《ユグドラシル》最終日、ヘロヘロまでもが急用でログインできなくなった
しかし、それが逆にモモンガをちょっぴり救う……かもしれない。そんな話

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思いついてしまったので。


ナザリックの偉大なる従者達

 

 

 彼は独り、円卓の間に座していた

 

 部屋の空気は冷たく澄み、熱も匂いも揺らぎもなく、ほの白い魔法の灯りのみが彼の骸骨の顔を照らす

 数十人が余裕を持って集える空間。塵ひとつなく磨き上げられた黒曜石の円卓。乱れなく正確に並んだ主なき四十の椅子

 それらすべてが彼の孤独を強調しているようだった

 

 彼は名をモモンガと言った

 

 DMMORPG『ユグドラシル』において、勇名と悪名とを共に鳴り響かせた人外種ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスター。最高位の不死種族『オーバーロード』にして数々の超位魔法を操る大魔法使い。難攻不落の地下要塞『ナザリック大地下墳墓』の主

 彼の名を耳にしたプレイヤーの多くが畏怖をあらわにし、あるいは身構えるであろう

 そんな彼も、もうすぐ消え去ろうとしている

 いかなる強力なスキルでもアイテムでも覆せない、サービス終了という名の絶対的最後によって

 

 それでも、彼は何かを待っていた

 

 

 

 

 どれぐらい経っただろうか。小さな電子音にモモンガは顔を上げた

 着信音である

 開きっぱなしになっていたメッセージボックスに視線を落とす。だが、ゲーム内メッセージは届いていない

 代わりに見つけたのはゲーム外メールの新着サインだった

 震える指先がそれをタップする

 

 数拍の間

 そして彼は「ひゅう」とも「きゅう」ともつかない細くてかん高い声を上げた

 下顎骨を震わせ、両の手で顔を覆い、大きくのけぞる。余の場所であれば椅子ごと後ろに倒れかねない勢いだったが、重厚な椅子の高い背もたれが彼を支えた

 

 しばし固まっていた彼は、ゆっくりと顔を下ろし、確かめるように何度もメールを読み返した

 顔を押さえ、立ち上がり、座り、叫び、掌で机を打ち、再び立ち上がってうろうろと歩き回った

 そして最後にもう一度椅子へ戻り、倒れこむように卓へ伏せた

 

「なんでですかあ……ヘロヘロさあん」

 

 恐ろしげな骨の顔から出たとはとても思えない、情けない声が漏れる

 

「急な仕事って、アクシデントって。わかりますけど今日だけはログインするって言ったじゃないですかあ……この時間になってもこないからまさかとは思ってましたけどお……ヘロヘロさあああああん」

 

 泣き言を洩らしながら頭をごろごろ左右に転がす

 もしも生身であったなら、さまざまな体液で机をベチャベチャにしていただろう。嫁に逃げられた酒飲みもかくやの有様だった

 

「あああ畜生ヘロヘロさんの上司呪われろ。はげろ。もげろ。市民番号失効しろ。ヘロヘロさんを返せっ!」

 

 硬い石の卓を拳でガンガン叩きながらモモンガは泣き喚く

 その後も怨嗟の声は長く響き続けた

 

 

 

 

 小半時も醜態を晒していたであろうか

 次第に動きを小さくしていったモモンガは、やがて深いため息と共に顔を上げた

 当たり前ではあるが幸いなことに、電子上の作り物であるその顔にも円卓にも、先程までの狂態の痕跡は残っていなかった

 

「しかたない……ええ、分かってはいるんです。しかたないですよね……」

 

 再度のため息と共に席を立ち、静かな足取りで歩き出す

 隣の椅子へ、さらにその隣の椅子へ。ひとつひとつ愛おしむように、懐かしむように撫で、円卓を一巡する

 

 それらは仲間達の席だった

 共にギルドを作り上げた四十人の仲間も、その多くがサービス終了を待たずして去って行った。今は数人が名を残すのみ

 それでも最後ぐらいはと可能な限りのメンバーに連絡を試みたが、良くて断りの返事を返すか挨拶程度に顔を見せただけ。大半はなしのつぶてだった

 最後の望みであったヘロヘロが接続できなくなった以上、もう誰かが来ることはない

 

 自身の席まで戻ったモモンガは己の椅子の位置を整え、寂しげにつぶやいた

 

「時間、余っちゃいましたね」

 

 不思議と、ギルドを去った仲間達への怒りは薄らいでいた

 少し前までは腹の底に煮えたぎるモノがあったのだが。

 ヘロヘロ当人ではなくその上司へと怒りの矛先が変わったこと。そして気が済むまでわめき散らしたことが原因だろうか

 一種の賢者タイムである

 

 視線を彷徨わせたモモンガは広間の壁に飾られた黄金の杖に目を止め、歩み寄った

 『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』

 ギルドの象徴であり、その破壊がギルドの消滅を意味する『ギルド武器』である。それゆえ強力な性能を与えられながら、ただの一度も使われることのなかった悲運のアイテムでもある

 

「……」

 

 無言で差し伸ばした彼の手に、杖から湧き出した赤黒く亡霊じみたエフェクトがまとわりつく

 

「うっわ。こんなんでしたっけ」

 

 ドン引きつつもそのまま杖を手に取り、じっくりと確認する

 七つの宝玉を七匹の大蛇が咥えて絡まりあう、その緻密で複雑な意匠にも細工にも毛ほどの手抜きも見られない

 でもちょっとやり過ぎた感じかなあ、などとひとりごち、しばし考え込む

 そして

 

「……よし」

 

 決心したように頷くと杖を高々と掲げ、恐ろしい事を言い放った

 

「最後ですし、ばーんと派手に折ってみましょうかこれ!」

 

 ざわり。と誰もいないはずの広間の空気がうごめいたような気がした

 先に述べた通り、ギルド武器を折ればギルドが消滅する。単なる表示上、名目上の話ではない。ギルドの財産として蓄積された全てが本当になくなるのである

 根拠地であるこのナザリック大地下墳墓も失われ、投入された手間と時間と資金が無に帰す

 ギルド武器を壊すとはそういうことなのだ

 

 にもかかわらず、当のモモンガに悲壮感はなかった。うしろめたさの欠片すら見られない

 しかし同時に、破滅へ踏み出さんとする決意も狂気も感じられない。行為の怖ろしさにためらっている様子でもない

 鼻歌でも歌いそうな調子で杖を掲げたまま、左右へチラリチラリと視線を飛ばすのみ

 何かが起きようとしているのだろうか

 だが彼の他に動く物はなく、ただ白々とした空気が流れる

 

 やがて彼は首を振り、しぶしぶと杖を下ろした

 

「はあ。誰もツッコミにきませんか」

 

 当たり前である

 付け加えるなら味方への加害(フレンドリーファイア)が発生しない『ユグドラシル』において、自身の所属するギルドのギルド武器を直接破壊することは基本的にできない

 言ってみただけであった

 

「んーじゃあ、えっと。ゴホン。――混沌・暴虐・人種(ひとしゅ)(あだ)なす者共よ。無より生まれ・あー伝説となり?・彼方(かなた)へと去りし同胞(はらから)よ。全ての血と・財と・記憶を(にえ)に。汝らが(のこ)せし杖を(もち)て・我・モモンガが命ず――『アインズ・ウール・ゴウン総員召喚(サモン・オールギルドメンバーズ)』!」

 

 おごそかに、そして高らかに唱えられた呪文がわずかな残響を残して虚空へ消える

 なお『ユグドラシル』にこんな魔法は存在しないし、そもそも魔法に詠唱時間はあっても呪文の内容は設定されていない

 もちろん今度も何も起きることはなかった

 

「もー。空気読んでくださいよみんな!」

 

 それでもモモンガはそこにいない誰かへ訴えるように両手を振り回した

 珍しい光景である

 彼はどちらかと言うとツッコミ役あるいは調整役で、率先して馬鹿をやることは少なかった。むしろギルドマスターを任されて以来、意図して落ち着いた言動をとってすらいた

 それが崩れたのは今までの反動か、仲間に会えなかったショックのせいか。

 

「いいですよ。皆がそのつもりならギルド設定いじって、悪の魔法少女ごっことかしちゃいますから。止めてもうらやましがっても知りません。魔法骸骨オーバーロードモモン爆た……ん?」

 

 杖を振り振り広間を出ようとして、戸口の正面にたたずむ人影に気付く

 メイドであった

 足元までを覆うクラシカルなメイド服であるが、隅々にまで施された刺繍はドレスもかくや。ブラウスの胸元は形よく豊かに盛り上がり、丁寧にくしけずられた黒髪と共に彼女の女性美を強調している。そして何より目を惹かれるのは、目元を隠した薄布の間から覗く――美犬の口吻であった。

 

「ああ……。そういえばNPCは居ましたっけ。全部見られてた?」

 

 NPCとは人の操作していないキャラクターのことであり、言ってしまえば魂のない人形である。だからこそ今の今まで存在を忘れていた

 だがここに居るのは、ギルドの仲間がその造形、動作、設定の全てに魂を込めて作り上げた理想のメイドである。理想のメイドわんこである。知り合いの愛犬家魂がこもっている

 しかも困ったことに、その仕草から間違いなくモモンガに注意を向けていることがわかる。たった今も、動揺している彼へ「どうかいたしましたか」とばかりに小首を傾げてみせた

 作り物っぽさを消すため丹念に仕込まれたAIのなせる技だったが、今はそのひとつひとつが彼の羞恥心を刺激する

 

「今のは忘れろ、なんてコマンドないですよね。意味ないし。じゃあ――」

 

 一旦言葉を切って左右指差し確認

 ヨシ。誰もいない

 

「《記憶操作/コントロール・アムネジア》」

 

 他者の記憶を書き換える強力な魔法を唱えた

 もちろんこの魔法で改変できるのはゲーム上の一部データだけで、他人の記憶を本当にいじれるわけではない。対人戦の可能なDMMOでそんなことができてしまったら大問題である

 しかしプレイヤーではなくNPC相手であれば、ちょっとした悪戯が可能な魔法でもある

 魔法の効果によって表示されたメイドわんこのキャラクターデータを前に、モモンガは邪悪っぽい笑い声を作った

 

「くっくっく、ではキャラクター設定を」

『おいたはダメですよ』

「うわはあ!」

 

 突然の声にモモンガは飛び上がった

 効果設定中の《記憶操作》を慌てて取り消し、左右を見回す

 しかし、誰もいない

 そしてNPCは言葉を発せられない

 

「ええ……?」

 

 彼の困惑が恐怖に変わる寸前、続く声がメイドわんこの手元から響いた

 

『私のペストーニャに手を出さないように。あとでお話があります』

 

 気付けばメイド――ペストーニャはその手に録音録画機能をもつアイテムを握り、モモンガへ向けていた

 音声の終了と同時に彼を撮影し、胸元に仕舞い込んで一礼する

 警告の再生・犯人の撮影・ハラスメントコードによる証拠品の防御と流れるような手際だった

 

「なぁんでこんな行動仕込んであるんですか餡ころもっちもちさん。私そんな疑われてました?」

 

 実際にやらかしたことは棚に上げてぼやくモモンガ

 だが、次の瞬間。彼の脳裏に電光が閃く

 ペストーニャの製作者である餡ころもっちもちは、ナザリックでは比較的穏健な女性プレイヤーだった。それこそ外で暴れているよりナザリックでのんびりお茶している方が多いような

 やや犬愛が激しすぎる所はあるが、少なくとも前科のない仲間を疑って予防線を張っておくような性格ではない

 またギルドマスターであるモモンガであれば、証拠のアイテムを穏便に取り上げる方法もある

 つまり、この仕掛けは彼を対象とした物ではなく

 

「おのれ、るし★ふぁーさんめ。やったな……?」

 

 誰かが先に似たようなことをしでかした結果、施された対策だということだ

 犯人を決め付けるのはちょっと気が早いが。

 

「はあ、仕方ない。とりあえず《付き従え》」

 

 ひとまずこの場での対処を諦めたモモンガは、一言命じて歩き出した。それにはペストーニャも問題なく反応し、数歩遅れて後を追う

 彼らは最下層へとつながる大階段へと向かった

 

 

 

 

 今まで彼らのいた第九層が普段使いのための空間であるとすれば、最下層である第十層は外から来た者に見せつけ圧倒するための特別な場所である。第九層の装飾が技巧の粋を凝らしてありながらも見ていて疲れないよう配慮がなされていたのに対し、第十層は目がくらまんばかりの贅を尽くした空間だった

 これでもかと用いられた金銀宝玉。空白など残してなる物かとばかりに壁を覆いつくす壁画に模様彫刻。壁龕や飾り台には甲冑、彫像、陶磁器等々が鎮座し、それらを燭台とシャンデリアが華やかに照らす。天井一面には神話の一場面らしきものが立体的に描かれ、床には足をとられそうなほど毛足の長い絨毯が惜しげもなく敷き詰められている

 

 訪れる者があれば、多かれ少なかれ目を奪われたことだろう

 だが第十層入り口でモモンガを迎えた7つの人影――1人の老執事と6名の美しいメイドたちは、それらには何の感動も見せず、ただ深々と腰を折った

 言うまでもなく彼らもNPCである

 

「お前達も《付き従え》」

 

 引き連れる配下を8名に増やし、モモンガはさらに奥を目指す

 階段下のホールから球技場が収まりそうな巨大ドーム空間を抜け、天使と悪魔の全身像が浮き彫りにされた、これまた巨大な門扉を開く。

 そこが彼らの本拠地『ナザリック大地下墳墓』の最奥、ギルド全体の操作が可能である唯一の場所。『玉座の間』であった

 

 世界宗教の大礼拝堂のような、数十人が横に並べるほど幅広い広間であるのに、あまりに深い奥行きと列柱によって自身が廊下の半ばに置かれて居るようにすら錯覚する。

 加えて奥へ行くほど明るい照明配置により、自然に正面壇上の玉座およびその背後に掲げられたギルドエンブレムへと視線が誘導される

 計算しつくされた心理効果により、玉座にある者に威厳を与え、招き入れられた者を萎縮させる舞台装置だった

 

「いやほんと。広すぎましたかね。結局誰もここまで侵入できなかったわけですし」

 

 描写するだけで疲れそうなほどの広さに文句を垂れつつ、水晶の玉座がしつらえられた壇上への階を登る

 主君の来訪に対し玉座脇に控える黒髪黒翼の美女が深々と頭を垂れた

 おとぎ話に出てくる美姫もかくやの楚々たる美貌の持ち主であるが、モモンガは軽く頷きを返すのみでスルーする。彼女もまたNPCなのだ

 そのまま玉座に着こうと振り返り、従えて来たメイドたちが壇上にまでついて来ようとしていることに気がついた

 

「ああ、そこまででいい。じゃなくて《控えよ》」

 

 待機を命じる言葉を途中で言い直す

 どれほどよく出来ていても、彼らはプログラムでしかない。自己判断ができず、予め用意されたコマンドの範囲でしか行動できないのだ。モモンガはそのことをどこか残念に感じる

 それでもNPCたちは詳細に欠ける命令に正しく反応して壇を下り、玉座に正対して序列通り整列した。実に芸が細かい。AIを組み上げた者のドヤ顔が目に浮かぶようだった

 

 玉座に腰を下ろし、モモンガは続けて命令を下す

 

「《ひれ伏せ》そしてペストーニャ《寄れ》」

 

 ひざまずく一同の中からペストーニャだけが進み出た。彼女を前にモモンガはギルドコンソールを起動する

 現在ではギルド内でも彼だけが、玉座上でのみ使用可能なギルド設定機能である

 

「では改めて、と」

 

 第九層で中断した記憶操作を懲りずにやり直す。ただし魔法は使わない

 彼はコンソールから直接ペストーニャのキャラクターデータを開いた

 その一瞬息を詰めて様子を伺うが、録画アイテムを取り出す様子はない。やはり正規のアクセスには反応しないのだろう

 安堵の息を吐いてデータウィンドウを覗き込む

 

 キャラクターデータに記載されているのは、種族やレベル・習得しているスキルなどといった性能データだけではない。外見に関するモデリングデータ、そしてゲームには直接反映されない背景設定やメモの書かれたテキストデータが含まれる

 ペストーニャのテキストには、実際には表現されることのない口調や趣味嗜好まで詳細に書き込まれていた

 ただし当然ながら、円卓の間で見たモモンガの言動が記載されたりはしていない。書かれていたらホラーである

 

「書かれてないことは知らないってことにしてもいいですけどー」

 

 彼は鼻歌でも歌いそうな調子で、テキストの最後に『円卓の間でのモモンガの様子は覚えていない』と書き加えた

 書いてないから消せないのであれば、元々存在しないと明記してしまえばいいのだ

 なかなかにいい加減かつ乱暴な解決策である

 それでも彼は満足げに設定画面を閉じた

 

「これでよし。文句があったら聞きますので言いに来てくださいね、餡ころもっちもちさん」

 

 この場に居ない相手へ向け、ふっふっふ、と悪役笑いっぽい何かを洩らす。そしてペストーニャを下がらせた

 

「……さて?」

 

 そこで困惑する。また、やることがなくなってしまった

 玉座の間のだだっ広い空間にはNPC達を除いて彼1人。9体ものNPCが真顔で見つめる中、1人盛り上がれる気もしない

 円卓の間でのぶっ壊れたテンションのままであれば可能だったかもしれないが、今となってはとても無理だった

 

 モモンガは硬くていまいち座り心地のよくない玉座の中で尻をもぞもぞ動かした

 頬杖をつき、ひじ掛けをコツコツ指先で叩く

 ローブの皺をのばし、意味もなく杖を持ち替える

 

 視界の隅に表示させたサービス終了までのカウントダウンは、まだ一時間あまり残っていた

 

「……他のキャラ設定でも見ましょうか。アルベドとか凄そう」

 

 無為に耐えられなくなり、先程はスルーした玉座脇の美女を差し招く

 

 アルベドという名のその黒翼の美女は、繊細優美な外見に反して玉座を守る最後の盾であり、ガチガチの耐久型前衛として設計されている。製作者のタブラ・スマラグディナはギャップ萌えの信奉者なのだ。そして凄まじいばかりの凝り性にして設定マニアでもあった

 その彼が製作したNPCの設定は果たしてどれほどのものか

 

 おそるおそる彼女のキャラクターデータを開き、設定テキストを表示する

 途端にテキスト脇のインジケーターが延びた。あっという間に文字数制限の残量がゼロを示す

 

「やっぱりか。長いよタブラさん!」

 

 ちょっとした小説並の文章量があるのは確実。だが時間はある

 暇つぶしにとモモンガは読み始めた

 

 彼女がいかにして生まれ、いかにして育ったか。アルベドと命名されるに至る経緯。好きなこと、嫌いなこと。得意なこと、苦手なこと。そして仕える事になったナザリックへの想い

 すべて設定上のみの作り話である。無味乾燥な箇条書きの羅列でしかない

 だが、そこには確かに1体の人外種の命が、半生があった。モモンガは知らず引き込まれてゆく

 

 問題はそれを書き上げたのがギャップ萌え信者だったことである。最後に記されたひと言が全てをぶち壊しにした

 

『ちなみにビッチである』

 

「ない。ないわー」

 

 思わず顔を覆って嘆くモモンガであった

 テキストが紙媒体や携帯端末だったら取り落としていたに違いない。しかし幸か不幸か仮想ウィンドウは目の前から離れない

 

「ギャップ萌えってこういうもの?違うでしょう?これオチとかそういう奴ですよね?」

 

 もっちさんもタブラさんも、まさか本当に私の行動読んでたんじゃないですよね

 疑い深げに呟き、目の前から離れない画面を忌々しげに睨む

 

「……」

 

 低く唸った彼は、ちら、と一瞬アルベドに視線を投げた。そしてやにわに最後の一文を消し、代わりの文を書き加える

 

『モモンガを愛している』

 

「……ぶふっ」

 

 一拍おいて吹き出した

 

「ない。もっとない。いや我ながらこれは酷い」

 

 彼はゲタゲタ笑いながら、書き変えたばかりの一文を消す

 そしてあれこれ書いては消しを繰り返し始めた

 

 

 

 

「――よし。これでいい」

 

 ややあって、モモンガは満足げに顔を上げた

 最後の10文字だけではなく、それ以前の重複箇所も削って増やしたスペースに記された文は

『実はタブラ・スマラグディナ復活の器である』

 であった

 

「これこそ究極のギャップでしょう!自分で設計した美女の肉体への転生!萌えられるかどうかは別として!」

 

 タブラがこの場に居たらこう言っただろう。それはTS転生という別ジャンルであってギャップ萌えとは違う概念だ、と

 

 しかしツッコミ不在の今、モモンガを止めるものはいない

 ちょっぴりハイになった彼は楽しげに続ける

 

「いいこと思いついた。どうせだからみんなこの手で復活してもらいましょう」

 

 かくしてNPC達の設定テキストは次々に改変を加えられてゆくことになった

 

 

 

「ペストーニャ」

『飼い犬の霊が飼い主に憑く事があるならその逆があってもいいんだわん』

 

「セバス」

『主君への忠義が昂じて信仰に至り《龍魂覚醒》の対象となっている』

 

『時を遡りアンデッドとして蘇ったやまいこの鎧』

『獣王メコン川の精神的女性部分(アニマ)が分離し生まれた存在。アニマルだけに』

『女魔術師に変化(へんげ)した弐式炎雷の姿と人格をコピーした二重存在』

『ヘロヘロの分体であり本体であり娘である』

『感情が希薄なのは実はガーネットの人格シミュレートに大半を割いているため』

『源次郎の残した式神分身体を維持している。目玉オヤジではない』

『ペロロンチーノの血を飲み降霊を試みたところうっかり入れ替わってしまった』

『譲り受けし剣を振り続け幾星霜。ついに剣に宿る武人建御雷の魂を目覚めさせる』

『どんぐりの首飾りにはぶくぶく茶釜の欠片が宿っている。姉弟双方分が揃えば話もできる』

『その超越的知性によりウルベルト・アレイン・オードルを完全理解した結果、半ば当人と化した』

 

 

 

「……はっ」

 

 アラームが鳴り響き、モモンガは我に返った。サービス終了一分前に鳴るようセットしておいた物である

 夢中になっているうちに時間が来たようだ

 眼前に控える者たちの数は14名まで増えている。興の乗るままに階層守護者も順に呼び出した結果だった

 彼らの姿を見回して、モモンガは小さく頷く

 

「全員は間に合わなかったけど、これで皆と一緒に最後の瞬間を迎えられますね」

 

 玉座を立ち、壇を降りて、そこに跪く『仲間』たちへと両腕を広げた

 

「ありがとう皆。さあ立ってください」

 

 晴れ晴れとした声で語りかけ、反応を見ずに玉座を振り返った。背後が視界に入らないよう、壁一面を占める巨大なギルドエンブレムを見上げる

 正しいコマンドではないから、きっと立ってはいないのだろう。背後に跪いているのだろう

 でも最後の瞬間を共に迎える仲間達に無粋な命令の言葉を投げかけたくはなかった

 

――23:59:35 、 36 、 37 ……

 

「楽しかった。本当に。皆と知り合えてよかった」

 

 仮のとは言え、仲間達が一堂に会し、やりたい放題やったことでモモンガの心は晴れていた

 彼は仲間達を待っていたのだ。馬鹿をやり、喧嘩をし、許し許されあう友に会いたかったのだ

 ナザリックという入れ物(いえ)ではなく、そこにいる仲間達(かぞく)の中こそが彼の帰るべき場所だったのだ

 

――23:59:48 、 49 、 50 ……

 

「また会いたい。皆と遊びたい。どこかで会いましょう。誘ってください。いえ、誘います」

 

 ずっと言えずにいた、次の場を求める言葉を口にする

 思えば『ユグドラシル』をやめていくに当たって別のゲームに誘ってくれた仲間だっていたのだ。忙しいなりにできる程度の手軽なゲームだったりもしたが、仲間と、友達と会うだけならMMOである必要すらなかったのだ

 何を意固地になっていたのだろうか

 

――23:59:58 、 59 ……

 

 穏やかな心持ちで最後の瞬間を迎え、サービス終了による強制切断を待つ

 すぐに視界がブラックアウトするだろう

 

――00:00:00 、 01 、 02 、 03 ……

 

「……ん?」

 

 風景が切り替わらない。現実の、鈴木悟の部屋でもなければ、データがない際に表示される真っ暗な空間でもない。ナザリックの最下層、玉座の間のままだ

 それだけではなく、全身に何か違和感がある

 

 しかし、それらについて深く考えるより先に事態が動いた

 

「うっ」

 

 すぐ傍でうめき声。そしてばさりと大きな布が落ちるような音に続き

 

「ぅおえええぇぇええぇぇぇ」

 

 濁った水音と酸っぱい臭いが五感を突いた

 

「……は?え?アルベド?」

「ごめ゛、ごめんアルベ、ド、おれ゛、ぞんな、づもり゛」

 

 うずくまり、麗貌をぐちゃぐちゃに歪めてえずく美女にモモンガの頭は混乱した

 NPCが言葉を話す?勝手に動く?ましてや嘔吐なんて倫理コード的にアウト過ぎるだろう?

 ありえない

 ゲーム終了のサプライズ、にしたっておかしすぎる

 さまざまな推論と否定が脳裏を駆け巡る。そして彼が何かをする間もなく問題はさらに進行した

 

「は?モモンガさん?玉座の間?なんで?」「玉座ヲ汚スハ不敬ガ過ギヨウ」「いや寝させて。明日また早いんですって」「何これ。夢ってことでいっすか」『おや。みんな目覚めたかな?』「……ふむ」「あああ何この愛されボディー!?」「言うことはそれだけですか貴方達」「大丈夫アルベド?これ使うといい、わん」

 

 背後で一斉に声をあげ、あるいは立ち上がりあるいは座り込み、さらにはアルベドに駆け寄るNPC達

 それぞれが同時に好き勝手なことをしゃべって聞き取ることすら困難。モモンガはその光景に懐かしさを感じつつも混乱の頂点に達し――唐突に冷静になった

 そのことを不審に思いつつも、騒ぐ面々へ声をかける

 

「皆、ひとまず静かに」

 

 すると彼らの声がピタリと収まった。さかんに嗚咽を洩らしていたアルベドすらも、もらったハンカチを顔に当てて声を押し殺す

 正規のコマンドではない命令にも忠実に従う様子に安心と一抹の不気味さを感じながら、モモンガは疑問を口にした

 

「何が起きたのか説明できる者は」

 

「では私め……オレが」

 

 答えて赤いスーツの悪魔が前に出る

 丸眼鏡に逆立てた髪、釣りあがった目と唇に、張り付いたような笑顔。胡散臭さ満点だが、その態度にふざけた様子はなく、真剣そのものだった

 

「デミウルゴスか」

「はっ。いや、今はウルベルトだ」

「はい?」

 

 真面目だと思ったばかりの相手が吐いた、意味不明な受け答えに再び頭が真っ白になる

 それに気付いた様子ながらも、デミウルゴスと呼ばれた悪魔は構わず続ける

 

「まず全員に質問してくれ。自分がアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーだって奴は手を上げろってな」

「え?」

「理由は後ほど。伏してお願い申し上げます」

「……わかった」

 

 口調の安定しないデミウルゴスに困惑しながらもモモンガは彼の質問を繰り返した

 するとアルベドを始めとした幾人かが手を上げる

 それに頷き、デミウルゴスは質問を続けた

 

「成程。じゃあ自分はナザリックの配下だが、ギルドメンバーとしての記憶か知識があるって奴」

 

 今度はデミウルゴス自身を含めた数人の手が上がる

 それを見てモモンガの脳裏に1つの仮説が浮かんだ

 

「まさか」

「ああ。そのまさかだ」

 

 その後同じように繰り返された質問でモモンガは確信する

 彼は、彼らは

 

「は、はは……」

 

 がくりと膝をつき、床に座り込む

 悪戯心で書いたテキスト通りに、仲間たちがNPCの体で戻ってきてくれたのだ

 骸骨の目から、流れるはずのない熱い何かが溢れそうだった

 

「みんな……」

 

 モモンガは定まらない手を仲間達へと伸ばし、震える声で再会の喜びを声にしようとして

 ――再び唐突に心が鎮まった。

 

「……」

 

 彼は伸ばした手をそのまま真っ直ぐに床へ付いて

 

「ごめんなさい」

 

 深々と頭を下げた。

 

 それは実に美しい土下座だった

 




きっとこの直後メンバーの半分ぐらいはダイビング土下座(配下成分が強い人たち)



・作中の完全な独自設定能力について

《龍魂覚醒》:竜人の中級特殊能力。血に宿る龍種の魂を覚醒させ、その力の一片を引き出す
(解説):自己バフ能力。信仰対象に選んだ龍によって効果が異なる。
各種属性耐性やブレス能力、肉体ステータスなどがまとめて得られ、中盤までであればそこそこ有用。
ただし信仰対象に応じた精神的弱点も付与される上に、ステータスは加算ではなく固定値への変化であるため、元のステータスが高いと逆に低下しかねない
さらにこの能力の先には上位互換である《竜化》が存在するため、そちらを覚えて以降はまず使われることのない不遇スキルと化す
特に最初から高レベルキャラクターとして作成された竜人NPCはこの能力の使用機会がなく、信仰対象の設定すらなされていないことも多い

……という感じの使えない能力ということで見逃してください。
こんなんでもないと、たっち・みーをセバスに憑依させる方法思いつかなかったんや

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