「ほらほら、ネイチャちゃん。脚の回転遅れてるわよー」
「りょう、かい、です!」
練習場にナイスネイチャの気合の一声が響く。
走るナイスネイチャを見守るのは、トレーナーとマルゼンスキーだった。
何故、マルゼンスキーがいるのか、それは先日のトレーニングを見てもらえれば一目瞭然である。
トレーナーはトレーナーの立場から見た改善点、マルゼンスキーはウマ娘の立場から見た改善点。双方向から見た改善点は、ナイスネイチャの練習強度を更に高める。
「Why……。何故君はここにいるんだマルゼンスキー?」
「あたしがここにいちゃ駄目? 最近、妙に他のトレーナーさんからのアプローチが多いから、ここに来ただけなんだけど……ヨヨヨ」
「What……。何故泣いているんだい?」
「もー。こういう乙女な泣き方にはちゃんとフォロー入れないと! 貴方、ポイント下がるわよ」
「Point……。君は誰よりも優しくて強い。そういうウマ娘にはちゃんとついてきてくれる。ポイント下がるどころか、常に上昇していると思っていたのだが……」
「へぇ……トレーナーさんもなんだかんだ言って、あたしを口説いてくるのね?」
「What……。口説くとはどういう意味だ? 君の言っていることは時折、分からない」
マルゼンスキーはあの併走のときから、良くナイスネイチャとトレーナーの所へ顔を出すようになった。
元々ナイスネイチャの事は知っていたが、何故ここに現れるようになったのか。
答えは、今彼女の隣にいるトレーナーが全てだった。
「ちなみに、トレーナーさんはあたしに声を掛けようとは思わないの?」
「Meaning……。自分の担当するウマ娘はナイスネイチャだけだ」
「確か、担当するウマ娘は複数でも構わないはずよ。あたしはトレーナーさんだったら、二つ返事でオーケーするのに。貴方は賞がどうとか、そういうのじゃなくて、ただひたすらにウマ娘と向き合ってくれるみたいだし、ね」
ウィンクしながら、そう返すマルゼンスキー。
もし他のトレーナーがそのやり取りを見ていたのならば、彼ら彼女らは皆、血の涙を流し、嫉妬していただろう。
このトレーナーはマルゼンスキーというウマ娘を知っているが、“知らなかった”。
マルゼンスキーの脚がどれほど魅力的で、どれほどの高みを見せてくれる存在なのかを。
「Know……。君の速さは知っている。だけど、何回でも言うけど、自分はナイスネイチャのトレーナーだ。彼女に集中したいんだ」
だが、それを知ったとしても、トレーナーの気持ちは変わらなかっただろう。
トレーナーの真摯な瞳には、ナイスネイチャしか映っていないのだから。
「あらら……フラれちゃった。――なぁーんて、すぐに諦められるほど、あたしは打たれ弱いオンナじゃないわよ」
マルゼンスキーが静かにトレーナーの前へ立った。身長差。彼女は上目遣いになり、右手を鉄砲の形にし、それをトレーナーへ向けた。
「いつか、貴方に“君を担当させてくれ”って言わせてあげるわ。覚悟しなさい?」
「Okay……。何故こういう流れになったか分からないが、覚悟しよう」
「あー! トレーナーさんが走っているアタシを見ずに、マルゼン先輩と話してるー! これは、浮気ってやつですか?」
ナイスネイチャはニヤニヤしながら、駆け寄ってきた。たまにはからかってやろうという、可愛らしいいたずら心である。
そんな彼女に、トレーナーは真正面から返した。
「No……いや、そんなことはない。眼球運動それすわなち筋肉。自分はマルゼンスキーと話しながら、眼球を動かしていた」
トレーナーは続ける。
「マルゼンスキーの言う通り、ここぞというときの脚の回転率が悪い。これがスタミナによる所なのか、根性の問題なのかは、これから分析していくところだがな。だけど、走行時のフォームはだいぶ改善されている。上半身の筋肉量が増したことにより、安定感が増したのだろう」
最後にトレーナーはこう締めくくる。
「練習の成果は確実に積み上がっている。頑張っているぞナイスネイチャ」
ぽかんとするナイスネイチャ。ちゃんと見ていてくれていたという事実に、ナイスネイチャの顔がどんどん赤くなる。それを見て、お腹を抱えて笑うマルゼンスキー。
「もーラブラブね、ネイチャちゃん」
「なぁ!? ないないないない!」
「ないないナイスネイチャ?」
「どうも~ないないナイスネイチャです~! ……マルゼン先輩、味をしめましたか?」
「テヘリンコ☆」
ペロッと舌を出し、片目を閉じ、頭を軽くコツンと叩く。どこか古代に見たような所作。
ここに歴史研究家がいれば、彼女の仕草に正確な名称をつけられたのだろうが、生憎とこの場にそれを指摘できる者は誰ひとりとしていない。
「そ、それよりも! トレーナーさん! 次の練習は!? 何!?」
「Hmm……。そろそろレースが近いし、実戦形式の練習を増やしたいところだ」
「お、その心は?」
「Battle……。君に足りないのは、ここぞというときの勝負勘だ。これは筋肉と違って、鍛えられるものではない。だけど、乳酸と同じだ。ひたすらにでも動かしていけば、溜まっていくものだ」
「なんだか例えが微妙に嫌だなぁ」
「Don't think……。そこで、今回も――」
トレーナーがちらりとマルゼンスキーを見た。すると彼女は、右手でオーケーサインを作る。
「マルゼンスキーと、そして自分も走る」
「あら」
「え、また!?」
「Win……。今回は勝たせてもらおう。そのために鍛えてきた」
トレーナーは全身に力を込めた。すると、彼が愛用しているスーツが約二倍膨れ上がる! 伸縮性が高い素材を使った特注スーツ! それでも、彼の膨張した筋肉はそれを突き破らんと悲鳴をあげる! 一歩間違えれば、公然わいせつ!
諸君らは砂時計の形を覚えているだろうか? 彼のマーベラスな筋肉は四肢の形を変え、ただでさえ逆三角形だった体格は更に巨大化! 下半身の筋肉も盛り上がっているため、まるで砂時計のような体格と変貌した!
「何か筋肉があっちゃこっちゃ動いて、キモくなったー!!?」
「Name……。そうだな、これは“トレーナー・ランニングフォーム”とでも呼んでくれ。ナイスネイチャ、君に負けた夜から、コツコツ鍛えたんだ。そうしたら、筋肉の声が聞こえて、この走行に適した姿になれたよ」
「筋肉言っておけば全部スルーされるって思ってない?」
沈黙が流れる。
トレーナーは大きな咳払いを一つ。そしてナイスネイチャを指差した。
「Game……。ナイスネイチャ、そしてマルゼンスキー。自分はこの勝負に勝つ。二人とも、怪我しない程度に本気で来てくれ。……前から思っていたが、ウマ娘よりも遅い自分が、偉そうに練習の指示をしていることに恥ずかしさを覚えていた。だから、自分は提示する。人間の底力を」
ナイスネイチャは、妙にその言葉が頭に響いた。
(そっか、トレーナーさんもアタシみたいに、何かと比べて、それでも頑張って……)
これは決して感化されたわけではない。
けど、これに応えないとも言っていない!
「良いよ! アタシ、どっちにも勝つ! マルゼン先輩にも、トレーナーさんにも!」
三つ巴の勝負が、始まる。
第6筋肉でした!
沢山の感想ありがとうございます!全部読ませていただいております!
本当にいつも感想書いてくれてありがとうございます!嬉しいです!
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