ようこそ愉悦至上主義者のいる教室へ   作:凡人なアセロラ

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前半と終盤に佐倉愛理以外の視点があります。
またもや難産回。

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます!


佐倉愛里の恩人(3)

 ―――士郎から忠告は受けていた。

 

「佐倉?」

 

「ああ、佐倉愛里だ。君と同じで友人を欲しがっていてね。清隆はまだ異性の友達はいないだろう? この機にどうだろうか?」

 

「確かに、オレとしてはありがたいが⋯⋯」

 

「彼女には既に話してある。君とも話しやすいはずだ。同じようにあまり活発的でない子だから」

 

「まぁ教室にいる時はかなり内向的には見えるな」

 

 士郎はオレに佐倉を紹介してきた。

 祝勝会に向かう途中、オレと士郎は並んで会場へと向かっている。洋介は既に会場にいて準備を手伝っているんだそうだ。

 その道すがらの出来事だった。

 

 佐倉愛里。オレと同じDクラスの女子生徒。地味で影が薄く、眼鏡をかけていることもあった暗そうな印象を抱いていた。

 確かに、オレとは話しやすいだろう。あまり活発的ではないし、必要以上に距離を縮めようとしないから。それを理解して、士郎も提案したのだ。

 

「分かった。今度会わせてくれ」

 

「良かったよ。断られたらどうしようかと思ってた」

 

「友達の頼みは断らないだろ?」

 

「そうだな。ありがたいかぎりだ」

 

 ふと、士郎が足を止める。

 何かが気になったのか、端末を取りだし無言で操作を始めた。暫くした後、端末を制服のポケットへとしまう。

 そして、オレと目を合わせて真剣な表情を作った。

 

「一つお願いしたいことがある」

 

「どうしたんだ?」

 

「佐倉愛里から目を離さないでくれ。彼女はストーカー被害に遭っている。相談を受けてから俺が対策はしたが、それでも完全に問題を解消できたわけじゃない。もし、何かあれば清隆、君が彼女を助けてやってくれ」

 

 そう言いながら士郎はオレの端末を手に取り、佐倉の電話番号を打ち込んだ。そしてGPS機能をオンにして、彼女の居場所が分かるようにする。現在は学生寮にいるようだな。

 それにしてもストーカー被害か。穏やかじゃないな。

 内気な佐倉が狙われることなんてあるのか? いや、内気だから狙われているのだろうか。

 

「俺は今日、手を離せない急用がある。祝勝会には参加するが、途中で帰ることになるだろう」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、だから君に見ていてほしい。もし彼女に異変があればすぐに駆けつけてやってくれないか?」

 

「分かった。だが、事前に佐倉に気をつけるように伝えればいいんじゃないのか?」

 

「佐倉は俺に迷惑をかけることをいやがる。そんなことを伝えれば、迂闊に自分からストーカーへと近付くだろうな。あまりにも危険な行為だ」

 

 それなら佐倉が気付かないうちに問題を解決した方がいいみたいだな。

 

 

 

「綾小路くん⋯⋯?」

 

「は、え⋯⋯?」

 

「なにやってんだって聞いてる」

 

 佐倉のGPSが路地裏へと向かい、そこで表通りに出る前に急に引き返しだしたからおかしいと思った。異変を感じたオレは祝勝会を抜け出し、走ってここまで来たのだが、あの男が士郎の言ってたストーカーか? 

 かなり危うい状況だったようだ。二次会で行ったカラオケから近い場所で助かったな。

 

「こ、これはその⋯⋯そうだ、彼女が道に迷ったみたいだったからさ。教えてやろうと思って」

 

「その割には随分と強引だな。それに佐倉の頬が腫れてるが?」

 

「だ、だから彼女を薬局に連れて行ってやろうと⋯⋯」

 

「そうなのか? 佐倉」

 

「⋯⋯あ、あの」

 

 オレが、目撃者がいると言うのに佐倉から手を離さない。

 このストーカー、かなり覚悟を決めているようだ。逃げる素振りを全く見せない上に、笑っている。

 佐倉はどうして振りほどかないのだろうか。

 

 佐倉の頬は赤く腫れ上がり、表情は固く、その瞳には何の感情も映していなかった。

 

「オレは彼女のクラスメイトだ。佐倉も他人のアンタよりオレが連れていった方がいいと思うが?」

 

「ぼ、僕が彼女に頼まれたんだから、最後まで責任は持つよ。だから君は、もう帰っても」

 

「⋯⋯佐倉」

 

「は、はい」

 

 この男と話していても埒が明かない。

 佐倉自身が動かないとオレは何も出来ないからな。合意の上だと言われてしまえば、オレは手出しが出来ないのだ。

 だから、佐倉を見つめる。彼女の答えを促す。そうするしか、方法がない。

 

 この路地裏には監視カメラがない。

 それをわかっているからストーカー男はこんなにも強気なんだろう。

 

「お前はどうしたい?」

 

「あ、綾小路くん」

 

「ほら、早く行こう? 早く腫れた箇所を冷やさないと君の顔に傷が残っちゃったら困るでしょ?」

 

 急かすように佐倉の手を引くストーカー男。

 なんとしても離れないつもりだ。

 

 まさか、佐倉は屈服してしまっているのか? 

 だから助けを求められないのか? 

 

 弱いことを言い訳に思考を停止してしまっている。恐怖から逃げることを諦めてしまっている。

 なんと投げかければ佐倉を救える? 

 

「わ、私は」

 

「もう、早くしろよ! 時間がもったいないだろ!」

 

 考えろ。

 考えろ綾小路清隆。

 

 この場面で、一番彼女の心を開く方法はなんだ。

 

「佐倉、本当にいいのか?」

 

「お前もさっきからごちゃごちゃうるさいんだよ! 高校生のくせに年上を敬えないのか!?」

 

 喚くストーカー男を無視してオレは佐倉へと問い掛け続ける。

 

 彼女の心を開く方法。

 佐倉愛里の友人は士郎だ。つまり、士郎は佐倉の心を開いたことになる。

 

 ならば、士郎と同じことをするしかないな。

 

「佐倉、誰かに助けを求めるのは恥ではない。危機に瀕した時、逃げるのは恥じゃない。確かに立ち向かうのは勇敢なことだ。美点だ。だが、今の君はどうだ? それは逃げているのでも、立ち向かっているわけでもない。思考を止めているだけだ。それは君の本心じゃないだろ?」

 

「―――」

 

「うるさい! うるさい! うるさい! 黙れぇぇぇ!」

 

 士郎はどうやって彼女の心を開いた? 

 どうして彼女に成長を促している? 

 佐倉愛里の抱える悩みはなんだ? 

 

 考えろ。

 士郎のトレースは完璧じゃないし、綻びがある。

 故に、畳み掛けるしかない。

 

 早期に決着をつけなければいけない。

 

「君の抱えていた悩みを解決するには自分から動くしかない。いつまでも誰かが勝手にやってくれると期待するな。今の君は成長とは程遠い位置にいる。目指している場所からかけ離れている。逃げるな、足を止めるな。立ち止まるな佐倉愛里」

 

「―――」

 

「黙れって言ってるだろ! 早くしろ愛理! おい!」

 

 オレと佐倉との距離がストーカー男の手によって離れていく。

 ただ手をひかれるがままの佐倉をオレはただ見つめ続ける。

 

 そして、言葉だけを投げ掛ける。

 

「変わりたいんだろう? 今のままじゃ嫌だったんだろう? だから、士郎を頼ったんじゃないのか?」

 

「こと、みねくん」

 

「愛理ぃ! 耳を貸すなぁ!」

 

 どんどんと距離が遠くなる。

 急げ、決定的な言葉を探せ。

 

 士郎の期待を裏切るな。士郎が与えた成長の機会を潰すな。

 今はただ一人の友人の為に、未来の友人の為にことなかれ主義を捨てろ。

 

「誰かの手を借りるのは悪いことなのか?」

 

「―――」

 

「友人を頼るのはいけないことなのか?」

 

「―――」

 

「助けを求めるのは悪いことなのか?」

 

 佐倉の瞳に光が灯った。

 もう一押しだ。

 

「誰かの助けを待つな! 自分から声を上げろ!」

 

「―――わたし」

 

「佐倉! お前の願いを叶える為だ!」

 

 その言葉がトリガーだった。

 突然、佐倉が立ち止まり、ストーカー男が瞠目する。強い力で引こうとしているが、佐倉はなんとか耐えながらオレへと縋るような視線を向けた。

 

 彼女の双眸から涙が溢れ出す。

 不器用に歪んだ笑顔を浮かべ、絞り出すように言葉を吐いた。

 

「あ、綾小路くん」

 

「おい、やめろ! 黙れ!」

 

 一瞬の空白。

 安堵の表情にオレはいつでも動ける体勢に入っていた。

 

「―――助けて」

 

「この、売女がぁぁ!!」

 

 刹那、弾かれたように駆ける。

 男が反応するよりも早く肉薄し、佐倉を掴んでいた腕を握りしめた。

 

「―――え」

 

「佐倉からその手を離せ、ストーカー野郎」

 

 全力で握り潰す。

 遠慮はいらない。今この瞬間にこの男は犯罪者となった。

 士郎が成長させる為に動いていたというのに、友人の邪魔をしたこいつは許せない。

 

「が、ぁぁああああ! 痛い痛い痛い!!!」

 

 男は膝から崩れ落ち、涙を流し始めた。

 ここでオレは止める気がサラサラない。

 

 この男の心が折れるまで、決してやめない。

 

「や、やめろ! やめてくれ! あぁぁあああ!!」

 

 男が佐倉の手を離した。

 まだだ。

 

「た、頼むやめ、やめろ! やめてくれ! お、折れっ」

 

「⋯⋯」

 

「あ、あぁっ! わ、わかりましたっ! おね、お願いです! も、もう金輪際! 彼女には近づきません! だ、だからぁ!」

 

 涙だけじゃなく、ありとあらゆる体液を撒き散らし懇願する。

 心が折れたのがわかるとストーカー男から手を離す。そして、佐倉へと視線を向けた。

 

「あ、綾小路くん。その」

 

「大丈夫か?」

 

「え、あ、うん。私は、大丈夫」

 

 頬の腫れが酷いな。

 オレは佐倉の涙を拭いながら、端末を取り出し、警察へと電話を掛ける。このままストーカー男を逃がすつもりはない。

 後々、またなにかされても困るからな。

 

「あ、あの!」

 

「どうした?」

 

「―――ありがとう、綾小路くん」

 

「ああ、気にするな」

 

 ワンコールの後、警察が電話に出た。

 清々しく吹っ切れたような笑顔を浮かべる佐倉を横目に、事情を説明していく。そして、すぐに急行するという言葉を聞いてから電話を切った。

 

 ふとストーカー男に視線を向ければ既に逃げ出していた。

 

「あ⋯⋯逃げちゃったね」

 

「警察を呼んだ。どうせすぐに捕まるだろ」

 

「うん」

 

 オレは佐倉を連れて表通りへと歩みを始めた。

 

 

 

 4

 

 

 

 直ぐに警察と先生たちが駆け付けてくれた。

 私と綾小路くんは事情聴取をされ、保護されることになる。その後、私は治療を受けることになり、綾小路くんは改めて茶柱先生たちに事情を説明していた。

 

 理事長までも謝罪に現れ、教師陣と学校関係者から深く頭を下げられた。思わず私も謝っちゃったけど、それを見て綾小路くんがツッコミを入れてきた。

 あの一件で綾小路くんと友人と呼べるほど距離が縮まったみたいだ。

 

「佐倉。大丈夫だったのか?」

 

「言峰くん。⋯⋯うん、私は大丈夫」

 

「すまないな、まさかこんなことになるとは」

 

「こ、言峰くんが謝ることじゃないよ! そ、それに迂闊にあんなとこにいた私が悪いし」

 

 綾小路くんたち全員が帰った後、寮へと戻っていた私の前に言峰くんが現れた。とても心配していたようで、私の姿を見て安堵の息を吐いていた。

 

 なんか心配かけちゃってごめんなさい。

 

「君が無事で本当によかった。⋯⋯それにしても犯人はどこにいったんだろうな」

 

「警察が敷地外からは出ていないはずだから監視カメラを辿って直ぐに見つけるって言ってたよ」

 

「⋯⋯そうか。それは心強い」

 

 言峰くんは穏やかな笑みを作った。

 良かった、いつもの彼だ。

 

 本当に言峰くんには頭が上がらないな。

 綾小路くんが助けに来てくれたのだって、言峰くんが事前に言ってくれていたおかげらしいし、前も私の悩みを聞いてくれた。

 そして今も私の為に動いてくれている。

 

 今日は嫌なこともあったけど、それ以上にいいことがあった。

 一つは私が自分から声をあげれたこと。自発的に動けたこと。雫ではなく、佐倉愛里として。

 

 もうひとつは綾小路くんと友達になれたことだ。

 まだまだ少ないがこれで二人目。着実と増えていってる。

 

 言峰くんに相談できてから何もかもが変わってきた。

 薄暗い路地裏を歩く日陰者から、日向を目指して歩くようになったのだ。

 

 これも全て、言峰くんのおかげだ。

 

 本当に頭が上がらない。

 いつか、言峰くんが困っている時に力を貸してやれるようになれたらいいな。

 

 ―――そう、言峰士郎くんは私、佐倉愛里の恩人なのだ。

 

 

 

 5

 

 

 

 有り得ない。

 こんな結末、有り得ない! 

 

 おかしいじゃないか! 

 なんで僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ! 

 

 ただ愛理への愛を! 彼女の愛を! 

 雫の愛に報いようとしただけなのに! 

 

「おかしい、こんなの間違ってる⋯⋯!」

 

 彼女を見つけたのは偶然だった。

 ネットで知ったグラビアアイドルの雫。灰色だった僕の人生に光が灯った瞬間があの時だった。

 何も持たない僕に、神が唯一くれたのが彼女という存在だったのに! 

 

 それなのに、どうして邪魔をするんだ! 

 僕と彼女の愛は本物だったんだ! 

 おかしいだろこんなの! 僕のたった一つの愛さえこの糞な世界は踏み潰すのか! 

 

「僕が、一体どんな思いで⋯⋯!」

 

「知るかそんなこと」

 

「誰だっ!」

 

 背後から声を掛けられ振り返った。

 階段の手前に立っていたのは神父のような格好をした男だ。

 能面のような無表情を貼り付けている。

 

「お、お前! 言ってたことが違うじゃないか!」

 

「何も間違っていないと思うが?」

 

「だ、だってお前が!」

 

「たしかに俺は彼女はお前を愛していると言ったな」

 

 そうだ! 

 この男は僕の前に現れて、助言をしてくれた! 

 僕と雫の愛を祝福してくれた! 

 

 だから、こいつの言う通り彼女をつけ回すこともやめたし、メールボックスに手紙を送ることもやめた。SNSで愛を囁くのも我慢したんだ。

 

 それもこれも全部彼女と結ばれるためだって言ったのに! 

 

「そうだろ! お前は嘘を吐いたのか!?」

 

「俺は何も嘘を吐いていないが?」

 

「でも、お前の言う通りにならなかったじゃないか!」

 

「そうだな」

 

「なら、責任を取れ! 僕はどうすればいい!?」

 

 この男を頼るしかない。

 こいつは僕たちを邪魔しなかった! 

 

 こいつの言う通りにすれば、またきっと雫と⋯⋯! 

 

「死ぬといい」

 

 は? 

 

「このまま自分の手で死ぬといい」

 

 こいつ、何を言って⋯⋯。

 どういうことだ! まさかこいつ! 

 

「僕を騙したのか!?」

 

「騙してなどいない。俺は例えしか言ってないからな」

 

「何を⋯⋯あ、あの時ッ!」

 

「例えば、君たちの愛に障害があったとしてそこで諦めるのは間違いだ。君の愛は本物だから、まずは彼女に好かれる方法を教えよう。⋯⋯と例えの話はしたし、確かに佐倉愛里から好かれる可能性のある方法を教えた。何も騙していないし、嘘を吐いていない」

 

「お、お前ぇぇぇえ!!!!」

 

 こいつ、初めからそのつもりで! 

 僕をこうするつもりで⋯⋯! 

 

「僕が、どんな思いで!」

 

「薄汚いストーカー風情が愛を語るな。俺は果実は好きだが、それを横から手を出されるのが嫌いだ。汚されたものを誰が食べる? それに、お前のような汚らしく醜い果実なぞ手を伸ばす気にもならん」

 

「許さない! 絶対に許さない!」

 

「お前はもう社会的に死んだ。役目も果たした。もう存在価値はどこにも残っていない。さっさと死んでくれ。見るに堪えない」

 

「ああぁぁああああああああああああ!!!」

 

 この男は絶対に殺す! 

 絶対に殺してやる! 

 

 僕は神父の皮を被った悪魔へと飛びかかった。

 

 だが、気付けば空を舞っていた。

 

 自分が階段から落ちていると認識したのは地面に激突する寸前だった―――。

 

 

 

 




ストーカー男さんは死んでないです。頭から落ちたんで頚椎をやってそうですが。

このストーカー男どう処理するか迷ってたんですよね。プロットでもこうなる予定と決めてたんですけど、どうも納得できる結末がなくて。
愉悦対象にしようかと思ったんですけど、こんなゲス煮込みのクソみたいなやつで愉悦する気にもなれなくて⋯⋯。
もしかしたら大幅に改稿するかもです。

それと今回で二巻終了です!
次回に佐藤麻耶視点を挟んでから三巻に入ります!

龍園!葛城!一之瀬!待ってろよ!今愉悦しに行くぞー!(多分)

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