日は忘れちゃったんだ。天気予報では晴れだったから必要ないかと思ったの」

 

「そうか。まぁ急な雨だからな、仕方のないことだ。良ければ一緒に入るか?」

 

「いいの? ありがと、ご一緒させてもらうねっ」

 

 今日はわざと傘を持ってこなかった。雨が降りそうなのはわかっていたが、放課後に言峰君と一緒に帰る口実を作るためだ。

 私は言峰君についていくように昇降口から外に出る。外はかなり雨が降っていて、傘がなければ濡れるのを免れない程だ。これで相合傘をしてもらうことでもっと言峰君と親しくなれるし、ほかの女子にも牽制、アピールが可能になる。一石二鳥の策だった。

 

「こうして二人で歩くのは初めてだな」

 

「そうだね。いつも話す時は平田君やほかの女の子がいたから」

 

「大体がDクラスについての話ばかりだったか。ではプライベートな話も初めてになるのかな」

 

「ふふ、私のプライベートが気になっちゃう?」

 

「君の私生活の話はあまり耳にしなかった。そういう風に言われると興味が湧いてきてしまう」

 

「言峰君にならいいよっ。私の秘密教えちゃう」

 

 言峰君は私に歩調を合わせゆっくりと歩いてくれていた。それに心なしか傘が私の方に向けられている。こんな風に相手に意識させずに紳士的に振る舞うのだから、人気が出るのも納得だ。

 確か、クラスでも相談事の受付は彼がやっていた。女の子は私を頼ることが多いけど、それでも言峰君に持ちかける子も少なからずいる。クラスメイトの秘密を集めたい私からすれば、非常に迷惑な話なのだが、それ以上に彼という存在は大きな利益を生んでいた。

 

「何から話そうかなー」

 

「では勉強会の際、堀北や綾小路たちを手伝っていたようだったがどうだった?」

 

「堀北さん、教え方にトゲはあったけどそれでも相手に伝わるまで根気強く話してたよ」

 

「ふふ、そうか。⋯⋯上手くいったようだな」

 

「うんっ。言峰君は?」

 

「俺は七人ぐらいしか受け持ってなかったからな。平田はもっと大変だったろうし、櫛田も二つのグループを掛け持ちしていたんだろう?」

 

「確かに大変だったけどもう一つの須藤君たちのグループはほとんどが堀北さんが担当してたからそれ程じゃないよ」

 

「それでもだ、櫛田のおかげでDクラスから、仲間内から脱落者を出さずに済んだんだ。労わせてくれ」

 

「お気持ちだけで充分嬉しいよっ」

 

 堀北を褒めるのは少しだけ癪だったけど、言峰君にアピールする為だから必要経費だ。

 言峰君は私や平田君を褒め称えていたが彼のグループが一番平均点が高かった。やっぱり満点を取れるほどに勉強が出来れば教え方も上手くなるのかな。そう言えば満点が他のクラスにもいたらしく、過去問を使ったと言っていたのを聞いた。それを聞いた平田君たちもその手があったか、と愕然としたほどだ。

 

「中間テストを乗り越えたのならCPの変動がありそうなものだが」

 

「どうだろうね、増えるといいけど」

 

「ptの方は心許ないのか?」

 

「そこまで困ってはないけどこのままだったら何処にも遊びに行けなくなっちゃうかも」

 

「早めにCPシステムについて気付ければ良かったんだけどな」

 

「仕方ないよ。まさかこんなことになるなんて誰も分からなかったみたいだし」

 

「過ぎたことを考えても仕方ないが、心残りは出来てしまうな。このまま何事もなければいいが」

 

「怖いこと言わないでっ」

 

 私は結構ptを温存していたが、クラスの八割近くが散財してしまっている。そのせいで遊びに行くと必然的に節約していた人が割を食ってしまうから嫌になる。これも私の目標の為の必要経費と割り切れればいいんだけど、やはり遺恨は残る。

 言峰君は教会関係でptを配布されているらしいが、あまり興味本位で聞くべきことじゃないかな。知りたいけどそれはもっと親密になってからだ。

 

「⋯⋯あれは、六助か?」

 

「ホントだ。何してるんだろう高円寺君」

 

 寮の玄関に立っていたのは高円寺君だった。立っているだけで気品を感じる堂々とした立ち振舞い、間違いなく彼しかいない。

 高円寺君はこちらに気付くと口角を上げた。私たち、というよりも言峰君に視線を向けているようだ。

 

「待っていたよシェロ。今日はいつもより遅かったようだが?」

 

「私用で生徒会室に出向いていた」

 

「そうか。教会が施錠されていたからこっちで待っていたんだが、寮に来たのはプリティガールを送るためだったようだな」

 

「えっ、そうなのっ!?」

 

「まぁ、そうだな。俺は放課後はいつも教会の方へ足を運んでいる。寮に帰るのはその後だ」

 

「あ、ありがとう」

 

 どうやら私を送るためだけに寮まで一緒に歩いてくれたらしい。不意をつかれた形になった為、嬉しさから思わず感情を抑えきれず、頬に熱が帯びた。こういう所が本当にずるい。こんなの嬉しく思わない子はいないよ。

 女子からの人気は平田君以上なのが当然だったことを理解した。平田君は平等に扱ってくれるけど、個人に特別扱いはしない。そこが美点でもあるけど、言峰君はこういった感じで特別扱いしてくれる。実際は皆にこうなんだろうけど、何だか私だけが特別扱いを受けているような気持ちになる。

 女子の多くが惹かれるわけだ。

 

「気にするな。俺が勝手に心配しただけだ」

 

「それでも助かったよ。本当にありがとっ」

 

「ああ、どういたしまして。これからは傘を忘れないようにな。風邪でも引いたら大変だ」

 

「ふふ、そうだね。その時はまた言峰君に頼んじゃおっかな」

 

「俺に頼り過ぎると利子が大変なことになるぞ」

 

「それは大変だっ。⋯⋯またね、言峰君」

 

「またな、体調には気をつけなよ」

 

 別れを済ませて寮に入る。ふと振り返れば、並んで歩く高円寺君と言峰君の姿があった。言峰君は傘をさして歩いていたが、高円寺君は傘もささずに堂々と雨の中に歩いていった。

 私は二人の姿が見えなくなるまで見送ると、そのまま自分の部屋へと戻るのだった。

 

 

 

 1

 

 

 

 後日、私と王美雨ちゃんと井の頭心ちゃんの三人で放課後に教会へと足を踏み入れてみた。

 迷惑かな、とも思ったけど綾小路君や高円寺君、佐藤さんなんかはよく出入りしているらしく大丈夫だと判断した。心ちゃんは言峰君に嫌われたくないらしく若干挙動不審だった。みーちゃんの方は普段から仲良くしてる分、余裕を持っているらしい。

 こんな風だが、私も意外と緊張しているようだ。心臓の鼓動がいつもより早い。初めて入るからかな。

 

 木製の大扉を開くと西日に照らされ、逆光で視界が塞がれる。辛うじて見えたのはこちらに背を向けて祭壇に膝を突く言峰くんだった。

 普段からじゃ分からないけど、こうやって見ると熱心に信仰してるんだな、と改めて言峰君が神父見習いをしていたことを思い出す。

 

 扉が開く音に気付いたのか、言峰君はゆっくりと立ち上がり、私たちへと振り返った。

 

「ようこそ、神のお膝元へ。もっと奥に来て構わないよ」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、言峰君は手招きする。私たちはそれに従い、奥へと進んでいった。

 教会に、ただ友達に会うために来た、なんてバチが当たるだろうか。なんて内心怯えつつも言峰君と対面する。彼はキャソックを身にまとい、右手で聖書のように分厚い本を持っている。

 

「君たちがここを訪れるのは初めてだな。神へのお祈りか? 己の罪の懺悔か? それとも、私個人に用があったのかな?」

 

「ごめんね、ただ言峰君に会いたくてきちゃった」

 

「謝る必要は無い。級友と仲を深めるだけで主は癇癪を起こすほど短気ではないし、寛容な方だ」

 

「あ、あの、お邪魔します」

 

「お邪魔するね言峰君」

 

「ああ、どうぞ寛ぎたまえ、井の頭、みーちゃん」

 

「私もお邪魔しますっ」

 

「君もよく来てくれた櫛田。生憎、応接室では無いのでお茶は出せないが、寛いで欲しい」

 

 私たちは座席へと案内された。横並びに座ると祭壇の前で立つ言峰君へと視線を向ける。が、言峰君はちらりと私たちの反対の方へと視線を向けた。それに誘導され見てみれば、逆側の座席に高円寺君が足を組んで座っていた。

 普段あんなに存在感を放っていた高円寺君に気付けないほど、私たちは緊張していたのだろう。驚いた様子でみーちゃんが声を上げた。

 

「こ、高円寺くんっ!?」

 

「ははは、ガールたちもここに来るとはね。私のことは気にせず寛ぎ給えよ」

 

「お前はくつろぎすぎだ六助。少しは遠慮を覚えたらどうかね?」

 

「実にナンセンスだシェロ。私の前では神も等しく畏まるに相当しない。長年の付き合いだから、その辺は理解していたと思うが?」

 

「君は変わらないな」

 

「それはこちらのセリフさ。君は一歩も前に進んでいない」

 

 あまりに仲が良かったので疑ってはいたが、やはり入学前から親交があったらしい。高円寺君も言峰君も互いに遠慮なく言葉を交わしている。前に腐れ縁、と言っていたのはこういうことだったのだろうか。

 とは言え、いつまでも黙っているわけにはいかない。私たちは二人の掛け合いを見に来たのではなく、言峰君と会話しに来たのだ。

 

「言峰君は普段ここで何してるの?」

 

「普段、か。そうだな⋯⋯お祈り、聖書の黙読、相談辺りだな。暇な時は掃除をしている。基本的に暇なことが多いが、それは悩める人間がいないということ。まあ喜ばしい事だな」

 

「くく、それ以外にもあるだろう? 君の趣味が」

 

「黙っていろ六助。今は来客の相手をしているんだ。静かに出来ないなら裏で待ってろ」

 

「君に嫌われるのは嫌だねぇ。仕方ない、黙ってることにしよう」

 

「え、えっと何時ぐらいまでいるの?」

 

 二人の間に何やら険悪なムードが漂っていた。しかし表情を見る限り、互いに悪感情は持っていないらしく、これも日常会話のようなものなのだろうか。しかしそれにしても気まずいかな。

 

「21時までここにいるよ。他者に相談しているところを見られたくない者もいるからね。学校の方にも許可は取ってあるし、鍵は俺が管理している。あと、休日は用がなければ一日中ここにいると思ってくれていい。偶に席を外して外出している場合もあるが」

 

「そうなんだ。これからも時間があれば来ていいかな?」

 

「構わない。教会は皆に等しく門を開いている。もし来ても俺がいないようならば、裏にいるか外出しているか、だ。連絡さえしてくれれば直ぐに戻る」

 

「良かった。でも一人で管理するの大変じゃないのかな?」

 

「大した労力ではないよ。相談者が手伝ってくれる場合もあるし、学校側が業者を手配してくれる時もある。強いて言うなら来客の少なさだな。君たちも気軽に足を運んで欲しい」

 

「わかったっ。みんなにも声を掛けておくね! 勿論、他のクラスの人にもっ」

 

「ああ、感謝する櫛田。それで、みーちゃんや井の頭は何か相談したいのではないか? そこにいる居候に聞かれたくないのであれば、場所を移すが」

 

「だ、大丈夫ですっ。ほんとに軽い相談なので」

 

「ならばいいが、アイツに遠慮する必要は無いぞ。⋯⋯どんな些細なことでも相談は相談だ。君たちの悩みに優劣や大小は存在しない。勿論、他言することもないから安心してくれ」

 

 そう言われてみーちゃんと心ちゃんが顔を見合せた。どちらが先に相談するか譲り合っている。みーちゃんの説得に負けたのか、心ちゃんが挙手して席を立った。しかし、言峰君は座るように指示すると自分の方から近づいて行く。

 そして、席に座る心ちゃんの前で視線を合わせるように屈んだ。ちなみに高円寺君はニヤニヤと二人を見ていた。

 

「じゃ、じゃあ私の方から。⋯⋯あ、あんまり自分に自信が持てないんです。周りの目を気にしちゃって、挙動不審になっちゃって、自分が恥ずかしくなっちゃって、変わりたい、って思うんですけど、勇気が出ないんです」

 

「そうか。⋯⋯無理に自信を持つ必要は無い。自信というのは後からついてくるものだ。君が改善するべきなのは人見知りの方だね。自信と会話、これを切り離して考えるといい。他者からの評価を気にして、言葉を選んでしまうんだろう? それは欠点ではないよ。言葉が詰まるのは君が優しいからだ。他人を傷つけないように、不快にさせないように、そう考えているから言葉が詰まるし、自分の一挙一動に不安を抱く。嫌われたくない、という考えから来たものだとしても同じことさ。優しい人間は他者から嫌われたくないと思う人が多い。心が冷たいものでなければそう思うのは当たり前であり、君だけが特別な訳では無い。そう卑下することじゃないよ」

 

「で、でも、それが原因で、皆から⋯⋯」

 

「見下されるんだろう? 他人との優劣を付けたがるのは人間の性だ。どんな人間であろうと無意識のうちに評価を下す。変えるべきは考え方だよ。君も無意識に相手に劣等感を抱いているだろう? 相手の方が優れていると考えているだろう? ほら、今もそんなふうに考えてる。だから、俺に相談したんだろう? 君は人を恐れ過ぎだ。他人の視線に臆病になり過ぎだ。悪いことではない、でもあまりに過剰だと良いことでもないんだよ」

 

「は、はいぃ」

 

「劣等感は君の自信の無さの表れ。そこを改善するには君の考え方を変えなくちゃいけない。そうだな、まずは相手を傷付ける言葉を覚えようか」

 

「え、えぇぇっ!?」

 

「君の苦手意識を無くすんだ。口にすればするほど、脳裏に悪い言葉だと焼き付くから、感情が爆発しない限りは大丈夫さ。君は考えて話す子だ。無意識に返答したりしない。だから、これから暇があれば練習しよう。俺でよければ相手になるから暇な時にいつでも訪ねてきてくれ。なんなら電話越しでも大丈夫だよ」

 

「あ、ありがとうございまぅ」

 

「気にするな。同じクラスの仲間だ。そうでなくても友人だろう? これくらいのことは負担にならないし、苦にも思わない。君がコミュニケーションにおいて自信を持ってくれれば、Dクラスとしても喜ばしいことだ。勿論、友人としてもね」

 

「は、はいぃ」

 

 顔を真っ赤にして心ちゃんは俯いてしまった。そっと言峰君は自分の電話番号が書かれた紙切れを彼女の手に忍ばせている。

 なるほど、こんな感じで相談に乗っているのか。ただ肯定するだけの私と違い、どこを改善するべきなのかをわかりやすく教え、その改善に手を貸す。相談する人が増えるのも当たり前だった。

 

 心ちゃんの相談が終わったのと同時に言峰君はみーちゃんへと視線を向ける。そして、近付こうと歩き出した瞬間、高円寺君が背後、つまり教会の入口の方へと振り向いた。

 それに反応して何事かと言峰君が視線を向ける。私たちもそれを追うように振り向いた。

 

「騒がしい来客だ。今日は優雅な一時とは程遠いみたいだねぇ」

 

「―――なに? どういう意味だ六助」

 

「大変だ言峰っ」

 

 ガチャり、と扉が乱暴に開かれた。そこに姿を現したのは池君、山内君、綾小路君、平田君、軽井沢さん、そして申し訳なさそうに佇む須藤君だった。

 

「どうしたんだ?」

 

「す、須藤がっ」

 

「―――すまねぇ言峰ッ! 俺、喧嘩しちまったっ!」

 

 どうやら事件が起きたようだった。

 

 

 

 

 

 




平田「過去問だって!?」

綾小路・言峰「ナ、ナンダッテー」


櫛田のメイン回だったのに高円寺が勝手に出てきた。なんだコイツ。

次の語り手は?(あくまで参考にする程度です)

  • 綾小路清隆
  • 堀北鈴音
  • 平田洋介
  • 佐藤麻耶
  • 櫛田桔梗
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。