ようこそ愉悦至上主義者のいる教室へ   作:凡人なアセロラ

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難産回。
結構迷いましたけど、このままいくことにしました。
もし皆様の反応が悪いようなら編集するつもりです。

それと、感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます!


佐倉愛里の恩人(2)

 夕暮れを過ぎ、夜の帳が降り始めた頃。

 私は言峰くんに須藤くんと男子三人が起こした事件を目撃したことを伝えに向かっていた。

 夜は好きだ。誰かに会うことがないし、一人の世界を感じられる。夜の孤独は私に安心感を与えてくれていた。

 

 言峰くんに連絡して、返ってきたのは教会の応接室で待っていてくれ、という言葉だった。

 既に何度か出入りした経験はあるが、一人で勝手に入るのはどこか気が引ける。何故か悪いことをしている気分になる。

 

 憂鬱に思いつつも、私は教会に入った。

 言峰くんは先に別の用事を済ませにいく、と言っていたがどれくらいかかるんだろうか。

 

 初めて入った夜の教会はどこが幻想的に感じる。

 周りから物音がせず、怖いくらいの静寂の中、はりつめた冷気のような肌寒さ。無機質な印象を抱かせる。

 月明かりが差し込み、ステンドグラスから神様のような姿の人が浮かび上がっていた。照明のないこの空間で、ほんの少しの恐怖と共に未知の場所を冒険するような子供心が湧き上がってくる。

 

 ちょっぴり舞い上がってたのかな。

 

 だから、陰に隠れるように座っていたその人物が目に入らなかった。

 

「―――あら、貴女もここに用があるんですか?」

 

 鈴が鳴るような声だった。

 ゆっくりと立ち上がり、その人は祭壇の前へと歩いていく。月明かりを浴びた髪が白銀に輝き、逆光で顔が見えない。

 随分小柄で、片手には杖のようなものが握られていた。

 

「う、うん。言峰くんに、話を」

 

「ふふ、実は私もそうなんです。ただ、用事は既に終えていますが」

 

「そ、そうなの⋯⋯?」

 

「ええ、私の目的は既に達成されていますから。今はただこの空間の空気を味わっていただけです」

 

 女の子はそう言うと、ゆっくりと杖をつきながら私の方、つまりは出口へと歩いていく。段々と縮まる距離にビクビクと怯えてしまっていたが、彼女は特に何をするでもなくすれ違っていった。

 

「では、機会があればまた会いましょう」

 

 その子は振り返ることもなく教会を出ていく。その後ろ姿を眺めながら、私は彼女の容姿について思い返していた。

 

 ―――綺麗な子だったなぁ。言峰くん、あんな子とも仲がいいんだね。

 

 唯一の友人の交友関係の広さに感心しつつ、同時に妬みを抱いてしまう。

 私と真逆の存在。私よりも友人が多くて、人に好かれる生徒。女性の櫛田さんならともかく、男の子でここまで男女構わず信頼されているのは凄いことだと思う。

 

 そんなことを考えながら、私は応接室へと足を運んだ。

 

 

 

 応接室は聖堂と違い、暖かみのある明かりに包まれていた。

 無機質とは程遠い生活感のある一室。取り敢えず対面するソファの一つに腰を下ろす。

 そして、特別棟で見てしまった事件について考える。

 私はどうするべきなんだろうか。このまま言峰くんに相談してなんて言って欲しいのだろうか。

 

 私は多分、証人として人前で話せない。つまり、このまま目撃者として名乗りを挙げることが出来ない。勇気がないのだ。

 

 じゃあ、なんの為に言峰くんへ相談しに来たの? 

 彼は仲間思いの優しい人だ。必ず須藤くんを助ける為に行動するはず。だとしたら、きっと私に見たことを証言するように促してくるだろう。

 でも、私は承諾しない。怖いのだ。目立つことがとてつもなく怖くてたまらない。

 

 偽りの仮面である雫であれば容易にこなせただろう。でも、佐倉愛里には出来ない。

 そうすれば、言峰くんは私を見放すんじゃないだろうか。だって、私がやろうとしていることは、彼の友人を見捨てる行為だ。きっと幻滅する。

 友達思いの人にとって、そんな行動は決して看過できないはずなのに。

 

 ―――どうすればいいのかな。

 

 分からない。

 どれだけ問答を重ねようとも答えは出なかった。

 

 それもそうだ、私の心が拒否しているのだから。

 須藤くんの無実よりも、保身に走ってしまうのだ。

 

 私の醜くて弱い心が、そうさせるのだ。

 

 ねぇ、私はどうすればいいのかな。

 

「誰も君を責めないよ佐倉」

 

 心臓が止まるかと思った。肩が跳ね上がり、わたしはノロマな身体とは思えない速度で声の聞こえた方を振り向く。

 

 そこに居たのはいつものキャソックでもなく、制服でもない肌に密着する半袖のインナーみたいなアンダーシャツ姿の言峰くんがいた。

 彼は着痩せするタイプだったらしい。インナー越しに隆起した肉体が見える。木の幹のように太い腕、ボディービルダーのような筋肉。穏やかな印象を覆す鎧を纏うような姿。

 

「このまま目撃者として名乗るかどうするかは君が決めなさい。仮に黙っていても誰も君を責めないよ」

 

「で、でも、須藤くんが」

 

「大丈夫。須藤の無罪は必ず証明出来る。俺はその手段を持っているからね。君はもっと気楽に考えていいよ」

 

 首から上が別人みたいだ。

 でも、それ以上に素直にかっこいいと思ってしまう。クラスの男子より少しだけ背丈の低い彼だが、それを感じさせない存在感を放っていた。

 その答えは鍛え上げられた肉体からくる自信の表れだったのだろう。

 

 そして、言峰くんはいつものような諭すように穏やかな声音で私を否定しなかった。

 その事に、安堵を覚えつつ、そんな期待をしていた私が嫌になる。

 

「今回の事件、Dクラスの勝利は確定している。だから佐倉、君が考えるのは君が誰かの為に人前に出れるかどうかだけだ。注目されるのが苦手な佐倉愛里が、人気グラビアアイドルの雫と同じように目立つことができるかどうかの話なんだ」

 

「う、うん」

 

「それで君はどうする? このまま黙っているか、恐怖を克服して名乗りを挙げるか」

 

「―――私は」

 

「黙っているのは悪いことじゃないよ。今は無理でもいずれは出来るようになればいいだけだ。無理をしてまでストレスを抱える必要は無い」

 

 私はどうしたい? 

 このまま黙ってる? 

 それとも、なけなしの勇気を振り絞って声を挙げる? 

 

 言峰くんはどちらを選んでも否定しないと言った。

 逃げても、悪いことではないと言った。

 

 でも、今逃げたらこのままずっと逃げてしまいそうで。

 ずるずると、今度こそはと言い続けて逃げてしまいそうで。

 逃げ続けた結果、私は私を嫌ってしまいそうで。

 

 私はどうしたい? 

 

 私は、

 

 私は―――、

 

「私は―――もう逃げたくない」

 

「そうか。その選択を俺は心から歓迎する。佐倉愛里、君は逃げることを選ばなかった。自分の為かもしれない。だが、結果的に誰かの為になる選択をした。君は確実に成長しているよ」

 

「うん。以前の私だったら、きっと黙っていたから。言峰くんのおかげで、前に進めた」

 

「今はその選択が出来ただけで十分だ。このまま行けば君が証言する機会は訪れないだろう。ただ、その選んだ結果が君を大きく成長させる」

 

 言峰くんは嬉しそうに笑った。

 自分のことではなく、私のことなのに喜んでいた。

 

 彼は友人の成長を心から祝福できる人間なのだろう。いったい、この世界に彼のように他者の栄光を喜べる人間がどれほどいることだろうか。

 本当にいい人なのだ。人格者で、善人で、良人で。まるで性善説の体現者のような人。

 そんな彼に出会えて、本当に良かった。

 

「喜べ佐倉、君の願いはようやく叶う」

 

 その言葉に私は涙を浮かべていた。

 

 

 

 3

 

 

 

「そう言えば言峰くん、なんでそんな格好してるの?」

 

 嬉しさから零れた涙は止まることなく、そんな私に言峰くんは何も言わずに付き合ってくれた。

 長い時間、溜め込んできた感情が一気に溢れでて、酷く赤子のように泣きじゃくってしまった。私が落ち着いた頃に言峰くんはホットココアをいれてくれた。その後、我に返って恥ずかしさから発狂しそうになったが、彼は笑うことも無くただ隣にいてくれていたのだ。

 

 そして、心に平静を呼び戻した頃、ずっと気になっていた疑問を投げかける。まるで少し運動をしてきたかのような格好の言峰くん。

 いつもと違う格好はどういう理由からなのだろうか。

 

「ああ、これか。恥ずかしい限りだが、少しだけ運動をしていてね」

 

「は、恥ずかしいことなの?」

 

「この肉体を維持するための隠れた努力さ。俺は天才じゃないから、日々の積み重ねがなければこうなれない凡人なんだよ」

 

 どうやら言峰くんは努力する人だったようだ。それを聞いて、天才という私とは縁遠い人から一気に親しみやすい人のように思えてきた。

 彼は努力を続けてきたからこそ、他者の悩みに共感でき、その改善に努めているのだろう。私みたいな平凡な人間の気持ちを理解しているのはそういうことだったらしい。

 

「それにしてもまさか君が事件の目撃者だとは思わなかったな」

 

「そうなの? 言峰くんなら分かってそうだったけど」

 

「俺はそこまで期待されるような人間では無いよ。できないことの方が多いからね」

 

「ふふ、言峰くんが言うと謙虚に感じるね」

 

「謙虚なのではなく事実だ。俺は褒められた人間ではない」

 

 こういう所が人に好かれるんだと思う。鼻につかないし。

 今ならもう一つ悩みを打ち明けても大丈夫かな? 流石に迷惑かな。

 でも、このままじゃ良くないし、思い切って言ってみよう。

 

「あ、あの言峰くん。ストーカーとかに詳しい?」

 

「ストーカー? 詳しい訳では無いが一般的なことなら知っているよ」

 

「私、最近ストーカー被害のようなものにあってて、ただの被害妄想ならいいんだけど」

 

「穏やかじゃないな。なるほど、誰かに雫の正体が気付かれたのか。ストーカーが誰かは分かるか?」

 

「う、うん。多分なんだけど、前にカメラを買いに行った時にいた店員さんだと思う」

 

「ふむ、相手が学生じゃなくて良かったが、そうか外部の人間か。どう対処したものか。一応、ここは監視カメラが多いし、迂闊に接触は出来ないと思うが」

 

「でも、段々エスカレートしてきて、今は寮のメールボックスに手紙みたいなのが何通も」

 

「そうか⋯⋯少しだけ時間をくれるか? 何か対策を考えてみよう」

 

 言峰くんは深刻そうな表情でそう言った。

 悪いことしちゃったかな。今は須藤くんの件で忙しそうだし、私個人の話なのに巻き込んじゃって。

 でも、彼ほど安心感のある人はいなかった。

 

「今日はもう夜遅い。そろそろ帰った方がいいな」

 

「そうだね。あんまり長居すると言峰くんにも迷惑だし」

 

「いやそんなことはないぞ。俺は会話が好きでな、こうして話す時間は楽しいんだ。寮まで送るから帰り支度を始めるといい」

 

「そ、そんな! いいよっ」

 

「ストーカーに遭っているんだから用心するに越したことはない」

 

 そう言い切ると言峰くんは応接室に掛けてあったキャソックを羽織り、私に帰宅を促す。

 そして、彼は私が寮に着くまで一緒に歩いてくれるのだった。

 

 

 

 結局、私が証人として人前に立つことは無かった。

 堀北さんの活躍で、どういう訳かCクラスは訴えを取り下げたらしい。私はその事にほっとしつつ、少しだけ残念に思ってしまった。

 今回、もし証言人として須藤くんの無罪を主張出来ていたら私はもっと前に進めていたし、クラスにも馴染めていたんじゃないかな、なんて考える。本当はその機会が訪れることがないとわかって喜んだくせに。

 

 Dクラスは今回の事件で協力してくれたBクラスと祝勝会を開いているらしい。らしい、というのは私が参加しなかったからだ。

 言峰くんは誘ってくれていたけど、やっぱり人が集まるところは苦手。

 

 だからこうして、一人寮にも帰らず歩いている。

 ショッピングモールを抜けて、路地裏を進む。誰とも会わず、誰にも見られずに一人の世界を堪能していた。

 

 言峰くんのおかげで、一人の寂しさはなくなったけど、こうして一人になる時がある。

 失ってから、居心地の良さを改めて知ったのだ。

 

 隣の芝は青く見える、という。

 孤独だった私は集団を羨んでいたのだろう。友人を欲していたのだろう。だけどこうして、変わった後に気付いた。一人の気楽さというやつだろうか。

 

 言峰くんに相談してからストーカー被害も無くなった。

 雫のSNSアカウントで執拗に粘着してくるファンがいなくなり、寮のメールボックスに変な手紙を入れられなくなった。そして、誰かに見られているような気配を感じなくなった。

 

 本当に一人になった気分だ。

 晴れ晴れとした、清々しい心地。

 

 光の差さない薄暗い場所。

 日陰は好きだ。自分の居場所が日陰だったから。

 

 でも、今は日向も好きなんだ。

 

 私は路地裏を抜けて表通りに出ようとして―――、

 

「―――ッ!?」

 

 誰かに口を塞がれ、再び路地裏の奥へと引き込まれる。

 一瞬の出来事に気が動転して、何がなにやらわからなくなって。気付けば、また日陰へと引き込まれていた。

 

「へ、へへ雫ちゃん! やっと会えた! やっと会えたんだ!」

 

「―――!」

 

「ダメだよ騒いじゃ。僕たちの愛は秘密にしないと。誰かに知られたらスキャンダルになっちゃうでしょ?」

 

 口を塞がれたまま私は抵抗出来ない。信じられない力で押さえつけられ、背後から抱きしめられているようだった。

 気持ちの悪い吐息が耳や首筋に走る不快感。粘っとした手汗をかいた掌。怖気が走るほどに気色の悪い声音。

 

「どうして抵抗するんだい? あ、もしかして恥ずかしいのかな? うへへ、大丈夫だよ、僕も恥ずかしいからさ」

 

 興奮しているのが伝わっている荒い息遣い。汗から漂ってくる悪臭に思わず蒸せかえりそうになった。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い―――。

 

「ああ、雫、雫っ。ようやく僕たちは結ばれるんだっ! や、やっと僕たちの愛が報われる時が来たんだよっ!?」

 

「―――!」

 

「嬉しいんだねっ、わかるよ雫。あれ、そうだったね。雫じゃなくて愛理だったね。ごめんね、ずっと気づいて貰えるのを待ってたんだよね?」

 

 嫌だ。

 こんなの嫌だ。

 

 逃げ出そうにも押さえつける力の方が強くて振り解けない。

 悲鳴をあげようにも口を塞げれて満足に叫べない。

 一体どうすれば―――。

 

「このまま逃げてしまおう。そうすれば、誰も邪魔しないっ。僕たち二人で生きていこう。ほかに邪魔者はいない世界で、二人で幸せな家庭を築こうっ」

 

「―――!」

 

「うんうん! 子供は何人欲しいかなぁ。僕は女の子がいいなぁ。場所はどこにする? 君の言う通りにするよぉ!」

 

 逃げられない。

 逃げられない。

 逃げられない! 

 

 誰か、誰か助けて―――! 

 

「どうして、抵抗するんだ!? 僕がこうして会いに来たんだぞ!? もっと喜べよ!」

 

 嫌だ。

 誰か、誰でもいいから。

 

「こ、この! お前は大人しく僕についてくるだけでいいんだよ! 売女風情が、僕に逆らうんじゃねぇ!」

 

 男の掌が私の頬を叩いた。

 その瞬間、何も考えられなくなる。

 

 痛みが恐怖を呼び起こし、私は抵抗する気もなくなった。

 その場で腰が砕けたように座り込んだ私に男は満足そうに頷く。

 

「そうだ、最初からそうしてりゃいいんだよお前は!」

 

「ご、ごめ、んなさい」

 

「ああ、ごめんね!? そんなつもりじゃなかったのに! 痛かったよね? 大丈夫だよ! 君がわがまま言うからつい手が出てしまったんだ!」

 

 男が私を抱きしめる。

 私は何も出来ず、ただ呆然としていた。

 

 人は本当に怖い時、涙なんて流さないらしい。

 何も考えられなくなって、何も抵抗できなくなるんだ。

 

 追いつめられた私は、ただ諦めてしまった。

 

「これは愛の鞭だよ? 君が嫌いなわけじゃないんだ。ほら、立って。僕たちの愛の巣に帰ろう?」

 

 やっと、変わることが出来ると思ったのに。

 やっと、前に進めたと思ったのに。

 やっと、寂しくなくなったのに。

 やっと、友人が出来たのに。

 

 ―――やっと、一人じゃなくなったのに。

 

 私の未来はあっさりと壊れてしまう。

 

「はい⋯⋯」

 

「あぁ! 良かった! 君もわかってくれたんだね! 愛理!」

 

 手を引かれ、あっさりと私は従ってしまった。

 男は私の手を握ったまま、どこかへと歩き出す。

 

 こんなの嫌だ。

 私はまだ、言峰くんに恩を返していない! 

 

 誰か、誰でもいいから―――、

 

「おい、なにやってんだ」

 

 薄暗い路地裏。

 人に見向きもされない日陰者が集う場所。

 

 そんな場所に、光を灯した人がいた。

 

 

 

 




ちなみに櫛田回で言峰が言っていた目撃者とは佐倉のことじゃないです。

次で二巻が終わりかな?

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