ナイスネイチャは練習場で汗だくになっていた。
来月のレースのため、ずっと調整を続けてきている彼女は、最近ずっとこの調子である。
そんな彼女を、じっと見守るトレーナー。その口元は油断なく、引き締められていた。
(Think……。考えすぎだろうか)
彼女の努力に水を差すつもりはない。だからトレーナーはずっとナイスネイチャのやりたいようにやらせてきた。
しかし、レースが近づくたびに感じる。
――彼女は頑張りすぎている。
「Hmm……。ナイスネイチャ、今良いだろうか?」
「はぁ……はぁ……! 何、トレーナーさん? アタシ、このままもう一本追加したいんだけど……!」
「Really? ナイスネイチャ、それはいけない。やるにしても一度休憩だ」
「駄目! それじゃあ次のレースは勝てないと思う! だからやらせてほしい!」
トレーナーは思わず後ずさった。ここまで明確に拒否してくることは初めてだったから。
ナイスネイチャは続ける。
「マルゼン先輩にも、そしてトレーナーさんにも、沢山練習に付き合ってもらった。だからアタシはその恩に報いるためにも、絶対に勝たなきゃならないんだ。だからお願いトレーナーさん! もう一本!」
「One more……。ナイスネイチャ、オーバーワークは確実に身体へダメージを与える。それについて、自分が許可を出すことなんて……」
ナイスネイチャはじっとトレーナーを見つめる。否、これはもはや射殺すという表現で良いだろう。彼女は真剣だった。だからこそ、視線に重みが乗る。
トレーナーは天を仰いだ。突っぱねるべきだと、ウマ娘の身体の事を考えるならば、ここは突っぱねる以外の選択肢はない。
「Yes……。一本は認める。ただし、走るのではなく、自分と同伴で歩いてもらう」
「どういうこと?」
「Share……。各コーナー、ストレートごとに俺が感じたことを述べよう。そしてナイスネイチャ、君がこの場所ではどう判断するか、それを教えてくれ。そして認識の共有を図ろう。より、君が効率よく走れるように」
「ふむふむ……なるほどね、オッケー! じゃあ早速行こうトレーナーさん!」
「Yeah……。じっくり行こう」
ナイスネイチャと歩きながら、トレーナーはこう思っていた。
(Bad……。自分はトレーナーとして未熟だ)
トレーナーとして、これが妥協案だった。走らせる訳にはいかなかったため、こうしてより負担が少ない選択肢へ持っていくことが精一杯。
真面目な彼女は、トレーナーから苦し紛れの理由ですら、しっかりと受け止め、意見を出している。
ナイスネイチャはトレーナーへ意見を出しながら、こう考えていた。
(アタシは絶対に勝つ。トレーナーさんとマルゼン先輩に胸を張れるように……!)
彼女の闘志は最高潮に達していた。
もはや来月まで待てない、そのレベル。
そんなナイスネイチャの“熱”を感じていたトレーナーは、危うさを感じていた。
――近い内、嫌な予感が現実になるのではないかという予感だ。
◆ ◆ ◆
運命の日は、レースまであと三日という時にやってきた。
「Good morning……。ナイスネイチャ、今日も頑張ろう」
「おはよ……トレーナーさん。あと三日だからね、頑張ろ?」
ひと目で、ナイスネイチャの様子がおかしいと分かった。顔が赤く、呼吸も乱れている。
トレーナーは背筋に悪寒が走る。
「Stop……。ナイスネイチャ、動かないでくれ」
「へ……?」
トレーナーはナイスネイチャの額に手をやり、もう片方の手は自分の額に当てた。じっくり観察するまでもない。
――酷く、熱い。
「Health room……。保健室だ」
「ちょ、ちょっと待ってよトレーナーさん。練習は?」
「No……。保健室に行こう。君は今、感覚が鈍っているのかもしれないけど、酷い高熱状態だ」
「嘘……」
トレーナーの見立ては正確だった。
保健室に連れていき、養護の先生の立ち会いのもと、検温した結果、やはりナイスネイチャは高熱を出していた。
トレーナーはそのまま、ナイスネイチャを病院へ連れていくことにした。
「Hmm……。体力低下のところを狙った風邪か」
「あはは~。ごめんねトレーナーさん。これからって時に」
トレーナーはナイスネイチャと話し合い、レースのこともあるので、念の為一晩だけ入院させてもらうことにした。
病室のベッドの上にいるナイスネイチャは、ずっと耳が下がっていた。
「No……。自分の判断ミスだ。君はずっと練習しすぎだと思っていたが、君の情熱に甘えてしまっていた」
トレーナーは頭を下げていた。
それに思わずナイスネイチャは両手をぶんぶんと振る。
「や! 何言ってるのよ! 自己管理できていないアタシが原因なんだからさ! 気にしないでったら!」
ナイスネイチャは更に言った。
「そっか……アタシって、やっぱちょっと頑張ればこうなっちゃうんだ」
「No……。ナイスネイチャ、それは――」
「うん、分かってる。分かってるんだけど、悔しいなって……。ここで名前出すのもなんか脈絡ないけどさ、テイオーはこれ以上の練習をしているはずなんだよ。だからアタシだって、頑張らなきゃってそう思ってた。それがこの有様ですよ! あっはっはっ!」
トレーナーはとても愛想笑いをする気にはなれなかった。
ナイスネイチャは布団に潜り込んだ。
「ごめん、トレーナーさん。アタシ、このまま寝たい」
「All right……。それじゃ自分は帰るよ。お休みナイスネイチャ」
「う~い、おやすみ~」
病室を出たトレーナーは、すぐに歩き出さず、しばらくそこにいた。
やがて、病室の中から静かに、だけど確かにすすり泣く声が聞こえた。
「……」
トレーナーは今度こそその病室を後にする。
「Absolutely……。ナイスネイチャ、自分は必ず君を勝たせる」
トレーナーは両目を拭い、誓いを新たにした。拭った腕は、少し濡れていた。
第8筋肉でした!
この物語も後少しで完結となります。
最後までお付き合いいただければ幸いです!