【リレー小説】ボクカノ   作:リレー小説実行委員会

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四巡目
ともだち。  (hasegawa 作)


 

 

「やれやれ……、久方ぶりに肝を冷やした。

 人の世で戯れるのも程々にせよ、という事か」

 

 心地よく照り付ける太陽の日差し。そして柔らかな風を感じる。

 ここは先ほどまで身を置いていた、薄暗くカビ臭い迷宮とは、正に雲泥の差だ。

 まぁ最も、このバベルという魔窟には全くと言って良いほど似つかわしくない、のほほんとした雰囲気の馬鹿げた空間は、彼自身が遊び心をもって拵えた物であるのだが。

 

「確か、エスメ何某(なにがし)と言ったか?

 よもや一目で、(おれ)の擬態を看破しようとは」

 

 バベルの20階――――ここはつい先日、ハルキ達も訪れていた場所。

 豊富で清涼な水のもと、沢山の美しい木々が青々と生い茂る、この塔においては異質と言える、オアシスのエリアだ。

 

 しかし、以前とはだいぶ状況が違う。あの時は半ば飢餓状態にはあったものの、彼らはしっかり自分の足で、ここの土を踏みしめていた。

 だが今は、ミストラルに所属する冒険者達の間で【花輪】という名で呼ばれている男により、ビーチパラソルの下で仲良く並んで寝かされているのだ。

 ついでに言えば、彼の施しを受けて、みんな額に濡れタオルが乗せられていたりもする。気持ちよさそうにグースカ眠っていた。

 

「木端の者共は騙せても、流石にあのクラスには通じんか。

 正体を隠し、ミストラルと戯れるのも、ここいらが潮時だな。

 人の子と戯れることが出来る、貴重な遊び場だったが……」

 

 だが良い、もう構わない。

 彼は今、そんな晴れ晴れとした気持ちでいる。

 

 己の正体を隠し、人間を装い、冒険者たちに紛れて交流を行うのも、確かに有意義ではあった。

 そもそもこの20階という位置にある、場違いで摩訶不思議なオアシスすらも、「バベルに挑んだ者達が、ちょうど腹を空かせてへばる頃合いだろう」と考えた彼が、自らの魔力や私財を投じて作り上げたものだ。

 

 腹いっぱい飯を食わせ、怪我の治療や水分補給をさせてやるお代がわりに、自分と話でもしていってくれないだろうか?

 そんな期待を持って、暇さえあればここに赴き、疑似的に作り上げた太陽とビーチパラソルの下、のんびりと寛ぐのが彼のライフワークである。

 

 ハルキ達はまだ知らない事だが、実はこの場にはとても分かりやすい所に、転送用のワープ装置が設置してあったりする。

 わざわざ「転送ボックスです」というカラフルな看板を立て、しっかり屋根と壁を備えた、まるで電話ボックスみたいな作りの物が、泉のすぐ傍に置いてあるのだ。

 あの時、ハルキたちは食べ物に夢中で(もっと言えば花輪をボコボコにするのに必死で)それに気が付かなかったのだが……。これがあればいつでも元いた階層に戻れるし、またお腹が減ったらご飯を食べに来ることも出来るだろう。

 

 ここはバベルに挑む冒険者たちにとって、生命線とも言える補給地帯。

 また唯一の安らぎの場所。戦いに疲れたり、何かあった時に帰って来られる家。

 彼という悪魔が真心を込めて作り上げた、正にオアシスなのである。

 

 彼は人間が大好きだから――――

 力も弱く、とてもか弱い生物なのに、時折その短い命を真っ赤に燃やすようにして、見た事も無いような素敵な輝きをみせる。

 長い時を生きてきた自分ですら、もう想像も付かないような熱い生き様や、あたたかで優しい物語を紡ぐ。

 この人の子にとっては、正しく“地獄”に他ならないバベルという場所で、仲間達と支え合いながら懸命に上を目指していくその姿が、彼は大好きだった。

 

 確かに、ミストラルの冒険者たちに交じって、彼らと談笑しながらわざわざ足を使ってバベルを登るのも、とても楽しいひと時だったように思う。

 けれど、それを失ってしまった事に、後悔などしていない。

 彼は今日、それに負けないくらいに素敵な物を、たしかに見つけたのだから。

 

「素晴らしい――――素晴らしかったよ君達。

 あんなにも胸が高鳴ったのは、一体いつ以来の事だろう?」

 

 先ほど見た、愛情。

 人の子と悪魔が織り成す、奇跡の物語。

 本来は決して交じり合うハズの無い、光と闇。それがひとつになった時、これほどの輝きを見せるものなのかと、彼は人知れず拳を握りしめていた。

 今もあの素晴らしい光景は、ハッキリ瞼に焼き付いている。鮮明に思い出せる。

 きっと、ずっと忘れないだろう。この先、悪魔という種族である自分が、どれほど長い永久の時を生きたとしても。

 

「助けて、あげたいな……。

 彼らが無事に、バベルを踏破出来たらいいのに――――」

 

 この感情は何だろう? なぜ今(おれ)の胸は、こんなにもあたたかなのだろう? 優しい気持ちになるんだろう?

 この気持ちは一体、()()()()()()()()()()

 彼らが目を覚ましたら、訊いてみたいと思った。

 

「仲良く、したいな……。彼らと話がしたい。

 でも無理かなぁ? だって我は、こんなにも醜い……」

 

 クスリと、苦笑する。人の子と悪魔の違いなど、今まで嫌というほど思い知ってきたというのに。

 それでも、期待している。希望を捨てられない自分がいる。

 自分は悪魔なのだし、希望なんて言葉は似つかわしくないのだけれど……、それでも信じてみたいと思う。

 この“好きだ”っていう気持ちは、彼にとって掛け替えのない宝物なんだから。

 

「おや……? もう少しかかるかと思ったが、そろそろ目を覚ます頃合いか」

 

 やがて、トロピカルドリンクを片手に、ひとり想いに耽っている内に、この場に小さく可愛らしい声が響いた。

 愛叶だ。今あの子が「うーん……」と呻きながら、何やら寝苦しそうにワチャワチャ動いているのが見える。

 

 いかんいかん、気を引き締めねば。

 そう自分に活を入れ、彼はまた、心に仮面を被る。

 悠久の時を生きた、威厳ある悪魔としてではなく、いつも人の子と接するときに使う、彼らの友人としての姿。そして優しい言葉遣いを意識した。

 

「あ、あれ……? おひさま?

 ここどこ? あのこわいおばさんは……」

 

「ヘェ~イ、起きたかいベイビー♪

 眠り姫のお目覚めだねぇ~え♪」 

 

 飛び起き、ビックリした顔でキョロキョロあたりを見回す。

 そんな愛叶のプレリードッグみたいな仕草を、似非(えせ)花輪の仮面を被った彼が、優しく見つめる。

 

 

「気分はどうだいベイビ~? 喉とか渇いてな

 

「――――あぁーーっ!! 花輪くんのニセモノだぁーーっ!!

 まだいきてたのぉーーっ!?」

 

 

 大声。

 五大陸に響き渡るほどの、子供の元気な声が、辺り一帯に木霊した。

 

「お゛っ!? なんだなんだぁ!? 敵襲かこの野郎ぉーーッ!!」

 

「はへ……? 三途の川は?

 まだ僕、六文銭(ろくもんせん)渡してない。無賃乗船に……」

 

「んぎゃーーすッ!! ビッグバンにごじゃるカ?!?!

 シンのゾウがマウスからポーン! これはグッドモーニングですカ?」

 

 それを起床の号令がわりとし、仲間達が〈ガバッ!〉と飛び起きる。

 自衛隊みたいに即座に起床した。

 

「おまっ……! てめぇ追って来やがったのかぁ! 似非花輪ぁぁーーッ!!

 ストーキングとは良い度胸じゃねぇかゴラァァーーッ!!!」

 

「――――ほんげッ?!?!」

 

 渾身のグーパンチが叩き込まれる。

 彼が座っていた椅子ごと、ゴロゴロ地面を転がる。けっこうな飛距離。

 

「勝てると思ってんのかこの野郎ぉッ!!

 三流の腐れレイヤーなんかに負けるかぁボケェ!!

 こちとら命張ってコスッってんだ! 生活かかってんだよぉーーッ!!」

 

「ぐべっ!? おごっ!? や゛べっ!?」

 

 馬乗りになり、マウントパンチ。

 ハルキが流れるような動作を持って上に乗り、そのままドゴゴと拳を振り下ろす。手慣れた動きである。

 

「おい巌! お前もなんか覚えたんだろ!

 やっちまえこんなモン! ぶちのめしてやれ!」

 

「あ……いちおう僕、食べるのが得意みたいなんだけど……やっちゃって良いのかな?」

 

 巌が言われるままに近づいて行き、おもむろに似非花輪くんの腕に「カプッ!」と噛み付いた。

 

「――――痛い痛い痛いッ! いたぁーーいッ!」

 

「あれ? なんか固いねこの人……。ちょっと頑張って齧るね……?」

 

「やったれ巌! 遠慮するこたぁねぇぞ! 食ったれ食ったれ!」

 

 巌らしからぬ「うおおお!」みたいな声を上げ、まるでミシン針のような勢いで噛み付いていく。この場に似非花輪くんの悲痛な声が響く。

 

「えっと。なんかアタシ、みんなの身体能力とか、底上げできるっぽいヨ?

 いっちょトライいかがどすカ?」

 

「おぉ良いじゃねーかブリトニー! バッチリじゃねーか!

 かけたれかけたれ!」

 

 ブリトニーが静かに跪き、まるで教会のシスターのような所作で祈る。

 あたかも後光が差しているような、神聖で美しい姿。とても真摯な想いを込めた祈りによって、巌の身体能力が爆上がりする。

 

「――――わぁぁぁーー!! わあああああ!!!!

 痛い痛い痛い痛い!! いたたたたたたたたたたたたぁぁーーーい!!」

 

「食ったれ食ったれ! 噛みちぎってやれ!

 腹いっぱい食やー良いぞ巌! どんどんおかわりしろよ! 若いんだから!」

 

 もう巌の顎の動きが、残像を纏うほどの速度になっている。

 ポカポカと気持ちの良い陽気、美しい緑の光景の中、彼の歯が立てる【ドガガガガガ!】みたいな音が鳴る。工事現場の重機みたい。

 

「おい愛叶(・・)! お前なにボサッとしてんだ!! 呆けてんじゃねぇぞ!!」

 

「えっ……」

 

 唐突に、愛叶の名が呼ばれる。

 これまでずっと「ぽけ~♪」と呆けていた彼女が、突然ハッとした表情でハルキに向き直る。

 

「殴れ殴れ! こんなモン殴れ!!

 変態コスプレ野郎なんざ、生きてても仕方ねぇんだよッ!」

 

「え、それハルキくんがゆーの?

 ……じゃなくてぇ! でもわたしは、もう……」

 

「――――うるせぇんだよバカ愛叶ぁッ!! 兄貴分のいう事が聞けねぇってのか!

 ゴタゴタ言ってねぇで来いッ!! 愛叶ッッ!!!!」

 

 空気を切り裂くような叫び。まるで全てを振り切るような声。

 愛叶の事情も、悩みも、罪悪感も。

 その全てを「関係ねぇ!!」と一蹴する、強い言葉――――

 

「う……うん! うんっ!!!!

 いっくよぉ~ニセモノぉー! しねー☆」

 

「そうだ! いいぞ! やっちまえ愛叶!

 こちとらストーキングされたんだかんなぁ! 天も法も許すッ!!」

 

 元気よく馬乗りになり、ハルキと一緒にドゴドゴ殴りつける。

 楽しそうに、花のような笑顔で。

 太陽の光が反射し、愛叶がポロリと零した涙が、キラリと光る。

 

「……おっし交代ッ! 最後は俺だっ!!

 いいかお前ら? 声援を送れ。

 どうやら俺は、気分が乗ってる時とかに、力がUPするみてぇだ」

 

「おうえんしたらいいの? ハルキくんがんばれーって?」

 

「合いの手みたいなのヤル? サンサンナナビョーシ! 気合入るかもヨ」

 

「とりあえず、盛り上げていけば良いんだね……?

 ハルキくんが気分よく殴れるように」

 

 という事で、三人が応援団みたいに一列に整列。わくわく&ニコニコしてる仲間達に見守られながら、ハルキは「あらよっと!」とマウントポジションを取る。

 

「よっしゃー! お前らいくぞぉーッ!!

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」

 

「――――いいよハルキくん! キレてる! キレてるよ☆」

 

「丸太のような太い腕……! 山のような僧帽筋ッ……!

 筋肉(マッスル)ッ! 筋肉こそお前の友だッ……! 審査員に筋肉を見せつけろッ……!」

 

「ナイスバルク! ナイスキンニク!

 その肉体を作りあげる為には、眠れない夜もあったでしょウニ!

 これぞ努力のケッショウ! ニクタイビ!

 男の象徴(シンボル)、ジョウワンニトウキーン!!!!」

 

 別にここはボディビル会場じゃないし、ハルキはちんまいので筋肉なんて無い。

 でもこういうのは気分だ! みんなで楽しむことが大切なのだ!

 見てくれ、この輝かんばかりの笑みを! みんなの心からの笑顔を! 一体感を!

 

 仲間達の声援を受けながら、ハルキが躍動する。

 パワフルに、楽しそうにドゴドゴ拳を振り下ろす。

 ウジウジしてた気持ち、悩みなんか吹き飛ばすようにして。

 

「おや? ハルキくんに巌くんじゃないか。ここで何をしてるんだね?」

 

「おぉ教授! コイツ()()()()()()()()()

 あんたの大好物があるぞ! 掘ったれ掘ったれ!」

 

 見るも悍ましい光景が、冒険者たちの心の拠り所たる場所で、繰り広げられる。

 詳しい説明は省く。

 

 

「――――よっしゃあ死んだぁーー!!

 持つもん持ってずらかれぇぇーー! 人が来る前にぃぃぃいいいーーーッッ!!!!」

 

「懲りずにバカンスなんぞ、しおってカラニ!

 其方は命がいらんと申すカ! この痴れ者ガ!!」

 

「ばーか! ばーか!

 よくみたら、おヒゲのあとがあるもん! ほんとの花輪くんにあやまれー!」

 

「うちの子達がホント申し訳ない……! 心から謝罪しますっ……!

 でもご飯時になったら、またお願いしますっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 元気よく「わーっ!」と走り去っていくハルキ達。そしてこの場に一人残された、ボロ雑巾のような似非花輪くん。

 

 死にはしない。この身は魔の頂点なのである。

 だが人と魔の間には、まだまだ深い隔たりがあるのだと、彼は学ぶのだった。

 

 頑張らなきゃなって……。

 

 

 

 






 人間って残酷ですよね。

(hasegawa)

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