トレセン学園にはプールがある。基礎体力を向上させるにはうってつけのこの場所に、ナイスネイチャとトレーナーはいた。
ちなみにナイスネイチャは学園指定水着。彼女のしなやかな肉体が眩しい。全ての男どもが見て、ブヒブヒ叫ぶこと間違いなし。別世界からの生暖かい声が今にも聞こえてくるようだ。
そして、トレーナーも水着。もはや待望、という頭文字がついてもいいだろう。彼もまた、海パン姿であとは鋼のように鍛え上げた肉体を惜しみなく晒していた。
ナイスネイチャの水着姿、トレーナーの水着姿、どちらが魅力的か。それはもう決まっている。トレーナーだ。
「Hey……。ナイスネイチャ。今日のトレーニングは水の上を走ることだ」
「頭は大丈夫ですか?」
突然呼び出されたナイスネイチャは、もはや脊髄反射の速度でこう返した。
それも当たり前といえば当たり前。いくら人間よりも身体能力が上のウマ娘と言えど、出来ることには限りがある。
例えば、今この瞬間、求められたトレーニングがそうだ。
ウマ娘だからといって、水の上を走れるかバーカ。そういう感想だ。
普通の世界の常識で考えれば、そんなものは不可能だ。だが、トレーナーは真顔でその試練を口走っている。
無理だ。ナイスネイチャの頭には、その三文字しか浮かばなかった。
たまにこのトレーナーは人間とウマ娘の身体能力の境界がよく分かっていないのではないかという疑問を抱く。
元々の能力なのか、それとも鍛錬によって得られた能力なのか。それは分からないが、それでもこのトレーナーは真顔で“走る”などと口走る。
(それがどんだけ難しいっていうのを、トレーナーさんは分かってないんでしょうねー)
だって、きっと、“持ってる”から。そういう荒唐無稽な事は全部、出来てしまうのだろう。
そういう思いもあって、ナイスネイチャは少しだけ批判的に喋っていた。
だが、そんな真正面の意見に対し、トレーナーは真っ向から答える。
「What……。頑張ればイケないか?」
「よ~しトレーナーさん! 保健室行こっ! 多分、相当参ってる!」
厳しくも暖かいナイスネイチャの言葉。だが、トレーナーはそんな彼女の言葉を、そう捉えてはいなかった。
「? 手本を見せよう」
「て、手本!? トレーナーさんそれ失敗して大爆笑~って流れにするつもり? それが許されるのはお笑い番組だけですよー」
これが偶然かどうかは、分からないが、ナイスネイチャは子どもの頃、お笑い番組でこういう展開を見ていた。だいたいは爆笑必至の顛末が待っている。
だが、トレーナーはプールの水に爪先をつけながら、こう言った。
「ナイスネイチャ。君は何か勘違いしている」
「何を!?」
「人間、ひいてはウマ娘が常に何かを望んで、成し遂げようとしているだろう。筋トレ、レースの勝利、色々ある。――“出来る”んだ。出来ると自分は信じている。やるか、やらないかなんだ。その結果、どうなろうが、それを常に受け入れられる自分なのか、疑問をいだき続けるんだ」
「トレーナーさん……」
言っていることは分かるのだが、それはきっともう少し別の場所で言えたはず。
ナイスネイチャは呆れていたが、トレーナーを見守ることにした。
この後の展開は予想できている。プールに落ち、“挑戦する事が大事なんだ”と“置き”にいくだろう。
「良し。じゃあお手本をやるぞ」
――その時のトレーナーの姿は、まるで水面に漂う一羽のフラミンゴを思わせた。
「はぁーーーー!?」
右足を水につけ、沈む前に左足で水を蹴る。左足が沈む前に、右足で水を蹴る。これを超高速で行えば、水の上に“立つ”事ができる。
沈む前に浮くことをすれば、永遠に沈まぬという道理だ。
なんていうことはない、それだけの話。身体能力さえあれば、誰でも出来る魔法でも手品でもない、ただの“行動”。
「こんな感じで水の上にいる。そして、更に前気味に水を蹴ると――」
ダッシュ!
水の上を颯爽と走る姿は忍者だ。現代の忍者、ここにあり。
たまたま近くにいたマイルの女王タイキシャトルは、水の上を爆走するトレーナーの姿を見て、“ワオ! ジャパニーズ忍者デース!”と大喜びしていた。
「よし」
「よし、じゃなぁーい! 出来るかっ!」
二十五メートルを難なく走破したトレーナーは、満足げに笑みを浮かべ、ナイスネイチャにも促した。
これはただの虐待宣言だということを理解していないトレーナーに、彼女は徹底的に抗議する。
「これはトレーナーさんがオカシイだけ! アタシみたいな平凡なモブウマ娘が出来るわけないから!」
「Is that so……。あそこの芦毛のウマ娘は出来ているようだが……」
「は~なるほどなぁ! 今度から、これやりゃあゴルシちゃんボートいらねぇや! ネイチャのトレーナー、アンタすげぇな!」
水の上を反復横跳びしている芦毛の不沈艦ゴールドシップがそこにいた。
「ゴールドシップ! 話がややこしくなるから出てこないで! つか、あんたもオカシイ奴か!」
「彼女は“やってみた”。君は? ナイスネイチャ、君はどうしていくんだ? 結果がどうなろうと“やってみる”かい? それとも“やらない”?」
これだけの話じゃない、ということくらいは良く分かっていた。
ずっと三着のままでいいのか? そんな訳はない。その壁をぶち壊したいからこそ、自分は自分にやれることを“やる”だけなのだ。
「……やってみる」
「Great……。ナイスネイチャ、君ならそう言ってくれると確信していた」
「やるんだ……アタシは、万年三着ウマ娘には絶対にならない! なりたくないからー!!」
ナイスネイチャは決意の雄叫びと共に、プールへ飛び出した!!!
「いや、やっぱ無理ー! 脚つったー! 助けてー!!」
しかし、やはり常識的に考えて、無理なものは無理。
ナイスネイチャはこの後、しっかりトレーナーを叱り倒し、普通に水泳をした。
普通が一番! それに勝るものはない。
第三筋肉でした。
ゴールドシップ好きなので出しました(直球)