多少の無理は筋肉で通す。
哲学というのは、そういうものだろう。
「また負けたぁ!」
ナイスネイチャの悲痛な叫びが練習場に響き渡る。
彼女は先日のレースでまたしても三着という結果になってしまった。本人としては死ぬ気で走っているだけに、この結果は堪えていた。
「Cool down……。ナイスネイチャ、走り自体はとても良かったよ。頑張ったね」
「うぅ……ありがとうねトレーナーさん。けど、そのガタイから出る声にしては随分優しすぎるから、もうちょっとドス利いてても良いんじゃない? ってネイチャさんは思いますよ」
気づけば、練習場の隅っこで体育座りをして、反省会をする二人。
ナイスネイチャはまだいい。見た目二重丸どころか百重丸くらいする美少女だ、絵になる。だが、隣にいるトレーナーはどうだろうか。
身長約二メートル。筋肉と辞書を引けば、トレーナーが出てきそうなほど、“仕上がった”肉体。単品ならばまだ見逃されるだろうが、ナイスネイチャという美少女ウマ娘と隣り合えば、普通に犯罪臭しかしない。
そんな彼は、彼女の一言に思うところがあったのか、すぐに行動に移してみた。
「Okay……。もう少しドスを利かせてみよう」
「え、ちょっ。ただの冗談だから――」
瞬間、ナイスネイチャはトレーナーの腹筋、そして首の筋肉が光り輝いたのを見た。
声の高低音を自由自在に出すコツは筋肉にあり。ナイスネイチャが視た輝きとは、思いつく限りの筋肉を瞬間的に躍動させた故、瞬間的に体温上昇、湧き上がる汗が飛び散り、太陽に乱反射をした結果に他ならない。
彼は、渾身の重低音をお見舞いする――!
「ネイチャ、オチコンデイラレナイヨ。コレカラトックンダ」
「あっはっはっは! あーはっはっはっ! な、なんでそこから超高音になるのよ~! 嘘でしょ! それ反則すぎ~!!」
超音波一歩手前の超高音が周囲に虚しく響き渡る。
見た目と、口から出るまさかの声に、ナイスネイチャの笑いのツボは滅多刺しであった。
腹を抱え、芝を叩き、過呼吸寸前まで笑いまくる彼女。二分ほど、彼女の爆笑が続いた。
「は~。笑った笑った。ありがとうトレーナーさん、一週間分は笑わせてもらったわ~アタシ」
「Good……。君が笑ってくれたのなら、結果オーライだ」
「そういえば、ずっと気になってたんだけど」
笑っている内に出た目尻の涙を拭いながら、ナイスネイチャは質問した。
「What……。何だい?」
「なんでトレーナーさんって喋り始める前、英語出てくるの? 何かの癖?」
「……もしかして自分は、また出ていたのか?」
「え、あ、うん。もしかしてマジで癖なの?」
「君は筋肉の鼓動を感じたことはあるかい?」
「ない」
即答。ナイスネイチャは正直、頭でも打ったのだろうかと心配になっていた。
「筋肉を育てているとね、降りてくるんだよ筋肉の具現化が……」
「よーし、保健室行こっか。トレーナーさん、だいぶお疲れ様のようだよ、うん」
完全にかわいそうなものを見る目だった。
筋肉が頭まで侵食されるとこうなるのだと、学びが深まった。
「……って、答えになってなーい!!」
頭を抱え、空を仰ぐナイスネイチャ。筋肉ダルマがトレーナーになってから、ずっとツッコミ続けているような気がするナイスネイチャであった。
「だからこそ、君が気になる」
「……へっ!?」
突然の一言に、ナイスネイチャの思考が固まった。
今、自分は何を言われたのだろうか。言葉を反芻する前に、トレーナーは追撃をかける。
「な、何を……。って、あぁ~そっか。もしかしてアタシ、ずっと芝の上に座ってたからジャージに跡でもついちゃった? そうだよねーそうにちがいな――」
「君をずっと見ていて、自分はもう我慢の限界だ」
「突然の欲望カミングアウト!? え、トレーナーさん顔近っ! ちょ、落ち着いて! どゆことどゆこと!? アタシ、まだ心の準備が出来てないー!」
ゆでダコのように真っ赤になるナイスネイチャ。目もぐるぐる回っている。自分がおかしな事を口走っていることにも気づいていない様子だった。
筋肉ダルマがナイスネイチャに急接近。
この絵面は言い逃れできない。国が国ならば、銃で撃たれてもおかしくない。犯罪一歩手前トレーナー!
彼は、両手両膝を芝へつけた。
「ずっと三着で頑張っている君の力になっていない……!」
「トレーナーさん……」
「素晴らしい筋肉なんだ……。しなやかな下半身の筋肉、それに負けていない上半身。走ることに適したウマ娘たちの中でも、上から数えたほうが良いくらいの優秀さ。だが、それでも三着……それはつまり、君はまだまだ自分の身体を使いこなせていないということなんだ……。常に筋肉と会話をしている、この自分がいながら……!」
号泣ッ!
トレーナーの目から涙が溢れる。止まらない。彼の落涙に合わせ、腕の筋肉も“ぴくっぴくっ”と可愛らしく動いている。
「あれ? なんだろ、普段のアタシならここで泣きそうになったり、悔しくなるんだけど、そんな感情が一切湧いてこない……」
真剣なのは伝わってくる。
だけど、真剣な内容と、ツッコんで良いのか分からない内容が織り交ぜられているため、どういうテンションでいればいいのか分からないナイスネイチャであった。
「でもま、ありがとうねトレーナーさん。アタシなんかのために、そこまで泣いてくれるのはちょっと……ううん、かなり嬉しい」
「ナイスネイチャ……」
手を伸ばし、ナイスネイチャはこう言った。
「じゃ、今度は教えてよ。その身体の使いこなし方ってやつをさ。そんで、アタシをもっと速くしてよ。そうすれば、もうトレーナーさんは泣かないでしょ?」
「……That's right。分かった、ならこれから練習だ。自分はもう、ナイスネイチャの顔を曇らせない」
「ふふ、お願いねー? この美少女ネイチャさんを落ち込ませたら大事件ですよー?」
「美少女……?」
「なんでそこは引っかかるの!? やめてよなんかアタシ、自意識過剰みたいじゃん!」
「いや、美筋肉だとは思っている。そこは自分の筋肉生命に誓って言う。君は美筋肉だ」
「せめて美少女って言えー!」
ナイスネイチャの叫びが、またしても練習場へ響き渡る。
だが、それは最初のときのような悲痛さはなく、力強く、前を向いたものであった。
第二筋肉です。
読んでくださり、ありがとうございます!
ナイスネイチャはまじでかわいい。